とある日常プラス

 連休の土曜日、午後四時半過ぎ。
 餃子の具を皮に包む、という地味に難しい作業をと一緒にこなしているときだった。「キョーヤ、あとで長ラン姿になってよ」と前触れなく言われて「は?」と声と顔を顰めつつ、手元の餃子から視線を逸らさない。力加減を本当に繊細にしないと潰れてしまうのだ。全くなんて面倒くさい。隣で手慣れたようにさっさと餃子を仕上げていく彼の手が憎たらしい。どうやったらそんなふうにぱっぱとできるんだ。
 なんとか一つ完成して、彼のと比べて初心者丸出しだな、と思いながら同じお皿に並べた。そこでじっとこっちを見ている彼に気がつく。
「…なんで、長ラン?」
 その目が熱く僕を抱くときのものに似ている気がして、餃子の皮を掌に載せつつぼそぼそと訊いてみる。さっきはそれなりに集中していたのに、もう手元が怪しい。彼の蒼い瞳が僕を見つめているのだと思うと気のせいか頬まで熱くなってくる。
 僕がボンゴレギアの力で長ランを羽織ったのはシモン戦のときだっけ。…だけど今更どうしてそんなこと言うんだろう。別に、見たって仕方がないのに。僕にとって学ランと長ランはそう違わないから、わざわざ形態変化する意味もないというか。
 ちらりと彼を窺うと、ぱちっと目が合ってしまった。しまったと思ったときにはもう遅い。僕を捉えて細くなる瞳を寄せられると心臓が騒ぎ出す。耳を食むくらい、唇の動きがわかるくらい耳元で「駄目?」と囁かれると、掌にある餃子を投げ出してしまいたくなった。一気に顔が熱くなって、努めて、平静に、顔に出てるかもしれないけどそれでも平静を装って餃子作りを続けながら「理由は」と短く訊ねる。彼は耳元で淡く笑っただけで何も言わなかった。
 …そういうのは、ずるいじゃないか。他の誰でもないあなたの願いなら叶えてあげたいけど。叶えてあげられる願いだけど。なんか、腑に落ちない。
 ぐるぐる考えているとざらりとした生ぬるいものが耳たぶを撫でた。身体が固くなる。ぎこちない手がさらにぎこちなくなり、せっかくきれいにできていた餃子のひだがぐしゃっとなった。
 力加減が上手くいかない。甘く柔く食まれる耳に意識がいってしまう。
「着ればいいんだろ、着ればっ」
 その甘さに負けた僕がそう言い放ってばっと離れると、舌を覗かせる彼が笑った。「言質取ったり」とか言って笑うから、ぷいと顔を背け、仕上げた餃子を若干乱暴な手つきでお皿に並べた。
 不恰好な僕の餃子ときれいにできてるの餃子が今晩のメインで、あとはチキンのトマト煮込みと五穀米ご飯と漬物を食べた。形に違いはあれど餃子のタネは彼が作ったものだから味に違いはない。けど、整った餃子と不恰好な餃子では、やっぱり格好いい方がおいしいような気がした。
 僕がしたことは餃子の皮にタネを置いてひだを作って仕上げるって行程だけだ。それだけでも上手くいかない。僕が調理なんかしたらきっと鍋が爆発したり、はしないか、さすがに。でも焦がすだろうなきっと。
 恋人同士っていうのはたまには料理も一緒に作るものらしい、と彼が調理している間垂れ流していたテレビから情報を得た僕は、嘘か本当か、と呆れつつも結局それっぽいことをしたわけだ。…おかげで家にいるのに着物から制服に着替えて形態変化する、なんて妙な約束にも繋がったわけだけど。
 でも、、僕が手伝うって言ったら嬉しそうだった。そこはテレビの言ってたことを信じてあげてもいい。共同作業というのは、確かに甘い空気になる。彼も喜んでくれる。これからも、僕にもできそうなことならまた手伝ってあげてもいい、かな。
(なんで家にいるのに制服……)
 彼が理由をはっきり言わないのですっきりしない。それでも言ってしまったことをなかったことにするなんてふうに自分を曲げられない僕は、渋々自室に戻って着物から制服へと着替えた。彼は下で食器を片付けている。終わったらここへ来るらしい。
 ベッドに座って、部屋でこの格好は落ち着かないな、と足をぶらつかせる。
 五分ほど待ったあと彼がやってきた。「お待たせ」と笑う顔からは彼が何を考えているのかまではわからない。いつもと変わらない笑顔だ。
「…形態変化すればいいの?」
「うん」
 左手首のボンゴレギアに視線を落とす。仕方なく立ち上がって「ロール。形態変化」と命じれば、クピ、と鳴いたロールが光となって手首から外れて僕へと重なる。
 背中に風紀の文字が入った改造された長ラン。長い裾の内側には鳥の雲雀が舞っていて、左腕には風紀の腕章。
 着たけど、と彼を一瞥すれば、蒼い瞳が僕を見ていた。穴が開くくらいにじっとこっちを見つめている。…そんなに見つけられると僕も照れくさいんだけど。「何さ」とぼやきつつ適当に裾を払って視線を落とす。あまり見つめていたら、その目と目が合っていたら、彼の海に落ちてしまう。
「うん。似合ってる」
 ようやく聞こえた声と、一歩二歩と歩み寄った彼に強く抱き締められた。ジャージの胸に顔を埋める形になって、強い抱擁に息が詰まる。
「で、そんなキョーヤを剥きたいんだけど」
 耳を食んだ声に心臓が騒ぎ出した。すぐに言葉を返せない僕の太腿を細長い指が這う。外側から内側へ、煽る仕草で。
「き、昨日シた」
「そうだね。でもシたいな」
 駄目? という囁き声と一緒にゆっくりした手つきで腰のベルトがカチャリと音を立てる。外されている、とわかったけれど、抵抗できない。
 別に腰が痛いわけでもないし身体がだるいわけでもない。シたっていい。そんなふうに思ってしまってる時点で彼の誘いを断る理由がなくなってしまう。
「で、でも、ロール」
「ロールが何?」
「これ、ボンゴレギアの力だから。気が抜けたら、解ける、かも」
「気合いで頑張ってよ」
「はぁ?」
 なんだよ気合いって。そんな適当な。それに、ロールが。見てるのに。
 ベルトが外れてジーとチャックの下げられる音がした。ばさり、とズボンが落ちる。甘い口付けで額を吸われた。それだけで目の前が熱で浮かされていく。
 気合いで頑張れだって? これはそもそも気合いとかですむ話なのか。
 必要な炎分を先に供給していれば気が抜けたとしても長ランは維持されるだろうか。意識したこともないからよくわからないけど、とりあえずやってみる。本当に頭が使い物にならなくなる前に。
 そこで、長ランの一番下の外れていたボタンを彼の手が留めた。…脱がせるんじゃないの? と顔を上げた途端唇を奪われて、息の仕方を忘れる。
 ベッドへ誘う手に足元で邪魔なズボンを蹴飛ばすようにして脱ぎ散らかし、二人でどさっとベッドに倒れ込む。ぎいぎいと軋んだ悲鳴を上げるベッドにも慣れたもので、奪い合うように口付けを重ねる。ざらりとしたその舌を求める。
 それなのに、中途半端なところで彼が離れてしまった。「キョーヤ、ちょっと座ってよ」と言われて、なんで、と首を傾げる。「いいから」と額にキスされて、早く続きがしたくて彼の言うとおりにした。ただ、ズボンも穿いてないし反応しかけてるソコを見られるのが嫌で自然と膝頭をくっつけてぺたっと座り込む。そんな僕に彼は満足そうに一つ頷いた。
「そうしてると本当、長ランがスカートでさ、キョーヤ女の子みたい」
 それでちっとも嬉しくない言葉をくれた。
 …まさか僕に長ランを着ろって言ったのはそういうことなのだろうか。先に理由を訊いていたらきっと却下していたろう。だから、今回は駆け引き上手な彼の勝ちだ。
 ぶすっとした顔でそっぽを向く。にしてやられたのは悔しいけれど、浮ついた身体を中途半端に持て余すのは嫌だった。自分で抜くなんてしたことがない。僕はいつもに気持ちよくしてもらって吐き出したことしかない。必然的に、熱を持ってしまった身体は彼で鎮めてもらうしかなくなる。
 もういいでしょうと膝立ちになって、なんとなく前は隠す。長ランの長い裾がこんなときに役立った。彼のやわらかく笑ったその表情とは裏腹に蒼い瞳は野性的な光を帯びて鋭さを増す。
 少し乱暴に肩を押されて後ろに座り込んだ僕の片足を取った彼が、あろうことか、親指の爪先を舌で舐めた。その瞬間ぞくりと背筋が震えて「ゃ、汚い」と逃げようとするのだけど、もう片手でも捕まえられた。爪先から這った舌が足の甲をなぞって足首に到達する。そのむず痒さと言ったらない。
 その舌でなぞるものはもっと上の方だろう、と身体が騒ぐ。
 …本気で嫌なら、彼を蹴飛ばせばいいだけの話。
 ふくらはぎを伝って膝の裏をつついてくる舌先に身体が震えた。もう少し上、と騒ぐ身体が恨めしい。膝の裏でも真剣に愛してる彼の蒼い瞳が恨めしい。
「も、いぃ。ねぇ」
 催促しても、彼はゆっくりと焦らすようにしか舌を這わせない。
 ようやく太腿に到達しても、舐めたり、軽く噛んだりして、ちっともそれ以上上にいこうとしない。中途半端に刺激を受けて浮ついた身体を持て余しすぎて涙が出てくる。「ねぇ、やだ。早く」と懇願すると、薄く笑った彼がかぷりと太腿に噛みついて痕を残した。痛痒い。どうせ見えないところだからいいけど。
 やっと抱いてくれるのかと思ったら、下着の上から触れられるだけだった。
 刺激が欲しくてほろほろと涙がこぼれる。
 もういい加減焦らすのはやめてほしい。あなたの温度が恋しくてお腹の奥がずっと熱い。

「…エロいなぁキョーヤは」
 抱くときだけに見せるその笑顔に嫌味の一つも返せない。もう焦らすのはいやいやと子供のように頭を振る。早く、早く、僕に触れてほしい。前も後ろもぐちゃぐちゃにしてほしい。他に何も考えられなくなるくらい、あなただけで満たしてほしい。
 早く気持ちよくしてくれと懇願する身体にようやく彼が触れた。下着の中に手が入って、片手で器用に長ランと制服のボタンを外していく。覆い被さるようにキスをされて応えながらまた一つ涙がこぼれた。
 長ランを脱ぐ暇も与えられず、すぐに快感で追い詰められて頭の中が白く飛びかける。焦らされすぎて身体全体が性器になったみたいですぐにイッた。余韻に震える身体もすぐに快楽に追い立てられ始め、僕は長ランを着たまま彼に犯された。
 炎の供給が効果的だったのか、体力が果てて力なくベッドに埋もれた頃に長ランは消えた。代わりに左手首にくっついたブレスレットを外して枕の下に突っ込む。
 ロール、今出てきたら咬み殺すから。外にぶん投げてやるから。だから絶っ対出てくるな。
「キョーヤ」
「…何」
 枕に埋もれていた顔をずらして視界を確保すると、優しく笑っている彼がいた。さっきまで汗が浮き出るくらい激しい行為をしていたことを示すように首筋を伝った汗を舐めたい。「愛してるよ」と言われて照れくさくなって視線を逸らす。「僕だって愛してるよ」と返して、ゆるりと背中を伝った指がまだヒクつくソコを撫でたから、小さく身体が反応してしまった。まだ彼をくわえこんでいた感覚を憶えている。
「な、に」
「身体冷える前にお風呂入らなきゃ。掻き出してこ」
 ね、と起き上がった彼の片手に抱かれて、一つ吐息して目を閉じる。
 どうせしなければいけないのだからすませてもらった方が楽だ。楽だけど、さっきまでシてたんだから、もう少し時間を置いてほしいところだ。勘違いした身体が勝手に反応するから。
 声を殺しながら、彼の胸を伝った汗を無意識で舐めて拭った。しょっぱい味がする。
 どうにか吐息をこぼすだけで我慢したのに、お風呂に入ってる最中に彼の方がその気になってしまった。別に誘ってもいないし、僕は湯船に浸かってぼんやり身体を洗う彼を眺めてただけなのに、だ。
 彼曰く、お風呂場の橙色の灯りと、白い湯気が立ち込める空間と、そこで湯船に浸かっている濡れた髪の僕、というのがいけなかったらしい。「キョーヤほんとエロい」とキスされて僕は喜ぶべきなのかどうか。「そんなに見つめられたら興奮しちゃうよ」と頬を舐められてそっぽを向く。
 さっき焦らされて泣かされた分焦らしてやろうとそっぽを向いたまま湯船の中で膝を抱える。屈してやるものかとつーんとそっぽを向く僕を背中側から抱き込んだ彼の、硬いのが、腰辺りに当たった。う、と心が傾く。パシャンと揺れたお湯と持ち上がった手が僕の髪を撫でつけた。「キョーヤ」と甘い声に呼ばれると、屈してしまいそうになる。
 悔しいな。さっき涙がこぼれるくらい焦らされて悔しいって思ったのに、誘われたら拒めないだなんて。一度くらい駄目って突っぱねたっていいんだろうけど。そんなことして僕に特はないし。
「キョーヤ」
「……はぁ」
 ゆるりと顔を向けるとさっそくキスされた。
 ついさっきもシたっていうのに、は案外と絶倫だ。セックスにも慣れてるみたい。僕の気持ちいいトコロもすぐに当てる。気持ちよくするやり方も知ってるし。キスも上手だし。僕はいつも彼に翻弄されるばかりでリードしたことはないし。
「…僕をその気にさせたら、いいよ」
 キスが終わったタイミングでそう囁いて、元気な彼の耳たぶに舌を這わせる。強く抱かれた拍子にチャポンとお湯が揺れた。
 そして、僕は今夜だけで二度も彼に抱かれることになる。