ナイショだよ 声変わりをする前のどこか高い声が鼓膜をくすぐったような気がして、薄目を開けた。 ゴロゴロと低く雷鳴がしている。窓がないのに外の音がここまで届くということは、外は雨か、それなりの嵐なのだろうか。空気がどこか湿っぽいし。まぁ、どうでもいいことだけど。 のそりと起き上がって、まだ醒めない思考で一つ頭を振る。するりと肩を滑った黒い着物の襟が見えて、少し視線をずらすとが見えて、今の状態に気がついた。 一組の布団の上で、敷き布団の端でこちらに背中を向けて寝ている君と、君にくっつくようにして眠っていた自分。 「…起きて、ないの?」 寝起きで気怠い手を伸ばして染めている茶色の短い髪を撫でる。ぺたぺたしてる。ドライヤーをしてないせいとこの湿気のせいだろう。そろそろ背中を流してあげないと痒い頃のはず。そんなことを思いつつ、いつまでたっても返事がないので起きるまでこうしていてやろうと茶色い髪を撫で回していると、「おきてる」とぼやく声。どこか投げやりだ。なんだ、起きてるのか、と手を引いて立ち上がる。彼は寝転がったまま動こうとしない。 着物に染みができるのを防ぐためにエプロンをして、袖が汚れないように整えてから台所で食事の支度を始める。面倒くさいが仕方がない。彼には僕の手料理を食べてもらわなくては。 昨日寝しなに炊飯器をセットしておいたからご飯はすでに炊けている。卵焼きと、昨日の豚汁をあたためて、あとは。 冷蔵庫を覗くと魚があったことを思い出し、鮭の切り身をフライパンで簡単に焼き魚へと変身させ、ちゃぶ台に二人分の朝食を整えてまだ布団の中にいる彼のところへ行った。「ご飯できたよ」魚の焼けるにおいで気がついてるはずだけど、彼は布団に顔を埋めたまま動こうとしない。「」と呼んで布団を引っぺがすと、ようやく瞼を押し上げて僕を見てくれた。 彼の視界の真ん中に僕がいる。僕だけがいる。たったそれだけことで高鳴るこの胸を、愛という言葉以外で説明することなど不可能だ。 僕は、君を、愛している。 「…なに」 「ご飯。作った」 「ああ…」 本気で寝かけていたのか、のそりと起き上がった彼が布団に両手をつくと、手首を拘束している手錠を繋ぐ鎖から鉄の冷たい音がした。 僕の手がなくては生きていけないようにと取りつけた手錠は今日も彼を拘束している。上手く身動きが取れない。それを理由に彼が起き上がるのを手伝い、肩をずり落ちた黒い着物を羽織らせ直し、あれこれと世話を焼く。 彼はそんな僕にも無言でちゃぶ台の前に胡座をかいて黙って箸を持った。ジャリと鉄の音が響く。こちらに無関心。彼の反応に少しだけ痛む心を感じながら僕も箸を手に取り、朝食を食べ始める。下手くそではないはずだけど、と彼を窺っても反応はない。食べないと死ぬから。そんな義務作業にも似た手つきで早々に朝食を終えた彼は立ち上がって洗面所へと消えた。歯磨きと洗顔だろう。ほどなくして僕も食事を終えた。自分の味なので特に感想も浮かばず、ちゃぶ台の上を片付けて食器を洗い、一息吐く。 また今日が始まった。他に誰もいない、僕とだけの今日が。 「なぁ」 背中にかかった声にぱっと振り返った。今日初めて君から声をかけてくれたのだ。「何?」と期待で弾む僕の胸に流水を流し込むように彼の言葉が流れてくる。抗いようのない強い流れを持つ川のように、容赦がなく、冷たい。 「お前、いつまでこんなこと続けんの」 「…こんなことって?」 「だから、これ。こういうの」 拘束された両手を掲げた彼が僕を見ている。もう僕を睨むでもなく怒るでもなく蔑むでもない、哀れなものを見るような目だ。 僕は彼の言葉に首を捻った。 いつまで? そんなことは簡単だ。決まってるだろう。永遠に、だ。 「君が僕しか見ないと約束してくれるなら、今すぐにやめてもいい」 他に答えがあるとしたらこれくらいのものだろう。 最も、それが叶うのなら、こんなことにはなっていないけど。 彼は諦めたような息を吐いて手を下ろした。「背中とか痒いんだけど。洗ってよ」とぼやいて洗面所の扉をくぐっていく。 そうだろう、そう思ってた。僕の手がなければ君はできないことが多いんだ、と弾んだ心で彼を追いかける。僕の前で裸になることなんてもうどうとも思っていないのだろう、躊躇いもなく帯を解いて着物を落とす背中をじっと見つめて、僕も自分の帯を解いた。着物と一緒にたたんで籠の上にやり、彼のも同じようにたたむ。下着は洗濯機の中へ。 ハンドルを捻って頭からシャワーの温水を被っている後ろ姿を見ているだけで、身体が熱くなってきた。勘違いしそうになる。彼にその気は全くない。 理性で全てを殺しながらタオルを手に取る。 「背中、だけでいい?」 「上半身全部。あと、髪も」 ぼそっとした声がシャワーの音の中に消えた。 じゃあまずは背中から、と石鹸を手に取り泡まみれにしたタオルで僕より広くて大きい背中を擦るように洗っていく。彼は肌が丈夫だし、痒いと言うからにはそれ痛いとか言われるくらいまでやらないとまた痒くなるだろう。手錠をしていては背中に手は届かないし、痒くないようにしてあげないと。 ごしごしと広い背中を腰辺りまで擦り、肩から手までもきれいにして、向き合って、立派な胸板を保ったままの胸部や腹筋でデコボコしてる腹部を洗っていく。 きゅ、と今頃シャワーが止まった。ぱた、と顔に落ちる雫が邪魔で髪に手を入れて横に払う。髪、そろそろどうにかしないといけないな。長くなって邪魔になってきた。 ごしごしと肌を洗う僕に注がれている視線が熱い気がして、そんな気がしただけで、身体が勘違いをしそうになっている。 「…恭弥さぁ」 落ちた声はダルそうで、そう広くもない浴室内に低く響いた。「何」脇も横っ腹も全部きれいにしている僕に「細いな」と言う声は僕の全身を見ているようだった。君と違って薄いままの胸とか腹とか、そう筋肉のない腕とか、あるいは、もっと下の方とか。 「お前が女の子なら、こんなことにはならなかったのにな」 「…………」 その声で騒いでいた身体が途端に静かになった。高鳴っていた胸さえ冷めた。「そうだね」と冷静に返したけれど、さっきまでの高揚が嘘のように気分は沈んでいた。 僕が女だったら。そうだね。その通りだ。そうであれたらどんなによかったか。君も、僕も、この生がどれだけ満たされたものになったか。 監禁生活を強いられて、四六時中僕と一緒で、手錠をつけられて、君に不自由を強いながらその不自由を救っているフリをして、自己満足に浸って。ああそうさ、僕は最低だ。知ってるよ。自分のことだから。それでもこうする以外どうしようもなかったんだ。 「下も洗って」 そう言われて、僕の意識はまた簡単にぐらついた。下、と言われて自然と視線が下がる。 広い背中も力強い胸も素敵だけど、僕にとって何より素敵なのは、足の付け根にあるものだ。定期的に僕が口で抜いている熱くて硬くて猛った男のある場所。一生叶わない夢を叶える力を持つ場所。 君の熱が僕を貫いて、これ以上ないってくらい中を抉って、犯して、痛くして、そして、君の白濁が僕を汚せばいいのに。君の欲望が僕の中に入りきらないくらいに溢れて肌を伝えばいいのに。君の熱で、僕が壊れればいいのに。 でも、それは叶わない願い事。 身体をきれいにして、手を伸ばして茶色の髪を洗う。わしゃわしゃとシャンプーで泡まるけにして、指を食い込ませるように頭皮を強めに洗う僕に、彼は目を閉じている。 …今ならキスしてもいいかな。したいな。少し顔を近づけるだけでキスできる。 騒ぐ身体で唇に唇をくっつけた。薄目を開けた彼だったけど、シャンプーが沁みたのかすぐ目を閉じた。抵抗はない。しても意味がないと知っているから。 髪を洗っていたはずの手は、いつの間にか彼の頭を抱き締めるものに変わっていた。 ……今でも鮮明に思い出せることがある。 夕暮れの公園、親が迎えに来たり自主的に家に帰る子供の群れ。そんな中で人目を憚るように滑り台の下に二人で潜り込んだ。そこは滑り台を支えるための大きな空間となっており、昼間は子供の溜まり場となる。陽の光の力が弱くなり暗闇に沈み始めた空間には他に誰の姿もない。 お菓子の袋が散らかるこの場所に僕を連れ込んだのは幼馴染ので、キョロキョロと周囲を窺いつつ僕にナイショだよと囁いてから唇を寄せてきた。うん、と吐息程度の声で返事をして彼と唇をくっつける自分は、当時、その行動の意味など理解しているはずもなかった。ただ、彼とそうしているのが嫌いではなく、くっつくとあたたかいし気持ちがよくなるから、という安易な理由で、キス以上に身体を寄せ合って、最終的に服すら脱いで身体を重ね合って気持ちいいことを求め合う、そんな子供だった。 それがなんであるかということに薄く気がつき始めた、小学校の真ん中辺りの学年になった頃。 パッタリとそれまでのキスとかそれ以上がなくなった。僕はしたかったけどが嫌だと言ったのだ。僕は僕を突き放したが信じられなくて、嫌だと言った彼の言葉に傷ついて、離れていく背中を見ていることしかできなかった。 それから喧嘩したみたいにお互いにすれ違う日々が続いた。同じクラスなのに会話することが極端に少なくなり、帰り道、一緒の方角の僕らが自然と同じ道になることは当たり前だったのに、それでも僕らに会話はなくなった。距離だってすごく開いた。道路の左側と右側に別れて辿る帰り道はただただ苦痛だった。彼は僕といるとき常に眉根を寄せたような厳しい表情をしていて、そこにはもう僕の知ってる彼はいなかった。 小学校高学年になった頃、にガールフレンドができたという噂を聞き、その日、ショックを受けた僕は学校を早退した。 が僕を突き放した理由が唐突に理解できたのだ。 彼は女が抱きたかったのだ。僕でなくてよかったのだ。きょーやはかわいいねと言っていたあの言葉は嘘だったんだ。それを、知ってしまった。 中学生になって、ぐんぐんと背が伸びて、もともと運動が得意だったはバスケ部に入り、女にモテるようになった。 彼は昔に僕に向けていたのと同じ笑顔を女子に向けていたし、男子にも向けていた。それなのに僕に対してだけはどこかぎこちなかった。眉間に皺を寄せた怖い顔はしなくなったけど、僕に向ける笑顔も態度も全てがぎこちなく、不自然で、僕はそんな彼に胸が辛くなるばかりだった。 中学三年のある日。気分が悪いを理由にして授業を休んだ僕は、昼休みまでずっと寝ていた。午後から仕方なく授業に出ようと思い、次は教室移動の授業だったことに気付いて、教科書その他を取りに教室まで戻った。面倒だから今日はもう帰ってしまいたいけど、あまりにサボっていると先生もうるさいし。 階段の途中で授業開始のチャイムが鳴ったけど、走る気になんてなれず、そのままのペースで一歩ずつ階段を上がった。 気怠かった。全てが。が僕を捨てたときからずっとそうだった。 彼は僕じゃなくて女がよくなったのだ。それが子孫を残す生き物として当然のことなのかもしれない。 そうだとしても、僕は、女なんて好きになれそうにない。ましてや君以外の男なんてどうでもいい。 もうずっと気分が悪いままだし、世界は暗いままだし、僕には何もないままだ。一体どうしろっていうんだろう。は男で、僕も男で、これは変えようのない現実なのに。僕はがいいけど、は僕じゃ駄目なのに。 陰鬱な溜息を吐いて教科書を取りに戻った教室で、僕は最悪のものを見つける。 床に這いつくばっている女と、まくり上げられたスカートと、腰まで下がったズボンと、規則的な音に、微かな喘ぎ声。 その背中はよく知っていた。ずっと追いかけていた。よく知っていた。知りすぎていた。疑いようがなかった。 目の前にした現実に、ブツ、と自分の中の何かがちぎれた音がした。 ……もう。全てが限界だった。 誰かに笑いかけるも、部活に取り組んで得点を決めて喝采を受けるも、テストができなくて苦笑いで追試を受けるも、全部いらない。壊してやる。そこに僕がいないなら全部意味がない。 壊してやる。たとえ憎まれたっていい。そんな形でも彼の中に残るなら、僕で埋まってくれるなら、もうそれでいいんだ。 一般常識を捨てた僕は、を呼び出し、この間見たことは黙っていてあげるから少し付き合ってほしい、と彼を自宅前まで連れて行き、スタンガンで意識を刈り取って、地下室に監禁した。 台所もトイレも風呂場もある、八畳一間の部屋もある、窓だけがない部屋。唯一外と繋がる扉は僕の指紋認証と声帯認証が必要な特別な扉で、僕でなければ開けられない。 そんな檻の中で、が自由に身動きできないようにと手錠をつけた。 目を覚ました彼は当然どういうことかと現状を僕に問うた。僕は答えなかった。答えて理解されることとも思えなかったからだ。 彼は僕を詰った。あらゆる言葉で。それでも僕が何も言わないのを見て取ると、手錠をかけられ不自由になった両手で僕の着物の襟を掴んで引きずり上げて壁に背中を叩きつけた。痛かった。苦しかった。バスケ部で筋力も体力もついた彼に僕は無力も同然だった。 が怒っている。ギラギラした目で僕を睨みつけている。 ああ、今にも殴られそうだな。でもそれもいいな。君が痛くしてくれるなら受け入れるよ、全て。 僕が唇の端をつり上げて笑うと、彼はキレた。何も説明しない、説明する気もない僕に手を出し、無抵抗の僕に殴る蹴るの暴行を加え、回し蹴りまで食らわされて、身体が吹っ飛んだ。無様に畳の上を転がった僕にバランスを崩した彼がどさっと畳に尻餅をついて、それでようやく我に返ったらしい。ごほ、と咳き込んで口の中の血を吐き出した僕に青い顔で寄ってきて恭弥と声をかける。手錠の音を鳴らしながら両手で僕の頬を挟んで恭弥大丈夫かと声をかける彼は甘いのだ。全ての原因は僕で、悪いのは僕なのに、結局大丈夫かなんて声をかけるのだから。 ぐ、と畳に手をついて痛む身体を起こし、自分でやったくせに僕を案じてスキだらけの彼にキスをした。 説明なんて、これ一つで十分だ。 僕はまた君とキスをしたい。何度だってしたい。その唇が僕以外に触れてほしくない。それから、身体を重ねたい。気持ちいいことをしたい。あれは幼いが故の過去の過ちだなんて、そんな言葉ではすませてやらない。セックスもしたい。抱いてほしい。君に誰にも抱いてほしくない。君を誰にもあげたくない。 僕のものに、なってほしい。 説明なんて聞くまでもないということをも悟ったらしい。 舌を捩じ込んだ僕に、諦めたように目を閉じた彼は、そうして世間と人の目から隔離された。 「恭弥はいいの?」 気怠そうな声をかけられて顔を上げる。手元に視線を落とせば、今日の夕飯の揚げ物の準備をしていたところだった。肩越しに彼を見やれば、布団の上に転がって適当な雑誌を読んでいる。 いいのって、主語がないから、なんのことだか。 「何が」 「溜まってんじゃないのって話」 山菜を卵につける手が滑った。沈んでしまった山菜を取り上げてパン粉の中へ移動させる。「なんで」いたって冷静に返したつもりだったけど声が震えていた。「だって、シャワーのとき勃ちそうだったし」何気ない日常会話のごとくそんなことを言われると、身体が熱くなってくる。あのとき一生懸命我慢したのに、君はお見通しで僕とキスしてたってわけか。 パタン、と雑誌が閉じられる音がした。ぎ、と畳の軋む音も聴覚が拾い上げた。なるべく意識しないようにしながら黙々と天ぷらの準備をして、衣で汚れた指を舐めたとき、僕の上からすぽっと腕が被さってきて身体が固まった。「手ぇ通して」腕の輪の中に手を通せと言われて、彼の体温と密着している背中を感じながら首を振る。「い、今から天ぷら揚げる」「へー。俺がシてあげるって言ってんのに嫌なんだ」「ち、違」慌てて腕を掴んだ。求めて閉じ込めたのは僕なのに、いざとなると恥ずかしさで焦らすのも僕なのだ。彼はそんな僕でたまに遊ぶ。機嫌がいいときだけだけど。 「手、通して。そうしてくんないと手錠で届かねーの」 耳を生あたたかくてやわらかい舌が撫でた。ぞわりと総毛立つ。続けてちゅうと項にキスされて手から菜箸が転がった。 欲望に負けて、腕の輪の中に手を通して、彼の手が僕の熱に届くのを許してしまう。 「ぁ、」 根本から指でなぞられて足が震えた。後ろから抱きかかえられるような形になって、僕を受け止めることなんて訳ない立派な胸板に頬を擦りつけた。手錠のせいで着物もちゃんと着れないからだいたい半裸な彼の肌が心地いい。 触れられて少し弄られただけであっという間に硬くなった僕にが笑っている。「やらしーなぁお前」そんなこと知ってるよ、と唇を噛んで震える足に力を入れる。水っぽいようでいて粘度のある音が耳に届く度に全身が昂ってくる。 「きもちい?」 「ん…ッ、ぅ、きもち、ぃ」 「ふーん」 「あ、待って、まって、そんなにしたら、ィ…っ」 ピッチを上げる掌にされるがままに喘ぐ自分の声。縋りつくように腕を掴んで「あ、アぁ、も、…ッ!」「もーイく?」かくかくと頷く僕にの手がぱたりと止まった。は、と息をこぼして滲んでいる視界で作りかけの天ぷらが放置されている台所から視線をずらす。「な、で」もうちょっとでイッたのに、どうしてこんなところでやめるんだ。どうして? 振り返った先でがじっと僕を見ていた。蔑むわけでも怒るわけでも、ましてや憎むわけでもない、観察するような瞳。 「……? 続き…して」 もう少しでイッたのにイけなかった身体からやらしい液が落ちて、ぱた、と台所の床を汚した。 止まっていた手が動いて、僕の先端を指でなぞった。ビクンと身体が跳ねる。規則的に指の腹を擦りつけられて喘いだ。ガクガクと足が震えている。あっという間にさっきと同じ位置まで昇り詰めたのに、彼はイく直前でまた手を止めた。僕は身体をヒクつかせていやらしくも彼に乞う。「アぁ、やめな、で、イく、イきたぃ」と彼の指と掌を求めて身体を擦りつけ、唐突にキスで唇を奪われた。それと同時に強く爪を立てられてビクビクと身体が跳ねてイッた。台所の引き出しを自分が吐き出した白い色が汚す。 ああ、こんなところでイッてしまった。 余韻に浸る暇もなく指で扱かれてまた身体が跳ねた。 強い。そんなにされたら神経がどうにかなってしまう。 やめてと言いたくても口は塞がっているし、満足に身動きだって取れやしない。そんな僕の先端にぐっと強く爪が立てられた。痛い。痛いのに、何度もそれをされているとだんだんと痛みが麻痺してきてそれすら気持ちよくなってくる。 「んぅ、ンん…っ!」 ビクン、とまた身体が震えてぱたぱたとやらしい液の落ちる音がした。 はー、はー、と荒い息を吐く僕に対しては静かな呼吸だった。二度もイかせられて僕はすっかり足の力が抜けていて、彼の腕に完全に寄りかかる格好になっている。 そのまま引きずられるようにして布団の上に連れていかれた。「あとは俺がやるよ。ちょっと休んだら」と言われて、ぼやっとその表情を見上げる。「できる…?」「揚げるだけだろ。箸持ってつまめばいいだけ。できる」すっぽり彼の腕から抜けた僕は布団の上に転がった。余韻に浸る身体と思考で彼を追いかけ、着物がずり落ちて肌色が剥き出しの背中に欲情する。 ああ、このまま彼が僕を抱いてくれたらどんなに。そのときだけはその手錠も外してあげるから。そうしたらその両手で僕の腰を掴んで、君の硬くて熱いので僕の中をめちゃくちゃに。 「」 「ん?」 「抱いてよ」 ジュワッ、と天ぷらを揚げる彼は振り返りもしない。「小さい頃は、よくしてくれたのに…」恨めしくその背中に言葉をぶつけても、やっぱりこっちを見もしない。「あんなのセックスじゃないだろ」「だから、セックスしてって言ってる」「……無理だよ」彼の言葉の矢が僕の心臓を貫いて傷つけた。物理的に傷ついたように痛む胸に手をやる。…痛い。 彼の背中だけで欲情して緩く反応しかけている自分のを手で扱く。 僕は彼で自分を慰めることしかできない。きっと、一生、に抱いてもらうことはない。 どうして僕は女じゃなかったんだろう。どうしては僕を抱けないのだろう。どちらか一つが成立していれば僕らはこんな関係にはならなかった。 涙をこぼしながら自分で抜いて、やっと静かになってきた身体で布団の上に転がった。 「?」 「ん」 ジュワッ、と油の爆ぜる音を聞きながら「愛してる」とこぼす僕にも、彼は振り返りもしないのだ。背後で君を思いながら抜く僕がいるっていうのに、着物をはだけさせて肌を晒して抱いてくれと言う僕がいるのに、振り返りもしない。 そうだよね、と諦めて笑って、目を閉じると、絶望で、心の中も視界も真っ黒だった。 ナイショだよ いつかの幼い声が聞こえた。体温がした。薄目を開けると、僕を抱えるようにして抱き起こした彼がいた。「できた」とちゃぶ台の上の天ぷらを顎で示す彼をぼんやり見上げる。 「愛してくれないなら、ころして?」 「…恭弥」 顔を顰めた彼の腕を掴んだ。そうだ、それがいい。彼に殺されるなら僕も本望だ。唐突な閃き。それに縋った。「包丁が、あるだろう。台所に。それでいいから。それよりも、僕が死ぬくらい君が殴ったり蹴ったりしてくれる方が好きだけど。それか、着物の帯で首を絞めてくれてもいいから。ぼくを、」「恭弥」ごつ、と額を拳で小突かれる。「しっかりしろ」と言われても分からない。僕はもうとっくに壊れてしまった。君のいない世界が考えられない。こんなに愛しているのに君は僕を愛してくれない。抱いてくれない。もう外の世界なんて忘れてしまったよ。ずっと二人で生きていけたらと思ったけど、それすら苦しいと知ってしまった今、僕は、もう。 あるいは、幼い頃、あんなことをしていなければ、僕は正常であれたのかもしれないけれど。もう遅いんだ。僕はの肌を知ってしまった。舌を絡めるキスを知ってしまった。ナイショだよと囁く声の甘さを知ってしまった。 もう、遅いんだよ。何もかも。 手錠がかけられたままの手を掴んだ。その手を自分の首に持っていく。 「絞め上げて、ころして」 泣いて懇願した僕に、彼は顔を顰めたままだ。それから力任せに僕の手を振り解いて立ち上がると黙ってちゃぶ台の前に陣取り、一人でご飯を食べ始めた。 僕は泣きながら布団の上で声を震わせて「おねがい」と乞うのだけど、彼が僕を振り返る様子はない。 |