守るべきは、風紀と、あなた

 ヘリから降りるときに初めて見てからと、昨晩寝てるときにもう一回、過去の記憶みたいな映像を見せられた。おかげで陽が昇る前に起きてしまった。
 この感覚、自分の頭が勝手にいじられてるみたいですごく嫌だ。だけど、防ぐ手立ても見つからないし、余計な心配はかけたくないから、には黙ったままでいる。
 そして今、三度目になる映像を見せられて、頭に添えていた手を離す。「キョーヤ?」背中側からかかる、どうかしたのかと言いたいんだろう彼の声に「なんでもない」と返し、ふらついてなんかない、と靴底で強く階段を踏み締める。
 延々と続く一本道に、左右には鬱蒼とした森。この景色ばっかり見続けて、飽きてきた。
 島に入って三日目になるのに誰にも会わない。誰も僕らを襲ってこないし、赤ん坊達はもっと先を行っているのか、見かけないし。一体いつまで歩かせるつもりなのかとイラつき、投げやりに階段を上がりきったとき、遠くでしか感じることのなかった炎の感じがした。この感じ。沢田と、それから、古里炎真か。
行くよ」
「あい、あいあい」
 よっこらせ、と階段を上がりきったがふーと大きく息を吐いて膝に手をやる。…辛いなら僕だって荷物持つのに、と思うんだけど。僕の視線に気付くとあははと笑って「ダイジョーブ。行こう」と歩き出すから、はぁ、と息を吐いて先を行く。
 延々と一本道の階段道。左右は鬱蒼とした森。ずっとその景色だけしか見ていなかった視界に彼の瞳の蒼と同じ空の色が大きく映った。一瞬彼の海に投げ出されたような錯覚を憶えて軽く頭を振る。ぱち、と再度目を開けて景色を眺めると、断崖になっている丘からは空の蒼と、そして、眼下に広がる朽ちた町の風景が見えた。
 遅れて追いついたが肩で息をしつつ、スーツのネクタイを緩めた。「ん? こんな場所に町…? 誰かいるのかな」「さぁ」視線を巡らせて階段を見つけ、町へと下りていくその道を辿る。今度はここを突っ切れということか。本当に、いつまで歩けばいいんだか。
 断崖になってる丘から町へと下りて、誰かの気配がないかと探す。
 …やっぱりここにも誰もいない。さっき炎を感じた距離を考えると、この辺りからだと思ったんだけど。入れ違いか。
 ほへー、と間抜けな顔で辺りを見回したが「だいぶ老朽化してるけど、これ、イタリアっぽいなぁ…」とこぼしてふらっと一軒家に寄る。「」と棘をきかせた声で呼べば、首を竦めた彼が戻ってくる。
 イタリア家屋。あなたの生まれがイタリアだという話は聞いたけど、ここで懐かしむのは違うでしょう。
「あとさ、火薬のにおいがするから、多分ハヤトのダイナマイトじゃないかなーと思うんだ。ほら、あれも戦ったあとっぽい」
 彼の指が示した地面は、明らかに周りの地面と違っていた。土がぬかるんで沼みたいになっている。シモンリングは大地の七属性とか言っていたから、彼らのうちの一人がやったんだろう。彼の言うとおり、さっきまでここでは獄寺隼人と誰かが戦っていたということか。
 ようやく先を行く赤ん坊達に追いついてきたわけだ。このまま彼らに獲物を全部取られちゃたまらない。僕らも急がないとならない。
 廃墟の町を出て、また森の中へと続く一本道を行きながら、ちらりと彼を振り返る。建物がイタリアっぽいと言っていた彼は懐かしむように町を眺めている。
 …馬鹿みたいだな。そう思ったけど、仕方がないから、伝えることにした。
「ねぇ」
「うん?」
「これが終わったら、イタリアに旅行に行こう」
「はい?」
 ぐり、とこっちを向いた彼は我が耳を疑うって顔をしていた。「え? イタリア? なんで?」首を捻る彼にぷいと顔を背ける。
 なんでって。あなたがそんなふうに懐かしいなぁって振り返ってばかりいるからじゃないか。
「僕は並盛以外あまり興味もないけど、あなたが生まれ育った国なら、まぁ、行ってあげてもいいかなって…」
 ぼそぼそそう言うと、彼はさらに首を傾げた。ぼけっとした間抜けな顔をしている。何その顔、ムカつく。
「…キョーヤ、俺と一緒に、イタリアに行ってくれるの?」
「……あなたが行きたいなら、付き合ってあげる」
「そっかぁ」
 へらっと笑顔を浮かべた彼が「じゃあそうしよう。約束」と笑う。
 何幸せそうな顔してるんだ。敵地だっていうのにだらしない。…馬鹿な人だな。本当に。
 僕も、おんなじくらいに馬鹿だけど。
 町を抜けてさらに何時間も歩いた頃だった。「あ」と声を上げた彼が前方を指差す。シモンの誰か、ではない。こちらに背中を向けて先に道を行く集団。沢田達だろう。
「おーいツナーっ、リボーンー!」
 ぶんぶん手を振って大声を上げるに呆れてしまう。
 あれが幻覚とかで罠だったらどうする気なんだろうか。そういう感じはしないけど、用心するに越したことはないって、あなたが言い出したくせに。だからこの島に入ってからまともなキスの一つもしてないのに。
 前方を行っていた集団が立ち止まる。手を振り返す人間がいるところを見るに、赤ん坊達なんだろう。「よかったー追いついた。さ、行こうキョーヤ」と背中を押されて、渋々歩き出す。なんとなく、まだ引っかいた痕があるという首を隠すために一つボタンを留めた。
「おう、来たか。よう雲雀」
「…やぁ」
 彼らから離れたところで足を止める。は僕の背中から手を離して赤ん坊に「ちゃおッス」と挨拶して、それからちらりと沢田を気にする視線を投げた。「こらーランボさんにも挨拶ちろー!」と獄寺に抱えられている子供が喚くと、はいはいと首を竦めた彼が「あい、ランボもハロー」と言ってまた沢田を気にするように視線をやる。
 沢田綱吉は、いつもだいたい情けないけど、今はもっと情けない感じになっていた。なんていうんだろう、気配とか気力とかも死んでる感じ。激しい戦闘の末に消耗って感じではないし…何か、精神的に来るものがあったってところか。
「ようやく追いついた。一本道だったから迷わずにすんでよかったよ。で、えっとー、リョーヘイがいないね。現状ってどうなってんの」
「おめーがいない間に色々と複雑だよ」
 けっと顔を背けた獄寺隼人と、頭がもじゃもじゃしたうるさい子供と、黙ったままの沢田綱吉が赤ん坊にどつかれ、たった今気付いたって顔で「あ…さん。雲雀さんも、来てくれたんですね」とこぼして笑おうとして失敗する。
 状況整理のため、仕方がないからが彼らと群れるのを許し、一人離れてその集団について歩く。
 今回のシモン戦は、マフィア界の掟の番人、復讐者とかいうのが敗者を牢獄へと連れ去る、というルールがついたらしい。
 戦いで懸けるべきはそれぞれの誇り。だから、戦いの前に両者が誇りを提示して、砕かれた者が敗者として六道骸も投獄されたままの牢獄へと連れて行かれる。
 なんで復讐者とやらが口を挟んできたのかは知らないけど、要は勝てばいいわけだ。
 第一戦は笹川了平と青葉紅葉。ボクシングで戦い、膝をついた方が負け、というルールで相打ち、復讐者に連れ去られた。
 第二戦は頭がもじゃもじゃした子供と大山らうじ。僕らを未来へと飛ばした例の十年バズーカとかいうので十年後の自分と入れ替わり、ボンゴレリングを覚醒させて勝利。大山らうじは投獄。
 第三戦がさっき行われ、獄寺隼人とSHITT・Pが戦闘、獄寺の方が勝利。敗者は投獄。
 そこで、古里炎真が現れて沢田綱吉とぶつかったらしい。嘘か本当かは知らないけど、そこで古里に両親と妹を殺した奴の息子だとか言われて彼は殺されかけ、今みたいな抜け殻状態になっているらしい。
 その辺りは興味がないので流した。問題は並中生が連れ去られたということの方が大きい。相手は復讐者とかいうよくわからない連中だし、これが終わったあとで…どうしようかな。赤ん坊に相談するのが一番かもしれない。頼るのは不本意だけど、並盛の風紀が乱れることは避けたい。
「…赤ん坊」
「なんだ雲雀」
「多分、その戦いが終わったあと辺りだと思うんだけど。頭に映像みたいなものが入ってきた、あれはなんなの」
 ぼそっと赤ん坊に訊いたつもりが、にも聞こえてしまったらしい。「映像?」と首を捻る彼は僕が見たものを見ていないのだ。僕は赤ん坊に訊いたんだけど、「あれはボンゴレとシモンの過去だ。ボスと守護者にしか見えないもんだよ」獄寺の方がそう答えた。…予想はしていたけどやはりそうか。でも、戦いが終わったあとでこんなものを見せてくるなんて、どういうつもりなんだか。意味がわからないな。頭を勝手にいじられてるようで気分のいいものでもないし。
 どのみち、こんな戦い、早く終わらせてしまおう。
 獄寺はさっき戦って疲労している。抱えられてる子供の方は空気を読まないでうるさいだけで、十年後の自分と入れ替わる、という方法を取らない限りまともに戦えるとも思えない。そして、この戦いで懸けるべき誇りを見失っている状態の沢田綱吉は前に出せない。
(なら、僕が出るしかないか)
 近くで水の音がする。大きい。滝でもあって水が流れ落ちているのかもしれない。
 視線だけで確認すると、も相手の待ち伏せに気付いているのだろう、沢田を案ずるように半歩前に出る。その自然に相手を気遣う仕草というのがイラッとする。あなたは、僕だけ見てればそれでいいのに。
 道の途中で待ち伏せしていたのは、並中でも僕に喧嘩を売ってきた女子だった。鈴木アーデルハイト、だっけ。

「復讐者の掟に従い互いの誇りを懸けて勝敗を決する。沢田綱吉、貴様の誇りを言え!」
「え…誇り……?」
「迷うことなどないはずだ。貴様の身体に流れる残虐な血こそが貴様の誇りだろう!」

 …ああ、なるほど。打たれ弱い小動物らしい。そんな言葉程度で揺らいで打ちのめされているなんて。
 一つ息を吐いて、赤ん坊達の後ろについていたのを追い越し、前に出る。「キョーヤ?」と心配そうにかけられた声に視線だけやると、が僕を見ていた。蒼い瞳が相変わらずきれいだ。
 何、その顔。僕が負けるとでも思っているのかあなたは。馬鹿だな。この島での戦いが終わったら僕は並盛に帰って、あなたに抱いてもらって、そうしたら今度はイタリアへ行くんだ。さっき約束したでしょう。あなたが気に入ってた場所とか、お店とか、食べ物とか、なんでもいいからあなたのことをたくさん知っておきたい。僕はあなたのことをもっと知りたいんだ。
 だから、負けられない。誇りを懸けるとなればなおのこと。
「僕が相手をしてあげるよ、鈴木アーデルハイト。屋上では中途半端で終わってしまったからね。あれの続きをしよう」
「…いいだろう。勝負だ。ルールは互いの誇りによって決定する。私の誇りは、炎真率いるシモンファミリーと、粛清の志!」
 …そうくるだろうと思っていた。彼女の意識が僕に向くようにと屋上でのことを持ち出して、正解だったな。
 そちらがそうくるなら、僕の誇りとやらも決まってくる。
「誇りね…。誇りなんて考えたこともないけど、答えるのは難しくない。並盛の風紀と、それを乱す者への鉄槌」
 のことも大事だけれど、懸けて戦うというのなら、これに決まっている。「やはりな…ならばルールは簡単だ」と示されたのは、学ランの左腕にある腕章だった。これを奪った方が勝ち。手段は選ばないそうだ。
 滝の方へ跳んでいった相手を一瞥し、の方に視線を投げる。相変わらず沢田のことを気遣っているようなのでちょっとイラッとした。イラッとしたまま転がってる石ころを蹴って彼の足にぶつける。「痛っ」と顔を顰めた彼がようやく僕に気がつき、目が合った。
「あっちは手段は選ばないそうだけど」
「…じゃあ、キョーヤもそうする?」
 少し悲しそうな顔で笑う、彼がずるいと思う。まだ相手が女子だからとか言う気なのか。相手は僕を殺す気でいるのに? 本当、あなたにマフィアって仕事は似合ってない。
 溜め息を吐いて左手首のボンゴレギアとやらに意識を移す。「ロール」未来で彼が名付けたハリネズミの名前だ。クピ、と鳴いて現れたロールに足場の球針態を作らせ、滝が凍らされた舞台の方へ移動する。
 沢田をどう立ち直らせるかは彼に任せる。僕は、それなりに、鈴木アーデルハイトを咬み殺すとしよう。