いざ、想い出の地へ

 イタリアは南ヨーロッパに位置する共和制国家であり、マフィアという存在が裏から政治を動かしている国であり、長靴のような特徴的な形をしていることで名前と国を合致して憶えられやすい国だ。その領土には長靴ような形の半島以外に地中海に浮かぶサルデーニャ島、シチリア島が含まれる。首都はローマ。
 食文化的にはパスタやパンを主食としている地域が多い。日本でイタリアン料理といえばパスタを思い起こす人も多いのではないだろうか。
 が、一口にイタリアといっても、土地柄によって食の傾向は異なる。北部ではバターやチーズを使った料理が多く、南部は地中海からの水揚げされる豊富な魚介類を使った料理が多い。東部ではオーストリア料理やハンガリー料理、中欧に近い食文化があるなど、多種多彩な食事習慣がある。
 それから、俺が好きなピッツァ、マルゲリータは、安く簡単に食事をすませる軽食として有名だ。アメリカでいうハンバーガー的な感覚かな。作るのもわりと簡単だし、お腹が空いたらとりあえず、という無難なメニューの一つだ。
 食後のお茶としてイタリアで主流なのはエスプレッソやカプチーノなどのコーヒー系だけど、俺は紅茶が好きなので、あんまり飲まない。
 有名な世界遺産としては、歴史地区がいくつか、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画が飾ってある教会と修道院に、水の都ヴェネツィア、斜めに傾いているピサの斜塔があるドゥオモ広場、ルネサンス期の街並みが残っている場所に歴史的建造物と、
「わかった、もういい」
 途中だけど、キョーヤの呆れた声に遮られてしまったので、一度話を中断した。イタリアについて話せというから思いつくことを喋ってたんだけど、言い出しっぺのキョーヤはどことなくぶすっとした顔をしている。
「僕は別にイタリアに興味なんてないから。あなたが行きたいところについていくだけだ。無駄な観光しなくていい」
 ぺし、とイタリア観光の本を叩いたキョーヤにそっかぁと心持ち残念になる俺である。
 別に母国愛とかそういうつもりはないんだけど、興味がないって断言されるよりは、何か一つくらい興味を持ってくれた方が嬉しいっていうのが本音だ。
「ボンゴレの本部があるのもイタリアだよ」
「…だから? まさか、顔を出すとか言わないよね」
「え」
 それなりに久しぶりに帰るし、日本のお土産を買ってきてしまった。え、と目を点にする俺をキョーヤが睨んでいる。
 え、駄目とかあるのか。え、なんで。それは考えてなかったぞ。海外で日本のお土産としてプレゼントされて処理に困る食べ物ワーストスリーが飛行機のお腹に入ってるのに。
 それはズバリ、納豆と海苔と味噌。
 納豆は日本人でも苦手な人が多く、俺もあまり得意じゃない。あのねばっと感が。海苔は黒い紙にしか見えないと口にする前に見た目で忌避されることが多い。俺は、これは好きな方かも。おにぎりを塩海苔で握るとおいしいし。味噌は、ヨーロッパじゃあまり馴染みのない味で、好みが分かれる感じ。俺は味噌はけっこー好き。白と赤との割合でやわらかいベストの味を研究中。
 まぁ、つまり、お土産と称した嫌がらせを先輩等に押しつけるつもりなのである。それには本部に寄る必要があるわけである。そしてしっかりその段取りも予定の中に組んでいるわけである。
 はあぁ、とたっぷりめの溜め息を吐いたキョーヤが毛布を被ってそっぽを向いた。「もういい。僕は寝る」「あ、うん。おやすみ」ばさ、と座席から落ちた観光本を拾い上げる。キョーヤのために買ったんだけど、パラ見しかしてないみたいだし、もったいないから俺も目を通しておこうかな。どうせフライトは長いし。
 ぺらり、ぺらり、と順番にページをめくっていく。
 ふむ、解説と一緒に地域別に見所が載ってるし、イタリアに行ったら寄っておきたいお店とかも載ってる。買い物するのに知ってると便利だろう簡単なイタリア語も載ってるし、通貨も載ってる。
 ふむふむ、と観光本に目を通しつつ、まぁ、漢字がわからなくて飛ばし飛ばしでページをめくり、目を通し終える。
 駄目だなぁ。もっと日本語の勉強しないと。キョーヤの母国なんだから。もっと上手に喋れるようになりたいし、買い物で漢字読めないって困ることいい加減なくしたいし。
 最大で一週間、と言いつけられた日程を守って予定を立て、メモした紙を取り出す。目を通して、別に穴はないよな、と見直す。
 …キョーヤは、俺が行きたいところに行きたいって言った。だから俺は自分が行きたいと思うところを選んだ。今じゃもう残ってるはずもない場所。アラウディと過ごしたあの家のあった場所は、どうなってるだろう。庭から見下ろしたあの風景はもう残っていないだろうけど、現実を、ちゃんと見ておきたい。
 そろりと手を伸ばしてキョーヤの黒い髪を撫でた。切りすぎたら嫌だと言うから五ミリくらい短くしただけで、パッと見た感じ長さはそう変わってないけど、少し軽くはなったかな。俺もそろそろ切ろうかな。ちょっと後ろが長くなってきたし。
 ゴムあったっけ、とコートのポケットを探ると出てきた。気になるのでちょっとまとめておく。
 ふあ、と欠伸をこぼして、眠いと訴える目をこする。
 12時間のうち2時間くらいは消費したかな。じゃあ、8時間くらいたっぷり寝て、あとはまたキョーヤと何かしよう。では、一度おやすみ。
「はーい先輩! これ日本のお土産! 三大名物選んできたよー食べてね!」
 会うなりどんっと先輩に紙袋を押しつける。ちょっと見ない間に親しい先輩の頭が刈り上がっていた。スポーツマンみたいだ。「はぁ? つーかお前帰ってきてたのか」「一時帰国です。仕事は続行中っす」「ふん。生意気な」流れで紙袋を受け取った先輩に、キランと俺の目が光る。他に挨拶らしい挨拶もないし、仕事の話は仕事仲間でしかしないっていうのが鉄則だ。「じゃっ」くるっと背中を向けて脱兎のごとく本部の廊下を駆け抜ける。
「キョーヤお待たせ!」
 走って戻った俺に、玄関口のソファに暇って顔で腰かけていたキョーヤが首を傾げた。「もういいの。まだ五分だよ」「うん、もういいんだ。っていうか行こう、次行こう」がし、とキョーヤの腕を掴んで大きな両開きの扉を抜けたとき、「ー!!」と怒号のような声。うひゃっと首を竦めてキョーヤの腕を引いて走る。おお怖や、逃げるが勝ちだ。
 先輩の怒った声に呆れた顔で本部を振り返っていたキョーヤが前を向く。「あなた、何買っていったの」「納豆と海苔と味噌」「…それ、怒られるようなものなの?」三つのどの食材も日常的に食しているキョーヤにはピンとこなかったようだ。「んー、まぁ、こっちでは馴染みのない食べ物で、処理に困るもの、かな」と説明したらキョーヤは呆れた顔をした。「嫌がらせじゃないか」と。んむ、そのとおりです。
 脱兎のごとくボンゴレ本部を離れて次へ進む。
 今日はフライトの疲れも残っているから遠出はしない。
 残り時間は俺が本部通いになってから行きつけでよく顔を出していた馴染みの店に行こうと決めていたので、メモを確かめつつ、キョーヤの手を引きながら歩いた。靴裏に石畳の感触。ああ、懐かしいな。
「俺は本部通いだったからさ、この辺りの店は結構馴染みのとこが多いんだ。フライトの疲れも残ってるし、今日は大人しめにお店回りしようかなーと思うんだけど」
「…それはいいけど。
「うん?」
 俯きがちのキョーヤがばしっと俺の手を払った。「人目が、ある」とこぼして。
 ぱち、と瞬いて、そうかぁと納得。若干寂しいと感じる手をポケットに突っ込む。俺は人目とか構わないけど、キョーヤが嫌だって言うなら、この手がお前の手を握らないようにポケットにしまっておこう。
 平日の昼間でもそれなりの人通りがある大通りは外して、脇の通りとか小路を選んで進みつつ、個人的に馴染みの紅茶専門店に顔を出す。と、店主のおじちゃんがいた。いなくなるのも急なら顔出しも急な俺に驚いた顔をしている。
「おお、か? おい、久しぶりじゃないか」
「おじちゃん久しぶり!」
 変わってない店主のおじちゃんに仕事で今ここを離れてて〜的な近状を話し、ちょっと苛々気味に紅茶の茶葉が入った瓶が並んでる棚を睨んでいるキョーヤの手を取る。「で、こっちはキョーヤ。俺が今お世話になってるんだ」イタリア語がわからないキョーヤは眉根を寄せた顔で俺を睨んで、ばしっと手を振り払う。そんなに照れなくても。あと全力すぎます、ちょっと痛いです。
 おじちゃんはマジマジとキョーヤを覗き込んだ。苛々してるキョーヤが靴先で床板を叩く。じいーと覗き込んでくるおじちゃんに「ねぇ、何この人。咬み殺していいの?」「いや駄目だから」日本語で一つツッコミ。で、キョーヤの声を聞いたおじちゃんがやっと納得いった顔で一つ頷いた。
「なんだ、えらいべっぴんさんだと思ったら、男の子か」
「そー。日本美人な男子です。きれいでしょーかわいいでしょー」
 なでなでとキョーヤの黒い髪を撫でるとばしっとまた手を振り払われた。全力で叩かないで痛いです。
 いてぇと手をぷらぷらさせる俺に、おじちゃんは豪快に笑った。「きれいには納得するがかわいいには頷けんなぁ。なんだ、新しい道にでも目覚めたか?」にやっと笑ったおじちゃんにあははーと適当に笑って誤魔化し、せっかく馴染みの店に来たのだから、と棚に寄る。ここのオリジナルブレンド好きなんだよな。お土産に買っていこう。
 俺達の会話がさっぱりわからないキョーヤは始終機嫌悪そうな顔をして、ちゃっかりお土産を購入した俺と一緒に店を出た。
 馴染みの店に顔を出す→店の人と会話(もちろんイタリア語)の弾む俺にキョーヤの機嫌の悪さが増す、の連鎖。そろそろキョーヤの苛々ぐあいがまずいな、と思って引っぱり込んだ人気のない路地裏で心ゆくまでキス→少し機嫌がよくなったキョーヤを連れて再び馴染みの店に行く、キョーヤの機嫌が降下する、キスで回復させる、の繰り返しで、気がついた頃にはすっかり夜になった。
「もうこんな時間か…。キョーヤ何食べたい?」
 むすっと拗ねた顔をしているキョーヤは、陽が暮れてネオンが灯りつつある街並みを睨みつけ「あなたが普段行くところ」ぼそっと返事をくれた。
 あんまり機嫌が悪いようならホテルのお高いレストランへ行こうと思ってた俺は、キョーヤの許可を得て、外食ですませるときはよく利用していたレストランに向かった。手打ち生麺の平麺がおいしいパスタ屋さんである。
 初日から両手に荷物状態になってる自分にこっそりと苦笑いする。そんなに離れていなかったはずなのに、ちゃっかりお土産まで買っちゃって。日本に戻る気満々な自分がなんだか笑える。
 そりゃあ、並盛にこだわってるキョーヤがイタリアに住むとは思わないし。俺も、無理してキョーヤがここに慣れる必要はないと思ってるし。それだったら俺が日本に住んで慣れる方が早いだろうしさ。
 見えてきた白壁と煉瓦の屋根のレストラン。変わってないなぁ、当たり前か、そう月日がたったわけじゃないんだから、と思いつつドアを押し開けると、チリンチリーンとヴェネツィアンのガラス製の鈴が鳴った。一歩踏み込んだときに香る空気とか、オレンジの照明とか、全部変わってない。よかった。
 アラウディのことを思い出せてよかったと思ってるけど、あの頃のことと現在のことがたまにごっちゃになるので、ここは変わってない、ということを自分の中にひっそりと刻む。
 懐かしいなぁ、なんて束の間感慨に浸りつつ、空いてるようだったので四人席を選んで椅子を引いた。荷物を置けると助かるから。
 俺が荷物を置いてる間に木の椅子を引いて腰かけたキョーヤがメニューを取り上げた。そして、「…読めない」とこぼして眉根を寄せる。今日はそんな顔ばっかりしてるなぁと手を伸ばして眉間に寄ってる皺を指で撫でると、ぺしっと払われた。解そうと思ったのに、キョーヤの端正な顔はますます眉間に皺が寄ってしまう。
「何系が食べたい? 魚介、肉、野菜、チーズ、トマト、バジル、イカスミとかもあるよ」
「……あなたは何食べるの」
「んー、そうだなぁ」
 メニューに視線を落とす。手書きの紙には今日のおすすめは赤ワインで牛を煮込んだ特製ソースのパスタとなっていたので、一つはそれに決定。同じものを二つというのも芸がないので、もう一つは何にしようかな。「一つはこれにしよう。牛の赤ワイン煮込みソース。で、もう一つはー」視線を彷徨わせ、妥当だろうと四種類のチーズを使ったパスタを選んだ。キョーヤは眉間に皺を刻んだまま「それでいい」と言うので、そのとおり注文した。
 …このオレンジの照明。店主の趣味でたくさん飾られてるヴェネツィアのガラス類。顔馴染みで賑わう雑多な空気。懐かしいなぁ。俺は日本でこういう雰囲気の場所を知らないから余計にそう思うのかな。
 リボーンに呼び出されて日本に行ってからそんなに長い月日を過ごしたってわけでもないのに、そこで過ごした一日一日が濃厚で、密度を帯びているせいで、もう何年も日本にいたんじゃないかなんて錯覚すら覚える。

 次期ボンゴレボスを巡って巻き起こったリング争奪戦。
 十年後の未来に飛ばされて、十年後のキョーヤに出会って、匣に出会って、色んなことを経て、キョーヤのことが好きだと自覚して。想いを伝えて。そして、ビャクランを消したことで、俺達は本来いるべき時代へと戻った。
 そのあとの継承式は、シモンファミリーとボンゴレファミリーの関係を巡って大掛かりな戦いに巻き込まれて。でもそれは、D・スペードが企てた計画で。Dにやられそうになった俺を、アラウディが助けた。
 …そこでアラウディが記憶していた過去を見て、思い出した。前世の自分ってやつを。かつての自分が生きていた世界を。
 どうしてこんなにキョーヤに惹かれたのか。今ならよくわかる。

「…何?」
「別に」
 見れば見るほどそっくりだなぁ、としみじみしてキョーヤの前髪を指で撫でた。ぺしっと払われる。僅かに視線が惑ってる辺り、照れてるんだろう。かわいい奴め。きっと成長したらキョーヤはアラウディと瓜二つになるんだろう、と想像して、やめた。アラウディにも言われたじゃないか。重ねるなって。アラウディはアラウディ、キョーヤはキョーヤだ。はい、この話おしまい。
 まだ眉間に皺を刻んだままのキョーヤが、はぁ、と息を吐いてテーブルに頬杖をついた。「イタリアは騒々しいんだね」と言われて苦笑いする。「まぁ、ここは街だし。特にね」「…これ食べたらホテルへ行くんでしょう? 疲れた」「ん」オレンジの照明を受けて艶っぽい光沢を放つ髪を撫でる。ぺし、と弱い力で叩かれた。もう振り払うのも疲れたらしい。疲れるほど俺の手を振り払ってたキョーヤもキョーヤだけど、叩かれて痛いって思いながら何度も手を伸ばしてる俺も俺である。
 オレンジの照明のせいか、キョーヤの髪だけじゃなくて、全部が艶っぽく見える。
 俺は馬鹿でしょうか。うん、馬鹿です、認めます。キョーヤ馬鹿です。色っぽいよキョーヤ。普段着物と制服以外着ないから、普段着っていうのを着たキョーヤはさらに色っぽく見えてしまう。ぴったりめでダメージの入ってる黒のジーパンとか、ミリタリーっぽい紺のジャケットとか、Tシャツのラインがだぼってしてるのがかわいい。色物着てるキョーヤが新鮮すぎる。
 待て、落ち着け俺。よし深呼吸、と自分を落ち着ける俺に、キョーヤ僅かに首を傾けた。何してるのって言いたそうだ。お前が普段よりかわいいせいですちくしょー。
「…明日はどこへ行くの」
「ヴェネツィア。ガラス細工と水路にゴンドラで有名なところね。そこでお揃いのネックレスの気に入るの見つけようって思ってる」
「ふーん…」
 こういうときのための観光本を取り出して、ヴェネツィア特集のページを広げる。「ほら、きれいだろ」とヴェネツィアングラスが紹介されてるところを指しても、キョーヤはあまり表情を変えない。「あんまり大きいのはしないよ。邪魔だから」と言われて、特集記事ではドレスにぴったりな目立つ感じのものばかり載ってることに気付いた。
(それもそうだよな…。小さいワンポイントくらいの大きさで、ちょうどいいの、があればいいけど)
 何か載ってないかなとページを繰る手をキョーヤの灰の瞳がじっと見つめている。照明のせいか艶っぽく光る唇が薄く開いて「ねぇ」と声をかけられ、無駄にドギマギしつつ「何?」と声は平静を保つ。
 俺こんなんで大丈夫なのか? 食事終わったらホテルなんだぞ。いやフツーのホテルだけど、それでもホテルだよ。行き当たりばったりでいいって言うから予約はしてないし、絶対部屋数確保してるだろう駅前の有名ホテルとかへ行くしかないんだけど。有名ホテルの整った部屋でキョーヤに誘惑されて勝てる自信がない。いや、待て待て俺の思考。キョーヤが俺を誘惑してくると決まったわけじゃないぞ。
「忘れてきた」
「何を?」
「…、」
 キョーヤの唇の動きを追いかけて、伏せられた視線で恨めしそうに睨まれて、ドギマギした。
(ローションて)
 思わずキョーヤから視線を彷徨わせてしまう俺である。
 本当、キョーヤの快楽思考には参ってしまう。何に使うのとか野暮なことは訊かないけどさ。そういえばベッドに常備してたし忘れてたけどさ。ヤる気満々かよキョーヤ。お前エロい。もうちょっと俺の理性を気遣ってくれ。あのね、前世で抱けなかった分ともともとそういう性分だったことを含めて、俺はお前にとっても弱いんだよ。
 と、胸の内で言い訳しつつ「あー、うん。適当なお店で買うよ」と言葉を濁す。こくり、と浅く頷いたキョーヤと俺の間に微妙な空気が流れたところで、パスタの方が運ばれてきたので、心底ほっとした。
 こっちサイズのでかい皿に結構な量のパスタがでんと盛りつけられている。俺が牛の煮込みでキョーヤがチーズ。合掌してさっそくいただく。
「ん、んまい。キョーヤあーんして」
 フォークにくるくるパスタを巻いて差し出すと、キョーヤは変な顔をしたあとに大人しく口を開けた。もくもく黙って咀嚼しつつ、チーズソースのパスタをくるくるとフォークで巻いて俺に差し出すから、俺もあーんして食べた。感想としては、チーズはもう一工夫ほしいところかな。自分の中で評価しつつ手作りパスタとソースを堪能する。
 食べ終わった頃にはすっかりお腹いっぱいだった。
 腹ごなしにホテル探しで歩くと決めて、夜のネオンが眩しい通りをキョーヤと一緒に行く。
 どこからかトランペットの音が聞こえてくる。路上で演奏してるんだろう。通り過ぎる車は日本と違う見慣れたデザインでどことなく丸っぽいファルム。イタリアだ。俺、並盛じゃなくて、イタリアにいるんだな。
 キョーヤが黙っているので、会話がないのもあれかと思い、パスタの話を振ってみた。「おいしかった?」「くどかった」「え。んー、キョーヤは濃厚なのとか苦手なんだね…んー」そうすると今度の食事のチョイスを気にかけなければ、と腕組みして考える俺を、キョーヤがぼやっとした表情で見ている。その視線をあまり真に受けないようにしながら、今晩の宿を探す。
 知っている場所を当たったけど、安めのビジネスホテルや小さいホテルは先客と予約でいっぱい状態だった。
 やっぱりな、と思いつつ駅前へと足を向け、疎遠になっていた母国の夜の空気を味わう。
 この旅行が終われば、俺はまた日本だ。しばらく戻ってこれない気がするし、しっかりと記憶しておこう。
 ふいに、きゅっとジャケットの裾を引っぱられた。顔を俯けているキョーヤが通り過ぎる車の音に掻き消されそうな小さな声で言う。「は、日本より、こっちの方が好き?」と訊かれて足を止めた。俺が母国に気を取られていることにキョーヤは気がついていたのだ。
「一番好きなのはキョーヤだよ」
 ちゅ、と頬にキスするとジャケットを握っていた手が離れた。また振り払われるかな、と思いながらその手を握り込む。キョーヤは一度こっちを見上げたけど、もう俺の手を振り払うことはせずに黙って視線を伏せた。
 …なんだかな。夜のネオンに照らされているせいかな。車のライトに照らされているせいかな。キョーヤが本当艶っぽい。食べたくなる。
 いやいや待て俺、と自分に制止をかけて、今の目的、ホテル探しを再開して歩き出す。
 とりあえず今夜の宿を確保しよう。全部、それからだ。