憶えのある限りで、生きてきて初めて、声を上げて泣いた。周囲なんて気にしずに泣き喚いた。どれだけ泣いても泉みたいに際限なく溢れてくる涙はすぐに冷たくなって頬を濡らし、どれだけ拭ってもぼろぼろと溢れてきて、止まらなかった。
 にこれ以上ないほどに拒絶されたことが死にたいくらいに悲しかった。
 君に好きなものはと問い返されたとき。あのときは戸惑って何も返せなかったけど、今頃になってようやく答えが出た。
(僕は君が好きだ)
 ベッドの上でぼんやりしたまま、それでもぼろぼろと溢れて伝う涙の顔をクッションに押しつける。やっぱり止まらない。こんな顔じゃ今日は学校に行けないな。…行きたくもないな。
 行ったらがいるかもしれない。は僕なんか無視していつも通りに学校生活を送るのかもしれない。それが、辛い。
 ぐす、と鼻を鳴らしてベッドに転がる。
 分厚いカーテンで窓を塞いだ部屋の中は朝だろうと薄暗く、これまでの僕を示すように光すら拒絶していた。
「恭弥? 恭弥、開けなさい。一体何があったんだ」
「今日もお仕事でしょう? 恭弥、何かあったならお母さん達に話してちょうだい」
 施錠した扉をドンドンと外から叩く音と、両親の声。「うるさいほっといて」と泣きすぎて掠れた声で返して耳を塞ぐ。何も聞きたくない。何も見たくない。もう何も。
 …ああ、それは、ウソだ。のことは、見たい。あんなに拒絶されたのに、泣き喚くほど傷ついたのに、やっぱりの姿が見たい。の声なら聞きたい。雲雀ってまた僕を呼んで、笑ってほしい。
 やわらかいカールのかかった茶髪。長身。程よく制服を着崩して学校ではボクってキャラを作って崩さない優男。かと思えば夜の街では髪をツンツンにして派手な色のジャージやジャンパーを羽織り、当たり前のように繁華街を出入りしている。
 彼の生活は殺伐としていた。生活手段のために誰かを抱き、凌ぐように生きていた。
 それは僕には想像したってできない映画のような生活だ。娼婦ならぬ娼夫、男娼。そうして色々なものを捨てなければ生きてこられなかった彼の心はどれだけ渇いているのだろう。
 熱い紅茶を引っかけられて、僕を罵倒した彼に、泣きそうになってしまったけど。僕よりもずっとの方が泣きたい顔をしていたように思う。
 その日は結局何も飲まず食わずでベッドから動かない時間を過ごし、ずっと握っていた携帯をベッドに転がした。…待っていたけどやっぱり彼からの連絡はなかった。それが悲しくてまた泣いた。泣き疲れて自然と眠って、そこでもが出てきて、僕を罵る。いいご身分だよなお前は、トントン拍子で人生進んで人との関係絶ったって生きていけて! 叫んだ彼が泣いていた。泣かないでと思った。どうか泣かないでと願った。僕は君に笑ってほしい。渇いた笑顔じゃなくて、営業スマイルの微笑みでもなくて、もっと普通に笑ってほしい。
 世界が違うんだよ。僕じゃない僕がそう言う。生きてる世界が違いすぎる、と僕を突き飛ばして泣いている彼から引き離す。
 じゃあどうしたらいいんだよ。好きでここにいるわけじゃない。僕はのそばにいたい!
 叫ぶと、僕じゃない僕が下を指さした。彼の後ろにいるはずのが消えていた。その指の先には何もなくて、底なし沼のようなそこにずぶずぶと沈んでいくのやわらかい茶髪が見えたのが最後、どぷんと泥沼の中へと消えた。
 一度沈んだら戻れない。お前の翼は黒く汚れて使い物にならなくなる。それでも、と言いかけるもう一人の僕に構わず下に向かって飛んだ。落ちた。堕ちた。
 淀んだ沼地。どこへ続くのか、果てはあるのか、底はあるのかも分からない、延々と広がる闇。
 少しだけ怖かった。一度沈んだら戻れないという言葉が頭を支配していた。
 …それでも、のいない世界で、誰もいない世界で息を続けるよりはずっとマシだと、沼地に手をつく。ずぶりと沈んだ。どんどん沈んだ。あっという間だった。取り込まれたら最後、もう浮上することは叶わず、白かった翼が黒く淀んで汚れた。それを引きちぎった。飛べない翼はもう邪魔でしかない。
 もう飛べなくていい。どれだけ汚れたっていい。
 それでも僕は君がほしい。
「、」
 はっとして目を醒ますともう朝だった。分厚いカーテンの向こうから僅かに射し込む光に目を細める。涙はもう止まっていた。
 何時、と時刻を確認するともう十時を過ぎていた。…また学校をサボってしまったな、と思い、なんの着信も知らせない携帯をぐっと握り締める。
 ベッドに手をついて起き上がり、しばらく虚空を眺めて、見ていた夢を思い返した。
「僕が…堕ちれば。一緒に、なれる?」
 ぽつりとこぼす。夢を言葉にすることで言霊が宿ったように感じた。もうそれしかないと思ったのかもしれない。汚れていない僕がうざいと突き放したなのだ。僕が本気だということを知れば考え直してくれるかもしれない。
 がばっと起き上がって戸棚に駆け寄り、本をいくつか抜いてばさばさと床に落とした。その後ろには壁に埋込み型の金庫があって、暗証番号と指紋認証のいる新しいやつが鎮座している。中には通帳一式や実印など大事なものが入っている。それを全部出してベッドにぶちまけた。五つも六つもある通帳をぱらぱらめくって預金金額を確認する。
 僕がのうのうと生きてきた恵まれた家庭の一人息子という現実は変えられない。お見合いなんて嫌だとくだらないことに悩んでいたことだって本当だ。それは彼にしてみれば笑ってしまうような些末事だったに違いない。
 それでも僕を救ったのだ。僕の日常という壁を打破するために手を握ってくれた。背中を押してくれた。あの瞬間だけでも本気で愛してくれた。
 おかげでやっと前に進めそうだ。
 ごほん、と咳き込んで声のぐあいを確認し、ベッド脇に放置してあるミネラルウォーターのボトルを呷った。携帯で銀行に連絡を取りまくり、全部に連絡してから着っぱなしだった寝間着をベッドに放った。
 有名大学卒業、管理職にいる両親という肩書き。一人一台車があって三階建てで庭も広くてセキュリティ万全の環境。捨てられるものは全部捨ててやる。

 雲雀の胸は薄いね。もっと筋肉つけないと、襲われたら大変だよ

 泣いた跡はサングラスで誤魔化すとして、あと変なところはないかな、と鏡で自分を確かめていると、カーセックスのときに言われた言葉を思い出した。ぎゅうと心臓の上を押さえる。まぁ俺は薄い方が好きだけど、と笑ったを思い出した。
 …捨てられるものを全部捨てて、僕は君を手に入れる。
◇  ◆  ◇  ◆  ◇
(…今日も休みか)
 本当なら雲雀が授業するはずの教科が今日も代理の先生によって進められている。形としては有給消化という扱いをされてるらしいけど、それは立場があるという雲雀の両親が手を回した結果な気がする。傷つけたんだ。きっと自室に閉じこもって泣いてるに違いない。あれだけ無遠慮に土足で踏みつけられたのはきっと初めてだろうから。
 はぁ、と陰鬱な溜息を吐いてやる気なくノートにシャーペンで記入。全く授業に身が入ってないのが文字から分かる。
 、と泣いた声が最後まで俺に縋っていたことを思い出す。きれいな顔が傷ついて悲しんで歪んだことを思い出す。
 はあぁ、と湿っぽく息を吐いて、木目の机の上に頬杖をついてぼやっと黒板を眺めた。内容なんてさっぱり頭に入ってこない。
 アパートの部屋は荒らされた形跡もなくきれいなままだった。自暴自棄になった雲雀がこたつをひっくり返すとか服を散らかしていくとかいう可能性を考えていたのに、きれいなものだった。俺がぶちまけた紅茶のあともきれいに拭かれていたし、カップ二つはちゃんと洗ってふせてあったし。雲雀が泣きながらも琥珀色の液体を拭って洗い物をする、そんな光景がありありと想像できてちっと舌打ちがこぼれる。
 くそ。何なんだよ。なんでこんなに気になるんだ。これで今までと同じ生活に戻れるはずなのに、これでいいって思ったくせに、なんでこんなに雲雀のことばっかり頭にあるんだ。
 ポケットから携帯を引き抜いた。着信履歴はないしメールだって何もきてない。
 前は毎日必ず電話をかけてきたくせに。放課後だって何かと理由をつけて俺を誘い出そうと必死だった。お前は女子かってくらい。
 ああ、俺が傷つけたんだな。…それが身に沁みた。
 憂鬱なまま午前を過ごし、昼休みの購買戦争で今日はおにぎり一つしかゲットできなかった。あーあついてない、と鮭にぎりをかじる。さすがにこれじゃあ足りない。仕方ない、コンビニに行くか。
 なぜ購買にこだわるかといえば、そっちの方が幾分安くすむからである。コンビニは割高だ。かと言って昼休みに行って帰ってこれる位置にスーパーはない。となれば、購買で多少でも昼飯代を安くすませるのが金に余裕のない俺の通例になっている。今回は仕方ないからコンビニ行くけど。
 ぼっちら歩いて五分のところにあるコンビニに行ってカップ麺を購入、お湯を入れて三分待ってから外で割り箸を割ってずるずるとラーメンを食べる。
 冬晴れ。今日の気温は少し高めか。ラーメンも熱くてうまいし。
 ずるずる、とラーメンを食べ終えてスープも残さず飲んでゴミ箱に放り、少し気分が持ち直した。たまにはカップ麺もいいかな、とか思いつつ学校に戻って教室で席に着く。そのとき携帯が着信を知らせて反射でポケットから引き抜き、画面を見て、なんだ、仕事か、と机に突っ伏した。…雲雀からかもとか思った俺何。なんなの。うざ。鬱陶し。
 くそ、と自分に苛立ちながら午後の授業を終えてホームルームを待たずに鞄を掴んで教室を出た。
 ちょうどいいときに仕事が入った。そう思おう。この苛立ちを性欲だと思うくらいに今日は激しくいこう。相手は男らしいけど別にいいだろ。俺掘り専だし。援交申し込むくらいだから初めてじゃないだろうし、気遣ってやらない。女はそういうとこに敏感だけど男は違う。ヤることヤれれば細かいことまで気にしない。
 帰ったら髪をまとめて、服は何にしようかな。男か。だったらここはあえてギャップを効かせて大人しめでいってやろうか。
 頭の中では今日の服装をあーでもないこーでもないととっかえひっかえ。だからノブを掴んで回してから鍵、と思って、難なく開いた扉に首を捻った。…開いてる? まさか。こんなボロアパートでも俺の家だ、施錠は毎回忘れず確認してから出てるはず。
 まさか、こんなボロ屋に泥棒か。それともお尋ね者でも侵入したか。
 めんどくさいな、と舌打ちしそうになるのを堪えて鞄の中からスタンガンを引っぱり出す。有事の際はお世話になるやつだ。ちょっとびりってするくらいで殺傷能力自体はそれほどでもない。が、これにビビって相手に隙が生まれることもあるので、毎度持ち歩いている。
 カチ、とスイッチを入れて扉の横に張りつき、中の様子を窺う。物音一つしない。
 どうせゆっくり開けても軋んだ音を立てる扉を蹴り開けて突入して、呆気に取られた。中にいたのは殺人犯でもないし泥棒でもない。雲雀だったのだ。
「お前、何して…」
「君こそ、それ何。スタンガン? 危ないもの持ってるね」
 雲雀は呆れたような半眼でスタンガンを見やった。「あ、いや」と言葉を濁してさっと背中に隠してスイッチを切る。
 いや、っていうかお前何人んちに上がり込んでるんだ。不法侵入してるじゃないか。その意味では立派に犯罪者になってるぞ。
 いやいや、それ以前にだ。学校だってサボったお前が、俺が傷つけて泣いたお前が、なんでここにいるんだ。どうしてまた俺のところに来たんだ。まだ分からないのか。俺はもう一度お前を傷つけないといけないのか。もうお前のきれいな顔が歪むところなんて見たくないのに。
 吐息した雲雀がこたつから立ち上がって、机の上に置いていたアタッシュケースを持ち上げた。サラリーマンの大事な書類とかが入ってそうな厚さのない銀色のやつだ。それを黙って俺の方に放る。キャッチするには届かず、ドン、と重い音を立ててケースは中途半端な位置に転がって止まった。
「…なんだよこれ」
「開けてみれば」
「……鍵かかってんじゃん」
「僕の誕生日、0505って入れれば開く」
 訝しげにアタッシュケースと雲雀を交互に睨む。雲雀は動きそうにない。いつものださい眼鏡と長い前髪に表情の半分は隠れている。泣いた跡があるかどうかまではここからじゃよく分からない。
 俺が動かないと何も動きそうになかった。はぁ、と一つ吐息して仕方な銀色の箱の脇にしゃがみ込んでダイヤルロック式の鍵の番号を0505に合わせる。中から何が出てくるのか検討もつかない。俺と雲雀はまだお互いをよく知らない。雲雀は俺のことを知りたがったけど、俺は雲雀のこと、ほとんど知らない。誕生日だって今知ったくらいだ。そんなあいつがこの中に何を潜ませたのかなんて分かるはずもない。
 たとえば毒ガスで無理心中の愛憎劇とか。
 覚悟してアタッシュケースを開け放つ。毒ガスが吹き出してもすぐ逃げれば大丈夫と息を止めた。
 ……ケースの中に入っていたのは毒ガスの入った瓶なんかじゃない。爆弾でもない。
 札束。きれいに整えられた札束が全部で十、きっちり詰まっていた。
 ………なんだこれ。
「百万一束で一千万ある。君にあげる。だから、を僕にちょうだい」
 雲雀の声も目の前にある札束もどこか現実離れしていた。現実だと信じがたかった。
 現金数えてもあるときでせいぜい十万程度。そんな俺が百万を見ること自体ありえないのに、一千万だって? しかも俺にあげる? だから俺を、くれとか。
 いや、質の悪いジョークだって可能性もある。そうであってくれ。そう祈りながら万札の札束を取り上げて、数える。
 …十枚目…偽札じゃなくてリアルの万札だ。
 二十枚目…まだ万札だ。刑事ドラマならこの辺からよく似た厚さと色の紙っぺらになるのに。
 ……五十枚目…駄目だ、本物だ。
 べらべらべらとめくっていっても全部本物だった。ばさ、と札束をケースに落としてばんと蓋をする。はっきりいって心中はかなり混乱していた。
 誰がこの展開を予想した? 予想できたか? できるはずがない。雲雀には俺じゃなくたって誰かがいる。遠くない未来にきっとお前を心から愛してくれる誰かがいる。俺はただのきっかけ。俺がセックステクがあって気持ちよくなれたから、それでちょっと優しくしたから、それだけの理由でお前は俺しかいないと思い込んでるだけだと、俺が、思い込もうとしてたっていうのか。
「それで当分暮らせるでしょ。ちゃんと君のこと買うんだ。施しなんかじゃない。それだけ出してでも、僕は君がほしい」
 雲雀の言葉が胸に突き刺さった。
 ああ、なんてことだ、と額に手を当てて視界を覆う。
「あんだけひどいこと言って傷つけたのに……なんで、俺なんか」
 セックスなんてしようと本気になれば相手はいくらだっている。そういう店だってたくさんある。金を払う分だけ選り取り見取りだ。顔で選んでもいいしセックステクで選んでもいいしガタイで選んでもいい。甘くて優しいのが好きならそういう相手を選べばいい。お前には俺じゃなくたってたくさん。
 ぎ、と古アパートの床が軋んだ。俺は動けなかった。一千万という想いの重さを振り切れるほどのプライドも意地も理由も自分の中に残っていなかった。
 背中側から抱き締められて、まだ動けなかった。首筋にキスされて、縋るように両腕で俺のことを抱く雲雀に、馬鹿だなぁ、と思う。こんな大金用意して。そこまでして、俺なんかが欲しい、なんて。
は、僕が、嫌い?」
 震えるような小さな声にそう訊かれた。のろりと頭を振る。
 嫌いじゃないよ。整った環境にいるお前が羨ましいとどこかで思っていたし、きれいなお前を眩しいと思ったし、純粋すぎて辛いと思ったけど。嫌いじゃなかったよ。どっちかっていうと、好き、だったよ。
(ああ、そうか)
 ぼやけている視界で雲雀の手に掌を被せた。
 そうか。俺、雲雀のこと好きなのか。だから嫌だったんだ。中途半端な想いや同情ならいらないってはねつけた。だから、雲雀が一千万用意してでも俺が欲しいと吐露したことが、嬉しいのか。
 男二人で泣いていた。俺は雲雀が本気だと示したことに泣いていた。雲雀は、多分、俺に拒絶されなかったことに安堵して泣いていた。
 泣かせてばっかりじゃ駄目じゃん、と気付いて、お隣さんがいないことを祈りつつ雲雀の手を引っぱって立たせ、布団の上に転がした。眼鏡を外して前髪を上げた向こうにあったのは泣き腫らして目元がむくんだ顔だ。「ひどい顔してる」と笑うとむくれられた。「誰がひどい顔にしたと思ってるんだよ」と。仰るとおり。全く、駄目な男だな俺は。
 ちゅ、とむくんだ目元にキスをして舌でなぞる。まだしょっぱい味がする。
「抱いていい?」
 確認するまでもなかったけど一応訊いておく。雲雀はあっさり頷いた。
 きっと銀行を梯子して一千万をかき集めたんだろう。そのためのスーツのネクタイを解いてシャツのボタンを外しながら、ふと気付いた。「じゃ、週に一回はセックスしなきゃ」と言ったら雲雀が頬を赤らめつつ「なんで」と訊いてくる。ぷちぷち外したボタンの向こうに一度だけ抱いた身体があって、薄いよなぁと思う胸を指でなぞる。「もう二年もそういう生活サイクルできたから。出すもん出さないと溜まるでしょ」「…僕の意見は無視?」「嫌なら自分で抜くけど…」嫌なんて言わないだろ、と囁いて薄い胸に唇を寄せる。う、と身動ぎする雲雀は俺の言葉を否定しなかった。
 一千万の詰まったアタッシュケースが転がるボロアパートの部屋でセックスをした。雲雀の口をキスして塞ぎながら気がすむまで抱いた。
 塞いだ口から漏れる喘ぎ声とか、たまらないとばかりによじれる身体とか、薄い胸とか、折れそうな腰とか、全部好きだなぁと思った。
 何度目かの絶頂を迎えて雲雀がイッた。塞ぎっぱなしだった唇を解放すると、は、と大きく身体で息をする。脱いだ制服を引っぱり寄せて中から携帯を取り出した。はぁ、と大きく息をする雲雀の前で、汗と違うもんで滑る指で画面に触れ、二年間ずっと登録していたサイトから自分のデータを全て削除した。今日の相手にも謝罪メールを送って携帯を放り出す。これで、おしまいだ。
「何、してたの」
「別に撮ってないよ」
「撮ってたらころす」
 雲雀の赤ら顔に睨まれてへらっと笑う。
 うん、まぁ、お前に殺されるなら本望かな。実際ちょっと締めつけがキツくて俺の雄も死にそうです。まだ二回目だっていうのにそんなエロくてどうすんの雲雀。
「サイトから登録を消したんだよ。これでもうおしまい。俺はお前以外抱かなくてすむ」
 薄い胸に口付けて一度抜いた。は、と息をこぼした雲雀が何となく恨めしそうに俺を見上げる。「…僕以外抱いたら嫌だよ」ぼそっとした声に思わず笑う。
「抱かないよ。俺はお前のもの」
 それが本音だった。
 一千万という重さがあったから受け止めた現実だったけど、もしかしたら俺は、一千万がなくても、雲雀のことを求めてたのかもしれないな。
 全裸のままでは風邪を引くのでカビっぽい布団を引っぱり寄せて雲雀に被せた。どこかぶすっとした顔でそっぽを向いている雲雀の、あの顔は、照れ隠しだな。前髪いじってるし。ふむ、俺も少しは雲雀のことが分かってきたのかな。
 これからもっと知っていこう。何が好きとか、何が嫌いとか、デートも重ねて、時間を重ねていこう。
 俺と手を繋いだら雲雀の手まで汚れてしまうけど。汚れてもいいとお前が思ったんだから、汚す覚悟で、それを背負う覚悟で、生きていこうじゃないか。