十一月十一日。漢字で表記するとわかりにくいので数字の方で改めて書きますと、今日は11/11です。つまりポッキーの日です。なんてことに気付いたのは、スーパーへ行ったらセール品のカートにポッキーがたくさん積まれていたからだ。
「へぇー」
 しげしげと日本商品のポッキーの箱を手に取る。素直にチョコレートだけのものもあれば、いちご、ホワイトチョコ、アーモンドチョコ、ソルティチョコ、宇治抹茶、ココナッツ、冬の口どけココア味。とにかく色んなポッキーがあった。お菓子の棚を探すと、ポッキーから進化してるポッキー類似商品もいくつか見つけた。
 せっかくだから買っていこうと籠にポッキーを放り込んで、せっかくなんだしと味の種類分だけ手に取った。
 で、会計して気付いた。いくらなんでもこれは買いすぎだろってことに。…まぁいいか。ポッキーくらい一日一箱食べてたらすぐなくなるでしょう。
 今日は魚が安かったなーと上機嫌に帰り道を歩いて帰宅。食材をしまい、ポッキーの箱を机に並べてみた。
 うむ。買いすぎた。これ見つかったらキョーヤが怒りそうだな…。怒るっていうか呆れそうだ。どれでも九十八円だっていうからついつい買いすぎた。
 試しに一個開けてみようかとノーマルのポッキーを開封。日本は外箱とかきれいで丁寧だよなぁと思いつつびっと袋を破り、ポッキーを一本つまんで食べてみた。
 うん、ポッキーですね。普通にポッキー。チョコレートとかはやっぱあっちの方がおいしいかなぁ。このチョコちょっと油っぽい。ちゃんとカカオ使ってるのかなぁ。しかし、癖がないといえばないからいくらでも食べれそうだ。
 難なく一袋食べてしまってから「おっと」と気付いて箱に蓋をした。あんまり食べると夕飯に影響しそうだからこのくらいにしておいて、あとはキョーヤと食べよう。
 日本語の勉強に入る前に魚の下ごしらえをして、その後勉強の時間を取り、さらにその後夕食の準備に入る。今晩はブリの照り焼きとあったかいとろろ蕎麦です。
 調理中ポケットで携帯が震えた。しっかり手を洗ってから取り出してフリップを弾く。メールの着信が一件。相手はもちろんキョーヤだ。
 最近流行りのタッチ式は上手に使える自信がなかったし、キョーヤと連絡取り合うのにあれば便利ってレベルだったから、安くてすむのを選んだ。『今から帰る』のシンプルで短い文面のメールに小さく笑う。お前らしいといえばらしいよ。
 あんまり短いから別に返事しなくてもいいかなーと思ってこの間スルーしたら、帰ってきたキョーヤにものすごく睨まれたので、ちゃんと返事を打つ。そこでピーンときてメール文で先にポッキーの言い訳をしておいた。『気をつけてね。ポッキー買ってきたよ』と打って、顔文字を使うかどうか五秒悩んだ。俺なんかが絵文字顔文字使ってもしょうがないか、とそのまま送信する。
 キョーヤはバイク通学なので十分で帰ってきた。さっそく蕎麦を茹でて魚も焼く同時進行の調理を開始。
「おかえりー」
「ただいま」
 どさ、と鞄を畳の上に下ろしたキョーヤが台所までやってきた。ぺたっと俺にくっつく動作がナチュラルすぎていけない。「今日何?」「ブリが安かったからさ、それの照り焼きと、あったかいとろろ蕎麦。卵落として月見とろろでもいいよ」「じゃあそうする」「ん」やんわり笑ってキョーヤの頭を撫でると手を押し返された。照れてるらしい。自分からくっついてくるくせに、かわいい奴め。
「…ポッキーって、なんで」
「ん? あー、安かったんだ。売り出し品」
「ふぅん」
 今日という日のポッキーに心当たりがないらしいキョーヤはそれで話を終わらせた。特に疑問に思ってる顔でもない。
 キョーヤってほんっとうに、こういうことに疎いんだなぁ。そんなことにしみじみしつつ、今晩の夕食を仕上げて居間の机に二人分並べた。ポチッとテレビをつけて適当な番組にし、キョーヤと向い合っていただきますをして食べ始める。
「…茹でる時間、もう一分短くてよかったかも」
 ぼそっとした声は蕎麦をすすっての言葉だ。うむ、ちょっと失敗したと俺も食べて思った。蕎麦って難しいね。「次から気をつける」ずるずると蕎麦をすすりつつ返す。キョーヤを真似して月見とろろ蕎麦にしてみたけどんまい。これからの季節はあったかい麺類がおいしくなるな。メニューにもっと取り入れようかな。
 お笑い番組はキョーヤが嫌いらしいので、適当なクイズ番組を流すテレビを眺めつつ、CMでこたつが映ってぽんと手をたたく。おおこたつ。あっちで言う暖炉。日本の冬の景色じゃないか。
「キョーヤ、こたつってあるの?」
 こんなに和風の家なんだからあるもんだろうと思って訊ねると、キョーヤは首を捻った。「ないけど。なんで?」「えっ、ないの? 日本の冬ってこたつにみかんでぬくぬくするもんじゃないの? キョーヤんち和風だし絶対あるって思ってた…」がくりとうなだれる俺にキョーヤが呆れた顔をしていた。
「僕が一人でこたつでぬくぬくしてるイメージある?」
 …それはそれでかわいいと思うんだけど、うん、そんなことあるわけないって言いたいんだろうけど。キョーヤが着物に半纏着てこたつでぬくぬくみかん食べてたらちょうかわいい気がする。
「ねぇこたつ買おうよー。欲しいよー。キョーヤとこたつでぬくぬくしたいよー」
 ねぇねぇ買おうよ買おうよと寒い足元をばたばたさせる。キョーヤは呆れた顔で一つ息を吐いて「子供じゃないんだから…。こたつぐらい買ってあげるよ」と二言返事で了承してくれた。やったーと手を挙げて喜ぶとキョーヤは呆れた顔で笑う。
 で。本日の本題であるポッキーと紅茶を用意して居間に戻ると、キョーヤが首を傾げた。「今から食べるの? 明日でいいじゃない」と不思議顔だ。キョーヤ的には明日から休日だからそのときゆっくり食べればいいと言いたいんだろう。でもね、それじゃあポッキーの日を過ぎてしまうわけですよ。
「今日は何日かわかる?」
「十一月十一日」
「正解。じゃあ十一月十一日が何の日かはわかる?」
「…? 何かあったっけ」
 本気で思い当たる節がないって顔で黙り込むキョーヤがいっそ純粋すぎて眩しい。テレビも見ないし人のいる場所には行かない子だからここまで知らないことが多い。ある意味箱入りだ。ある意味。かなりじゃじゃ馬の箱入りっ子ですが。
 逆さにした砂時計から俺の瞳と同じ色の砂がさらさらと落ちて時間を刻んでいく。
 そろそろカップをあっためてから淹れるべきかもしれないなぁと思ったとき、タイミングよくCMでポッキーの宣伝が流れた。しっかりポッキーの日の宣伝をする女の子達にキョーヤが眉根を寄せる。
「ポッキーの日…? なんで」
「今日は1ばっかの日でしょ。だから。まぁ、それだけ。ポッキー並べたら再現できるしね」
 バリッと袋を開けてポッキーを四本取り出して机に並べる。キョーヤは呆れた顔で「子供じゃあるまいし」と言うけれど、これからポッキーをどう食べるか知ったら、そんなこと言えなくなるだろうな。
 紅茶を淹れてから、まずは普通に一本食べた。パキンと折って口に入れる俺とは違い、キョーヤは先端から順番にかじっていって甘いと顔を顰めつつ一本を食べ終わる。
「ポッキーの日なんだから、ポッキーゲームしよう」
 机の上の一本をつまんでチョコの方をくわえる。「ん」と反対側を差し出すとキョーヤが眉根を寄せた。「ポッキーゲーム?」「ん。んー」ちょいちょいポッキーの先でキョーヤの口元をつつく。そっちくわえてくれないと始まりません。
 訝しげな顔のままだったものの、俺の言いたいことがわかったらしいキョーヤがポッキーを唇で挟んだ。キスくらい毎日してるんだから今更照れることもなかろうに、と思うんだけど、キョーヤは視線を迷わせて俺を見ない。
 しゃくしゃく食べ始めた俺にキョーヤが身を引いた。逃げないように腕を掴んでしゃくしゃく食べ進めていく。キョーヤはポッキーをくわえたまま動かず、俺が食べ進めてキスするまでずっとカチンコチンだった。チョコ味のする甘い唇を舌で舐め上げたときにようやく我に返ったらしく、抱き締めようとする俺の腕を押し返してくる。
「………何これ」
「ポッキーゲームだよ。合コンのパーティとか恋人がする遊び、かなぁ。ルールとしては、よーいドンでポッキーの端をお互いに食べ進んでいって、先に口を離した方が負けとか、そんな感じ」
 言ってて、このルールってあまり意味ないなぁってことに気付いた。俺達は何本食べたとしても結局キスするまで食べ進めるだろうし。
 まぁいいか、と机の上に残るもう一本をつまんでくわえて、チョコの先っぽでキョーヤの唇をつつく。若干頬を赤くしながらもキョーヤは嫌がる素振りも見せずにポッキーの端をくわえた。今度はお互い食べ進めていってまたキスする。
 一袋全部空になるまで飽きずに同じことを繰り返して、食べ終わった頃には紅茶は冷めてしまっていた。
 チョコ味で甘い口内を貪るようにキスをして、お互いの舌がチョコなんじゃないかと馬鹿なことを考えるくらいに求め合って、このままの流れだとシちゃうなぁと思ったときに、ピリリリとキョーヤの携帯が音を立てた。いい感じに潤んでいたキョーヤの目がスイッチを押したように入れ替わり、咳払いをしてから通話に応じる。
 なんだ、とちょっとがっかりしつつ冷めてしまった紅茶をすする。
「わかった。すぐ行く」
 通話を切ったキョーヤが言いづらそうに「仕事が入ったから」とこぼして立ち上がった。相変わらず学ランを肩にひっかけたままだったので、しっかり袖を通させてからコートも着せる。風邪引いてもらっちゃ困る。
「無理はしないこと。気をつけてね」
 玄関まで見送る俺を振り返ったキョーヤが背伸びしてキスをしてきた。ぺろりと俺の唇を舐めると「帰ってきたら続きしよ」と囁いて夜の景色の中へと出ていく。
 まぁそうくるだろうと思ってたので大して驚きもせず、車庫から出ていくバイクの音にこっそり苦笑いをこぼして居間に戻った。
 さて、じゃあ食器を片付けて、部屋の準備でもしておきますか。最近寒いし、少し暖房入れて暖めておこうかな。