頑張ったことそのいち。レンタル道具が揃ってるキャンプ場を見つけて予約を取りつけたこと。
 頑張ったことそのに。キャンプとか中学校以来だったけど、雲雀よりはずっと雑用ごとに慣れてたので一人でもどうにか二人用テントを組み立てたこと。
 頑張ったことそのさん。山に近い方か、広場に近いけどすぐ横を川が流れている場所か、と逡巡して唸って考え、川の隣を選んで、やっぱり正解だったこと。
 バシャ、と三センチくらいの浅瀬に足を突っ込んで砂利の上に座り込む。「あー冷たい気持ちいい」と一つ伸びをして、暮れ始めた空を見上げて休憩する。コンクリートジャングルの中にいるより五度くらい低いんじゃないかな。さすが山。マイナスイオン効果すごいな。
 首だけで肩越しに振り返って「恭弥もおいでよ」と呼ぶと、突っ立っていたところからようやく隣にやってきた。夏でも肌を見せないシャツとズボンの格好でいる雲雀を手招いて座りなさいと隣を叩く。雲雀は仕方なさそうに砂利の上に腰を下ろした。さっそく夏で蒸してそうな靴をすっぽ抜く。「、」「足浸してみなって。冷たいから」靴と靴下を脱がせただけだっていうのに微妙に赤くなっている顔にへらっと笑いかける。そんなに意識するなよ。襲ってくれって言ってるようなもんだよそれ。
 ズボンの裾をまくろうとしたら手を払われた。「自分でやる」と怒ったような声で言う雲雀に大人しく手を引っ込める。
 夜たくさん食べるのは胃もたれするだろうし、とやりたかったバーベキューは昼にすませた。夜は残りのものを片付けるだけで十分だ。キャンプ場なんだし、どうせやることは少ない。夜は食べなくてもいいくらい腹いっぱいおいしいもの食べたし、テントも作ったし寝袋も用意したし、やらないとならないことはもうないはず。あ、洗い物くらいかな。
 ちゃぷ、とそっと水面に足を浸した雲雀がほぅと息を吐いた。「冷たいだろ」「うん」あ、素直に頷く雲雀がかわいい。
 いかんいかん、我慢しないと、と顔を逸らす。ここは夏休みで賑わうキャンプ場だ。バンガローならまだしもテントだ、音なんて遮れない。だから、駄目。うん。駄目。我慢して俺。
「…これ、さっき配ってた」
 ポケットからたたんだ紙を取り出した雲雀に首を捻る。「いつ?」「君がテント組み立てるのに頑張ってたとき」「ああ」結局勝手の分からない雲雀には簡単なことしか頼まなかったから、俺が一人で用意してる間に誰かにこれを渡されたのか。
 どれと開いてみると、手書きが印刷された字で『本日十九時、キャンプファイヤー開催。家族や友達と連れ立って中央広場までおこしください』と書いてあった。手書きのキャンプファイヤーのイラストつきだ。
「へえ、キャンプファイヤーかぁ。いいじゃん行こうよ」
「…キャンプファイヤーって何?」
「えっ。えっとこれ。このイラストみたいな感じで大きい薪を組んで焚き火をするんだ。で、まぁそうだなー…集まった人で踊ったり、歌を歌ったりとか、そんな感じ」
 ふうん、とこぼした雲雀がちらりと俺を見上げた。俺より背が低い雲雀が並んだら自然と見上げられる形になるなんてこと今更なのに、上目遣いされてることに心臓が落ち着かなくなる。ださい眼鏡は相変わらずなのにそれでもかわいいとかどういうことだ。雲雀を見る俺の目はどうイカれた。「行くの?」「…せっかくだし行かない? せめて見るだけでも。あんまり気に入らないならすぐ帰るから」「………」ぷいと顔を背けた雲雀の行動が照れ隠し=イエスと受け取った俺はほっと一息。
 なんか、俺の理性ってやつは、雲雀のことが好きだと意識した日から脆くなっていってる気がする。
 夜ご飯を昼の残り物で適当にすませ、貴重品の財布と携帯だけ手にしてキャンプファイヤーが開催される中央広場へと砂利道を歩く。
 同じチラシを持っている家族連れやグループが砂利道を歩いて行く中、俺と雲雀の間には人一人分の距離が開いていた。半分は俺が開けたもので、半分は雲雀が取った距離。足して一人分。
 ここは並盛からはそれなりに距離があるけど、この中に俺達のことを知っている人間がいないとは言えない。まぁこんなところで顔見知りに見つかったらその時点でおしまいって気がしないでもないけど、だからって人前で隣り合うことはできない、っていうのが雲雀の意見。社会的に立場もある雲雀の意見を尊重して俺は距離を取る雲雀に何も言わないわけだけど、なんだかな。そんなにちらちらこっちを気にしてたら、距離取ってる意味ってないだろ。
 俺が半歩開けた理由は他にある。
 雲雀の立場を守りたいことはもちろんあるけど。俺は、キャンプ場という緑溢れる場所に降臨した雲雀恭弥って眉目秀麗な麗人を勢いと流れで犯してしまう自信がある。若気の至りってヤツです。不用意に触れてしまったらそこで崩れてしまう気がする。なんていうの、うん、ムラムラしてんだよね。だからこの距離は俺達に必要なんだ。
 中央広場が近づくと、夜の空がそこだけ明るくなっているのがよく分かった。すでに火が灯されているらしい。携帯で時刻を確認すると十九時五分過ぎ。点火、見れなかったな。
「早く行こ」
 ポケットに携帯を入れて手を突っ込んだまま歩き出す。慌てたようについてくる雲雀が「あれ?」と明るい空を指す。「そーそー」と言いつつ一人分の距離が半分になっていることに気付いた。雲雀が自分から自分で取っていた距離を埋めたのだ。無意識かもしれない。恐ろしく天然な純粋培養故の。
 大股で広場まで行くと、チラシを配ってただけあり、キャンプファイヤーは大きく、フォークダンスの音楽がラジカセで流されていた。火を囲むほど輪にはなっていないけど、何組か踊っている。ギターを弾いている人に合わせて歌っているところもある。そしてちゃっかりボックスでアイスやジュースを売っている。うん、ま、それくらいしないとチラシ配ってまで集客する意味ってないもんなぁ。
 雲雀が足を止めた。遅れて立ち止まって振り返る。雲雀は俯きがちに「煙たい」とこぼしてそれ以上前にこようとしない。今日は風がないし煙は空に昇っている。煙たいわけないんだけどな…。
 がしがしと髪に手を入れてキャンプファイヤーを振り返る。雲雀が本気で乗り気じゃないなら帰ってもいいんだけど…せっかくキャンプに来てキャンプファイヤーまでやってるんだ、もっと楽しまなくちゃ。
「ほらおいで。俺と踊ろ。それなら手を繋いでてもおかしくない」
 ぴく、と小さく反応した雲雀がそろりと顔を上げた。キャンプファイヤーの炎を映した眼鏡がちらちらと揺れている。
 やっぱり甘やかしてほしかったらしい。お前が人前じゃ嫌だって言うから何もしないでいたし、我慢だってしてたのに、それを崩すのもやっぱりお前なんだな。そういうとこかわいいからいいけど。
 しょうがないなぁって笑った俺に雲雀がぐっと唇を噛んでから一歩踏み出した。手を差し伸べる。そろりと伸ばされた手を取ってキャンプファイヤーのそばへ行く。フォークダンスなんてさっぱり憶えてないけど周りを見て適当にやればいいだろ。
 最初は適当に家族連れやカップルを見てそれらしく踊ってたんだけど、あまりに単調で飽きてきたので、途中から勝手に変えてみた。「、何、これ何」と両手を取られて慌てる雲雀が炎の色に照らされて視界の中で浮かび上がって見える。そんな慌てなくても、と笑いながらワンツースリーフォー、と適当に前後にステップを踏む。
「ワンツースリーフォー、って誰かに習ったんだ。誰だっけ」
 んーと考えながらマイムマイムに合わせた早めの4ステップを踏む。雲雀がついてこられないで一生懸命足元を見て合わせようとしている姿がかわいくて仕方がない。「テキトーだよ。規則もない」「ついて、けない」「じゃ、恭弥が適当にやってよ。俺が合わせる」う、と口ごもった雲雀がよく分からない顔のまま一歩こっちに踏み出したので一歩引いた。四拍子からさっそく外れたテンポになって苦笑いする。「頑張って俺についておいで」と耳元で囁いて「さあご一緒に」と雲雀の手を引く。
 ああ、誰に習ったんだったか思い出した。俺のこと何回も指名したおねーさんだ。ダンスが趣味とかで、ベッドの中にいる時間以外はだいたいダンスの話をされるかこうして合わせて踊ってたんだっけ。
「こっちを向きなよ 顔が見えない 泣いても 笑っても 素敵な君さ」
「え?」
「歌詞」
 へらっと笑って口ずさむ。誰が俺にこれを教えたかを思い出して、自然と日本語訳の歌が頭に浮かんでいた。小学生とかが適当に踊るやつなのに正しいマイムマイムの踊りはとか熱弁してたっけなぁあの人。名前すら知らなかったけど、あの人と過ごす夜は少し楽しかったな。「MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM BE-SASSON」を二回。適当にステップを踏んだり雲雀の手を取ってくるっと回転させたりしつつ「この広い世界中 出会えてよかった 泣いても 笑っても 気になる僕さ」と笑う。ぽかんとしている顔の雲雀がかわいいなぁ。
 マイムマイムの歌を知っているところだけ繰り返し繰り返し繰り返す。何度も何度も同じことを繰り返す。馬鹿みたいに雲雀を引っぱり回して適当に踊って踊って歌って歌う。
 いくら山の中のキャンプ場が涼しいとは言っても、キャンプファイヤーの熱気を受けながら踊ったんじゃ汗だってかく。
 雲雀がもう足が動かないとギブアップしたので、その辺で休憩にした。マイムマイムに合わせつつすごく適当に踊ってた俺達になぜか拍手が起こる。適当でもそれなりに踊れていたらしい。「どもー」とへこへこ頭を下げてやってきた家族連れに場所を譲りつつ、さっきより踊ってる人増えたなぁ、と思う。ま、踊りまくってた俺達が火種かもしれないけど。
 ポケットから財布を抜いて「座ってて。買ってくる。ジュース? アイス?」「アイス」「ん」木製の長椅子にぺたんと座り込んだ雲雀のそばを離れてアイスボックスのある方へ行く。屋台やってそうないかつい顔のおじさんが「へい兄ちゃん、飽きずに一時間もよく踊ってたなぁ。ほれ餞別だ」とパピコをくれた。「いいんですか?」と返しつつもしっかりと受け取る俺。おじさんはにかっと笑って「いいってことよ。おかげでフォークダンスの方は盛り上がってるしなぁ」とキャンプファイヤーの方を親指で指すので、「じゃーもらってきます。どもー」と頭を下げてそばを離れた。やった、タダでゲット。この浮いたお金でジュースを買おう。
 コーラはぬるくなるとまずいだろうと思ったから健康的にダカラを二本とパピコを持って戻る。ぱき、と二つに割って口の方にかじりついて雲雀が吸えるようにしてから「はい」と手渡した。黙って受け取った雲雀は相当疲れているらしく、何も言わないままパピコをすすって食べ始める。
 歯で食いちぎって口を開け、チョココーヒー味のパピコの冷たいことに癒された。タダでもらったせいもあって余計にうまい。
「疲れた?」
「…疲れた」
「恭弥、もうちょっと運動した方がいいよ」
 俺が笑うと雲雀はむっと眉間に皺を刻んだ。「これでも前よりは体力あるんだ」「へぇー?」「だって毎週君と、」そこまで言いかけた雲雀がはっとして口を噤む。
 毎週俺と? うん、セックスしてますねぇ。セックスって思ってるより体力いるんだよね。そりゃ、してない頃よりは体力ついたかもね。
 雲雀がそれきり黙るもんだから、早々にパピコを食べ終えた俺はペットボトルを呷りつつうーんと星空を見上げた。このあとは、コイン式のシャワーを浴びて山からの星でも眺めて流れ星の一つでも見つけようかくらいのつもりでいたんだけどな…。
「シたい?」
 マイムマイムの曲に消されるくらいの声音だったのに、雲雀はあざとく反応した。「でも疲れたんだろ?」暗に今日はやめようと言っている俺を睨んでくる。異議ありって目だなあれは。それに気付かないフリでごくごくとダカラを飲んだ。俺はコーラの方が刺激があって好きだ。こっちの方が身体にはいいんだろうけど。
 一人分の距離が開いていたのに雲雀が手をついて一気に詰めてきた。俺を下から覗き込むようにして、そこまで勢いよかったのにそこから途端にしおれて俯き加減で「シたい」とこぼすこのかわいい奴をどうすればいい。
 あーくそ、とペットボトルに蓋をする。ようやくアイスを片付けた雲雀の手を掴んで「じゃー行こう」と広場をあとにする。
 このキャンプ場のいいところは、ワンコイン三分でシャワーを浴びることができる大きめの施設があるところだ。簡易でも個室式で内側から鍵もかかる。テントでするよりはよっぽどいい。裸になれば汚れることも気にしないでいいし、ここならそのまま洗い流すこともできるし、都合がいい。
「…っ」
 びく、と震えた雲雀の腰を逃がさないで安っぽいアクリルの壁に押しつける。安っぽいことは否めないので終始唇を塞いだままシた。踊り疲れたせいか前半から立っていられなくなるもんだからほぼ床プレイ。あんまりきれいとは言えないすのこっぽい木板をギシギシ言わせながら雲雀を犯して、涙を浮かべながら乞う瞳ときゅうきゅう締めつけてくる内側に耐え切れずに中に出した。
 は、と息を吐いて唇を解放する。長い前髪をかき上げて額にキスをした。震える息で必死に呼吸する雲雀がかわいい。
 いつまでも床は痛いだろ、と抱き起こす。はぁ、と吐息をこぼして俺の肩に額を押しつける雲雀がかわいい。照れてるんだよな。開き直ればいいのにいつまでたっても初だな。
 …俺さっきからかわいいってそればっかりだな。そんな自分が馬鹿っぽいけど、雲雀がかわいいのは事実だから、どうしようもないよなぁ。
 そっと手を伸ばして雲雀の足の付根に触れた。興奮しっぱなし。っていうか、壊れたみたいにだだ漏れ?
 唇を噛んだ雲雀に「自分でする? 俺にシてほしい?」という二択を突きつけると、「シて、ほしい」と吐息混じりの破壊力抜群の声で乞われて、乞われるまま口で施して雲雀がイくのを手伝った。その間雲雀はずっと声を気にして掌で口を押さえつけてたんだけど、その必死な姿がかわいいのなんのって。
「も…っ、ィ、く」
「ん」
 強めにがりと先端に歯を立てると雲雀は呆気なく弾けてイった。ごくん、と吐き出された欲望を飲み込んでキスしてから顔を離す。
 はー、はー、と大きく息をする雲雀が切なそうに揺れる目で俺を見つめている。いかん、また勃ちそう。理性頑張って。
「…シャワー浴びたら、星を見て、寝よっか。限界だろ」
「ん…。
「ん?」
「好きだ。愛してる」
 愛してる、とこぼして首筋にキスをしてくる雲雀が略。ぎゅっと抱き締めて「俺だって愛してる」と返す。
 もう迷わない。この気持ちは疑いようがない。
 俺は、雲雀のことが、とても好きだ。愛している。
 それからシャワーを浴びてテントに戻り、洗い物をすませて、外に出て星空を眺めた。生憎星座に詳しいロマンチックな男子ではないためどれがどれとかさっぱり分からなかったけど、周りに人がいなかったので、雲雀と手を繋いで同じ星空を見上げた、それだけで、十分だった。
 ああ、俺今幸せなんだな、とくっついている寝袋から覗く黒髪と眠った顔を眺めて思う。
 俺みたいな奴でも幸せになれるんだな。そう思うことができるんだな。そうか。よかった。それなら、雲雀はもっと幸せになれるだろう。
 一時間踊ってセックスもして、俺もさすがに疲れた。
 くあ、と欠伸をこぼして雲雀の黒髪に指を絡ませた。ピンと引っぱっても目を覚まさないので、寝袋の中に手を突っ込んで雲雀の手を探し出す。その手を勝手に握って勝手に満足して瞼を下ろして視界を閉じる。
 じゃあ、おやすみ。また明日。