さすがに古城の備品を汚すわけにいかないので、結婚式の初夜というのは一緒のベッドで普通に時間を過ごした。
 前日にホテルでシてるし、俺達の愛ってヤツは確かめるまでもないだろう。
 俺がどうでもいいような話をして、それに適当に相槌を打ったりたまに話題を振るのがキョーヤ。それで間にキスをしたり抱き合ったりする。そんな感じでさっきからずっと、手だけは繋いだままでいる。
 そろそろ日付をまたぐ頃だろうか。
 俺はこれから雲雀と名乗っていくんだ。キョーヤの隣に立つ人間として雲雀の名を名乗るんだ。
「明日は絶対キョーヤを笑わせるから」
「はぁ? …また写真か」
「ん。絶対撮るんだ。お前の笑顔」
 はぁ、と息を吐いたキョーヤが俺の肩に頭を預けた。諦めたような溜め息だった。今日の俺の強行といい、呆れているのかもしれない。
「写真好きだね。趣味にするの?」
「んー…そうだなぁ。結婚式のためにって思ってたけど、このままいくと趣味になりそう」
 ベッドサイドのテーブルに置いてあるデジカメに視線を投げる。趣味なんて作る気なかったけど、カメラか。ちょっと面白いかもしれないな。
 メモリーカードはたくさん持ってきたから、いっぱい写真を撮ろう。時間があったら今まで撮った写真の確認もしたいかな。
 俺達が寝転がってるキングサイズのベッドは天蓋で覆われていて、透ける布地の向こうではシャンデリアの灯りが揺れていた。郊外にある古城で貸切にしているから、窓の向こうはほぼ暗闇だ。
 キョーヤのウェディングドレス姿に興奮しすぎたのか、少し疲れていて、静かなこの場所に意識がまどろみそうになる。そんな俺に気付いてぎゅっと手を握ってくるキョーヤの黒い髪に顔を埋める。いいにおいがする。お風呂のシャンプーいいもの置いてあったもんな。今度家にも置いてみようか。
「もう寝ちゃうの?」
「んん…ねぇ、明日早起きして、お城の中見たりしよう? 写真自由だって言ってたし。キョーヤのこときれいに撮るよ」
 またそれか、と吐息したキョーヤが仕方なさそうに布団を持ち上げた。もそもそ中に入った俺と、同じく布団を被ったキョーヤが俺の鎖骨を撫でた。寂しい、と言っている灰の瞳に小さく笑って愛しい君を抱き寄せる。
「好きだよキョーヤ」
 今日だけで何回言ったかわからない言葉を伝えると、キョーヤは呆れた顔をした。呆れた顔に少しだけ嬉しそうな色を混ぜて、「僕も好きだよ。今日だけで君好き好きうるさい」とツッコまれてあははと笑った。仰るとおりです。
 次の日の早朝。サンドイッチと紅茶という軽食をすませて、朝食の時間まで朝焼けに沈む庭園をキョーヤと一緒に散歩した。「寒い」とか「眠い」とか言って不機嫌顔のキョーヤはやっぱりカメラに笑ってくれることがなかったので、仕方ない、とここは諦めて、朝焼けの古城や噴水のある広い庭を収めることに徹した。
 で、きちんとした朝食後。俺はちょっと腹が痛いと嘘を言ってキョーヤのそばを離れて、スタッフの人と一緒に化粧室へと入った。
 そう、全てはキョーヤの笑顔のために。
 俺だってやれること全部やる気でここへ来たのだ。何も嫌がるキョーヤにウェディングドレスを着せることだけが結婚式じゃないのだ。そりゃあキョーヤがドレス着て笑ってくれたら一番よかったけど、それは無理だったので、今日の俺はキョーヤを笑わせるために頑張ります。
 着替えを終えて化粧室から出た俺は、キョーヤが待っているだろうダイニングへと向かう。
「キョーヤー」
「遅、」
 ようやく帰ってきた俺を遅いと毒づきたかったんだろうキョーヤは、俺を振り返ってぽかんとした。その表情いただき、とさっそくデジカメの画面をタッチして一枚収める。
「……?」
「ん」
「…何を、しているの」
「え、一枚撮ったけど」
「そうじゃなくて。その、格好は」
「見てのとおりです」
 どーだ、と二次会とかで着るだろう足首までの青いドレスのスカートをひらひらさせると、キョーヤがふっと吹き出して顔を逸らした。肩を震わせて声を立てて笑うのを堪えている。
 よーしどうだ。キョーヤを笑わせることに成功したぞ。やった。
 羞恥心? 捨てました。キョーヤの笑顔のためなら女装だっていたします。ドレスだって着ます。今日の午前中までしかいられないんだから、この古城だけじゃなくて、そこで笑ってるキョーヤをしっかり撮っておきたい。
「ま、待って、お腹痛い。それ、似合ってない…」
 目尻に涙を浮かべて笑いを堪えるくらいにはキョーヤの中でドレスの俺がヒットしてくれたようなので、そんなキョーヤをバシバシ撮りつつ「よーしさあ行こ! 笑ってるキョーヤたくさん撮るよ!」とその手を引いて歩く。残念ながら俺のサイズでヒールはなかったので足元は革靴です。そのアンバランスさがまたキョーヤの笑いを誘っているらしい。
 ダイニングの一番いい場所にキョーヤを立たせて「はいチーズ!」とカメラを構える俺に、最初はすました顔をしてるキョーヤも、すぐにふっと吹き出してくすくす笑い始める。その笑顔をいただきますで収めた。
「ちょっと、、いつまでその格好でいるの? 着替えてよ。おかしい」
「城内ぐるっと一周するまで。そしたら着替えてフツーに撮ってもらおうかと思ってる」
 笑いすぎて涙の浮かんだ目元をこすったキョーヤが「じゃあ、早くすまそう。本当、お腹痛い」と笑い続けている。そこではっとした。「もしかして、普段から俺がこういう格好すればキョーヤは始終笑顔で、」「笑い死ぬからやめて。それから、そんな格好の君は今日だけで十分だ」そこは真顔でツッコまれた。ですよね。
「はー、着慣れないものって大変だなぁ」
 オシャレ着のスーツを着崩してようやく一息。仕事着で着慣れてるせいか、俺は外ではスーツ系がしっくりくるようだ。
 庭先での午前のティータイムの時間を迎えて、俺とキョーヤは紅茶とケーキとスコーンエトセトラを堪能していた。さすが、高いお金を払ってるだけあって手抜きのないできたてものだ。おいしい。
 甘くないスコーンにたっぷり生クリームをつけたキョーヤがふっと思い出し笑いをした。さっきのドレスはとっくに化粧箱の中である。「そんなに変だった? 俺のドレス姿」「変だった」ぱく、とスコーンを食べたキョーヤの頬にクリームがついたので指で拭っておく。お世辞にも似合ってたとは思ってないけど、俺頑張ったんだからさ、もうちょっと遠慮しようよキョーヤ。そりゃあお前のドレス姿と比べたら月とすっぽんだったけどさぁ。
 スタッフの人にカメラを預けたので、ティータイムの間の写真は適当に撮ってもらっている。今のカットも撮ってくれてるといいな。
「でもいい案だったろ。キョーヤの笑顔ばっちりいただきました」
 笑った俺に、ふん、とそっぽを向いたキョーヤが紅茶のカップを持ち上げる。「僕の笑顔なんて、喜ぶの、君くらいのものだ」とこぼす声にへらっと笑う。そうだね。お前がきれいで嬉しいのは俺くらいのものかもね。
「記念に残るでしょ。色んな意味で」
「……本当にね」
 呆れた顔で仕方がないってふうに笑ったキョーヤがきれいだ。ずっと一緒にいるけど、歳を重ねるごとに大人の色気ってやつが空気まで滲み出てる気がする。対して俺は、…あまり変わっていないような。
(大人の色気か。今後の課題だな)
 おいしいなぁ、とタルトのケーキをもぐもぐしつつ、スケジュール帳を取り出し、ここを出たあとの予定に目を通す。
 新婚旅行という名のフランス小旅行だけど、たまには二人水入らずでショッピングしたりしよう。キョーヤをフランスブランドで飾ってやる。それから有名どころは寄っておきたい。シャルトル大聖堂、ヴェルサイユ宮殿、ノートルダム大聖堂、モン・サン=ミシェルは外せないな。
 紅茶をすすって、手帳に『』とだけ記入してある名前に、ヒバリを書き足した。「今日から俺はヒバリか」とこぼすとキョーヤは変な顔をする。お前が希望したとおりになったのに、なんでそんな微妙な顔してるんだろう。
 カップを持ち上げる左手の薬指にはキラリと光る指輪がある。炎を灯すリングではなくて、結婚指輪。この時代で指輪というとどうしてもリング系を想像するけど、これはただのシルバーの指輪だ。俺とキョーヤだけを繋ぐもの。
 ケーキにフォークを刺したキョーヤがぼそっと「死ぬまでずっと一緒だよ」と言うから、なんだよそれかわいいなぁ、と笑って「もちろんだ」と肯定すると、キョーヤは口元を緩めて満足そうに微笑んだ。その魔性の笑みにずっきゅんと心臓が撃ち抜かれる。
 ああもうほんとかわいい。俺は死ぬまでお前から離れられそうにないよ、キョーヤ。