俺で、魅せてあげるよ

 ボンゴレ九代目ボスから十代目ボスのツナへ、ボンゴレに伝わる〈罪〉が継承されようとしたとき、シモンファミリーは現れた。ボンゴレの空の七属性に対をなす大地の七属性というリングを携えて。
 その後、シモンファミリーによるボンゴレファミリーへの宣戦布告がなされ、圧倒的な力の差を見せつけられた挙句、ボンゴレリングは破壊された。
 重力操作のような力を前にキョーヤ達守護者、ボスのツナでさえ歯が立たず、みんなが怪我をした。
 …状況は最悪だ、としか言いようがなくて、気持ちが落ち込んでしまうのを止められない。
 十年後の未来でパワーアップしたはずのボンゴレリングさえ敗れた今、シモンに太刀打ちできる手段がない。
 そんな絶望の中へ、ボンゴレに仕える最古の彫金師、仙人みたいに滅多に姿を現さないとされているタルボじじ様が出てきてから、事態は少しの好転を見せた。じじ様は破壊されたボンゴレリングの修復は可能だと言ったのだ。
 ただし、修復したとして、今までのボンゴレリングでシモンに歯が立たないことはわかりきっている。そこで、じじ様は提案した。リングを修復すると共に、バージョンアップしようと。その材料として未来から持ち帰ったリング型になった匣が選ばれた。
 バージョンアップの成功率はじじ様の腕をもってしても五分五分だという。
 それはつまり、賭けってことだ。
 判断はツナに委ねられ、そしてツナは、リングのバージョンアップを選択した。
 …なんか落ち着けない、とうろうろする俺に、ソファで横になってるキョーヤが「鬱陶しいから歩き回らないで」とトゲトゲした声で一言。怒られた、と肩を竦めた俺はキョーヤのもとへ戻る。じっとしてるのが落ち着かない。こんなこと久しぶりだ。
 リボーンに言ってキョーヤはツナ達と別部屋にしてもらい、今は二人でタルボじじ様に賭けた結果待ち中。
 ソファでぐたっとしてるキョーヤの額に手を添える。「本当大丈夫?」「…平気だよって何度言えばわかるの」灰の瞳にじろりと一瞥されて首を竦める。
 だって、あんな未知な力で押し潰さそうになってたじゃないか。俺の心臓がどれだけ悲鳴を上げてたか知らないだろうけど、本当、寿命縮んだ。
 さらりと流れる黒い髪を指で梳く。
 ……改めて思うけど。キョーヤが生きてて、ほっとした。
「…何、その情けない顔」
 俺を眺めていたキョーヤが呆れたように息を吐く。曖昧に笑って「キョーヤ、水は? いらない?」傷ついたキョーヤに何かできないだろうかと思ってそう言うと、キョーヤ一度口を閉じたあとに「じゃあキスして」とか言ってくる。その言葉に思わず脱力した。お前、こんなときだっていうのに、我が道を行くってところ、変わらないね。頼もしいよ、本当。
 お望みのまま少し切れてる唇に口付ける。触れるだけでいいのかと思ったら舌を捻じ込まれた。逃がさないとばかりに頭を捕まえられたので、諦めてキスに専念する。
 くちゅ、と水っぽい音が鼓膜を刺激すると、そういう場合じゃないと分かってても疼くってのが男ってもんです。
 長いキスで息切れしてくるのはキョーヤの方で、それでもやめてやるものかとばかりに俺の舌にざらりと絡まってくる。頭に血が上ってきてるのか、血色のよくなり始めた頬に、だんだんそっちの方に意識が持っていかれる。キョーヤのネクタイを緩めたとき、カンカンと乱暴なノックの音がしてはっとして我に返った。危なっ。今俺危なっ。ナチュラルに脱がそうとしてたよ。あっぶな。
 慌てて顔を離す俺に、キョーヤは心持ち残念そうな顔でこっちを睨めつけている。
「はい」
 その視線に気付かないふりをしつつ慌ててドアの方を開けに行くと、なんか岩みたいなものを持ったタルボじじ様がいた。で、なぜか俺を見るなり「おーほーほー、懐かしいのォ、その顔」と杖で俺のことをつつく。痛いですナンですか。というか俺はあなたに会ったのは今日が初めてな気がします。
「じじ様?」
「ふむ、ふむ。えがったえがった」
 一人頷いて納得してるじじ様に首を捻る。何がなんだか。
「あの…リングの方はどうなりましたか」
 おずおず訊ねると、「おお、そうじゃった。ほれ。雲のリングじゃ」と俺の手に岩みたいなものを押しつけてくる。思わず受け取ってからはい? と首を捻る。
「リングって、これ、ただの岩…」
 そこではっとする。未来の匣であるアニマルリングとボンゴレリングを掛け合わせてバージョンアップが成功する確率っていうのは五分五分。なら、まさか、これは、失敗?
 呆然とする俺に、じじ様は言った。「ありったけの炎を注ぎ込むのじゃ。ただし一発勝負。そいつが覚醒するかどうかはリング保持者の覚悟にかかっておる」と。
 …えっと、つまり、この岩みたいなものは失敗の産物ではなくて。完成まで一歩手前の状態のリングってこと、なのかな。
 でもどう見ても岩。この手触りからしても。腑に落ちないながらもそれをキョーヤのところへ持っていく。キョーヤはだるそうな手つきで俺から岩を受け取った。
「今までと同じようにすればいいの?」
「生半可な覚悟ではまず失敗するぞ。持てる最高の炎を尽くせ」
 じじ様の言葉にふんと息を吐いてキョーヤが起き上がる。え、一発勝負でしかも最高の炎を出さないと駄目とか、かなり厳しい条件なんじゃと思ったけど、キョーヤはあっさりクリアした。岩みたいなものが崩れて、キョーヤの左手首にトゲトゲしたブレスレットがくっつく。あのトゲトゲ、もしかしたらロールのトゲトゲかもしれない。
 じじ様は満足そうに頷いて、最後にまた俺を杖でつっついて去っていったので、多分、これでいいんだろう。っていうかなぜつつくんだじじ様。よくわからない人だ。
 覚醒したらしいボンゴレリングはなんかもうリングって形をしてないけど、バージョンアップって言ってたし。じゃあこれでいいんだよな、とほっと一息吐いた俺に構わず、立ち上がったキョーヤが「もう帰る」とネクタイを取り払った。「え?」と慌てる俺。帰るって、お前、まだリボーン達と話をしないと。
 キョーヤが煩わしそうにがりっと腕を引っかく。傷つける勢いだった。「こら」とその手を取ると、「痒い」とこぼしたキョーヤが唇を噛む。はい? と首を捻る俺を恨めしそうに睨み上げて、「言ってなかったけど。僕、あんまり他人と群れると、ジンマシンが出るんだ」と初耳の言葉をくれた。
 え。ジンマシン。知らなかった。っていうか今まで気付かなかったぞ。俺と一緒にいてそんなの出たこと一度もなかったような。っていうかそれは身体の拒絶反応ってことだよな。そんなに他人が嫌なのか、キョーヤ。それで、俺は大丈夫なのか。
 ばしっと俺の手を振り払ったキョーヤが腕を引っかく。だから駄目だって、とその腕を掴んで、「ここから離れる。もう嫌だ」と頭を振るキョーヤに真面目に困った。あと、その仕草ちょっとかわいいとか思ってしまった俺は馬鹿である。
 ええいくそ、と窓を開けて一緒に外へ出る。がりがり腕を引っかくキョーヤを連れて勝手に部屋を抜け出し、人のいない湖畔の方へ走った。そんなに痒いのか、キョーヤは手当たり次第腕とか首とかを引っかいている。「駄目だって掻いたら」爪で引っかかれて赤く滲んだ首を見てぎょっとして手を掴む。「だって痒い」とこぼして抵抗するキョーヤに、ああもう、とキスして唇を塞いだ。
 あれだろ、痒いのを忘れるくらいのことをすればいいわけだろ。
 さっき中断されちゃったし、ここは誰もいないし、景色もよくて、ちょうどいい。初めて外でするにしては上出来だ。
「ん…ッ」
 逃げようとするキョーヤの腕をしっかり掴んで離さない。いい位置にある植え込みにキョーヤを押し倒し、堕としてやろうと唇を食む。キョーヤの両手を拘束して手が塞がっているから、膝でキョーヤの足の付け根を擦った。小さく震えた身体と「ふ」と息を乱したキョーヤに目を細める。
 痒みと快楽、どっちが勝るか、俺が見届けてやる。
 半ば無理矢理俺がキョーヤを襲った結果、ジンマシンは治まりを見せた。それでも結構な力でばりかかれた首には赤い筋があるし、触れた腕もプツプツしている。ところどころ引っかいた痕があるし。ああ、せっかく色白できれいな肌だったのに、とキョーヤの首を舐めて喉仏に噛みついた。「ぁッ」とこぼしたキョーヤがもぞっと動いて抵抗する。「も、いい。もう、大丈夫…ッ」と震える声に乞われて、やりすぎたかなと顔を上げた。
 …見れば見るほどキョーヤはエロい格好をしている。
 はだけているシャツ。首とか腕を引っかかないようにとスーツのジャケットの袖で縛り上げた両腕に、ずり下ろされたズボンと下着。前も後ろも濡らして、血色のよくなった顔を逸らして。キョーヤのジンマシンを誤魔化すためにセックスしたのに、堕ちたのは、どちらかと言えば俺だった。
 ふ、と息を吐いてキョーヤの腕を縛っていたジャケットの袖を解き、濡れた身体に俺のジャケットを被せる。
 ああ、やりすぎた気がする。まんざらでもないって顔を背けてるキョーヤもキョーヤだけど。
「もう痒くない?」
「…痒くない」
「じゃあよかった」
 笑った俺に、「強引だ」とぼやいたキョーヤが縛っていた手首をさすりつつ、汚れた自身を見下ろした。「こんなんじゃ帰れない」と言うから、すぐそこの湖畔を指差す。「そこで水浴びしよう」と言うとキョーヤは嫌そうな顔をした。バラバラとヘリが頭上を行く。誰も男同士のセックスなんて覗き見してないだろと思うけど、どうかな。まぁ見られてたとして俺は構わないけどね。
 それ以外にきれいになる方法がないと諦めたのか、キョーヤは息を吐いて目を閉じた。
 キョーヤが動けるようになってから二人で水浴びして、濡れちゃうけどスーツを着直して、リボーンに無断だけど、あとで怒られるかな、と思いつつ会場を離れて車一つを借り、並盛までお願いして雲雀家へと帰宅する。
 キョーヤはぶすっと機嫌を損ねた顔で着替え、部屋着の黒い着物を着た。
 ああ、機嫌取るのが大変だなぁと遠い目をしたくなりつつ、居間でうるさく鳴っている電話を取る。思ったとおりリボーンからだった。

『おいコラ、何勝手に帰ってんだお前』
「すんませんごめんなさい。ちょっとキョーヤにジンマシンが出て、急いで離れたんだ」
『はぁ? ジンマシン?』
「そ。粗療法だけど、引いたからよかった。で、そっちはどうなった?」
『…シモンの潜伏先に目星がついた。奴らの力が覚醒するまで七日だ。こっちはツナ達連れて明日にも船で立つ。そっちに鳥を送ったから資料はそいつから受け取れ』
「オッケ。えっと、ボンゴレ対シモンの総力戦ってことでいいの?」
『いや。ツナ、獄寺、了平、ランボ。そしてオレ。つまり、ツナとその守護者しか行かない』

 え、とこぼして受話器を握り直す。「それでいいのか?」と問う俺に、電話で繋がってるリボーンが肩を竦めた、そんな姿が見えた気がした。『雲雀を連れてこい。そのジンマシンとやらがまた出ると厄介だし、オレ達と同じ行動を取れとは言わない。だが連れてこいよ』「…わかった」念押しされ、頷く。この決定は九代目のものだと見ていい。なら、少し疑問は残るけど、従おう。
 そこで、べしっ、と背中に何か当たった。振り返れば着物の帯がぐしゃぐしゃに丸められて畳の上に転がっているのが目に入り、丸めた帯を投擲したんだろうキョーヤの姿が見える。
 おま、なんで帯取るの。見えてるって。その恨めしい顔も何。…や、そういう顔される理由が思い当たらないわけじゃないけど。
「えっとー、わかった。キョーヤはちゃんとその場所まで俺が連れて行く」
『ああ。頼んだ』
 じゃーな、と通話が途切れ、受話器を置く。しーんと静まり返る居間。キョーヤははだけた着物を直そうともせず、恨めしげに俺を睨んでいるのみ。
 うう、俺はどうすればいいんだ。沈黙がすごくいづらいです。
「…
 機嫌の悪そうな声にびしっと背筋を伸ばす。「はい」「さっきのは無理矢理だった」「はい。ごめんなさい。反省してます」ぺこっと頭を下げる。それくらいしか思いつかない。
 ああもう、ちょっと前までキョーヤ鳴いてたし、その前はボンゴレリングが破壊されるっていう大打撃を受けてたのに、これだ。俺はたじたじになってキョーヤに頭を下げている。非日常と日常が噛み合って流れる、これが俺の現実だ。
 ずんずん歩いてきたキョーヤががしっと俺の襟首を掴む。「地面でするのは背中が痛い」「え。あ、うん、そうだね。ごめん」「だから今度はベッドがいい」ぴ、と二階を指すキョーヤに困惑した。
(え? え、今度って、それって今からってこと? さっきシたじゃんか)
 困惑する俺を引きずるように歩き出したキョーヤの肩から着物がずり落ちる。踏んづけそうになる着物を避けつつ階段を上がり、「継承式には出たんだ。約束だよ、抱いて」と言ったキョーヤが俺を部屋に押し込む。
 ばさりと着物を落とした姿に「さっきのじゃ、満足しなかったの?」と訊いてみると、キョーヤはふんとそっぽを向いた。「外なんて、あなたに集中できない」とぼやかれてちょっと照れた俺がいた。そうか、キョーヤは楽しむよりも感じたい派なんだな。真剣にヤりたいってやつ。じゃあ、外でするのはもうよそうか。
 なんだかな。明日、リボーン達は出発するとか言ってたし。資料を持った鳥を飛ばしてくれたと言ってたから、それ受け取って、シモンのアジトがあるっていう場所までの行き方とか、考えないといけないのに。
 抱いてと乞われて、約束だと後押しされたら、断る理由が見つからない。
 キョーヤの手に誘われるままベッドへ行って濡れたスーツを脱ぎ捨てる。またクリーニング行きだな、と思いながらプツプツの消えたキョーヤの腕を撫でた。引っかいた痕が残ってしまってる。赤い筋の残る首に顔を寄せて舌を這わせ、「痛くない? これ」「別に。ちょっと、沁みるだけ」やっぱりそうか。結構な力で引っかいてたし、痕もあるし。あーもう、せっかくのきれいな肌が。
 首筋から順番に舐め上げていって唇にキスをする頃には、すっかり色っぽく潤んだ灰色の瞳が俺を見つめている。
「キョーヤ、俺のこと好き?」
「何それ。…好きだよ。悪い?」
「いーえ。俺もキョーヤのことが大好きだよ。愛してる」
 ついさっきシたんだから緩いソコに指を入れていく。片眉を顰めて耐えるキョーヤの首の赤い筋がどうしても気になる。そのうち消えるだろうけど。ああもう。群れるのが嫌いってそういうことだったなんて知らなかった。
 そこであっと疑問に思ったことを思い出す。簡単に一本くわえ込んだので二本目を入れながら「そうだキョーヤ。ジンマシン、俺といるときは出ないの? 無理してない? 大丈夫?」と心配すると、は、と息をこぼしたキョーヤは笑った。
、馬鹿じゃないの? セックスしても平気なんだから、あなたには大丈夫なんだよ」
 …その言葉が盛大な告白のように聞こえたのは、俺がキョーヤ馬鹿だからなんだろうか。
 ぎゅーっとキョーヤを抱き締めて、二本の指でキョーヤの内側を犯す。びくっと震えたキョーヤのイイトコロを俺はすでに知っているので、そこばかり責めてやる。「あッ、ゃ…っ、ンん、んッ」拳を口に押し当てて声を我慢するキョーヤに笑いかける。すぐに、そんなこと気にかけるの忘れちゃうくらい、俺で魅せてあげるよ。