僕とがお互いを求める関係になって一年が経った、十四歳の冬。十二月二十四日の、現在時刻は、二十三時五十三分。
 クリスマス・イヴから本番にかけての夜、バーの仕事でどうしても抜け出せないと電話をかけてきたが僕に謝った。『お客さん多くて。みんなホテルのバーとか行けばいいのに』とかぶつくさ言いながらも『恭弥?』とこっちの反応を窺っている声に、はぁ、と寒さで凍える息を吐き出す。
 どこかで分かっていた。去年だって休みを取るのにすごく苦労したと言っていたんだ。早めに切り上げるって言ってもそれは上の人の気分次第であって、店が混雑していたら、当然、帰ってこれるはずがない。
 …分かってた。それでも、そろそろ帰るかな、もう帰るかなってあなたの帰りを待って玄関でブランケットにくるまってじりじりしていた。そんな自分が馬鹿みたいだ。
 こっそり買っておいたトナカイの着ぐるみパジャマ着てさ、かわいいって言ってもらおうって化粧だって頑張ったのに。本当、馬鹿みたい。
 どこかで分かっていた現実だったとはいえ、悔しくて、何も言葉が出てこなかった。『あっ、はいもう戻ります!』と携帯からは違う方向に向けた声がする。きっと店長って人に戻れと言われたんだろう。『恭弥? だから、先寝てていいから。きっと遅いから。本当ごめん』恭弥? と僕を呼ぶ声にぎりっと唇を強く噛んで通話を切ってやる。切り返してかかってくることはなかった。お店が忙しくて本当に戻ったのだろう。携帯は、きっとポケットの中だ。
 クリスマスのバーは忙しいって分かっていたけど。きっと抜けられるからっての言葉を信じて、眠い目をこすって待っていたのに。
 現時刻は二十三時五十四分過ぎ。
 今日はクリスマス・イヴで、もうすぐクリスマスだ。ホテルのバーに行けない人達は少しでも安上がりですむ駅前のバーに立ち寄るのかもしれない。今日がイベントだということを考えれば、閉店時間まで、はたっぷり拘束されるということになるだろう。
 その間僕は家で一人でいないとならない。
 うう、とブランケットに蹲ったまま、玄関横で小さくなって膝をかかえる。
 仕事は大事だ。は正社員として雇ってもらっているんだ。バイトのときのように融通はきかない。分かってるよ。
 …それでも。仕事より僕を選んでくれるような、女みたいな期待をしていただなんて。本当、馬鹿みたい。自分なりにへのプレゼントだって考えていたのに…帰ってこないんじゃ、渡しようもないじゃないか。
 ずる、とブランケットを引きずって立ち上がったのは、玄関横でだいぶ蹲って小さくなっていたあとだった。ぶるりと背筋が震えてくしゅっとくしゃみをしたことで身体が冷え切っていることに気付き、仕方なく廊下から居間へと移動する。
 どうせテレビをつけたってクリスマスがクリスマスがって番組しかやっていない。
 握りっぱなしだった携帯の画面に指を滑らせる。特に交友関係も持たない僕には、これはとの連絡手段であり、情報を得るための端末だった。うちにはパソコンがない。宿題の調べ物なんかも全部携帯ですませる。図書館へ行く必要もなくなった。ネットってものは便利だな。
 イマドキこんなことを思う僕は遅れているんだろうな、と思いつつ、時刻を気にした。とっくにクリスマスになっている。去年は最高のクリスマスだったけど、今年は駄目駄目なクリスマスだ。
 溜め息を吐いて指を滑らせ、寝ようかな、と思った。はどうせ遅い。今日はバーが閉店する三時まで仕事をしてくるだろう。それから後片付けやらをすませてここへ帰ってくるのは四時ぐらいになるはず。あと三時間も起きている自信はない。
 ……けど。へそを曲げてるのにの言うとおり先に眠るだなんて。なんか嫌だ。負けたみたいじゃないか。
 僕は機嫌が悪いんだからね。恋人が一緒に過ごすべき代表イベントのクリスマスを、一人で膝を抱えて過ごしてるなんて、虚しいし。寂しいし。悲しいし。…早く帰ってくればいいのに。
 むぅ、と眉根を寄せた僕は、居間の襖戸を閉めた。部屋を閉めきってから電気ストーブのスイッチを入れる。
 が帰ってくるまで起きててやる。今そう決めた。四時だろうと五時だろうと徹夜してやる。そのためには部屋を暖めて、仕方がないからテレビもつけて、意識を、眠らせないようにしないと。
「…眠くない。絶対、起きててやるんだから」
 自分に宣言して、さっそく眠気を訴える目をこする。
 負けるもんか。睡魔なんて、組み敷いてやる。