の両親は、並盛から都心まで行ってさらにローカル電車を乗り継いだ先の田舎町に在住している。街よりもコンクリート建ての建物が少ないせいか、単純に緑が多いせいなのか、うだるような暑さもここにいると少しだけマシだ。
 それでもつんざくような蝉の声は耳にうるさいし、陽射しは痛いし、サンサンと輝く太陽は視界に眩しい。
 どうしようもなく夏だ。ただ歩いているだけでも汗が吹き出てくる。
 夕方になればその暑さも少し落ち着いてきた。蝉は少しずつ声を潜め、太陽は傾き始めて赤い色に空を染め上げる。
 ざわりと山からの風が吹くと、生ぬるさを含んでいなくて心地よさを感じた。
 ……その心地よさに少しの翳りを感じるのは、僕がにずっと隠し通しているあの夏のせいかもしれない。
 夏。それは、彼と出会った季節でもあり、そして、僕が両親を殺した季節でもある。
 は、僕が親を捨ててでもあなたが欲しかったのだと告白したら。どんな顔をするだろう。うっさいなぁって世話を焼こうとする両親を手で追い払いながらも、僕に向けるのとはまた違った打ち解けている故の顔を向けて両親に軽口を叩く彼は、僕に何を言うだろう。
 バスの外を流れていく田舎の風景を窓越しに眺め、ぼんやりとそんなことを考える自分に気付いて唇を噛む。考えたくないのに自然と考えてしまう。夏の季節はいつもそうだったけど、今年はもっと、なんだか、辛い。そんな気がしたけれど、それも「恭弥?」と彼の声に呼ばれたら溶ける思考だった。「どうした? 暑い?」「…大丈夫」細長い指に髪を撫でつけられて片目を瞑って答える。
(…大丈夫?)
 僕は本当に大丈夫なんだろうか。

 夢見ていた甘い日々が現実になって、に抱かれる度に、そのために犠牲にしたものを思い出す。僕が幸せを得る代わりに消えていったものを思い出す。

 バスを最終で降りれば、夏祭の会場はすぐそこだった。
 やっぱり暑いけど、都会ほどではない。山から吹く風は少しひんやりとしていて肌に心地いい。
 田舎町だからこそ普段以上の賑やかさを見せて盛り上がっている祭で、射的をしたり、金魚をすくってみたり、綿菓子を食べてみたり、に手を引かれてちょっと踊ってみたりと、お祭ってものでしてみたかったことをひと通りやってみた。
 ピーシャラと下手くそな笛の音にドンドンとうるさい太鼓の音。老若男女が混じって適当に踊り合う姿。
 盛り上がっている中心地から少し離れた階段に座って、がり、とりんご飴をかじる。お祭でしか食べられないだろう食べ物の一つだ。は隣でイカ焼きをかじりつつ焼きそばも食べてる。欲張りだな。
 田舎町っていうのも悪くない、と思いながら下駄を履いた足をぶらつかせる。
「花火が上がるんだよね」
「上がるよ。もう二十分かな」
 夏祭、そして花火。夏の風物詩といえる行事達だ。
 あとは、海に行けたらいいな。そのために水着だって買ったんだ。今年の夏は記憶に焼きつくくらい激しいものにしてやる。そう、あの夏を忘れさせてくれるくらい激しいものに。
 イカ焼きと焼きそばを食べ終えた彼が「飲み物買ってくる」と立ち上がった。「あ」とこぼして慌ててあとを追う。置いていってほしくないと手を伸ばして、握るところがないな、と思う。タンクトップはぴったりしてるし、夏っぽい生地のクロップドパンツのポケットに両手を突っ込んでるから手も握れないし。
 仕方ないから肩に引っかけてる鞄を引っぱった。気付いた彼がポケットから手を抜いて僕の手を握ると、じわり、と掌が汗ばんだ。いくら都会よりマシな暑さと言ってもやっぱり暑いものは暑い。暑い、と思うくせにの手を離したくないのだから、本当、おかしなものだ。
 屋台でラムネを二本買って、ちびちび飲みながら花火のために場所を移動した。によれば歩いて五分ほど行ったところに少し高台になっている公園があって、そこから花火がよく見えるらしい。
 カラコロと下駄を鳴らしながら歩く。慣れない履物のせいか少し足が痛くなってきた。もうちょっと、花火を見終えるまで、頑張れ僕。
「静か」
「…うん」
 田舎だからか、道に人が誰もいない。みんなまだ夏祭の会場にいるのかもしれない。そこからでも花火は見えるらしいから。
 あの場所で花火を見た方が記念になったかな、と思ったけど今更だ。僕らは二人、人気のない道を歩いて、かなり遠い間隔でポツポツと光を落としている街灯を頼りに歩いていく。
 高台になっている公園、というのはかなり灯りが少ない場所だった。手を引かれて暗い夜道の足元に気をつけながら階段を上がり、花火の見えるポイントを探すと、人の声が聞こえてきた。道なりに進めば、到達地点の高台の部分には結構人が集まっていた。ぎゅうぎゅうだ。子供連れの家族とかもいてうるさい。これじゃあ花火を見る雰囲気じゃない、かな。
 むぅと眉根を寄せた僕を見て少し考えた彼が「こっち」と手を引いて高台を離れる。気をつけて階段を下りながら「どうするの?」と訊ねると、彼はなぜか道を外れ、携帯で足元を照らしながら茂みの中に入った。え、と戸惑いながらも手を引かれてがさがさと茂みの中へと分け入る。「? 危ないよ」「だいじょーぶダイジョーブ」軽い調子の声に手を引っぱられ、結局抗えず、タンクトップ一枚の背中に続いた。
 人の声が少し遠くなる。
 沿道から外れたところで足を止めた彼が「ほら、いい感じ」と僕を振り返るから、彼の向こうを覗き込んだ。木々の葉に囲って切り取られる形で星が、騒々しい夏の夜の空が瞬いている。
「…花火、見える、かな?」
 さすが田舎、夏の星でもきれいに見えるなぁとまじまじ空を見上げていると、いつかの夜が重なった。

 夏の空。両親よりもを選んだあの夜と同じような、騒々しくちかちかと瞬く、星の群れ。

(嫌だな。またそんなこと考えてる。せっかくと二人で夏祭に来て、これから一緒に花火を見るのに。せっかくのデートなのに、こんなふうに心が翳るのは、嫌だな)
 ふいに星を見上げていた視界に影ができた。がキスしてきたのだ。夏の星が視界から消え失せて、代わりに彼の顔でいっぱいになる。
 肩と腰に腕が回った。とん、と背中が木の幹に触れる。
 触れる擦れるだけのキスがくすぐったくてもどかしく、どうせ誰にも見られていないのだから、と舌を出して彼の唇をなぞった。もっと激しくしてよ、と。翳っている心を熱く昂ぶらせるくらいに追い詰めてよ、と。
 だけど は舌を出さない。唇を擦りつけられるだけのキスじゃ物足りない。
 かぷ、と唇を食む。ねぇお願い、もっとして、と目を見て乞えば、ぐっと強く抱き締められたあとに舌が捩じ込まれた。いつも何かと焦らしてくる彼が今日はまっすぐ僕の舌を絡め取って、口と口をくっつけて激しく求め合う。
 ざらりとしていて、やわらかくて、熱い舌。裏も表も全部舐めたい。
 立っているだけでもじわりと汗が滲む夏の夜なのだ。そんな中で身体を密着させて熱いキスを交わせば、自然と汗が吹き出てくる。浴衣の下の肌は汗ばんでいた。彼の首を伝っていった汗を舐めたい、と思う。
 舌の裏側を先っぽで刺激された。ふ、と息がこぼれて汗が頬を伝っていく。舌の付け根辺り、やわらかいところをなぞられると身体が震えそうになる。
 そこで、するり、と浴衣の合わせた襟の間に彼の手が滑り込んだ。びくりと身体が震える。「ぁ、ふ…っ」胸の突起をつままれて思わず声が出てしまう。
 足の間に膝を割り込まれて、その膝が太腿をなぞってくる。
 足の付根までを順番になぞられて急に身体が昂ぶってきた。ふぅ、と吐息して、浴衣の帯にかかった手を感じて解くんだろうと思って止めようと手をかければ、ぐっと強く乳首をつねられた。その痛痒いことに「んぅ」と呻いて、その指先と舌に意識を翻弄される。
 …駄目だ。僕は拒めない。だって、と一緒に気持ちよくなりたい。
 でも、ここは外だ。向こうの方には人がいる。カップルとか家族連れとか友達同士とか、たくさんいる、のに。
 そこで、ドーン、と一発目の花火が上がった。あ、と視線を上に向ける。ちょうど切り取られたあの空の辺りに赤い色が。
 絡まっていた舌が離れた。ちゅ、とリップ音を残して顔を離した彼が「時間だな」と空も見上げずにこぼして浴衣の襟をずらした。軽くて簡単に肩を滑り落ちた浴衣。その下にあるのは、あなたに愛されることを知った身体だ。愛して、と乞ういやらしい身体。夏の空気とあなたのキスと指のせいで汗ばんだ身体がある。
 拒めずに見つめるだけの僕に彼が薄く笑う。「やらしい顔」と、どこか楽しそうに。
 その顔を彩るように花火が上がって青い光を落とした。まるで彼に味方をするようなタイミングだった。
 やらしい顔、だって? そういう顔にさせるようなことしてるのは誰だと思ってるんだろう。
「ん…っ」
 首筋に埋まった唇が鎖骨まで肌を丁寧になぞっていく。くすぐったい。むず痒い。背筋が騒ぐ。前戯なんていいから、早く、と意識より身体が乞う。
 両手で胸の突起を弄ばれ、の指先で反応し始めているそこに膝が押しつけられる。ぐりぐりと少し乱暴に刺激されて身体が大げさに震えた。「あ、やだ…っ、、ゃだ」「なんで?」ちゅう、と音を立てて肌を吸われるとぞくりと背筋が騒ぐ。身体が爆ぜるように熱くなる。
「だ、だって、あっちに人が、」
 少し行ったところには高台があって、色んな人が花火を見てる。ドーンとうるさい音がする。花火の音。それに歓声を上げる人の声が。
「聞こえないよ。花火がうるさいから」
 くりくりと乳首を刺激していた手が一つ離れて、足の付け根に伸びた。「で、も」言い募る僕に一気に下着をずり下げてぐっと強く握られびくりと身体が強張る。ドーンと音を立てて上がった花火が彼の顔を黄色に染め上げた。「こんなにしてるくせに嫌なの?」と囁かれて懸命に首を横に振った。
 違う。嫌なんじゃない。ただ、声を抑えきる自信がなくて、誰かに見られでもしたらと心配しているだけで。
「誰か、見られたりしたら…」
「じゃあ頑張って声堪えたら」
 俺は加減しないけど、と言った彼が興奮して硬くなってる僕のを扱き始めた。指の腹、掌、ときには爪を立てられて、懸命に声を殺しながら「ふ…っ、いじ、わるぅ」すっかりその気になっている身体で喘ぐと、が楽しそうに笑って目を細めて僕を見つめた。
 拒むことなんてできなかった。すぐそこに人がいて、声を上げたら聞こえるかもしれないという距離なのに、身体は彼を欲しがっていた。拒むことなんてできるはずがない。

 僕は昔からずっとが欲しくて、今もずっと欲しくて欲しくて、それだけで。それだけを望んで生きてきたのだから。

 欲しい刺激を的確に与えられて、びくん、と大きく身体が跳ねてイッた。
 はぁ、と大きく吐息しながらドーンと耳を打つ花火の音を聞く。視界は木の幹と茂みと暗闇で埋まっている。に後ろから腰を抱かれた姿勢では花火が上がったときに浮かび上がる地面しか見えない。空を見上げる余裕もない。せっかくの花火なのに。
 後孔をなぞった指と「ヒクついてる。そんなに欲しい?」と耳を食む唇に「んン」と呻いて頷く。ここまできたらもうシないという選択肢は僕の中に存在しなかった。
 ずぷ、と指が押し入ってきて、木の幹に腕を突いて体重を預けて逃がしながら、前立腺を刺激されて早くも足が震え出した。立ったままするのは大変だって知ってるくせにこの体勢を維持しろというんだから、いじわるだ。
 僕が吐き出した精を塗った指が中を出入りする。その度に腰が震えた。
 もう欲しい。痛くてもいいから欲しい、と身体が騒いできゅうと彼の指を締めつけると、耳元で笑った吐息が肌に触れた。「すごく締めつけてくる…エロいよきょーや」という声が耳をレイプする。
 身体が熱い。熱くて熱くて、どうにかなってしまいそう。
 はふ、と喘いで彼の指を締めつける。「もう、欲しい」と喘ぐと「何を?」と笑った声に問われる。一本から二本に増えた指で刺激されて身体が震えた。「あ、あう、ぅン」と喘いで、「早く早くっ」と沿道を駆け上がる足音に意識がいく。まだこれから高台に向かう人間もいるのだ。こんな、少し入ったところの茂みでシてたら、見つかる可能性だって。
 円を描くように中を掻き回した指にびくびくと腰が跳ねた。腰帯でかろうじて身体に纏ったままの浴衣が身体の震えに合わせてゆらゆら揺れる。「あッ、あア、は」抑えて鳴いて、木の幹に顔を押しつけて強く唇を噛む。
 駄目だ。やっぱり気持ちがいい。すぐそこに誰かがいて見つかる可能性があるのだとしても、抱いて、ほしい。
 ずぷ、と三本の指を沈められて、中を攻められる。どうにか声を殺しながら、はぁ、はぁ、と大きく息をこぼす。
 ドーンと上がった花火に緩く視線を投げた。枝葉の向こうにぼんやりと明るい色が見えるけど、空を仰ぐ余裕はない。
 もう、指はいいから。だから、あなたの硬いのがほしい。
…っ、も、いい、から。ほし…ッ」
「何を?」
の、硬い、の」
「どこに?」
 随分といじわるな質問の連続だった。ずる、と指が抜かれる。言わないとこれ以上しないとばかりに僕の身体は唐突に解放された。嫌だ、と身体が揺れる。こんなところで放置しないでと叫ぶ。羞恥心を噛み殺して「僕の…アソコ、に」吐息と一緒にそう吐き出したら、腰を掴まれて、入り口を熱くて硬い先端が掠る。掠めるだけで中に入ってこない。それがとてももどかしい。
「や…ッ、ちょうだぃ、ちょうだい」
「どこに?」
「僕の、なか、ぁあ…ッ」
 先っぽが埋まった。ドーンと花火が上がる。やっと貫いてくれるのかと思ったら先っぽが入り口辺りを出入りするだけで全然中に入ってこない。そのもどかしいことと言ったらない。求めている熱、質量で僕の中を埋めてほしいのに。全部で擦ってほしいのに。
 涙で滲む視界で彼を振り返る。「も、いじわる、しないで」おねがい、と掠れた声で乞えば、薄く笑った彼が僕の中に自身を埋めていった。懸命に声を殺しながら足に力を入れる。意識しないと、膝が砕けそうだ。
 最初はゆっくりと抜き差しされる。僕が痛くないこと、受け入れていることを確認するように。
 この半年であなたに何度も繰り返し抱かれた身体は、ラブホでの日々を刻み込んで憶えている。ナース服にニーソを穿いて犯されたこと。メイド服を着て彼が褒めてくれるまで奉仕を続け、よしが出てやっと抱かれたこと。どこかの女子高の制服を着て、一人でイくまでシないと言われて、彼の前で喘ぎながら懸命に抜いたこと。バイブを使って前も後ろも泣くまで攻められたこと。それらを知っている身体はもっと激しくしてと言っていた。もっと激しく、犯して、と。
 はぁ、と熱い息をこぼして、ぽた、と伝った汗が落ちる。
「もっと、突いて、」
 懇願すれば、リズムよく腰が打ちつけられた。「あ、は、アん、ん」懸命に声を殺してもやっぱりこぼれてしまう。
 連続的に打ち上がった花火の音で、僕の声が消えていればいい。
 次第に強く、抉るように、貪るように、下から上へと突き上げられて、じゅぶじゅぶとやらしい音を立てる自分に顔が熱くなってくる。きっと真っ赤だ。
「淫乱だな、きょーや」
「んっ、ンぅ…ッ」
 硬くなって濡れている自分のに手を伸ばして、触れる。後ろだけじゃなくて前にも刺激が欲しかった。
(淫乱。そうだよ、僕は淫乱だ。あなたが、僕を、そうさせる)
 ドーンドーンと打ち上がる花火の音に重ねるように「あうッ、ああ、…きもち、ぃッ!」喘いで、自分から腰を振る。もっと気持ちよくなりたくて、昇り詰めたくて。その一心で。
 奥まで抉った先端にびくんと身体が跳ねた。息が止まるほどの律動で追い詰められて、ドーンパラパラパラと連続的に音を立てた花火に被せるようにして「ああァ、やァ、あッ!」強い刺激にたまらず身が捩れて嬌声を上げる。カタカタと腿が震えてきていた。もう、立っていられない。
「ああだめ、、だめ、も、たてな…っ」
「まだイケるだろ?」
 ぱん、と腰を打ちつけられてびくんと背中が反る。「む、むり、もうだめ、もぅ、」言ってるうちに膝が砕けて木の幹に肩を押しつけた。それでも崩れる身体を止められず、ずる、と前のめりに崩れそうになった僕の腕を取ったが僕を幹に押しつけるようにして犯し始める。ぱちゅぱちゅぱちゅとやらしい音が響く。これが、誰かの耳に、届いていないことを祈る。
 花火の方はもうフィナーレなのか、随分派手で長いものが打ち上がっていた。ドンドンパラパラとうるさい音の中で「あッ…はァ、あン、あァッ!」と鳴いた自分の声も掻き消される。
 聞こえない。聞こえない。きっと聞こえない。
 だから、もっと、声を上げて、鳴いてしまえ。
「ただいま」
「…帰りました」
 浴衣を気にしながら彼の両親がいるアパートに帰宅すると、彼のお母さんに出迎えられた。「おかえりなさーい。遅かったわねぇ。暑かったでしょう、アイス買ってあるわよ」「その前にシャワー浴びるわ。結構人多くてさぁ、汗かいた」きょーや、先いいよと言われてこくんと頷いて先に部屋に行く、自分の足取りが普通であることを願う。
 リビングでアイスを食べてテレビを眺めてくつろいでいる彼を横目に、着替えを持って脱衣所に引っ込んで、ようやくほっとした。
 は外に出したし、最低限しか汚れていないとは思うけど、やっぱり気になる。汗だっていっぱいかいた。手早くすませてに譲ろう。
 浴衣を取り払ってなるべく丁寧にたたみ、帯も一緒にして、シャワーを浴びる。
 ぬるい温水で汗を流しながら、つつつと自分の肌を指先でなぞってみる。
 …やっぱり違うな。の指が触れるときみたいに感じない。なんでだろう。不思議だ。
 ひと通りきれいにしてから髪も洗ってさっぱりして、お母さんが使っているであろう化粧水を借りてぺちぺちと肌を叩く。Tシャツと半ズボンのジャージ姿の自分がどこもおかしくないことを確かめてから浴衣を抱えて脱衣所を出る。「」と声をかけると「あいあい」とダルそうに立ち上がった彼が僕の手から浴衣をさらっていった。「クリーニング出しとく」と囁かれてこくりと頷く。そうしてくれると、安心できるかな。
 夜の風を入れるためだろう、ベランダへ続く窓が開け放ってあって、カーテンが風に揺れていた。田舎だからこそ扇風機があれば夜は凌げる暑さだった。お風呂上りにはやっぱり暑いけど。
「恭弥くんアイスあるわよー。食べなさい」
「…はい」
 火照った身体にはありがたい言葉だった。おばさんの手からコンビニのアイスを受け取って、蓋を剥がす。どこにでもあるバニラアイスだったけど、冷たいのが喉においしい。
「お祭は楽しかった?」
「はい。僕、誰かと一緒にああいうところ行ったことがなかったので…新鮮でした」
「あら、そうなの? うちの息子が役立ったなら嬉しいわぁ」
 ころころと笑うおばさんに控えめに微笑む。
 役に立つ、なんてもんじゃない。僕はと一緒にいて初めて生きていることを実感するのだ。がいなければ、生きている意味もない。
 ……僕の愛というやつは彼には重たいだろうか、と束の間考え、黙々とアイスを口に運ぶ。
 きっと、そんなことはないと、思いたい。
 …だから話さなくてはならない。僕が犯したあの罪を。
「おばさんの小言許してちょうだいね。恭弥くん、高校はどうするの?」
「え」
 にこにこ笑顔のおばさんにはたと思考が止まる。
 高校。考えてもいなかった。まだ中学二年の夏、は遊び呆けていたと言っていた時期だ。彼がそういったことを言わないから僕も気にしていなかった。
 目標のある子は三年生の受験に向けて勉強を始めている季節だろう。学校ではまだ参考程度にしか訊かれなかったし、本気で考えてはいなかった。
 僕の反応に苦笑いをこぼしたおばさんと、新聞を読んでテレビのお笑い番組を見ていたおじさんが「何、お節介だとは思うんだがな。恭弥くんが成人するまでは、君の親しい者として心配するつもりなんだ」と言う。「私達じゃあご両親の代わりにはなれないでしょうけど…何でも言ってちょうだいね? に面倒押しつけてもいいのよ。あんな金髪ピアスの子だけど、根は面倒見がいいの子なの」おじさんの後を継いだおばさんに、一瞬だけ、死なせた両親を重ねた。
 いや。あの人達は決してこんなことは言わなかったろう。僕に敷いたレールの上を走れと強いたはずだ。僕はそれが嫌だった。自由に外で遊んでみたかったし、作法やマナーを気にしないで食事をしてみたかったし、もっと自分らしくしていたかった。
 だから、壊したのだ。両親という窮屈な存在を。
 アイスのカップを空にして、高校生になった自分というのを想像してみる。…今と大して変わりがない。勉強をつまらなそうにこなし、授業を受け、テストを受けて、学年で何番かという成績を持って帰る。そして、ご褒美だとに抱かれる。
 高校。行ったとして、意味があるのだろうか。
 …僕はどこへ行きたいのだろう。と一緒に、どこまで行きたいのだろう。
 多分。きっと。どこまでも、死ぬまで一緒に。それが重たい僕の愛の本音だ。
 誰にもあげたくない。もう女なんて抱いてほしくない。僕だけ抱いてほしい。僕だけにかわいいと囁いてキスしてほしい。それ以上だって。
 ぼやっと考えているとが脱衣所から出てきた。濡れて情けないことになってる金髪をタオルでがしがし拭いながら微妙な沈黙状態になっているリビングにやってきて、ん? と首を捻る。「何? この空気。かーさんあんまし恭弥にうっさいこと言うなよ」どかっと僕の隣に腰かけると、がしがしと髪を拭う。「失礼しちゃうわ」とぷんすか怒ってみせたおばさんは、潮時だと思ったのか、それ以上僕を追求することはなかった。
 おじさんとおばさんが先に寝るとリビングを出て行って、テレビの音量を小さくした。おじさんはお盆がお休みで、明日も仕事なんだそうだ。
 ふわ、と欠伸を漏らしたが僕の頭を撫でる。小声で「なんか言われた?」と訊くから、曖昧な顔しか返せない。
「…僕、高校、行った方がいいの?」
「あー。進路の話か…。まぁなぁ。時代の流れ的に、行った方がいいし。かーさん達的には大学まで出させたいだろうな。お前の親御さん、なんか会社とか持っててすごかったらしいから。親戚として泥塗らないようにとか大人の都合考えてるんだろ。ほら、俺がこんなチャランポランなせいもある」
 …大人の都合。そう言われると、高校というものに余計に魅力がなくなる。今だって、義務教育というやつで義務で通ってるだけなのに。学校なんて面白くもなんともない。
 ふいに伸びた手に肩を抱き寄せられた。ぎゅっとくっつく形になって、タンクトップの胸に頭を預ける。さっき抱かれたせいか、彼の体温に密着しても身体は落ち着いていた。「まだ深く考えなくていいよ。早いくらいだ。こっちにいる間は田舎満喫するぞーって気持ちでいればいいんだよ」「…うん」なでなでと頭を撫でつけられて目を細める。
 ああ、僕はがいないと生きていけないな、と実感する。
「今日はもう疲れたろ。寝よ」
 プチッとテレビを消した彼がリビングの電気を落とし、僕の背を押して部屋へと促した。
 パタン、と扉を閉じて鍵をかけ、「さー寝よう寝よう。恭弥ベッドでいいよ」と布団を敷き始める彼の手を引っぱって止めた。ん? と首を捻る彼にシングルのベッドを指さしてもそもそと「一緒、に」と訴えると、指で頬を引っかいた彼が「あー。狭いよ? いいの?」と訊くからこくんと頷く。
 シングルのベッドに男二人は当たり前に狭い。そして、当たり前に、お互いにくっつくことになる。
 扇風機がブーンと音を立てて首を振り、僕と彼に風を送ってくる。
 の腕に抱き込まれて、とくとくと脈打ち始めた心臓を意識しながら目を閉じる。
 腰に回った腕に掌を重ねた。その手と指を絡めて手を握り合う。縋るように。
 薄いブランケットを二人で被っただけの、密着した体温。じわりと汗ばむ身体。それでも離したくないし、離れたくない。

 あなたに話さなければならない、罪の話がある。
 それを聞いて。それでもあなたが僕を受け入れてくれることを、切に、願う。