殴り込みと洒落込もうか

 目が覚めて、ぼんやりした頭のまま身動ぎする。今何時、と部屋の時計に視線を投げて、いつもの場所に時計がなかった。
 あ、違う。ここは僕の部屋じゃない。彼の部屋で、彼のベッドだ。僕はまた彼の部屋で眠ったのか、と起き上がろうとして、ツッと足の間を伝ったその感触にぎくりと身体が固くなる。
 そろそろと自分を見下ろすと、裸だった。腿を伝ったのは掻き出してない彼のモノだ。
 そうだ。継承式には出たんだからご褒美をちょうだいと彼にねだったんだった。あれでは継承式が成功したとは言えないけど、出るって約束は果たしたんだからって、意地を通したんだ。
 そしてまた身体を繋げた。ベッドでする前は外でもシたのに。
 のためだのためだと我慢していたのに、大勢の中にいる自分という状況が身体の拒絶を引き寄せてジンマシンが出てしまった。それを鎮めようとした彼は僕を犯した。これ以上引っかかないようにって腕を縛られて、いつもより激しく犯されたんだ。
 またやってしまった、と枕に顔を埋める。
 …僕は快楽に溺れすぎていないだろうか。彼に溺れることなんて今更だけれど、これじゃあ、すべきこともできなくなりそうだ。面倒事が待っているっていうのに。彼のためにも僕のためにも、シモンを潰さないとならないのに。
 手を伸ばして、自分で後孔を指でなぞる。羞恥心を咬み殺して指をいれて、自分で中のものを掻き出していく。もう片手で拳を作って口に押し当て、絶対に声を上げるものか、と思いながら指を動かす。
 くちゃ、と媚びるような、嫌な音がする。
 シーツは洗濯すればいい。いくら汚したっていい。でも床は汚したくない。彼に後始末させるのだって忍びないし、ここで掻き出してからシャワーを浴びに行こう。でないと溢れてるモノが床を汚してしまう。
「……っ」
 ぐちゅ、と鼓膜を刺激する音。それを意識しないよう我慢しながら中身を掻き出す度に、どろりとしたモノがシーツをどんどん汚していく。
 これ全部が彼からの愛だと思ったら、自然と笑みがこぼれていた。
 やだな。なんだか自分が卑猥だ。やらしい。男を堕として笑ってる女みたいだ。
 ふ、と息をこぼしてがりと拳に歯を立て、痛みで意識を鈍らせる。
 拷問か、と思いながら自分の中から彼のを掻き出す作業をようやく終えて、指を抜いた。もっと大きくて硬くて熱いのが欲しいと言うソコを無視して、床に落ちたままの着物に手を伸ばす。羽織って軽く帯を締め、立ち上がって、大丈夫なことを確認してからシーツを回収してぐるぐる丸めて持って部屋を出た。とんとんと階段を下りていく。
 まっすぐ脱衣所に向かって洗濯機にシーツを突っ込み、シャワーを浴びた。しっかり身体をきれいにする。熱い雨を浴びながら、熱い時間を思い出して、はぁ、と吐息をこぼして軽く頭を振る。
 しっかりしなくちゃ。僕は並盛風紀委員長の雲雀恭弥だ。こんなふうに女々しくなるのはいけない。
 しっかりしなくちゃ、と自分に言い聞かせながらシャワーを終えて居間に行くと、机の上には地図が広げてあった。その地図を睨んでいたが顔を上げていつもみたいに僕に笑いかける。「おはよう」「…おはよう」ぼそぼそ返事をしてそばに行き、太平洋の何もない海に×印と緯度と経度が書き込んである地図を見下ろす。
「何それ」
「うん。ここにシモンのアジトがあるらしいんだ」
「らしい、って…。それに、地図を見る限りそこは海だけど」
「無人島があるらしいんだよね。ここが一番有力な場所なんだってさ。もうリボーン達は向かってると思う」
 ふぅん、とこぼして畳に座る。「ねぇご飯」「はい、はいはい」催促すれば彼はご飯の準備をしに台所へと急ぐ。彼の背中から地図に視線を投げて、ああ、面倒くさいな、と思った。
 無人島ね。それが本当なら、隠れるにはもってこいだし、シモンの彼らが潜伏している可能性は十分あるだろう。でも、海のど真ん中か。どうやって行こうか。プライベートの船はさすがに持っていないし。またボンゴレに頼ることになるのもなんだか癪だな。
 考えている間に彼がご飯を用意した。今日は昨日のカレーがドライカレーへと変身していた。ドライカレー、サラダ、ご飯のワンプレートにスープつき。なんか、レストランみたいだ。
 ぱくぱく朝食を食べる僕と、真剣な顔で地図を眺めてメモ用紙にイタリア語で何か綴っている。特に会話もないまま鶏のダシがおいしいスープをすすって、「どうするの」と訊ねた。彼はこの地図といくつかの文書が届いてからずっとそこへの行き方を考えていたのだろう、僕にこう提案した。
「まずは車で移動しよう。で、ボンゴレにヘリを一台貸してもらって、島へ向かう。昨日あれだけ飛ばしてたんだ、一台くらい借りれると思う」
「ヘリ…? あなたが操縦するの?」
 顔を顰めた僕に彼は笑った。任せなさいと胸を叩いて「わりと何でもできるって話したでしょ。ヘリの免許ならあります。しばらく乗ってないけどダイジョーブ」…しばらく乗ってないって、それは少し不安になる回答なのだけど。まぁ、何かあったとして、僕がロールを使えばどうにかなるだろうし。いいけど。
 僕は彼の提案を受け入れた。どのみち無人島へ行くなら船かヘリかその辺りしか方法がないし。
 長丁場の戦いになるかもしれないから、と荷物の準備をするように言われて、面倒ながらも何日か分の着替えをトランクに放り込んだ。
 また並盛を離れないとならないので、草壁に電話を入れて指示を出す。昨日のことで並盛の風紀を乱したのはシモンの仕業だとわかったけれど、手は抜けない。僕がいない間に何も問題が起こらなければいいけど。
は、何着ていくの」
「スーツかなー」
 僕がパスしたトランクに着替えを詰め込む姿を眺めて、開けっ放しのドアにもたれかかって、目を閉じる。
 別に、ボンゴレなんてどうだっていいよ。マフィア界が変わろうが変わるまいがどうだっていい。
 僕にとって大事なのは並盛と。それから。
 そっと目を開ける。救急箱をトランクに入れた彼が参ったなって顔で「げ、キツい…あー」とぼやいて中身の整理を始める。そんな彼の姿にふっと自分の表情がやわらかくなるのを感じる。
 あなたがいるから、あなたが大事だから、あなたが好きだから。だから、僕は頑張るのだ。
 バラバラバラとうるさい音を立てるヘリは本州を離陸。先に件の無人島とやらへ付けているボンゴレの船に着陸許可を得るために通信を入れる彼の声も、バラバラとしたうるさい羽音に邪魔され気味だ。
「はい。はい、了解です」
 僕はぼんやりとヘリを操縦する彼を眺めているだけで、することもない。
 退屈だな、と視線を眼下に投げれば海がある。深い青をたたえて、水平線のその向こうまで、陸地にぶつかるまでどこまでも続いている。
 …僕にとって海は彼だ。どこまでも深くてどこまでも広がっている、彼そのもの。
 しばらく飛ぶと、視界の先に中型の船三つを確認できた。その向こうには島がある。どうやら赤ん坊の読みは当たったらしい。
「あれ?」
「そ、あれ。真ん中のに着陸する。キョーヤ、ベルト締めて」
 窮屈だからと外していたシートベルトを指摘され、仕方なくはめ直した。久しぶりだというヘリの運転に集中して一言も言わないから、余裕ないのかなって話しかけるのを遠慮してたのに。なんだ。僕のことちゃんと気にしてたんだ。…そんな小さなことで照れてる自分が馬鹿みたいだ。
 久しぶりだというが操縦するヘリは無事に船へと着陸した。バラバラとした羽音が静かになっていく中、ふー、と息を吐いたが通信を兼ねてるヘッドフォンを外した。
「さ、降りよう。九代目に直接話を聞けるみたいだから、そこで状況を確認する」
 好きにすれば、と肩を竦めて返し、ベルトを外す。トランクを固定していたベルトも外した。先に降りた彼が機体の扉を開けて僕から荷物を受け取る。吹き込んだ風からは潮のにおいがする。
 別に一人で降りれるのに「お手をどうぞ」とさらりとした笑顔で手を差し伸べられ、そっぽを向きながらその手に自分の手を重ねた。
 そのとき、目の前がくらりと歪んだ。
「っ、」
 眩暈、に似ていた。おかげでヘリから足を踏み外してしまって、「わっ」と慌てた彼の手に引っぱられて受け止められたことで、なんとか転ばずにすんだ。
(…? 何、今の)
 まだチカチカしてるような気がする頭に手を添える。
 何か見えた。知らない人間だった。知らない場所だった。ただ、シモン=コザァート、ジョット、Gって名乗っていたことを考えると、彼らは。
「キョーヤ? 大丈夫? ヘリに酔った?」
「…平気。大丈夫」
 彼の腕から抜け出す。もう眩暈は治まっていた。ヘリの始末をスーツ姿の誰かに頼んだがトランクを掴んで慌てて僕を追ってくる。そのいつもどおりの様子から、彼にはさっきの映像みたいなのは見えていないのだろう、と推測する。
 …脳裏をよぎった映像のことなんて、今話したって仕方がないし。それで何かが変わるわけでもないし。余計な心配かけたくないから、彼には黙っていよう。
「キョーヤ、こっち」
 くい、と腕を引かれて足を止めた。彼は迷うことなくヘリポートから下りて、船上を歩いていく。
「…来たことがあるの?」
「え? 何が?」
「ここに。あなた、迷ってないから」
 追いついて並ぶと、ああ、と笑った彼は「俺もボンゴレの人間だよ? 基本知識くらいは頭に入ってる」なんでもないことのようにそう言って、扉の前に立つスーツ姿の男二人に英語、じゃなくて、多分イタリア語で話しかけて、何かを見せた。ボンゴレの人間だという証明みたいなものを。それから僕を振り返って「キョーヤ、手出して」と言うから、仕方なく左腕を突き出す。僕の手首に新しくなったボンゴレリング、もとい、ボンゴレギアと名付けられたブレスレットがあるのを確認すると、男二人はようやく道を開けた。英語じゃなくて、多分イタリア語で言葉を交わした彼が笑って扉を開ける。
「さ、行こうキョーヤ」
 僕を振り返った彼はいたっていつもどおりで、どこか舌足らずなカナ呼びで僕の名を呼ぶ。
 …普段の生活からは忘れがちだけれど、彼も一応、そういう人間なのだった。全然似合ってないけど。
 そのうち九代目の守護者とかいう人がやって来て僕らを案内し、現状を説明、寝袋とか宿泊道具の入ったリュックを預けてきた。僕は煩わしいからそんなものいらないと言ったんだけど、何があるかわからないから、とに宥められて、仕方なく荷物を増やした。
 船から小型のボートで島へと案内され、赤ん坊達が先に上陸している島の砂を踏む。
 ざっと見回したところ、自然に行ける道は一本だ。あとは切り立った崖か森へと入る道で、沢田達がそっちへ行ったとは考えにくい。なら、建造物の見える方に行くのが吉か。
 長い年月で朽ちて崩れたアーチの向こうには階段が見えるあれ以外道らしい道がないとはいえ、なんだか誘われてるようだと感じるのは僕の気のせいだろうか。
「ん」
 ひょい、と落ちていた石を拾ったが目を細める。足元を見ると、自然でもないけど不自然でもない絶妙なぐあいで転がっている石がいくつかある。「何それ」しゃがんだ彼を追いかけて膝をつくと、「うん、リボーンだろうな。あっちだってさ」が目で示したのはやっぱりアーチみたいなのが見える場所だった。
 息を吐いて立ち上がる。
 誘われてるようで癪な一本道だけど、進む以外にない。
「キョーヤ、荷物俺が持つ。貸して」
「は? それじゃあなたがへばる」
「ダイジョーブだよ。何かあったときにお前が動けない方がまずいでしょ」
 む、と眉根を寄せて、肩に引っかけているリュックに視線を投げる。
 邪魔かと言われれば、邪魔だけど。
 僕が何か言う前にリュックを攫った彼が「はいじゃあ持ちます。進んで」と背中を押すから、はぁ、と息を吐いてざくと一歩踏み出す。
 まぁいいさ。あなたの両手が塞がってるなら、戦うのは本当に僕だけでいい。あなたが銃やら手榴弾を携帯していることは知っているけど、そんなもの、使わせないよ。
 階段を上りながら「ねぇ」と声をかける。「うん?」と生返事の彼は僕よりも周囲へと気を配っているようだった。見たことのない種類の葉っぱが生い茂っている森に左右を挟まれているのは、確かに落ち着かないし、不気味でもある。
「携行してるものと、ポケットに入ってるものと、鞄に忍ばせてるもの。使わないでね」
「え、」
 なんでそれを、って顔をするはどうやら気付かれてないとか思っていたらしい。
 馬鹿だな、あなた。僕がそんなことにも気付けないと思ったのだろうか。本当、馬鹿な人。
「戦うのは僕だ。あなたは僕を見ていればそれでいい。それで、僕が頑張れるんだから」
 そのために、が行かないなら僕も行かないと九代目とやらの前で駄々をこねてみせたのだ。沢田と守護者と赤ん坊しか行けないという島へ彼を連れて行くためには、そんな子供っぽい方法しか思い浮かばなかった。
 状況は詰んでると見てるあちらは僕の要求をすぐに承諾し、彼の同行も許可した。は武器は使うなと言われていたけど、いざとなれば彼がその言いつけを破ってしまうだろうことなんて簡単に想像がつく。僕だって彼に何かあったらそんな言いつけすぐ破る自信がある。再度言っておかなくては、僕のために、は銃を取るかもしれない。その可能性を潰したい。
 だって、僕が負けるはずがない。
 してやられた分は十倍にして返す。それだけだ。
 ぽり、と頬を引っかいた彼が「うん、まぁ。そうだね。九代目からも駄目って言われたし…キョーヤが頑張るために俺はいるんだもんな。うん。わかった」納得してくれたようなので、ふいと視線を外して石の階段を上がる。
 これで、僕も本気で戦える。待ってなよ小動物。僕が咬み殺してあげるから。