次の日、と一緒にデパートに出かけた。こたつが欲しいと言う彼の願いを叶えるためだ。休日の人混みの中に出かけるなんて以前の僕では考えられなかったけれど、目的のためには群れに突っ込むことも仕方がない。のためだ。そうでなかったら誰がデパートなんて行くものか。
 こたつは暮らしの品を扱ってる階に置いてあった。「こたつだぁ」と嬉しそうにするが馬鹿っぽい顔をしている。
 冬の間は居間の机を適当な部屋に押し込んでこたつを置く。場所的な意味でならサイズにこだわる必要もないけれど、長方形なんて無駄に長くても仕方がないし、正方形のやつでいいだろう。
「あまり大きくても仕方がないし、正方形のやつで、気に入るの。ある?」
「んーっとね」
 あれこれ見ていた彼が一番普通な感じのやつを指した。ジブリ柄とか選ばれたらさすがに却下しようと思ってたので、普通のチョイスに少しほっとした。「もっとふかふかの布団のとかあるよ」「んー、これでいいよ。値段も中間だ」だから、そこは気にしなくていって言ったのに。馬鹿な人だな、もう。
 控えていた風紀委員にこたつセットを運ばせ、支払いをすませ、持ち帰るよう指示する。その間が微妙な顔で僕を見ていた。
「何?」
「別になんにも。…あ、こんな時間だ。お昼時だよキョーヤ。なぁたまには外食しよう?」
 なぁなぁと甘えて腰に腕を回してくる彼を全力で突っぱねる。「?」ぎりっと手の甲の皮膚を捻ってやると「いででで痛い痛い」と悲鳴を上げた彼が僕から離れた。外ではこういうことするなって言ってあるのに、わざとなのか。
 外食しようよーと情けない顔でこっちを見ている彼の本音は、今から帰って調理が面倒くさいってとこだろう。
(…もう。しょうがないな)
 僕はあなたの料理以外、お寿司くらいしか食べたいものが見当たらないけど。普段から家事ばかりしてるあなたをたまには休ませてあげなくては。
「……何が食べたいのさ」
 僕の言葉を了承と取ったのだろう、ぱっと表情を輝かせた彼が「いいの? やった、じゃあねとりあえずレストラン覗こう!」と僕の背中を押してエスカレーターに乗る。まだ背中に触れている手を意識しながら、周りに溢れているその他大勢というのを思考から切り捨てた。そうでもしないと僕は苛立ちでどうにかなりそうだし、ジンマシンだって出てしまう。彼以外を極力意識から外す。もうそれしかない。
 レストラン街を引っぱり回され、休日の昼時で混み合うレストランの人の多さに辟易していると、彼が困ったように笑った。「空いてないね。じゃあ、食品フロアでお弁当買って外で食べようよ」とエレベーターのある方に僕を引っぱっていく。
 いつの間にか手を繋いでいたことに気付いて、むしろそれが自然なことだと受け入れている自分に軽く驚いてからその手を振り払った。彼は苦笑いをこぼしただけで何も言わない。
 …他の人間に対しては苛立ちを抱いて鬱陶しいと思うくせに、どうしてだけが特別なのだろう。
 一番下の階で彼が選んだお弁当を二つを買い、ついでとばかりに食品街で夕飯の材料を選び出す彼に呆れてしまう。結構真剣な顔だ。「おお、この昆布おいしそう…でも高い…」とか「うわぁチーズ! 生ハム! ワインがあったら最高だなぁ」とか「紅茶の新しい缶買わなきゃ」とか独り言をこぼしつつ食材で籠を埋めていく。
 そうお腹が減ってるわけでもないから付き合うけど、この人はいつもこんなふうに食材を見て、僕のご飯を考えているのだろうな。そう思ったら待たされているこの時間が少し好きになれた。今はまだ材料でしかない籠の中のものがいずれ彼の手によって調理されて僕のお腹を満たすのだ。
 彼の気がすむように買い物をさせ、ようやくデパートから出た頃にはお昼と呼べる時間は終わりかかっていた。
 デパートの隣にある公園のベンチで二人並んで違うお弁当をつつく。
 買いに行くのも面倒くさいからと出前ですませていた僕には、店屋物は久しぶりだ。スーパー品の倍の値段がするやつはさすがにまずくはなかった。
「んん、なかなかおいしい。さすがデパート」
 隣で満足そうにお弁当を食べている彼に視線を投げて、お弁当へと戻す。
 …やっぱりずっと家事をさせているのはよくないのかな。週の終わりくらい店屋物で我慢して、彼を休憩させてあげるべきかな。一日の始まりと終わりは彼のご飯が食べたいから、お昼だけお弁当とか出前とか。それくらいなら。
 考えていると、ぽふ、と頭に手を置かれた。何と視線を投げると、彼はお弁当をつつきながらこう言った。「俺は何も無理してないから大丈夫。お前のためにご飯作るの好きだよ」と、僕が考えを見透かしてるようなことを言うから、かっと頬が熱くなった。ぷいっと顔を背けるもその手を振り払うことはしない。の手に撫でられることは嫌いじゃないのだ。さっきは振り払っておきながら、全く、僕も現金になったものだ。
 家に帰るとこたつのセットが居間に運び込まれていた。しまったな、居間の机を適当な部屋に入れておけと言っておけばよかったと思ったけどもう遅い。
 食材をしまったが雑巾を持ってきた。普段使いにしてるけど特に汚れてもいない黒い和机を丁寧に水拭き、乾拭きしてから「キョーヤ、これ片付けよう。そっち持って」と言うから、仕方なく反対側を持つ。重い和机を空いてる部屋に運び、こたつ設置のために軽く掃除を始める彼を眺めて一つ吐息する。
 …ただ眺めているだけじゃ、僕が彼に家事をさせっぱなしの嫌な奴みたいじゃないか。
 仕方なく彼の手から雑巾を奪った。「手伝ってあげる」とぼやいて畳拭きを始める僕にが笑っている。
 それから十五分後、こたつの設置が完了した。電源コンセントを繋いでパチンとスイッチを入れる。ヒーターは正常に稼働して、すぐに不掛け布団の中をあたため始めた。こたつに足を突っ込んでぬくぬく暖まって緩んでいた彼がはっとした顔をして「あっ、しまった」と何かに気付いた。「何?」と首を傾げた僕に、は真面目な顔で、
「みかん忘れてた…こたつのヒツジュヒン……」
 そんなことを言って情けない顔をする彼に、はぁ、と吐息して、こたつのテーブルに頬を預ける。
 今日はもう外に出たくない。疲れた。みかんなんてまた今度でもいいじゃないか、もう。
 がくりと肩を落とした彼が、気を取り直したようにもそもそこたつに身体を潜らせた。「あったかー」と満足そうに掛け布団に顔を寄せる。
 昼間はそうでもないけど、朝夕は冷え込むようになってきた。これからの季節こういった暖房機器があった方がいいのかもしれない。特に休日は、とテレビを見て過ごすことも多いし。部屋をストーブで暖かくするよりは空気も汚れないだろう。
 真似してみようかと思ったけど、彼の長身が埋もれているからこたつの中はだいぶ狭かった。げしと彼の足を蹴ってやると蹴り返された。無言で足でつつき合うことを続けて、馬鹿らしくなって笑った僕に、彼も笑った。
「キョーヤぁこっちおいで」
 手招きされるまま掛け布団を抜け出し、寝転がっているのところへ行く。「一緒に入ろ」と布団を持ち上げた彼に呆れて笑った。「狭いでしょう」と。そんなことわかっているのに彼の隣に潜り込む僕も僕で、満足そうな顔をしたに抱き寄せられてジャージの胸に顔を埋めた。
 こたつのせいだけではなく、あたたかい。
 こんなにぬくいと離れがたくなる。離れてしまうのがたまらなく辛くなる。その気持ちを表すように片腕が彼の背中をぎゅっと抱いた。意識しないでも自然とそうして縋ってしまう。応えるように髪を梳く指の感じに目を細めて、愛おしい、と思う。
 (愛してる)
 素面で口にするには恥ずかしすぎる言葉を口の中だけで呟いて、目を閉じる。
 僕は今、とても幸せだ。