ゴーン、とどこかで鐘を突く音が冷え込んだ夜の空気の中に響く。
 ついでにアオーンとどこかで犬が鳴いた。訳すと寒いから入れてくれぇ、とこたつで団欒する家族に向かって叫んでる感じ。いや、ただの当てずっぽうだけど。
 十二月三十一日、午後二十二時も回った。今年もあと二時間で終わるらしい。早いことだ。
 店長は毎年大晦日から三が日まではしっかり休むと決めている人なので、今日は仕事がありません。なので、恭弥とホームセンターへ行って年末叩き売りの掃除用具品を買ってきて家を大掃除したりしました。感想、疲れたの一言に尽きる。
 二日の夜にカラオケのバイトが入ってるけど、三が日はそれくらいだ。アイちゃんにフラれた俺としては女の子との予定もなし。
 …まぁなんというか、恭弥と初詣行く約束したりはしたから、全く予定がないってこともないんだけども。
『今年もあと二時間を切りました。ここで皆さんに今年を振り返ってもらいたいと思います』
 テレビの中で紅白の司会者が次に歌うグループにそう質問したのが聞こえた。紹介されたのは聞いたことない名前のグループだ。新入りだろうか。カラオケ店に勤めてるくせに歌とか興味ないんだよな俺。うまいとモテるとは知ってるけど。
 ぺら、と本のページをめくる。店長に宿題として出されたあれである。三が日明けテストだって言われたので必死です。全然憶えられない。
 年末のテレビ番組なんて毎年だいたい同じだ。紅白とかスペシャル番組とかな。で、適当な番組がなかったから結局紅白をつけてるんだけど、今年の流行曲をチェックする的な意味でしか見ないから、ほぼBGMとして垂れ流しているだけ。たまーにテレビに視線をやったりしつつも俺の意識は八割くらい本に傾いていて、残り一割がテレビで、もう残り一割が恭弥だ。
 恭弥は俺の膝を枕にして、もう宿題をやってしまったからと暇そうにテレビを眺め、飽きているのか、ふわ、と大きな欠伸をこぼして目をこすった。眠そうにまどろむ顔がうんかわいい。そのまま寝るなよ。日付が変わる頃に並盛神社に行って年越し参りしようって決めたろ。
「恭弥?」
「ん…」
 呼べば、布団を被って寝転がっていた恭弥がのそりと動いて俺を見上げた。「一回空気換えよ?」と声をかけて黒い髪を指に絡めて引っぱる。離せばするりと解けて弾力のある髪は俺の傷んだ髪とは大違いだ。一度も染めたことがないから本当にきれいな黒で、できればこの先もずっと染めないでいてほしいな、と思うくらい。
 ころんと転がって俺の膝からテディベアに枕を替えた恭弥に、一度ストーブを切る。換気のためによっこいせと立ち上がった自分がじじ臭い。
 そりゃあ十三歳と二十五歳じゃ天と地の差だ。比べられたらひとたまりもない。
 部屋をあたためるため居間の襖戸を閉めていたのを少し開ける。縁側の窓も少し開ければ、すぐに冷気が入り込んできた。「寒い」と凍えて布団を被る恭弥に、いつかは反対のことされたなぁと苦笑いしながら布団ごと恭弥を抱きかかえた。「俺があっためてあげようか?」と髪に隠れた耳へと囁けば、とろんと蕩けた恭弥が俺に抱きついてくる。
 いや、冗談。冗談なんだけど。そんなに本気にされると辛い。
「あっためて」
「…じゃあキスね」
 むに、と頬を挟んで唇を寄せる。俺の頭を抱き込んですぐに舌を出してねだってくる恭弥がエロい。
 いじわるで唇を閉じたまま触れるだけで応えていると、もどかしそうに眉間に皺を寄せた恭弥が俺の唇を割ろうと強引に舌を捩じ込んでくる。
 恭弥は焦らし方だって知らないのだ。十三歳だもんな。駆け引きだって知らない。どれだけ大人びてたって頭がよくたって、知らないこと、経験したことがないことには初心者で当然だ。

 もどかしいとばかりに名前を呼ばれた。細い肩を掴んで押し倒して口を開けてやる。吐息をこぼしながら俺の口内に侵入した舌はやっぱり焦らし方を知らない。まっすぐ俺を求めて絡まってくる。子供だった恭弥がまっすぐ俺のところに走ってきて抱きつくような、そんな感じ。
 そんなんじゃ届かないよ、とお互いの口を塞ぐように顔を押しつけ合い、熱くてやわらかい舌を絡ませ合う。何度もほつれて何度も絡まって、たまにわざと逃げて歯列をなぞったり上顎や下顎を刺激してやり、上下ひっくり返ったりしながらひたすら舌だけで愛でてやる。
 味は、そうだな、最後に食べたアイスクリームの味だな。甘い。俺は甘いのそんなに得意じゃないから一口で遠慮したけど、何味だったかな。忘れちゃった。とりあえず甘い。それだけ。
 奪い合うようにキスをしながらごろんとひっくり返って俺が下で恭弥が上になったとき、俺の膝が恭弥の腿を掠った。わざとではなく偶然。そのとき恭弥の呼吸が大きく乱れたのを俺は見逃さなかった。
 …まさかなぁ、と思いつつ膝で足の付け根を少し押してやると「ふッ」と熱い吐息がこぼれる。
 ああ、キスで勃っちゃうのかお前。敏感だなぁもう。っていうかさ、それってなんか淫乱。そう思うのは俺の頭がやらしーからなのかな。
 男って女の子と違って興奮しちゃうと外から分かるように勃っちゃうからさ、誤魔化しようがなかったりするよな。うん、それは分かるんだけど、キスで反応するほど感度がいいとは。十三歳の恭弥の将来が心配なんですが。
 く、と膝でスウェットの上から恭弥の雄を刺激してやると、細い身体が分かりやすく震えた。膝を立てて俺から逃げるように腰を浮かせ、四つん這いになった恭弥が、それでもキスをやめない。これ以上興奮したくないだろうと思って膝も舌の動きも止めると、むしろ自分から膨れてるとこを擦りつけてきて「ンぅ」なんて喘ぐ始末だ。…まるでもっとしろとねだってるよう。本気で恭弥の将来が心配である。
(そんなエロくてどうするのお前。年頃になったらフェロモン撒き散らして誰彼誘惑する気か。そんなの駄目だぞ。かわいいお前を見るのは俺の特権なんだから)
 スウェットの股にぐっと膝を押しつけて僅かに上下させて擦るようにしてやると、「あ、んン」と悩ましげな声で呻いた恭弥の腰が跳ねる。はぁ、と熱い息をこぼした唇が重なる前に手を滑り込ませて止めた。なんで? と寂しそうな顔をして俺の掌を舌で舐める恭弥がエロい。膝を擦りつければ「あッ、は、」蕩けた表情で喘いでエロい声を出す。うん、そのかわいい声が聞きたかった。
 着衣膝オナニーってのは初めてだったけど、俺のやり方がもどかしく感じたのか、恭弥が俺の膝を片手で押さえて動くなと言ってきた。それでどうしたかというと、自分から股間を押しつけて腰を振るようにしてエロい動作を繰り返してイッた。は、と震える息で四つん這いで呼吸する恭弥がエロい。
 やばいやばい勃ちそう。気合いで引っ込めるけど。
「きょーやエロい」
「う、るさぃ」
 膝でイッちゃうとかエロすぎるだろーと一人参ったところで空気を読まなかった俺の携帯が着メロを鳴らした。それまでエロい顔をしてた恭弥が途端に眉を顰めてぶすっと拗ねた顔になって、俺の上にのしかかってくる。
 それまでの危うい空気を壊した携帯とその相手に、感謝したいような、そうでないような。
 女の子からの連絡もないしと放置していた携帯に手を伸ばす。着メロから相手は男友達の誰かと分かっていた。名前を確かめて一つ溜め息。仕方なく繋げてやる。
「何?」
『なぁなぁ年越し蕎麦食いに行こうぜ! 年越しうどんでも可!』
「はぁ?」
 相変わらず騒がしい声に耳から携帯を離す。『お前も俺も一人もん同士だしいいじゃん。ちょっと女の子ナンパしよう!』…なんか用かと思ったら、なんだそれ。
 この間参加した合コン、その主催者であった電話相手のダチは、本命に見事玉砕したらしい。で、俺がアイちゃんにフラれたことを友達伝いに知ったらしく最近何かと連絡してくる。どうやら傷心者同士仲良くしようぜってことみたいなんだけど…。
 ぷすっと頬を膨らませて俺の上から退かない恭弥に苦笑いをこぼす。つやつやしてる黒い髪を撫でて「悪いけど先約あるんだわ」と言うと『えー!』と携帯の向こうで悲鳴が上がった。ええい、うっさいからそのでかい声をどうにかしろ。
『なんで? まさか、お前、もうカノジョできたとか…!?』
「……あー。悪い」
 カノジョ、とは言えないし、カレシでもないけど、相手ならいる。恋人、って表現で多分合ってると思うけど、俺と恭弥は長い期間家族として過ごしてきたから、今更恋人って言うのもなんか変な気がする。なんか他人行儀、みたいな。とっくに家族だったわけだし。あえて言うと…なんだろうなぁ。うーん。
 無駄に悩みつつ、携帯の向こうで『裏切り者ぉっ!』と勝手なことを言ってブチッと通話をぶった切った友に軽く溜め息を吐く。相手がでかい声だから会話が聞こえていたんだろう、恭弥のぶすっとした顔は若干マシになっている。
「カノジョって僕のこと?」
「カノジョっていうか、恋人っていうか、なんていうか。お前のことだけど」
 うまいぐあいな表現が見つからず、よしよしと形のいい頭を撫でる。満足そうな顔をしている恭弥は俺が恋人と口にしたことが嬉しかったらしい。
 …なんていうか、純粋だ。何に対しても。性交でもキスでもこういう場面でも、焦らすことも誤魔化すこともせずにまっすぐ求めてくる。眩しいくらいに。
 恭弥はまだ十三歳だ。本当なら世間的に清いお付き合いをしているべき年頃で、二十五の俺相手に蕩けた顔をしているべきじゃない。戻れなくなるまで溺れるべきじゃない。頭ではそう分かっている。ただ、身体がついてこないことがしばしばある。たとえば今とか。
 あーまずいまずいまずいと思ってるところで恭弥が追い打ちをかけるようにキスしてくる。重なった身体に恭弥の体温が密着する。そして、恭弥が俺の変化に気付いてしまった。おやつを見つけた子供のように恭弥の表情が輝き、艶やかに弧を描いた唇から舌が覗く。
「ねぇ、抱いて」
 掠れた囁き声が躊躇うこともなく自分を抱けと言う。
 いやダメダメ、とここは首を振る俺。断固として挫けるわけにはいかない。「姫始めって約束したろ」と言うと恭弥が拗ねた顔をした。そんなに頻繁にシてたらお前の性感帯がどうにかなってしまう。開発的な意味で。「じゃあフェラでもいいから」とねだるように股間を撫でる手にはぁと一つ溜め息。
(全くもーなんでこんなやらしい子に育ってるんだ。俺か? 俺のせいか? 俺のせいなのか?)

 黒い瞳が乞うように揺れていた。それに誘われたのか俺の頭もくらくら揺れる。
 恭弥、女の子みたいだな、ほんと。
「…どーぞ」
 溜め息混じりにこぼした俺に恭弥が笑う。俺のスウェットの中に手を入れて、ゆっくりと、掌や指で味わうように触れていく。その手つきと表情のエロいことと言ったらない。
 ………本当に、恭弥の行末が思いやられます。それを左右するのが自分だと分かってるだけに責任重大です。保護者とかいう立場じゃすまないぞこれ。
 十一時半頃に二人で揃って家を出た。
 俺は寒さを意識して格好つけずにデニムにコートだったけど、恭弥は違った。クリスマスのとき着てきたコートとニットのワンピースを着て、この間の格好では寒すぎると学んだのだろう、下はぴったりめの黒いジーパンを穿いている。あとは同じかな。ブーツもマフラーも手袋も。時間がなかったからかメイクはしてないけど、そんな恭弥はかわいすぎるのでしなくていいです。
 女の子みたいな恭弥を連れて年末の夜の寒さの中を歩く。今日は風がなくて助かった。
 ゴーン、と向かう神社の方から鐘の音が響く。
 シンとした夜の空気の中に響く鐘の音は、今年も終わるんだな、新しい年が始まるんだな、ということを実感させる。
 俺の今年は、最後の月だけがいつも通りじゃなかったなぁ。十二月はちょう目まぐるしい季節だった。

「んー」
 ぽこぽこぺたんこブーツを鳴らしながら歩いていた恭弥がなぜか手袋を外した、と思ったら、その手を俺へと差し出してくる。
 こっちを見上げる瞳がいつかのように引力を放っている。その目は恐ろしく純粋で、俺しか見ていない。
 堕ちればいいと、恭弥の黒い瞳がブラックホールに変化して俺を呑み込む。決して離しはしないとばかりにその中に囚われた俺は、もうどこへも逃げることはできない。
 手を伸ばして恭弥の手を握って、俺のコートのポケットに招き入れた。片手だけミトンの手袋をしている恭弥が嬉しそうに、はにかんだように笑う。
 …そういう顔を見たいとずっと思っていた。
「かわいいよ恭弥」
 ちゅ、と頬にキスすると恭弥が嬉しそうにする。「僕がかわいいと、は嬉しいんでしょう」「うん」「だから、僕はもっとかわいくなる」それでそんな宣言をして白い息を吐き出す恭弥に思わず苦笑いの俺である。
 いや、真面目に、今以上にかわいくなられたら俺がまずいと思うんです。理性的な意味で。かわいい恭弥に変態的なことしたいと考える頭がね、パンクするから、今のままで十分です。かわいいよ。
「今以上にかわいくなられたらさぁ、俺本気で、お前のこと開発しちゃうよ」
「開発?」
 なんのことか分からず首を傾げる恭弥が純粋すぎてもう。こんな汚れた俺でごめんね恭弥。今度そっちの趣味の子に詳しい話聞こうとか考えてる変態でごめん。
 指を絡めて握っている恭弥の手を引っぱって歩く。「開発ってなんの?」と黒い瞳をぶつけてくる恭弥に曖昧にしか笑えない俺の頭の中はわりと犯罪的思考で埋まっている。

 お盆の真夏日に出逢い、恭弥に惹かれた俺と、俺を求めたお前。
 八年前に始まった過ちは大きな罪を孕んでなおも膨らみ続け、欲望という子供を産み落とす。
 俺に愛されたいと乞うた黒い瞳はブラックホールの如く俺を呑み込んで離さない。
 欲望という子供に手を伸ばされて、その手を握ってしまったら、もう逃れることはできないのだ。

「恭弥のこともっとヤラシイ子にしようって意味」
 耳を食むくらい近くでそう囁いてやると、恭弥の顔が真っ赤になった。逃げるように顔を俯けてミトンの手袋で表情を隠す姿が素直にかわいい。
 駄目だな、恭弥の人生俺の掌の上だってこと分かってるのに、転がす方向がほぼ決まってしまってる。そんな俺の頭、一回爆発するといい。