本気だっただけに辛いです

 キョーヤが女の子になってしまってから丸一日が経過し、次の日の朝になった。
 女の子の量に調整した食事を用意して「きょーやー、朝だよ」とまだ寝てるキョーヤを起こしに行って、愕然とした。
 着物姿でのそりと起き上がったキョーヤの胸がぺったんこだったのだ。昨日あれだけ揉みしだいた胸が跡形もなかった。眠気に目をこすって起き上がったキョーヤが「おはよう」とこぼしてからはっとした顔で自身を見下ろす。喉に手をやって声を出してみたり、平らの胸を撫でたり、挙句下半身の確認をして、ようやく俺のことを見た。
「…戻ってる」
「そう、だね。なんでだろ……」
 呆然自失状態から立ち直った俺は、男の子に戻ったキョーヤへ寄っていってぺたんこの身体を抱き締めてみた。昨日のやわらかさは欠片もない。それなりに引き締まった男の子の身体だ。本来のキョーヤ、だ。
 はぁーと長い息を吐いて「なんだったのあれは…」と少し安心した顔をしてるキョーヤに、俺は涙目です。でもこんな顔見せるわけにはいかないのでキョーヤのことをぎゅーと抱き締めたままでいます。
 本気だったんだよ。キョーヤが女の子になっちゃったなら本気でお前と家庭築こうって思ってた。お前と俺の子供ならどんな子でも無条件に愛せると思った。孕んでよなんて犯罪的なこと言ってお前を抱いた。中で出した。本気で、俺とキョーヤの愛の結晶を作るつもりで。
 俺とお前と俺達の子供、憧れていたあたたかい家庭という夢を見た。もうぼんやりとしか憶えていない自分の幼少期を満たすように、自分がいる家族というものを夢見ていた。
 …一夜の夢。そう割り切るにはまだ辛い。
 なんでキョーヤが女の子になったのか、なんで男の子に戻ったのか、原因も理由もちっともはっきりしないし。もしかしたらまた女の子になるのかもしれないし、実はあれはただの夢でした、二人して同じ夢を見るという奇跡的な体験でした、なんてオチかもしれない。
 確認したくてキョーヤの着物の襟をつまんでめくると、胸のところだけがばがばのキャミソールが見えた。
 デパートで女性下着売り場に乗り込んだり、キョーヤに女の子の服を着せてちょーかわいいと思ったことは夢じゃないのだ。
 じゃああえて言おう。なぜ醒めたし。もうちょっと浸っていたかったよ。いや、あれ以上女の子のキョーヤに慣れてしまったら男の子のキョーヤを受け入れがたくなるから、あれでよかったんだけど。
 でもなぁあのやわらかい身体、と悶々としている俺に、顔を上げたキョーヤがキスをねだってきた。舌で唇をつつかれる。吐息と一緒に「」と呼ばれて、目を閉じてキスをした。絡まる温度は昨日と同じだ。
 やわらかかったキョーヤ。女の子だったキョーヤ。
 あれはいい夢だったってことで俺の中に封印しなければならない。
 キョーヤは男の子なんだから。うん。忘れる。よし。
 ちゅ、と音を立てて顔を離す。「今日は学校行けるね」「ん」「じゃあご飯食べよっか」キョーヤの細い指を握って立たせて、階段を下りて居間へ行く。せっかく女の子の分量を用意してみたけどこれじゃ足りないだろう。
 キョーヤはいつもと同じようにご飯を食べて、やっぱ少し足りなかったらしくおかわりをして、学ランの制服を着て、「風邪だって言ってあるんだから、マスクで誤魔化すくらいしていきなさい」と言った俺に従って白いマスクをつけて家を出て行った。
 車庫を出たバイクがあっという間に遠ざかる音を聞く。
 門の外まで出てキョーヤの姿を見送った俺は、がくりと肩を落とした。
 あのね、俺はふつーに女の子も好きなんです。でも日本に来て男の子のキョーヤが好きになりました。
 でもね、女の子のやわらかいフォルムってのもやっぱり好きなんです。おっきい胸揉みしだきたいとか顔埋めたいとか男の子的なことを思うわけです。
 でもキョーヤは女の子ではなく男の子でした。それでも問題ないエロスが漂ってたので今まで特にキョーヤが女の子だったらな〜とか考えてなかったわけだよ。
 だがしかし。いざ女の子のキョーヤを知ったら、やっぱり、女の子のこと好きなんだなとか。キョーヤが本当に女の子になったなら俺は大賛成だったのに、とか密かに思っていたりもしたわけで。キョーヤは男の子なんだけど。でも女の子でもよかったとも思うわけでして。
 がっくり肩を落としつつ門をくぐって家に戻ろうとした辺りで「よお」と知っている声がした。顔を上げて門のところを振り返れば、俺の小さな上司リボーンがいる。
「お前、なかなかやるじゃねぇか」
「え」
 どきっと心臓が跳ねたのは、まさか昨日のことがリボーンにバレてるのかどうしようそれちょっと辛い、とか思考が駆け巡ったからだ。にやっと笑ったリボーンは続けてこう言った。
「お前、昨日女と歩いてたらしいな。学校フケた獄寺が目撃したらしいぞ。雲雀ってじゃじゃ馬がいるっつーのに、余裕だな」
 カチコチカチ、と考えること三秒。
 あ。そういうことか。キョーヤが女の子になってたってことはバレてないんだ。リボーンも知らないんだ。俺は昨日キョーヤじゃない他の誰か、女の子といるところをハヤトに目撃された、だけ。ならここは白を切るしかないだろう。
「いやぁ、かわいー女の子だったからつい手が出ちゃった」
 適当に嘘を吐いてあははーと笑って誤魔化す。
 その後の上司の追求も全て器用に避けて、確信に触れるようなとこは全部うやむやにした。伊達にこの仕事やってません。場合によっては嘘を徹底しなければならない職種なのです。
 上司が諦めて帰ってくれるまで粘りに粘って、朝からどっと疲れが出てきた。
 どうやら俺が女の子だったキョーヤを忘れるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
 帰宅して、今日の洗濯物を確認する。『手洗いのものはココ』のカゴの中に昨日着せたままシた挙句汚してしまった紫のワンピースが入っていた。
 …キョーヤこれもう着ないのかなぁ。一回、しかも短時間しか着てない。汚してしまったけどこれからきれいに洗うし、新品同様だ。これでクローゼットにお蔵入りっていうのももったいない。
 買ってしまった服一式も、どうするのかなぁ。ワンピースくらいは普段着で使い倒せるだろうけど、チェックのパンツ穿けるかな。伸びる生地だしなんとかなると思いたい。靴はちょっと無理だろう。コートはどうかな、小さすぎないなら着てほしいな。キャスケットもお出かけ用にすればなんとか。
 ぐるぐる考えつつつけ置き洗いを完了し、ベッドのシーツとかが放り込まれてる洗濯機内を覗いて、女の子のブラとショーツが無造作に突っ込んであっておののいた。ネットに入れてねって言ったよね俺。ブラのホックとか引っかかるからって。
 無駄にどきっと跳ねた心臓を押さえつつ、洗濯ネットの小さいのにそろっとつまんだブラとショーツを入れてチャックを閉める。…これも今回限りでお蔵入りか。ああ、いや、やらしい方向に考えるなら活用法なんていくらでもあるけどね。自重しろ俺。
 新品の方はレシート持ってこのあと返品に行けば大丈夫だろう。さすがに女の子の下着がうちにあっても持て余すので。使用してしまった花柄のやつだけで十分です。
 ごほんと一つ咳払いしてから洗濯機のスイッチを押してお洗濯開始。
 さて。徐々にでいいから、日常に戻っていこうか、俺。
 がっかりなんてしないよ。してないしていない。ほんと、がっかりなんてしてないから。