D・スペードとかいう奴が現れて、裏が全部繋がった。 シモンファミリーはいいように利用されていただけで、初代ボンゴレは、友人である初代シモンを裏切ることはなかった。 全てはD・スペードの謀で、シモンもボンゴレも、その手の内で踊っていたにすぎない。 クロームはDに操られたまんまだとかで、助けに来たんだけどこっちには戻ってこず、おまけにあの場からDを逃がす手伝いをして、彼女もそれについていってしまった。 危ないところを駆けつけたタケシに助けられたり、Dに騙されていたことを知ったカオルが飛び出してきた挙句に投獄されてしまうなど、今日だけで色々ありすぎて、頭が痛い気がする。 「うー…」 ぐりぐりこめかみを刺激して、ツナ達と今日あったことを整理してまとめつつ。一番驚いたのは、もう歩くことさえ困難だろうと言われていたタケシが劇的な回復を見せたことと、タケシを治したというビャクランの話だった。 そう。十年後の未来で世界を支配しようと目論んでいたあのビャクランだ。俺の前でツナの炎に焼き尽くされて死んだ、あのビャクラン。 タケシによれば、現代のビャクランというのはボンゴレの監視下にあって、行動的にも思想的にも危険性はゼロ、と判断されているらしい。 僕は欲しかっただけだ! この世界が、そしてがっ! どさくさすぎてツッコミ入れることもできないでいたあの言葉が頭の中に再生されてしまう。 俺はキョーヤのことが好きです。だからって別に女の子に興味がないわけじゃなくて、アーデルハイトのナイスバディにはちょっとどきっとするくらいフツーに男の子なんだけど。さらに言い訳するなら、あの世界で一人きりで立っていたビャクランに、俺が欲しかったって言ったあいつに、何も思うところがないわけでもなくて。ほら、ユニも言ってたから。ビャクランのこと嫌いにならないでくれって、さ。だからじゃないけど。あーもーっ。 がしがしと頭を掻いて「んー、じゃあ、俺は戻ります」とこぼして立ち上がる。「あ、はい。おやすみなさいさん」と控えめに笑ったツナはすっかり大丈夫そうだ。まだ病み上がりだというタケシも軽く手を挙げて「おー、明日な」と笑うし、ハヤトはけっとそっぽを向いていつもどおりだし、リボーンにいたっては例のにまにました笑みを浮かべてる。ランボはお子様なのですでに熟睡中だ。 焚き火を囲むツナ達から離れて、ずっとちくちくした空気を出したままのキョーヤのもとに戻る。 和の中に入るなんてしないキョーヤはツナ達から結構離れたところでこっちに背を向けて寝転がっていた。 「ただいま」 返事はなかったけど、寝袋にも入ってないし、ふて寝してるようだ。苦笑いをこぼして「キョーヤ」と呼びかけて手を伸ばすと、払いのけられた。どうやら機嫌が悪いらしい。お前の分まで状況整理しとこうって思っただけなのに、相変わらずヤキモチ妬きというか、心が狭いというか。 一人分距離を取ったところに腰を下ろして、リュックから携帯食を取り出す。今日はメープル味にしよう。 クッキーみたいにサクサクしてる携帯食をかじっていると、ごろりと寝転がったキョーヤが俺の腰に腕を回してひっついてきた。「僕も食べる」「はいどーぞ。あーんして」あーん、と素直に口を開けるキョーヤがかわいらしいから、ナチュラルに額にキスしていた。顔を背けつつも俺の手から携帯食をかじるキョーヤ。…男としてちょっと疼くものがあるけどここは我慢だ俺。 シモンVSボンゴレ。その戦局図が大きく塗り替えられた今、俺がキョーヤにしてげられることは、充電だ。色々と疲れてるだろうから、俺での充電。顔見知りがすぐそこにいるからキス以上はできないけど。 初代守護者がどうして現在にまで出てくるのかとか、詳しいことはわからないけど。相手がシモンを利用し現ボンゴレを転覆させようとしているのなら、俺達はその野望を砕かないとならないだろう。あんな奴にボンゴレをいいように利用されるなんて俺だってごめんだし。 まぁ。俺は戦う術をもたないので、悲しいかな、みんなを応援することしかできないわけですが。気持ちくらいは人一倍ボンゴレのためにを掲げよう。 「寝るなら寝袋入りなよ」 「やだ」 「やだって…。じゃあせめて下に敷きなよ。地べたに寝転がるよりはマシになるから」 むぅ、と眉根を寄せたキョーヤは俺にくっついたまま動かない。その体勢のままで、俺にどうしろと。まさかいつかのテントの夜のようにこのまま夜を明かせなんて言わないよね。明日もまた徒歩で移動しないとならないんだから、さすがに徹夜は避けなくては。 手を伸ばしてリュックを引き寄せ、コンパクトにまとめてある寝袋を縛っているベルトを外す。空気を吸ってふわっと膨らむ寝袋をばさっと一つ振って、はい、とキョーヤにやる。むーと眉根を寄せて俺を睨んでいるキョーヤは受け取ろうとしない。 ナンですかその顔は。なんか機嫌悪そうだし。え、なんでだ。 ぶすっとした顔で俺の腰を抱き締めたキョーヤが「もっとちゃんとキスしてよ」とこぼす。恨めしそうな声音のくせに俺のズボンのベルトを撫でた指は煽る仕草だった。 こら、こらこらコラそういうことするな。さっきまですごく真面目にDの話とかしてたのに頭が残念なことになるから。せっかく整理した話忘れちゃうから。 ほっとくとベルトを外しそうな手を握って止めて、はぁ、と一つ溜め息。「じゃあ、そうしようか?」ばさっと寝袋を被ってひっついていたキョーヤを剥がし、地面へと縫いつけて唇を寄せる。 これで一応ツナ達に見えないでしょ。まぁ寝袋被って何してるのかって気になるかもしれないけど気にしないでほしいです。 「…っ」 ざらりとした舌に自分の舌を絡ませるキスは、少し久しぶりだ。 目立たなくなってきたけど、まだ引っかいた痕のある首筋を指でなぞる。腕の方はもう治ったかな、と思いながら腕の方も撫でる。さっき煽られた分のお返しのつもりで。息をこぼしたキョーヤが俺の頭を抱え込む。すっかりその気で潤んでる瞳に慌てたのは俺の方だ。キョーヤは駆け引きなんて知らないんだった。しまった。 キョーヤの顔を両手で挟んで、離れるなとばかりにぐいーと力を入れてくる腕に抗って、ちょっとだけ顔を上げる。喋れる分だけ。「キョーヤ」と呼べば唇同士がこすれた。「なに」吐息と一緒に言葉をこぼしたキョーヤがもどかしそうに舌を伸ばして俺の唇を舐める。もっとしてよ、と乞う。 ああもう。あーもう。そんなかわいいことばっかりしてると本気で襲うぞ。いや、駄目なんだけど。襲わないけど。ちょっと、決意の土台がぐらぐらしてる。 キスだけ。絶対キスだけ。絶対キスまで。それを心に誓いつつ、「長ラン似合ってた」と言うとキョーヤは小さく笑った。あのひらひらしてるところがちょっとスカートっぽくて、とか言ったら睨まれるだろうから言わないけど。 「脱がせたいとか思ったんでしょう」 「思った」 馬鹿みたい、とこぼしたキョーヤの口を自分の口で塞ぐ。 心ゆくまでキスを続けて、何分もずっとそうしてると、だんだんキョーヤの舌の動きが鈍くなってきた。俺の唾液分も飲み込んでごくんと喉を鳴らす、その表情がなんともソソる。 駄目だ。これ以上はマズい。下半身が疼いてしまう。 何分もずっと塞いでいた口を解放すると、げほ、と咳き込んだキョーヤが灰の瞳で俺を見上げた。飲みきれずに顔を伝った唾液を袖で拭って、これでおしまい? とでも言いたそうな顔だ。 うん、おしまい。おしまいです。これ以上はお互いにマズいと思うので、もうおしまい。 被っていた寝袋をちゃんと敷いて、もう一つも広げる。離れた俺をキョーヤが睨んでいるけど気づかないフリを通し、「ほら寝るよ。おいで」とふてくされているキョーヤを呼ぶ。しばらくそうしてたんだけど、キョーヤは意地を通すつもりらしいので、俺は諦めて先に寝袋に入った。ツナ達の方も寝袋を広げ始めている。今日はいろんなことがあったからもう頭を休めたい。寝よう。 うつらうつらしていたら、べち、と額を叩かれた。ぼやっとしている意識で薄目を開けると、唇にやわらかい感触。 「…おやすみ」 普段よりもやわらかい声でのおやすみが耳をくすぐる。 へら、と笑って「おやすみ」を返し、俺はすぐに眠ってしまった。 翌朝は俺の方が早く目が覚めた。 朝陽が眩しくてのそっと起き上がると、キョーヤは隣で眠っていた。可能な限りくっつこうとしたようで、キョーヤの寝袋は俺にぴったり寄り添っている。 昨日は初めてボンゴレギアを使って戦闘をしたんだ。キョーヤも疲れてたんだろう。なのにまた先に寝ちゃったな俺。ちょっと反省。 リュックから携帯食を取り出して封を切り、かじりつつ、朝陽に照らされて艶のある色で輝く黒い髪に目を細めて、指で梳く。帰ったら切ってあげよう。少し量が増えてきたようだし。前髪、目にかかってるところがあるし。 そのうちツナ達の方も起き始めて、キョーヤは一番最後に目を覚ました。心ここにあらずという寝起きのキョーヤに唇を寄せてキスをする。「おそよう」「…おはよう」キスにキスを返したキョーヤがだるそうに起き上がる。寝起きのキョーヤはだいたいこんな感じなのであまり気にしない。起きていくらかすれば意識も醒めるだろう。 おいしくないを顔で表しつつキョーヤも朝食を終え、ツナ達と合流して出発する。といってもキョーヤは誰かと一緒を嫌がるから、俺がキョーヤについてツナ達と足並みを揃えてる感じなんだけど。 森の風景が途切れ初め、山へと続く一本道を行く。 Dはどこに潜んでいるのかわからないし、エンマは出てこないし。なかなか気が抜けない状況だ。 「…ねぇ」 「うん?」 「D・スペードとかいう奴には、全力で向かっていっていいんでしょ」 確認されて、少し考えて、浅く頷く。向こうはこっちを消すつもりでいるみたいだし、なら、俺達も全力でいかないとならないだろう。 ふっと息を吐いたキョーヤの指が俺の指を握る。視線を俯けてぼそぼそと「鈴木アーデルハイトには加減したんだ。褒めてよ」と言われて、なでなでと頭を撫でた。黒い髪がさらさらと揺れる。「子供じゃない」と俺の手を押しのけるくせに、ぎゅっと握って離さない。やだもうかわいい。 そこで、山本の肩に乗ってるリボーンがにまにまこっちを見てるのに気付いて、我に返って手を離した。あとで絶対またからかわれるなこれは。 不服そうな顔をしてるキョーヤの隣を歩きつつ、ツナ達についてさらに歩いていくと、山の中へと入っていく洞窟の入り口を見つけた。「でっかい穴だもんね!」「道が続いてるってことは…」「この中に入れってことだろうな」言葉を交わし、ツナ達が先に洞窟入りする。俺とキョーヤはあとに続く。 ひんやりとした空気は、ここが洞窟内だからというせいだけでもないだろう。 (…殺気だ) 身体をひんやりと撫でる風は、殺してやる、という深くて暗いものを纏っている。それでいて背筋がピリピリするこの感じ。殺意に熱意が混じって、肌を刺すようだ。 血や火薬のにおいがしないだけまだいいけど。これじゃあまるで戦場だな、と思っていやと緩く頭を振る。ここでD・スペードの脅威を取り除かなければ、マフィア間でまたこんな空気が勃発するだろう。それは避けたい。 戦争、なんてことになればたくさん犠牲者が出て。巻き込まれる人間も出てきて。俺みたいに家族を失う人間もたくさん出るだろう。 「何考えてるの」 ひんやりとした空気の中で、よく知っている声がした。前を行くツナ達から少し遅れている。この空気に、自然と俺の足が鈍っていたらしい。俺を振り返っているキョーヤが呆れた顔をしていた。 「何、その情けない顔」 「…ごめん」 ぐに、と頬をつねって引っぱる。あの未来では匣とリングがあったから、自分も何かできるかもとか思ってたときがあったけど。今の俺、全くの無力。この殺気の前に無力だという現実が心を竦ませている。 一つ息を吐いたキョーヤがすっと手を差し出す。「おいで」と言われて、いつもとは逆だな、と思いながら、俺と同じくらいの手に掌を重ねる。 「どうせ古里炎真と戦うのは沢田綱吉だ。だから、僕が戦うのは、彼が負けたときだよ。それまでそばにいるし、絶対に守り通す」 そんなこと言ってのけるキョーヤが最高にかっこいい。 くそぅ、悔しい。俺だってキョーヤにかっこいいとか思われたいよ。全然、駄目駄目なんだけど。 肩を落として隣に並んだ俺に、キョーヤが訝しげに首を傾げた。誤魔化して笑いかけつつ、ツナ達に追いつくべく早足で洞窟の奥へと続く階段を下りていく。 何か驚きの声を上げているツナ達に追いつくと、深く潜る一本道が途切れて開けた空間に繋がっていた。そこにはどう見てもお城があって、そのいたるところから炎が吹き出していた。行き場のない想いが溢れて止まらない、とでも言うように。 「この炎…エンマだ」 そうこぼしたツナの手からナッツが飛び出して駆けていく。それを追って走り出すツナ達に、ごくんと唾を飲み込む。あれがエンマの炎。ならこの空気はエンマからきてるってことか。こんな冷たい空気が。 「ほら行くよ」 「わ、」 ぐい、と俺の手を引くキョーヤがおおよそいつもどおりすぎて、緊張しきっていた俺は思わず笑ってしまった。 ああ、ほんと、俺はお前に依存し始めてるよ、キョーヤ。 |