誰かこの事態に説明プリーズ

 大変です。俺の愛しいマイエンジェルは男の子だったのですが、今朝になったらなぜか女の子になってました。
 ちなみに現在進行形でキョーヤは女の子のままで、背が縮んでて、声も女の子のそれになってて、胸はおっきいです。日本人サイズとしては侮れないです。アーデルハイトとかはもうどういう発育してるのかって疑問に思うサイズだけど。アーデルには及ばないけど、歩いたら揺れが気になるくらいにはサイズがあります。
 ごほんごほんげほん。それは置いておくとして。問題は、なぜキョーヤがこうなってしまったのか、解決策は何か、ということなのだけど。
「昨日は、別に普段と何も変わらなかった、よね?」
 こくんと頷くキョーヤが黙って朝食を食べている。黙々とご飯を食べる姿を眺めつつ頭を悩ませる俺。こんな超常現象に遭遇したことは初めてなので対応策なんてさっぱりわかりません。
 そりゃあね、十年後の未来で匣とかリングの炎とか未来的なことを経験したし、最近はシモンリングと進化したボンゴレリング=ボンゴレギアの対決なんてちょっと変わった日々を過ごしてたよ。D・スペードの能力におののいたりしたよ。アラウディと自分の関係に驚いたりもしたよ。でも、ここまで突発的で衝撃的なことって今までなかった気がする。
 だってさ。あのキョーヤが。男の子でもかわいいと思うことの多かったキョーヤが女の子だよ? やわらかいラインの身体しててしかも胸もおっきくてそこでご飯食べてるんだよ? さっきまでどうしようって俺に泣きついてたんだよ? 女でも僕のこと好き? って卑怯すぎる泣き顔で俺に迫ってたんだよ? そんなのもたないって。俺の理性が死んじゃうよ。なんとか耐えたけどさ。
 もそもそご飯を食べていたキョーヤがかちゃんと箸を置いた。まだ三分の一くらい残っている。「おいしくない?」「…違う。お腹がいっぱいになった」ぼそぼそとそう言われて、そっかとこぼしてキョーヤが残した分を代わりに食べた。どうやら身体が女の子になったためか用意したご飯の量が多かったらしい。
「あ、そうだ。携帯貸して。俺からクサカベに電話入れておくよ。理由、風邪で休むでいいかな?」
 こく、と頷いたキョーヤが着物の袖の中から携帯を取り出した。ことん、とこたつの机に携帯を置いた手がやわらかそうでついつい握って止めてしまう。あ、本当にやわらかいや。
「…?」
 訝しげに眉を顰めたキョーヤに曖昧に笑って手を離す。
 クサカベに連絡を入れ、キョーヤ風邪を引いてガラガラ声だから俺が代わりに電話入れました、今日は休みます的なことを伝えて通話を切る。
 食器をシンクへと片付けて、こたつに戻る。思いつめた顔でこたつの机を睨んでいるキョーヤの頭をふわふわ撫でた。「とりあえずさ、その格好から着替えよう」「…なんで?」「なんでも。俺のもの貸すから洋服着て」その着物姿では俺の理性が綻んで綻んで仕方がないとはさすがに言えなかった。納得してない顔をしつつもキョーヤは俺のトレーナーとジャージに着替えてくれたので、ほっと一息。とりあえずそれでラインは隠れるだろう。
 首を捻って時計を確認すると八時過ぎ。お店が開くまではまだ時間がある。
 ポチッとテレビをつけて朝のニュースをやってる番組にした。いつもとは違う重たい沈黙を埋めるためだ。
 キョーヤはこのことを他の誰にも言いたくないと言った。それ故俺は頑張って頭を捻らせ、考えられるだけのことを考えて今後のことを検討しないとならないのである。
 と、のそっとこたつを出たキョーヤが俺の隣にやってきた。黙って隣に座って黙ってひっついてくる。
 うわあさっきも言ったんだけどそれやめて、お前、今自分が女の子なのわかってる? わかってないだろうから言うけど胸が腕に当たってる当たってる。
「キョーヤ?」
 丸みを帯びた指で手を握られるとどきっと心臓が跳ねた。上目遣いに見上げられるとさらに心臓が跳ね上がる。
 今までそれなりに色事も経験してきたけど、キョーヤほど愛した身体はない。そのキョーヤがもっとソソる身体になって俺を見上げてるなんて何かの冗談であってほしい理性的な意味で。
 ごくんと唾を飲み込んで、「キスしてよ」とこぼす唇の艶かしい動きを見つめる。
 駄目だ。視線が剥がせない。
 くそー無防備すぎる、と女の子の自覚のないキョーヤの唇を奪った。抱き締めれば胸が当たる。せめて小さかったらここまで気にしないのに、歩く度に揺れるとかそれが気になるとか本当勘弁して。俺の理性いくらあっても足りません。
 男と女で何がそんなに違うかって? そりゃあ色々違うよ。突っ込む場所が違うとかそういう話以前に丸みを帯びたラインっていうのは男の理性ってもんを刺激するんだよ。それこそどうしようもなくね。
「ん、ふ…っ」
 キスなのに喘ぐキョーヤに、鼻にかかったその声にかわいいかわいいとそれだけで頭がいっぱいになりかける。が、女性相手の場数は何度か踏んでるので経験から理性が働いてくれた。適当なところでちゅっとリップ音を立てて顔を離す。
(危なっ。抱くところだった)
 ふいと顔を逸らしたキョーヤが俺のジャージに顔を押しつけた。
 ああくそうずうずするぞ。こんなんでキョーヤがもとに戻るまで一緒に過ごすとか大丈夫なのか俺。頼む理性よ、しっかりしてくれ。
 十時になって、ジャージ上下とコートに身を包んだキョーヤを連れてデパートに行った。とりあえずサイズの合った服がいるのと、きちんとブラをしてもらう必要があるためです。俺の理性が死んでしまう前にその揺れる胸をどうにかしてくださいマジで。
 いやいやされたけど、女の子になったキョーヤは力のぐあいも女の子のそれになっていたので、強く手を引っぱるだけで俺についてきた。以前のようにトンファーも振るえないようで、どこか泣きそうな顔で俺を睨んでいる。
「だからね、さっきから何度も説明してるけど、女の子にとってブラって大切なんだよ。歩く度に揺れるとか自分でも邪魔だって思うだろ? 俺も一緒に行くから選びましょう」
 涙目のキョーヤをどうどうと落ち着かせつつ、細くてやわい背中を撫でる。
 正直なところ女性の下着売り場に行くのは初めてです。緊張してます。が、放っておけば絶対とんぼ返りしてくるキョーヤにブラをつけてもらうには俺が一緒に行く他ないわけです。しかもキョーヤは自分から口を開こうとしないため、俺が店員さんに声をかけ、キョーヤのサイズを測ってもらって調達するしかないわけです。
 下着選びまで一緒にするなんて、よほどのバカップルしかあえりない気がする。お姉さんが微妙な営業スマイルをしてるのわかるし。
 すみませんね男が昼間からこんなところに顔出してて。俺だってすごく勇気出したんです緊張してるんです。女の子の下着ばっかり置いてある場所で胸張ってるのって思ってるよりずっと気力を消耗するんです。そこんとこ知っといてください。

「ん?」
「…つけられないんだけど」
 ぼそぼそとした声にはーと息を吐き出し、覚悟を決めて試着室のカーテンをちょろっと開ける。キョーヤは鏡の方を見て後手でブラのホックをつけようと格闘していたけど、上手くいってない。肩から背中、腰の細いラインにドギマギする理性に一喝しつつ、「ちょっと手ぇ離して」と言えば、ぱっと手を離すから、慌ててブラのホックを持った。お前、もうちょっと気遣え俺の理性を!
 勝手がよくわからないので、とりあえず真ん中で留めてみる。「キツい?」「…よくわからない。そもそもコレが窮屈だ」ブラの肩紐を恨めしそうに睨むキョーヤに笑うしかなくなる俺。そりゃあ、男子には一生わからない感覚なんだろうな。胸が重い、窮屈ってさ。
「デザインは? それでいい?」
「…なんだっていい」
「そーですか。じゃあ適当に持ってきてもらうよ。ついでにそれつけたままでね」
 嫌そうな顔をしたキョーヤに脱いだトレーナーを預けて「早く着なさい」と言ってからカーテンを引く。あ、お姉さん引いてるぞあれ。ちょっとショック。
 当面の目的だった下着類の購入を終えて、内パッドのついたキャミソールとかも買っておいた。ついでにと女性服売り場に行ってキョーヤを連れ回し、嫌だと手を引っぱるキョーヤの肩にあれこれ押しつけては「似合うなぁ」とうんうん頷く俺。冬に向けたもこもこしたタオルみたいな生地のワンピースが身体のラインを引き立てるようだ。おっとそれじゃあ駄目だ却下、と商品を棚に戻す。こんなもこもこワンピ着たキョーヤなんてかわいすぎて死ぬ。
 キョーヤはもう涙目ではなかったけど、それでも恨めしそうに濡れた目で俺を睨めつけている。
 そんな顔すらかわいいとか俺もうどうしたら。
「服なんてどうだっていいだろ」
「んー、まぁ俺の着れば事足りるけどさ。せっかく女の子なんだもん、かーわいい格好してよ。そしたら俺ちょー嬉しい」
 今流行のだぼっと着るタイプのバルーンワンピと赤と黒のチェックのレギンスパンツを持ってきた。上着は起毛地のついたモッズコートでどうだろうか。ついでに帽子はこのブラウンのキャスケットで、靴はちょっとミリタリー系のブーツを選ぶ。一人キョーヤのコーディネートを楽しんで「かわいいなぁ」とデレデレしてしまってごほんと一つ咳払い。いかん、何を馬鹿っぽいことをしてるんだ俺は。キョーヤは本気で女の子になってしまったことを悩んでるのに。
 でもせっかく女の子になったんならかわいい格好してよ、と思ってしまう俺はただの男でしたハイ。
 俺が片付けようとした服達をキョーヤの手が引き止めた。じっとコートやワンピースを見つめているから、「ねぇ試着だけでもしてみない?」とダメもとで頼み込む俺。キョーヤが渋ったので、よし、勝算はあると理解した俺の行動は早い。さっそく店員さんに声をかけ手にしてるもの一式全部着てみたいんですがと頼み込んで試着室を開けてもらった。よっしゃあ。
 にこにこキョーヤの背中を押す俺と、ぶすっとした顔のキョーヤ。俺達二人を店員さんが生暖かい目で見守っている。
 十分後、もたつきつつもキョーヤが試着室のカーテンを開けた。上から下までばっちりだ。女の子だ。かわいい。ああでもせっかくだから短パンとか穿いてほしいな…足出してなんて言ったら絶対嫌だと言うだろうから我慢するけど。
「かーわいいー!」
 落ち着かなそうにちらちら鏡を確認しているキョーヤをぎゅっと抱き締める。本気でかわいくて俺幸せすぎて死にそう。キョーヤがこんな格好してくれる日がくるなんて夢みたいだ。
「…変じゃない?」
「似合ってる似合ってる。ちょーかわいい」
 白い頬が少し熱っぽそうに赤くなってるのがかわいくてかぷっと噛みついた。途端にべしと頭を叩かれて大人しく引き下がる。よく考えずとも公衆の面前だったので、このくらいにしておこう。
 全部着たまま帰ろうと会計をすませ、タグだけ外してもらった。
 すっかり女の子スタイルになったキョーヤの手を引っぱって違うお店にも顔を出す。マネキンが着てたゆるふわのニットワンピがどうしても気になってキョーヤに頼み込んで試着してもらったところ、紫色がばっちり似合ってて思わず溜め息が漏れた。
「よし買おう」
「はぁ? さっき買った。もういい」
「じゃあこれで最後にするから! ね? ね?」
 ぶすっとした顔のキョーヤを宥めに宥めて会計し、そろそろキョーヤの我慢も限界だろうと思って、紙袋片手に店を出た。地下街でお昼のお弁当を買って帰宅し、お弁当に合うあたたかい味噌汁を作って昼食にする。
 キョーヤはコートを脱いだだけでバルーンワンピース姿だ。伏し目がちに黙々とお弁当をつついている。
 そんなキョーヤでもかわいいなぁと頬が緩んでしまう俺はどうしたらいいでしょうか。
「…何?」
 俺の視線に気付いたキョーヤが眉根を寄せる。あははーと笑って「かわいいなぁと」と言ったら不機嫌そうにそっぽを向かれた。
 これでキョーヤが女の子のメイクなんかした際には俺の理性は死ぬ予定である。かわいいかわいい連呼してしまう自信がある。ああくそう、一体俺にどうしろっていうんだよもう。キョーヤまじかわいい。