あなたはすごく、ずるい人だ

 てろっとした生地のワンピースの裾を引っぱる。着慣れないものを着てるせいか落ち着かない。
 なんで僕がこんなもの着てるのだろうと自分に呆れる反面、そんな僕をかわいいと囃し立てる彼に照れくささも感じる。馬鹿にしてるわけじゃないのだ。本気でそう思ってるから馬鹿みたいに僕に笑うのだ。
 結局僕は彼が望むことなら叶えたいと思うのだろう。馬鹿みたいな話だけど。
 …それにしても胸が窮屈だ。このブラってものはつけてないと駄目なんだろうか。多少揺れを軽減してくれるようだけど、それ以上に窮屈だ。息がしにくい気さえする。
「ねぇ」
「んー?」
「ブラ取りたいんだけど」
 紅茶の準備をしている背中にそう声をかけたら、彼の手からつるっとカップが滑り落ちた。「だわっ」と変な声を上げた彼がどうにかカップをキャッチして、「取っちゃ駄目です。せっかく買ってきたんだから」と溜め息を吐かれる。むぅと眉根が寄って、ホックに引っかけていた指を外した。
 男じゃ想像がつかないだろうけど、これ案外と窮屈なんだよ。胸が揺れるのも邪魔だけどこれをしてるのも窮屈だ。
 紅茶を用意した彼がポットとカップをこたつの机の上に並べた。ことんと逆さにされた砂時計から彼の瞳の色の砂が上から下へと移動し始める。
 テレビの中では適当なニュース番組の特集がやっていて、今の政権がどうとかこうとかつまらないことこの上ない話をしていた。頬杖をついて動く景色をぼんやり眺めて考える。…僕はいつになったらもとの身体に戻るのだろう。
 が、女の僕でも好きだって言ってくれたから、とりあえずはそれでいいって納得してたけど。やっぱり僕は男の方がいい。女の身体は胸が鬱陶しいし背が低いし、筋力もないし、トンファーもまともに握れないし。これじゃあ風紀委員長なんて務まらないじゃないか。喧嘩ができなきゃ僕の欲求不満の捌け口が、
 …やめよう。どのみち今考えたって仕方のないことだ。それよりも、もとに戻る方法を考えなくては。
 カップをあたためているお湯を捨てに行った彼を眺めて、注がれた琥珀色の液体を眺めて、「ほい」と手渡されたカップを受け取る。角砂糖を一つにミルクをたっぷり入れて一口飲んだ。うん、おいしい。いつもと変わらない味に心が一つ深呼吸する。
 向かいに座ったがノートと鉛筆を用意した。何をするんだろうと首を傾げていると、「状況整理してみよう。キョーヤ、昨日のことを朝から振り返ろう」とノートを広げて鉛筆を持つから、僕は顔を顰めた。そんなこと自分の中で三回くらいはやっている。今更一緒に振り返ったところで何が変わるわけでもない。
 ……だけど、彼は僕のためになろうとしてくれてるのだ。それだけはわかったから、仕方なく、彼の言葉に付き合って、昨日の朝まで記憶を遡る。
 昨日の朝は目覚ましに起こされる前にに起こされて起床。彼の作ったご飯、鶏もものネギ塩焼きと麦入りご飯、お吸い物を食べた。
 お弁当を受け取ってバイクで登校。午前中、目につくような問題は特になし。
 昼休みになって彼のお弁当を食べた。中身は麻婆豆腐と麦ご飯にツナポテトサラダ。午後も特に問題なしで並盛内を巡回し、バイクで帰宅。
 夕ご飯はカツ丼と温野菜のサラダとコンソメスープ。食後の紅茶を飲みながらと一緒に適当なテレビを見て時間を潰し、お風呂に入って、こたつでぐだぐだして、それぞれの部屋で眠った。
 やっぱりどこにも変なところはない。特別なこともしていない。変な薬を飲んだわけでもない。
 じゃあ僕はどうしてこんなことになってしまったんだろうか。一生このままなのだろうか? そう思ったらじわーと視界が滲んできた。「わ、キョーヤ?」と慌てる彼に手の甲で目元をこする。
「ねぇ」
「ん、何?」
「もしも僕が、一生このままでも。あなたは」
 僕が女のままでも、あなたは僕を好きでいてくれるだろうか。それだけが不安だった。
 はただ笑う。「どんなキョーヤだって好きなのに変わりないよ」と言うから、ほっとした。心から。
 昼を過ごし、夜になっても、僕の身体は女のままだった。
 お風呂に入る前に鏡で確認した自分の身体は女のもの。
 うう、と湯船の中で膝を抱えて小さくなり、胸が邪魔だ、と思う。
 十分あたたまってからが買ったパッド付きのキャミソールというやつを着てみた。彼曰く、ブラほどしっかりしてないけど胸揺れとかを軽減するらしいので、仕方なく着て、上から彼のトレーナーを被って着る。下は引きずらないよう折り曲げた彼のジャージだ。
 …このままじゃあ明日も学校へ行けないな。また彼に電話してもらわないとならない。
 応接室の机には僕が目を通すべきものが山と積まれているだろう。ここへ運ばせて目を通す、ということもできるけど…万が一姿を見られでもしたら死ねる。やっぱりやめよう。
 はあぁ、と我ながら重い溜め息を吐いてお風呂を出て、濡れた髪をタオルで拭いつつ居間に行くと、電気が落としてあった。さっきまで彼がいたはずだけど、テレビもこたつも消してある。
 首を捻りつつお風呂だと呼ぶために二階へ上がり、彼の部屋を開けた。なぜかいない。自室に引き上げたのかと思ったのに。
 眉根を寄せつつ自分の部屋の扉を開け放つと、電気がついていて、今日デパートでどうしても着てほしいとせがんできたニットのワンピースを広げているがいた。「何してるの」と呆れる僕に、紫のワンピースを掲げた彼が真顔で一言、「キョーヤこれ着て」と言ってきた。顔を顰めて「なんで」と訊いたら「かわいいと思うんだ」と、今日だけで何回聞いたかわからない言葉を伝えてくる。
 じとっと紫のワンピースを睨みつけていると、そういえばこれを着たとき変な顔してたな、ということを思い出した。穴が開くくらい僕を見てたっていうか、視線に物理的な何かを感じたというか。上手く言えないけど。
「そんなこといいから、お風呂。冷めるから入って」
 つっけんどんに突き放した僕に、は「これ着てくれるまでここを動きません」と床に胡座をかいて座り込んだ。大事そうにワンピースを抱えてる姿がとても馬鹿っぽい。
 仁王立ちして腕組みして、胸が邪魔だ、と思いながら彼を睨みつける。
 キョーヤーキョーヤー着て着てとねだってくる蒼い目に若干視線が泳ぐ。気のせいかぱたぱた揺れる尻尾が見える。ご褒美を待つ犬かあなたは。
 たっぷり一分格闘して、犬みたいに下からじいっと見つめて訴えてくる彼に、負けた。はぁと溜め息を吐いて腕を解く。「貸して」と手を突き出せばぱぁっと明るい表情を輝かせたが僕の手にワンピースを預ける。
 彼が後ろ向いてる間にもそもそと大きいトレーナーを脱いでベッドに放り、ニットのワンピースを被って着た。ばさりとジャージのズボンを落として、そのスースーすることに自然と足が内股気味になる。
「着た、けど」
 ぼそぼそと声をかけると、くるりと振り返った彼がじいっと穴が開くほどに僕を見つめてくる。その視線が露出した脚から胸元までをガン見してくるから、自然と短いスカートの前を引っぱっていた。
 女子っていうのはなんでこんなスースーしたものを自分から着て、丈をすごく短くするのか、理解できない。
 夜の空気が素肌に冷たいのに、彼の視線が物理的な何かを含んで肌を刺激するようで、触れる空気は冷たいのに、熱い。
「キョーヤおいで」
 ちょいちょいと手招きされる。そろりとその手に寄っていって自分の手を重ねれば、その小ささがよくわかった。強く握られて引き寄せられ、バランスを崩さないために膝をつく。彼の膝に乗っかって、その肩に額をぶつける。
 これからの季節向けに売り出していたくせに、ニットワンピの背中は結構露出していて、そこから彼の手が入り込んでびくんと身体が跳ねた。
「ちょっと」
 声を挙げて抵抗してみるものの、女の僕の力では彼の力に抗うことができなかった。キャミソールの肩紐を指で引っかけてずり落とされて、顔が熱くなってくる。「」と呼んでも返事をしてくれない。ちゅうと露出している鎖骨に口付けられて強く吸われて背筋が震える。そのまま鎖骨を舌でなぞられて、キャミソールの肩紐を落とされて、彼の手が僕の胸に触れる。
 邪魔なだけの付属物でしかないと思っていた乳房は、強く揉みしだかれれば痛みも感じるし、先端を弄られれば固く尖った。男も女もここはそう変わらないらしい。指先で刺激されて声を殺しながら「ねぇ、やだ」と訴えるけど、彼はやめてくれない。
 キスで唇を塞がれて、彼の舌になぞられると、自分が逃げたいのか逃げたくないのか、わからなくなってくる。
 キスされて応えてしまっている時点で、今更やだと言うのは変だとわかっている。
 でもやっぱり嫌だ。男と女じゃ勝手が違う。女の僕で、を気持ちよくできるのか、自分が気持ちよくなれるのか、わからない。不安だ。そんな気持ちのままセックスなんてしたくない。
 ほろりとこぼれた涙に気付いた彼が顔を離した。「怖い?」と訊かれて曖昧に頷く。彼は優しい顔をして僕の頬を掌で撫でた。
「今日一日見てて思った。キョーヤが女の子になったなら、俺さ、子供がほしい」
「…は? こども……? 誰の?」
「俺とお前の子供」
 言われたことを理解するのに十秒くらいかかった。彼の言ったことを呑み込んでから「無理」ときっぱり返すと悲しそうな顔をされた。「なんで?」「子供は嫌いだ」「俺が子育てする。全部面倒看る。ミルクもオムツも全部やる」「…だいたい、それには、僕が産まないとならないってことだろ」「うん」「絶対やだ。そんなの無理」いくら彼の言うことでもそれは無理な話だった。僕は男だ。男だったんだ。いきなりそんな話されたって頭の中がぐちゃぐちゃになるだけだ。
 突っぱねてその腕から抜け出そうともがく僕に、が言う。悲しそうな顔のまま「俺とお前の血が通った子だよ。愛の結晶だ」と。
 僕とあなたの血が通った子供。
(愛の、結晶。愛の…)
 男同士では決して得ることのできない、愛し合った証。それが子供だ。
 ぱたりと動きを僕をがじっと見つめている。真摯な蒼の瞳で。
 闇雲に嫌だと言って抜け出すことをして、彼との空気がぎこちなくなるのも嫌だ。僕にはしかいないのだ。今の気持ちを正直に伝えてわかってもらうしかない。
「僕は、男なんだ。身体は女だけど、心は男のままなんだよ。胸なんて邪魔だし、子供がほしいとか、いきなり言われたって受け止めきれない。今日だけで、もういっぱいいっぱいなんだ」
 頬を滑って落ちた涙を舌で拭われる。そのくせ胸から離れない手が乳首をつねってくる。痛いのと、痒いのと、変な刺激で頭の中が余計にぐちゃぐちゃする。
 …頭の中だけじゃない。下半身まで疼いてるような、じわりと変に熱い感覚がお腹の奥を熱くする。
「俺はね、キョーヤのことが一番大好き。愛してる。男のキョーヤと出逢って惹かれ合ったから、考えてなかったんだけどさ。キョーヤが女の子だったら、俺、キョーヤとの子供がほしい。お前と幸せな家庭築きたい」
「家庭…?」
「そ。幸せな家族っていうのの中で生きてみたい。そこに自分がいて、キョーヤがいてほしい」
 家族、という言葉で彼の両親がマフィア抗争に巻き込まれて死んだという話を思い出した。
 彼は天涯孤独なのだ。僕も同じような境遇だった。家族はなくて、一人で生きてきた。も同じだ。僕はそうでもないけれど、彼は家族というものに憧れがある。それがあたたかいものだと信じている。
 …それを、僕と作りたいのだと、願っている。
「ん、」
 スカートの中に入り込んだ手が下着の中にも入ってきた。足の付根、男にはない割れ目を指の腹でなぞられて身体が跳ねた。知らない感覚だった。男じゃわからない感覚だった。女って、こんななんだ。
「ぐちゃぐちゃだ」
 笑った声に恥ずかしくなって彼の肩に額を押しつけて顔を隠した。
 水っぽい音がする。自分から。しかもそれが快感を伴っている。「あっ、ヤだ…ッ、、」懇願しても彼は手を止めない。ずぷ、と入り込んだ指が中をなぞる。後ろを弄られてるのとは全然違う快楽に唇を噛み締める。嫌でも息が乱れてきて、女の部分を刺激されて身体が跳ねて、じわり、と嫌な感じにソコが滲んでいく。
 もう寒さは感じない。ただ熱で火照った身体があるだけだ。
「や…ッ! や、ァ、だめ、だめ」
 規則的に指の腹を擦りつけられてびくびくと身体が反応した。「だ、だめ、、ぅ、や…ッ」男とは全然違ってもう何がなんだかわからない。目の前がぐるぐるしている。
 駄目だイく、ということだけは本能が理解した。強く擦りつけられてびくんと身体が跳ねて達する。
 …女ってこんななのか。すごくじんじんする。
「キョーヤ」
 ちゅうと額にキスされた。頬にもキスされる。「ねぇ、シよ?」とここまでしておきながら僕に許可を求めてくる。
 お腹の奥の方が熱いけど。でも。答えに迷っている間に彼が僕を抱き上げた。びっくりしている間にベッドに下ろされて、ワンピースを胸までずり上げられる。自分の女から濡れた蜜が溢れているのが見えてかっと顔が熱くなった。
 かぷ、と胸にかぶりつかれて押し倒される。必死に抵抗して彼の頭を掴んで引き離そうとするのだけど、力じゃ敵わない。女の僕では彼を押しのけることはできないのだ。
 尖って固い先端を舌で弄ばれ、ときおり甘噛みされたりしながら、下の方を彼の指が弄る。ぐちゅ、とやらしい音が鼓膜を掠める度に顔が熱くなる。
 割れ目の前の方、ある一点を指で押されてびくりと身体が大きく跳ねた。「ここか」とこぼした彼が反対の乳房にかぶりつく。くりくりとある一点を刺激されて身体が反応するのを抑えきれない。「ヤあっ、や…ッ、、やだ…ッ!」と頭を振ってもやめてくれない。それどころか感じるその部分に絶妙な力ぐあいで指の腹を擦りつけられて、その度に身体が跳ねて、すぐにイッた。
 水っぽいくせに粘着質なその音は自分から発せられているのだ。ローションも使ってないのに。これが女の身体ってことか。やらしいな。ちょっと触られたくらいでぐちゃぐちゃになるんだ。シてくれって。
 浅くなった息を意識して大きくする。がようやく顔を上げた。すっかり野性的な光を宿して「キョーヤ」と熱っぽい目で僕を見つめてくる。
「俺の子孕んでよ」

 …今まで、そんなふうに言われたことはなかった。当たり前だ。男だったんだから、中に出されたとしても孕めるはずがないのだ。
 どうせ掻き出すしかなくなる彼の愛。でも、女のこの身体なら、彼の愛を受け止めて、新しい命を宿すことだってできる。
 ……本当を言えばまだ全然不安だ。快楽に流されているだけで、僕の心は男のままだし、女としてこれからを生きていく自信なんてない。子供を生む自信も母親になる自信もない。子育てなんて面倒くさいものできるはずがない。
 でも、がいるのなら。もしかしたら、そうやって生きていくことも、できるかもしれない。
 彼の憧れているあたたかい家庭。
 それを、僕が、作れるのなら。僕は。

「………いいよ」
 そうこぼした僕に、彼は今まで見てきた中で一番優しい顔で笑った。
 僕はただ彼の指と彼の熱く昂ったモノに翻弄されるばかりで、最初だけ痛かったセックスも次第に快感しか感じなくなり、擦りつけられて気持ちいい場所を何度も突かれて何度もイッた。
 女には子宮ってものがある。そこに辿り着いた精子というのが卵子を探して結びつき、それがやがて命になるのだそうだ。
「あッ、あァ、あ…っ!」
 お腹の奥を擦った彼の先端を感じて身体が跳ねた。後ろを突かれるのとは全然違う。自分の中を抉る彼がよくわかって、わかりすぎて、辛い。
「そこっ、そこがいい」
「ここ?」
「そう、そこが…ッ! ああっ、きもち、い…ッ」
 僕がいいと言って淫らによがる姿に彼が笑った。「エロいなキョーヤ」と笑って腰を掴んで僕を犯し出す。ぐりぐりと押しつけられて、腰だけが跳ねた。反応しすぎてもう身体は疲れ果てていた。言葉未満の嬌声と飲む暇のない唾液をこぼしながら、視界が霞んでくる。
 もう、無理だ。そう思ったときぐぐっと押しつけられるようにして根本まで押し込まれ、自分の中の奥の方を彼の先っぽが擦った。瞬間、火花が散ったように視界がフラッシュアウトして、悲鳴のような高い声が漏れる。
 女の一番奥と言ったら決まってる。子宮まで届いたのだ。
 彼のがすごく熱い。限界まで出すのを我慢してるんだろう。
「キョーヤ」
 呼ばれて、ちかちかする視界を彷徨わせる。白く瞬く景色の中でどうにか彼を見つけた。目が合う。「愛してるよ」と言われて、愛してるを返す前に、徹底的にソコを突かれた。執拗なほどに何度も何度も打ちつけられて、閉じられない口からは喘ぎ声と悲鳴のような嬌声が混じって溢れ、もう鳴くことさえ疲れた頃に、彼の熱は奥で放たれた。
「ぁ…あ……ッ」
 ひくん、と震えた身体がベッドに沈む。はぁと息を吐き出した彼が僕の胸に顔を埋めた。体勢が苦しい。
「愛してるよ。お前が生んだ子も愛するよ」
「…うる、さ、ぃ」
 掠れた声でそう返すと彼はベッドの中だけで見せる笑顔を浮かべる。胸の谷間を伝った汗を舌で拭う汗ばんだ彼の額から、赤みがかった茶色の髪が一房滑り落ちた。