「合コンん?」
『イエース! お前そういう場盛り上げるのうまいだろー、頼むよ! この間1万貸したろ、その利子だと思ってくれ!』
「ちょっと待て利子とか。もう返したじゃん。確かにありがたいタイミングで懐のひろーい友に感謝はしたけどなぁ」
『なら頼むよー! 今度の合コン俺の本命っ娘含まれてるんだって! マジアタックしたいからきっかけがいるんだよ。なぁ頼む、このとおり!』
 十二月二十四日に予定されているという合コンの話を聞いて、リア充爆発しろなセッティングだなぁと苦笑いする俺。ちなみにその日はアイちゃんと予定があるんです。うん夜の予定。「まぁ昼間っつーなら行ける。夜は無理」『えー!』電話口で悲鳴を上げるダチに携帯を耳から離す。うっせ。こっちだってなぁ、店長に必死こいてクリスマス空けてもらってんだ。譲れるかっての。
「もう一回言っとくけど夜は無理。じゃあ俺これからバイトだから。予定決まったらメール回して」
 プチッと通話を切ってシャワーを浴び、十二月の寒さに震えながらヒートテックを二枚重ねした。今日寒い。その上からワイシャツとカーディガンでコートを羽織る。さすがに革ジャンでも寒いから妥協した。
 この間ミエちゃんにフラれた俺としては、アイちゃんだけが恋人だ。つまり、何よりも優先すべき事項であり、事柄なのだ。毎年クリスマスは恋人と過ごすと決めている俺としてはこれだけは外せないのである。
(そういや、恭弥とクリスマス過ごしたのって、五歳か六歳のときだっけか)
 何となく恭弥のことを考えて、いやなんでだ、と自分の思考に一つツッコミを入れた。
 駅まで徒歩でぶらぶらと歩く寒空の夕暮れ。駅前に行くに連れて賑やかになっていく店舗はどこもクリスマス一色だ。
 白いツリーに赤いレースと様々な色の電飾で飾りつけられたクリスマスツリー。ドアなんかにかけるリースもしっかりクリスマス仕様で、Merry Christmasとデザインされて赤いリボンに金色の松ぼっくりをつけている。サンタクロースをデザインした様々なものがあちこちのショーウィンドウを飾り、聞こえてくる音楽はどこもクリスマスを意識したそれ。駅前はとても賑やかだ。
 サンタ服のミニスカがかわいい娘がティッシュを配ってたのでしっかり受け取り、クリスマスプレゼント何にしようかなぁと考えつつ冷やかしで店を覗いたりする。早めに出たせいかちょっと時間もあるし、何かないか探していこう。
 と、うろうろ店を冷やかしていると、憶えのある白いボンボンが揺れた気がしてつい視線を上げた。通りすぎていくのは女の子の三人組だ。人違い、か。
 なんか寝ぼけてるな、と頭を振って今日も駅前のバーに出勤。バーテンダーとしてのお仕事を始めます。
 バーだから当然夜に開店で、気紛れオーナーの経営する店は最近七時始まりだ。それに間に合うように入って着替えてカウンターに立てばいい。
 俺のバーテンダーとしての腕ははっきりいってそう上じゃない。ただ、店長がものすごく口下手なので、俺はつまみなんかの用意をしながらお客さんとの会話を盛り上げる役目があるのだ。常連さんならまだしも新しい顔の人にも会話も振らない店長だから、毎回俺がカバーしている。
 今日も今日とてお仕事をこなして、それなりに疲れて仕事を終えた午前二時。店長から神妙な顔で話があると言われたので、まさかクビ、と嫌な予感を抱きつつ着替えて閉店したバーに顔を出す。
「店長。お話って…」
「うん。座りなさい」
 カウンターの席を勧められ、そろそろと座る。
 口ひげの立派な店長が黙ってグラスを拭いている。いつもならその店長にあがりまーすお疲れさまでーすと声をかけて帰宅するはずが。…話ってなんだろう。
 ドキマギしつつ寡黙な店長の言葉を待つ。「雲雀くん」「はい」雲雀、と呼ばれると背筋がこそばゆいのはなんでだろうか。恭弥と同じ苗字だからか。「ここへ勤め始めて何年になる」「え? えー、あー、三年目ですかね?」「そうだ。はっきり言って、君には期待していなかった」ズバッと言われた。軽くヘコむ。いや、そりゃあまぁ金髪にピアスばりばりだしね。外見だけの中身ない野郎と思われても仕方ないとは思ってるけどはっきり言いすぎだろ店長。俺も傷つきます。
「だが、頑張っていると思っている」
「…はい」
「……つまりだ。これからもここで頑張るために、正式に、雇われてみないかね」
 もそもそっとした物言いだった。一瞬何を言われたか理解できずにポカーンとする。
 正式に。雇う。それってつまり正社員とかそういう意味でしょうか店長。
「もちろん、バーテンダーとしては君はまだまだ未熟者だ。勉強してもらわなければならない。だが、君にその気があるのなら…」
 ばっと立ち上がった俺はばんとテーブルに手をついて頭を下げた。「あります。頭はよくないですが身体で憶えます! 死に物狂いで憶えます!」と言うと「そうか」とやわらかく笑われた。
 帰り道の俺は正式採用の話に気分ルンルンである。そりゃあ勢いでコンビニでビール買ったりするわけである。寒空の中ビール缶プッシュして「よっしゃあ!」と缶を空に突き出すくらいにはテンションが上ったわけである。
 これまでどこもあんまり続かないできたけど、ようやく。ようやく! 俺にも雇用の文字が見えた…! これでおんぼろアパートからもう少しマシなところに住めるかもしれない。さすがにあそこは隙間風がひどくて凍えてたところだ。よし、これから暇な時間ができたら物件探しだな。それからスケジュール管理。どうやらバイト掛け持ちは無理になりそうだ。カラオケ店員も長くやってきたけどそろそろおしまいかな。まぁ、つるむ仲間のノリが高校の頃と似てて懐かしくてやってたってくらいだし、いいんだけど。
「ビールんまい」
 バーでは上品な酒かかわいらしい酒があるばっかりで、ビールを頼むお客さんは極僅かだ。ビール飲むなら居酒屋行けって話。あの雰囲気と空間でちょっと上品なのを飲むのがバーなのだから。まぁ、黒ビールとかならありだけど。
 そんなバーに勤めてるせいかビールなんて最近疎遠だったけど、俺が初めて飲んだ酒は缶のそれだ。そのときのほろ苦い感じが思い出されて、大して味の違いも分からないくせにんまいんまいとビール缶を呷りながら帰り道を辿る。
 と、そこまではよかったのだが。
「…はぁ。恭弥が無断欠席ですか。三日続けて?」
 朝方九時頃だ。まだ眠いーと引きずるような思考で携帯を確認すると、並中からの着信で、この間保護者として顔を出したからには知らんぷりはできまい、と電話に出た結果、この三日間恭弥が無断欠席しているという事実が明らかになった。家電にかけても出ない状態らしい。
 仮にも保護者がそんなことも知らないんですか、と電話口のおばちゃんに責められているように感じて、現状把握のためシャワーを後回しに適当に着替えて雲雀家に向かう。
 やっぱり携帯買おう。じゃないとこういうとき困るということを今思い知った。
 雲雀家へ向かいながら、あの家へと道を急ぐ自分というのが、高校時代を思い出させる。
 高校からあの家へと帰るのに急いで歩いていたんだっけ。恭弥はまだ小さいんだから、何かあったら大変って、高校生男子なりには恭弥の面倒見てたよなぁ俺。
 …別に、引越しなんてしなくても、あの家へ帰ればいいのかもしれない。現実的な話、恭弥が許可すればそれが一番金のかからない方法だ。引越し代だけで家賃とか水道代とか考えないですむ。

 あの頃。高校卒業と同時にバイトを本格的に始めて、家に帰る時間が遅くなり、ときには帰らない日もあり、そんな俺のことを知っていながらいじらしく帰りを待っている恭弥がいた。
 何か、このまんまはいけないよなって思って、自分の自立のためにも二十になったときに雲雀家を出たのだ。まだ恭弥が八歳だったっけ。ああ、そういえば、恭弥のことが分からなくなったのは、その頃からだっけ。
 は。分からなくて当然じゃないか。俺から距離を取ったんだ。俺から離れたんだ。あんな広い家にあいつを一人きりで放置した。そんな恭弥はもう十三歳だ。成長期に入った。今まで色白で細かったあいつも、これからもう少ししっかりした身体つきに変わっていくだろう。
 小さい頃から早熟で、何をやらせてもだいたいできるという器用さと賢さを備えた恭弥は、たいていのことは一人でできた。だから俺もそろそろ自分のことに専念しようと、すっかり重くなって抱き上げることも一苦労になった恭弥に思ったんだ。
 どうせ、全部、言い訳なのに。

「恭弥?」
 立派な表札のかかった門をまたいで玄関へ行く。ピンポーンとインターホンを鳴らしても返答なし。当然扉には鍵がかかっていた。声をかけても返事はない。
 ふむ、と腕組みした俺はさっぱり何もない庭の方へ行った。世話ができないだろうしと売り払ったら結構なお金になったのが印象に残っている、庭、だった場所だ。庭だった場所に面している縁側のガラス戸の鍵を確認する。ふむ、これもしっかりかかってるか。しかし。
 きょろきょろと辺りを見回し、コートを脱ぐ。おーさぶいと腕をさすりつつ手頃な石を拾い上げ、鍵の真上に当たるガラスにコートを押し当て強打した。もともと薄くて防犯性のないガラスだっただけにパリンとあっけなく割れ、割れたガラス片で手を傷つけないように気をつけつつそろりと解錠、するすると扉を開ける。さすがに靴は脱いだ。窓割ったけど最低限なので。割った金額はちゃんと出すので。間違っても不審者ではないので。
 久しぶりに上がった雲雀家。憶えのあるままだ。あ、テレビが新しいかな。一人はやっぱり退屈で買ったんだろう。だよなぁ。俺もテレビ欲しいもん。たまには映画とか見たい。
 居間にも台所にも恭弥の姿はなかった。一階を調べて、二階へ上がる。そういや部屋は二階だっけ。
 記憶を辿っていると、幼い恭弥が俺の視界を駆け抜けていき、ある部屋の扉にするりと吸い込まれて消える。
 ああ、憶えがある。そこは恭弥の部屋だ。
 廊下を歩いてドアノブに手を伸ばそうとして、げほ、と咳き込んだ声に動きを止めた。風邪だろうか? それならそれで学校に電話入れればよかったのに。
「恭弥?」
 声をかけると沈黙された。いることは分かってんだから返事くらいしなさい。
 ノブに手をかけると、鍵がかかっていない。そろりと開けてみて、部屋の光景に驚きすぎて思考が止まった。
 壁にかけてあるもの、ハンガーにかかっているもの、クローゼットから覗いているもの、机の上に投げ出してあるもの、部屋を埋め尽くしてるもの全部に憶えがあった。俺がここを出るときに捨てていいよって置いていった高校の制服がまだとってある。全部一式揃ってハンガーに吊るされていた。それに本棚に並んでいるのは俺が置いていった適当な漫画類に、小さい恭弥にと買ってきた適当な絵本。すぐ使えるようにとテーブルに置いてあるのは俺が彼女にプレゼントするはずが何かが狂って叶わなかった品達。手袋やマフラーに始め、Tシャツやカーディガンもそうだ。
 極めつけは俺を睨みつける恭弥がいるベッドだ。ユーフォーキャッチャーにハマってたかつての俺がお土産だと持ち帰ってきた人形達がところ狭しと並んでいる。
 ……まさか全部。本当にとってあるのか? 恭弥が処分してくれればそれでいいやって、そんな軽いノリで預けていた、全部が?
「何しに、来たの」
 自分の聖域に入られて警戒する信者のような顔つきの恭弥はやつれていた。否定されようものなら噛みついて返すというそのぎらぎらした目つきに何を言うべきかと迷う。彼女の部屋っていうのに入ったことはあるけど、よくて俺が贈ったものが片隅に飾ってあるくらいで、こんなふうにしてる娘を見たことは一度もない。
「…学校から連絡あってさ。三日も無断欠席してどうなってるんだ、って」
「……………」
 だんまりになった恭弥がえずくように咳き込んだ。がし、とゴミ箱を掴むと内臓を吐くんじゃないかって勢いで咳き込みだす。まだ細いままの身体に駆け寄って「恭弥」と背中を撫でてあやすと、何度か咳をこぼした恭弥が落ち着いた。ゴミ箱の中には胃液しか入っていない。
「風邪? なら病院行こう。今から行けば早く診てもらえる」
 そう声をかけた俺に、「風邪じゃない」と吐き捨てた恭弥が恨めしそうにこっちを見上げた。ん? と首を捻る。風邪じゃないのか。じゃあなんでそんな咳き込んでるんだ。あとやつれてるし。なんでそんなに参った顔してるんだお前。
「あなたのせいだ」
「え、俺ぇ? なんで俺?」
「うるさい。あなたのせいだ。あなたの…の……っ」
 今度はひうっと息を呑み込んで泣き出すから、途方に暮れた。全然話についていけない。
 とりあえず、どうどう、と恭弥を宥めて抱き込みつつ、八歳の頃より大きくなったなぁと当たり前のことを実感した。
 俺関係のもので溢れてる恭弥の部屋を改めて見回す。…なんか本当俺信者みたいな部屋になってるな。そりゃあこの家に一人で寂しかったのかもしれないけど…俺のアパートにも来てたしなぁ。部屋がこんなに混沌と化する意味が分からぬ。
 よしよし、と小さな子にそうするように背中を撫でていると、がしと腕を掴まれた。ん? と首を捻った間にその手を股間に押しつけられて、むにゅっとした感触に『!?』と内心動揺する俺。
 え、なんで勃ってるん。分からん。恭弥が分からんぞ。
「手でいいから」
「え? いやちょっとタイム」
 手でいいからってなんだ。手でいいから抜けってことか。え、なんで俺が? 恭弥一人でできないの? 確かに教えたことはありませんが、と困惑していると睨み上げられた。久しぶりに近くで見た、ブラックホールみたいに引力のある真っ黒な瞳。小さい頃と変わってない。
「あなたが、あのとき、触ったから」
「……あー」
 八年前の真夏日を嫌でも思い出す。
 夏の太陽が容赦なく俺達を照りつけ、焼き鳥ならぬ焼き人間にしてやろうとばかりにギラギラとした陽射しを浴びせてきた、お盆の墓参りの日。
 確かにあのとき恭弥が男の子か確かめるために触りました。ちょっと揉みました。いやでもやましいこと思ってたわけじゃないんだよ。痴漢行為以外の何物でもないと今になって思うけど、ちょっとね、確かめるために触っただけで。うん。ごめんなさい。
 えー、と困惑しつつも、責任を取るという意味でそろそろ恭弥のスウェットのズボンに手を入れた。前からではしにくいと気付いて恭弥を抱え込んで座り直し、「そっちが言い出しっぺだからな?」と前置きしてから恭弥の下着に指を引っかける。目を閉じて吐息した恭弥がなんていうのエロい。
(っていうか着てるスウェット、俺のと全く同じじゃん…恭弥って俺信者なの? え? そうなの?)
 すっかり興奮している恭弥のを緩く扱う。勝手は分かっているものの人のを触るのは初めてなのでなんとも言えない。恭弥のは二度目といえば二度目になるのかもしれないけど、あのときは性感なんて分からない子供だったわけだし。
 っていうか硬いな。なんでそんな興奮しちゃってるんだ恭弥。俺のせいって言ったけど具体的になんで。
「きもちい?」
「ぅん…ッ」
 艶っぽい声を出す恭弥がエロい。
 いや、待て待て、と自分の思考にストップをかけつつも手は止めない。熱く昂ぶっている恭弥のを緩く上下に擦り上げ、力ぐあいを変えてやる。びく、と震えた腰はまだ細い。身長は伸びたんだろうけど、さっき吐いてたくらいだしこの分だとあまり食ってないんだろう。ちょっと細すぎるかな、と思う。俺はもうちょっと肉づきいい子の方が、って待て待て思考ストップ。
「ぁ……んぅ、…ッ」
 、と掠れた声に名前を呼ばれると思考がぎこちなくなってくる。
 待てよ俺。確かに恭弥はちっさい頃すごくかわいくて何度となく女の子じゃないかと妄想したりしたよ。けどそれは若気の至りだよ。一緒にお風呂入ったりしたし、恭弥が男の子ってことはよーく理解してたよ。

 そう、理解してたよ。だからこそ距離を取ったんだ。
 俺が似合うかもよって茶化したらワンピースの試着して出てきちゃったいつかの恭弥。褒めてくれるのを期待してる顔に、出会った頃よりまた少し大きくなった恭弥を抱き上げてかわいいよと頬を寄せた、あのときの気持ちを、忘れようって。

「恭弥どこが気持ちいい? 自分で知ってる? 俺はこことか弱い」
 硬くなってる先端を指でなぞる。びくっと震えた腰を捕まえた。指先が濡れる。もう先走りか、早いな、と薄く笑って「ここのね、ココ、こうすると気持ちいい」先走りで指先を濡らして少し強めに擦りつけると「あッ」と喘いだ恭弥と目が合った。ふ、と息をこぼして頬を上気させた姿に俺の頭の中がギギギとぎこちなく固まっていく。
 恭弥は男だ。それは今もよく分かってる。
 …だけどやっぱり。かわいいんだよなぁ。
 自然と顔を寄せてキスをしていた。ふ、と息をこぼす恭弥のを刺激して、快感で意識を追いつめ、最後は吐き出せと全部扱いた。大きく身体を震わせた恭弥が達したのが掌で分かる。
 塞いでいた口を解放すれば、は、と息をこぼした恭弥が俺の胸に顔を押しつけた。
 やばいやばい。ちょっと俺勃ちそうなんだけど? 落ち着け俺。理性がここへ来い、しっかりしろぉ。
「……恭弥? 大丈夫?」
 とりあえずそう訊いてみると、こっくりと一つ頷かれた。
 いつまでも手を入れたままなのもと思ってそろっと抜いて、白濁色の液体で汚れてる手を眺めて、舐めてみた。なんつーかまだまだ子供のものかなっていう薄味。
 そういえば男同士の人達ってどうやってするんだっけ? と考えてからその思考をぱっぱと払った。しっかりしろ俺。「あー、とりあえず、学校には風邪でしたって言うから」また黙って頷かれたので、携帯を出して並中に電話を入れて謝っておいた。お子さんの状態くらい把握してくださいとまたあのおばちゃんに暗に怒られた。はい、すんません。なんか本当すんません。