継承式まであと五日

 困った。本当に困った。真面目に困った。
 最近キョーヤのアタックが素直にダイレクトで俺のわりと脆い理性がブレイクハートです。何が言いたいって、つまり、理性という鎧にヒビが入っていてとても危ういです。
 一緒にテレビを見てごろごろして、ちょっとうとうとしてたらいつの間にか押し倒されてた。あれ、と気付いたときには「ねぇ」と甘い囁き声が耳をくすぐる状況で、着物のくせに自重しないキョーヤははだけることも気にせずに俺に跨っていた。獲物を見て舌なめずりする獣みたいに唇を濡らして俺を見下ろして。
 ちょっと待て、いつからキョーヤはこんなにエロくなったんだ。十年後に飛んでたときはそうでもなかったぞ。って、そうか、あっちでは戦闘が前提だったから、そういう時間の方が少なかったって話、なのか。
 こっちに戻ってきて、それなりに平和な時間が流れているから、コッチに意識が傾くってコト?
 ねぇ、の言葉の先なんて言われなくても分かってるだけにごくんと喉が鳴る。猫みたいにしなやかな動作で俺の首に顔を埋めたキョーヤが自分から着物の帯を解いた。続けて、俺の着物の帯も解く。
「き、キョーヤ」
「痛くなるまでシてくれていいよ。明日も休みだから」
「え、いや、俺は別にしたいわけじゃ」
 俺の肌を撫でていた手がぴたりと止まる。顔を上げたキョーヤは恨めしそうに俺を睨んでいた。「何? 嫌なの?」「嫌とかじゃなくて…キョーヤ、あのさ、エロい、よ」ふいと視線を逸らす。腕で視界に蓋をしてふーと細く息を吐くのも束の間、ざらりとした生ぬるいものに肌を舐められた。ちょっと理性に深呼吸を与える暇もない。くすぐったさが我慢できずに視界を確保すれば、俺の胸に顔を埋めて舌で舐め上げてるキョーヤがいる。
 だから、自分の格好を顧みろよキョーヤ。お前、黒い着物羽織ってるだけで下着ばっちり見せて俺を煽ってんだぞ。その姿で四つん這いなんてするな。突っ込みたくなる。
「僕がエロいといけないの? 好きだよ、とするの。ねぇ、僕を気持ちよくしてよ。のが欲しい」
 キョーヤの声と吐息と舌のぬるい温度が肌を伝っていく。俺の理性を落とすことしか考えてないキョーヤの甘い言葉の槍が俺の理性の鎧を攻撃、誘惑という名の毒の塗ってある矛先に貫かれた鎧は大破。俺はあっさり陥落した。腹筋に力を入れてキョーヤを抱き込みながら起き上がり、手を伸ばす。着物の内側へと手を入れて細い背中を指先でなぞりながら腰を通過して下着をずり下ろし、そのまま後孔へと辿り着く。ゆるりと撫でるとキョーヤの身体が震えた。
「もう緩んでる」
 くすりと笑うと、キョーヤの頬に朱色が走った。逃げるように俺の胸に顔を押しつけて「だって、欲しいんだもの」とこぼす、このかわいい奴をどうしてくれよう。
 もう片手でキョーヤの足の付け根に触れた。ぴくんと小さく反応したキョーヤがかわいい。まだ触ってもいないのにこんなにしちゃって、やらしいなお前。
「犯しちゃうよ?」
「…いいよ」
 キョーヤの意思を確認したのを最後に俺の理性は崩壊。キョーヤの唇を奪って声を塞ぎ、まずは前から。ここにローションは置いてないので、キョーヤので濡らしていかないとならない。
 撫でるだけでヒクついてるソコにとろりとした液体が辿り着くのに数分もかからなかった。キョーヤがイッたらそれだけで事足りた。
 本当やらしいな、とキョーヤの表情を見て思う。俺以外にそーいう顔したら駄目だからね。そっちの気の人がいたらキョーヤのこと襲っちゃうよ。まぁ、お前は撃退するんだろうけどさ。
 ずぶずぶと指を沈めていく。羞恥心、気恥ずかしさ、むず痒さ、そして侵入してくる指を感じて形のいい眉を歪めるキョーヤが俺の首に腕を回して抱きついてくる。キョーヤの前と後ろ、両方のイイトコロを気紛れに刺激して弄びながら、あ、と思い出す。
 シモンファミリーにそれとなく気を遣っとけとか言われたんだっけ。すっかり忘れてた。
「あ…ッ」
 どれだけでもイケるとでも言いたそうにとろっとした液体を漏らすキョーヤのを片手で扱く。声を上げたことを悔しがるようにキョーヤは俺の肩に額を押しつけて、拳を口に押し当てる。
 別にそこまでして我慢しなくてもいいのに、とキョーヤを愛しく思い、指一本くわえ込んだキョーヤの中を焦らすように犯し出すと、細い身体が何度も震える。
 白昼堂々居間でイチャつくとは、俺の理性の弱さも問題だけど、キョーヤの快楽思考も十分問題だ。
 ぐしゃ、と汗ばんだ髪をかき上げて、はっとする。しまったと視線を外に投げれば、縁側から見える景色はすっかり夕暮れ一色。今日も一日が暮れようとしている。
 今日は学校が休みの土曜日。学校がないが故に自由に時間を過ごしていたろうシモンファミリーを観察してなきゃいけなかったのに、午後の時間のほとんどを情事に使い果たすとか。何それ、俺どれだけ阿呆なんだ。色馬鹿なんだ。
 は、と諦めた息を吐いてキョーヤと身体を重ねたまま倒れる。
 あーあ、これ絶対リボーンに怒られるよ。殴られるか蹴られるかするよ。パワハラ反対です。
 は、は、と薄い胸を上下させて息をしているキョーヤの視線がずれて、俺を捉えた。「ねぇキス」と乞われて願われるまま唇を重ねる。ふ、と漏れる息はまだ震えていた。
 さすがにもう限界なんだろう。まだ繋がったままだったソコから俺のを抜いてもキョーヤは何も言わなかった。ただ眉を顰めて耐えただけ。俺をなくしてヒクつくソコからどろりと白っぽい色をしたものが溢れて肌を伝い、下にしている着物を汚していく。
「だいじょーぶ?」
 汗ばんでいるキョーヤの髪を指で払う。は、と浅い息を繰り返しながらキョーヤは笑った。なんか幸せそうな、ふんわりした笑顔だった。
(なんだその幸せそうな顔。反則だ。反則すぎる)
 ぷいっと顔を逸らして、色気漂うキョーヤの身体から視線を外す。意識を違うことに向けるため、改めて、シモンファミリーの偵察に行かなくてはと思う。
「先にシャワー浴びる」
 紫の着物を引っかけて立ち上がった俺をキョーヤの視線が追っている。それに気付かないフリで脱衣所に入って扉を閉めた。
 だから、そのエロい表情は本当に勘弁してください。俺がもちません。
 シャワーを浴びて髪を洗って身体もきれいにして、一つ落ち着く。ようし、たとえキョーヤが全裸で転がったままだろうともう欲情しないぞ。決意を固くしてジャージ上下に身を包んで廊下に出れば、キョーヤはまだ居間でぼやっとしていた。裸に黒い着物を引っかけただけの格好だ。さっそく固くしたはずの決意が土台からぐらぐらするのを感じながら努めて平静に近づき、「キョーヤ?」と声をかける。キョーヤはぼやっとした顔で俺を見上げて一言、
「腰が抜けたみたい」
「…痛い?」
 それだけシた憶えのある俺としては下に出るしかないわけです、うん。
 ふるりと緩く頭を振ったキョーヤは腰に手をやって「感覚が、よくわからないだけ」とこぼす。つまり痛みはまだないと。でもそれ、俺が前立腺擦りすぎて神経が一時的に麻痺してるとかだと思うので、うん、やりすぎたと反省してる。
 責任を感じた俺は、キョーヤをお風呂場まで運んだ。一度着たジャージを脱いで一緒にシャワーを浴び、中をきれいにする手伝いをして、努めて、努っめて平静心を貫いてキョーヤに新しい着物を着せる。自分の方は再びジャージを着用。
 ぐらぐら危うい理性はなんとかもってくれた。よし、よくやった俺の理性。
「キョーヤ、今日何が食べたい?」
「…なんでもいい」
「そー? じゃあ洋食にしちゃうよ?」
「好きにしたら」
 ぷいと顔を背けたキョーヤが欠伸を漏らす。「眠たい」「はいはい」まだ感覚がよくわからないというキョーヤが階段を上がるのを手伝い、部屋に連れて行って、ベッドに寝かしつける。あれだけシたんだから疲れてて当然で、ベッドに入った途端まどろみ始めたキョーヤは三分で眠った。俺の手をしっかり握ったまま。
 安心しきった寝顔だ。俺まで眠たくなってくる。
 …なんか最近キョーヤが甘える仕種もストレートになってきたというか。本当に、自分が節操なしになりつつある。
 とりあえず、キョーヤが眠ったことだし、シモンの様子を見に行こう。適当に並盛内をぶらつけば一人くらいは見つけられるだろう。
 財布だけ持って外に出て、適当にぶらついた。並中は当然空で、部活動の生徒がちらほら見受けられるけど、それだけだ。その中でも目を引くのは真っ黒な制服にリーゼントヘアという風紀委員の人達で、うっかり目が合ってしまうと大変目立つ事態になるとわかっていたので、早々に学校を離れる。
 やっぱここにはいないよな。とすると、休日人が出入りしてそうな場所は。
 河川敷に行くと、親子連れがボール遊びをしていたり、休日の趣味を楽しむ親父さん達が釣りに興じたりしている。…いないな、シモンの子。
 商店街の方でも一人も見かけず、おかしいなぁと首を捻る。七人中一人くらい見かけてもいい場所に行ったんだけど。みんなヒッキーなのかそれとも勉強してるのか。中学生なんだからアクティブに外へ行こうよ。
 気にかけることはしたし、見つからなかったんだから仕方ない。そろそろ家に戻って夕飯の支度をしないと。
 まだ入ったことのないスーパーを発見して、夕方特売のセール品と期限ギリギリで安くなってるものを見繕って購入。帰路に着く。今日はワインを使って煮込むビーフシチューにしよう。あれ、そういえば年齢確認とかされなかったな。…俺って老けて見えるんだろうか。それもちょっとショックだ。
 ビーフシチューとー買ったパンをスライスしてー、とか今晩のメニューを考えつつ歩いていると、偶然キョーヤと喧嘩してみせたあの転校生を見つけた。確か、鈴木アーデルハイト、だっけ。
 グラマラスだなぁ相変わらず。どういう発育するとあんなになるんだ、といらんことを考えてからばっばとその想像を振り払う。たとえ胸がぺったんこだろうと俺にはキョーヤの方がかわいいです。
 向こうもスーパー帰りのようで、ずっしり重そうな袋を両手でぶら下げていた。俺に気付いてたろうけど、お互い特にかける言葉も見当たらず、すっとすれ違って通り過ぎる。
 目つきが厳しいけど美人だな。グラマラスボディだし。そろりと振り返ると、カツコツとヒールを慣らしながら歩いて行く後ろ姿がある。スカート短い。ちょっと見えそうで危ないアレ。それでそんなこと思ってる自分にぶんぶん首を振る。色ボケしすぎだ俺、しっかりしろ。
「あ」
 そこではたと重要なことを思い出した。
 俺、キョーヤにまだ継承式に出てねって話をしてない。
 しまったあぁ、と色ボケしすぎの自分に愕然とする。俺が引っぱってけばキョーヤは来てくれるだろうけど、話をするのが継承式五日前とか。もっとタイミングあったろうに。俺の頭しっかりしてくれ。
 そうだ、それにスーツ。新調しなきゃ。最低でもクリーニングに出さなきゃ。あ、キョーヤって外着のスーツ持ってるのかな。やばい、やること結構あるじゃん。
 慌てて速足で家まで帰った。そろりと部屋を覗いたところ、キョーヤはまだ寝てるようなので、先にご飯の準備をする。しっかり手洗いしてエプロンを着用。よし、作るぞ。
 ご飯をすませて一服したら話をしよう。キョーヤならきっと仕方なさそうに息を吐いて了承してくれるはず。終わったらご褒美ちょうだいねとまたねだられるんだろうけど、いくらでもあげましょうとも。
(お前に俺を捧げること、もう躊躇わないよ)