恋人、家族連れ、仕事で接待と言わんばかりのスーツ姿の男達。そんな中で目立たない隅っこの方の壁際に陣取って人待ちをして、これで十五分になる。
(遅いな…)
 ちらりと腕時計で時刻を確認する。携帯も確認する。待ち合わせの19時半を過ぎたのに、の姿が見えない。送信メールを確認してちゃんと十九時半と書いたことを確かめ、電話をかけようとしたところで「ごめん恭弥遅れたっ」と声がしてぱっと顔を上げた。
 スーパーに買い物に行った主人を店の前で待って、待ちくたびれて、まだかまだかとじっとスーパーを見つめて、見知った姿がようやく店から出てきて、やっと帰ってきた、とはちきれんばかりに尻尾を振る犬。今の僕は、多分、そんな感じ。
 制服以外の大人しい格好で来いと言ったんだけど、は制服のズボンとシャツに上着のジャケットをデザインの大人しめのものを選んで着ていた。「…大人しい服持ってないの?」「探してみたんだけどさ、適当なのが見当たらなくって。結局こういう格好になりました」ごめん、と頭を下げる彼に一つ吐息して「さっさと行こう」と壁から背中を離した。さっきの犬みたいな自分を振り払うようにその分つんと顎を上げる。
早く来ないかなとかそわそわしてたけど、僕は犬じゃないし。どんな格好してくるのかなとかちょっと期待してたけど、制服以外に大人しめの服がないというなら、仕方がないわけだし)
 ぶつぶつ考えつつ彼を伴ってレストランに入る。今日はここでディナーの予約を取っている。秋の味覚満載の何とかってコース料理。
 が物珍しげに視線をきょろきょろさせる。僕にとってはそう珍しい場所でもないけど、彼にとってホテルの上の階のレストランでディナーを食べるというのは珍しいことらしい。
「ああ、だから大人しい格好って……スーツでも買おうかなー。どうせ就活にいるし」
「…就活?」
 ぴたりと足が止まった。僕についてきていたがぶつかる前に立ち止まる。「そう、就活」「しなくていいって言ったよね」「いや、形だけでもって思って。ほら、ウエイターさん呼んでるよ」よく知った掌の形に背中を押され、仕方なく歩き出す。
 今日はその話もしようと思って彼をここへ呼んだのだ。
 夜景が見下ろせる窓際の席に案内され、ナプキンを手に取る。手際よく、それでいて粗相のないように用意されていく食器をがしげしげと観察している。
 …でも、そうだな。スーツはあっても困らないだろう。この先こういう場所に付き合わせることもあるだろうし。そんなことを考えながらスーツの内ポケットから封筒を取り出し、汚れのない白いテーブルクロスの上に置いての方に押しやった。首を捻った彼に「目を通して」とぼやく。茶封筒を取り上げて表裏とひっくり返した彼が封をしていない封筒の中から紙片を取り出して開き、その目が文面を追いかけていく。
 彼が中身を読み込むまで、僕はずっとを眺めていた。
 少しだけ眉間に皺を寄せている顔だ。前髪をかき上げる仕種に、少し伸びたかな、と相変わらずふわふわして緩いカールのかかっている茶髪を眺めた。僕の前髪は相変わらず長いままだ。今はこういう場所だし流してるけど。
 そのままぼやっとしていると「お待たせいたしました」とウエイターの方がやってきた。視線をずらす。「スパイスで香りをつけた鶏肉のリエット“マルコポーロ風”でございます。パンと一緒にお召し上がりください」音を立てずに静かに置かれた白い器を眺めてからちらりと彼を見やる。意識が書面から目の前の食べ物へと移行しているのがよく分かる。
 ウエイターが去ったあと、彼はピラミッド型に盛られたリエットをしげしげと観察した。すっかり紙片のことなど忘れている顔だ。
「ね、リエットって何?」
「フランスの肉料理の一種だよ。これは鶏肉がペースト状になってるんだ。パンに塗って食べる」
「へぇー」
 どれ、とさっそくパンを手にした彼に一つ吐息して、同じくパンを手に取り適当な大きさにちぎった。バターナイフでリエットをパンに塗りつけ、香草のいい香りを味わってから口に入れる。…はお腹が空いてるのか味わうよりも先に食べているみたいだけど。そのうちホテルのレストランでのマナーとかも教えないといけないかな。
「で、これ読んだよ」
 テーブルに置いた紙片を叩いたがパンにリエットを塗りたくった。がぶ、とそのまま噛みちぎるので「」と睨みつける。行儀が悪い。
 肩を竦めた彼は口の中のものを飲み込んでから改めて紙片を指で叩いた。
「俺、掃除とかきちんとしたことないよ。最低ライン。料理だってやっとカレーが様になってきたくらいで…ハウスキーパーなんてきっと無理だ」
「そんなもの形だけだ。僕が推せば親は絶対君を雇う。そうでなくても僕が君を雇う。仕事なんてできなくたっていい」
「そういうわけにもいかないでしょ」
 苦笑いした彼がパンをちぎってリエットを塗りつける。「そりゃあ、ここにあることが全部現実になるなら、俺は恭弥のそばにいられるし、仕事はもらえるしで、大歓迎の話だけど」「じゃあ…」サインと捺印だけでこの書類は処理できる。それで僕は君をそばに置ける。今日は印鑑も持ってこいとメールに書いておいた。今この場でこれを片付けてしまえる。
 万年筆を取り出した僕に待ったと手を掲げた。うーんと困ったように視線をふわふわさせながらもしっかり食べ続けている。
「恭弥はさ、本当にそれでいいわけ?」
「何が」
「今まで両親に隠してたわけだろ。これってそれをカミングアウトするようなもんじゃん」
 首を傾げつつもぐもぐとパンとリエットを食べ続けるに、視線を手元に落とした。意味もなくパンをちぎって細かくする。
 ……それは僕だって何度も考えた。それで最悪、いや、最終的に僕と君の関係が隠せなくなるだろうことも考えた。考えたけれど、正直、もうと離れていることが限界だった。今だって時間が足りないと思う。もっとと一緒にいたい。それを叶えるためには、これくらいしか方法がなかったのだ。
 ハウスキーパーの中にフランって名前の彼と同い年の男子がいる。彼は仕事もできて両親からの信頼も得ているし、長年雲雀家に仕えているだけあって、きっと僕とのことに一番に気がつくだろう。がハウスキーパーになって彼の下につくことにもなるだろうし、誤魔化し通せるとは思えない。
 そうなったらどうなるのか。どんな現実になるのか。最悪の展開を何度も考えた。
 それでも答えは変わらなかった。もう君と離れていたくない。それが何より譲れない思いで、願いだ。
「……僕は、もう、君と離れていることが耐えられなくて…だから………」
 ぼそぼそとこぼして、パンにリエットを塗って口に押し込んだ。
 また僕が縋っている。恥ずかしい。僕の方が年上で彼より長く生きているのに、できることって、そんなに多くないな。
 夏休み。彼と過ごしたキラキラした色んな時間のせいで、僕の中はもっと君と一緒にいたいという思いばかりが強くなっていって、自制心というやつがどんどん失われていく。
 もっとと一緒にいて、色んなことをしてみたい。背中合わせの読書でも、隣り合って映画を見るのでも、買い物でも、なんだっていい。もっと一緒にいたい。そうでないと僕が駄目になる。
 は僕にとって酸素みたいなものだ。あって当たり前で、生きていくため必要不可欠なもの。
 黙ってパンを口に押し込む僕にがテーブルに突っ伏した。「…」行儀が悪いと言おうとして、ぷるぷるしている彼に気付いて首を傾げる。「何? どうかした?」急に食べすぎて腹痛でも起こしたのかと心配すると、「や…だって恭弥さぁ。ほんと」「…?」彼の言わんとしていることが分からず眉を顰める。ほんと、なんだよ。
 のそりと顔を上げた彼が僕に笑いかける。飾っていない、へらりとした素の笑顔。飾っているときの方が整っていて見栄えはするけど、素の笑顔の方がちょっとかっこ悪いんだけど、でも、その分あたたかい。
「ほんっっと、かわいいなぁお前」
「……、」
 顔が熱くなるのが分かってぱっと俯いた。無意味に前髪をいじって眼鏡のブリッジを押し上げる。駄目だ、頬が。変になってる。
 かわいいなんて、男に言うのは変だって、思ってたのに。いつから僕はその言葉を肯定して、受け入れて、言われて嬉しい言葉だなんて思うようになっていたんだろう。
 食後のコーヒーにミルクをたっぷり垂らした彼が書類を書き進め、印鑑を押し、問題がないことを確認してから僕もカップを持ち上げた。うん、まぁまぁの味がする。
 ちらりとの様子を盗み見たら、ぱちっと目が合ってしまった。う、と視線が泳ぐ僕に比べてはへらっと笑って笑顔で僕を見つめてくる。
 さっきかわいいって言われたことを思い出してしまった。
 背筋が落ち着かない。遠慮なく見つめてくる視線から逃げたい。
「満足?」
 書類を指した彼に浅く頷いてから、また彼の掌の上だ、と気付いて唇を噛んだ。
 悔しい。僕ばっかり求めてて、彼を甘やかすどころか、甘えている側だ。
は、僕を求めてくれないの。僕がいなくても生きていけるの?」
 心の内を吐き出してしまってからはっとした。我ながら女々しいことを言ったと気付いてきょとんとした顔の彼に「今のは、」と言い訳しようとすると、首を傾げた彼は当たり前の顔でさらっとこう言った。
「求めていいの? 俺の精力が尽きるまで抱くよ? 腰砕けて次の日立てないよ? 身体中痛くするよ?」
 …言われたことを理解するのに五秒かかって、脳裏に生々しく描かれた壊れたみたいに鳴く自分を想像してたじろいだ。顔も身体も熱くなってきて、逃げるように視線を泳がせる。
 窓際の席でよかった。僕らの会話に気を取られている人はいない。
 じっとこっちを見つめるその視線だけで犯されてるみたいで、僕は全然、君みたいにはなれない。
「好きだよ、恭弥のこと。できるならずっと一緒にいたい」
 ね、と笑顔を向けてくる彼に、逃げるようにカップを口に運んでコーヒーをすすって、ちょっとだけ頷いておいた。
 顔が熱くてとてもじゃないけど正視できない。
 ……ずるいな。簡単にそんなこと言って。僕の心を満たして。僕は、同じくらい彼の心を満たせているのか、不安だ。
 コーヒーを一口飲んでからぼそぼそと「僕は、を、満たせてる?」と訊くと、彼はあっさり頷いた。あっさりしすぎていて拍子抜けすると同時に訝しんでしまう。そんな僕に気付いた彼がカップを口から離した。ゆらゆらと中身を揺らして「俺にとってね、恭弥って天上人なんだ」と唐突な言葉を口にするから、首を傾げる。
「天上人…?」
「天使みたいな感じかな。で、俺は地上で地べた這いつくばって生きてる人間。
 ある日ね、天使が間違って地上に落ちたんだ。翼が折れちゃっててね。痛いだろうって介抱したら、優しくした俺に惚れちゃったみたいでね。どうせ天に帰るんだからってつっけんどんにしてたんだけど、何もかもに恵まれてて、食べるものにも着るものにも困らない天界よりも、俺を選んだんだよ。その天使は。どれだけ地上が荒んでても、翼を捨ててでも生きていくって言ってさ」
「……それ、僕と君の話?」
「ん」
 へらっと笑った彼はいつもの顔で続ける。「眉目秀麗、容姿端麗、おまけに純粋無垢でまっすぐ。そんなきれいな子が俺のことを好きだって言ってなりふり構わずアタックしてくるんだ。たじろがない男なんていないよ」…それは本当に僕との話なのだろうか、と首を傾げる。僕の顔がにも好かれているということは分かってる。ベッドに入るときはだいたい頬を食べられるし。よくキスされるし。でも、純粋な25歳っているのかな。僕は世間知らずだけど、それは純粋って言わないような。
 そこで、すっと手が差し出された。どういう意味なのかよく分からないながらも片手が空いていたから自然と手を伸ばして触れて、指を絡めて手を握られ、そっと握り返す。…あったかい。
「ほら、かわいい。俺にはそれだけで十分。お前が想ってくれてるから俺は幸せになれる」
「…、」
 言葉が出てこなかった。パクパクと唇が空振り、結局何も言えないまま繋いだ手に視線を固定する。
(そうか。そうなんだ。僕と同じなんだ。なんだ、よかった)
 よかった、と心の内でこぼしてコーヒーをすする。
 僕は彼を満たせているんだ。僕の愛は彼に届いているんだ。それなら、よかった。
「明日日曜かぁ」
「…それが何?」
 ちゅ、と額にキスされて片目を瞑る。眼鏡のなくなった視界はやっぱりどことなくぼやけていた。「恭弥、明日の予定は?」「別に、何も」ふぅん、と笑った彼の唇がにやりと弧を描いた。何か嫌な予感がして、腕をつっぱらせる前にベッドに倒されて、シャツの間に手が滑り込んだ。胸の突起に触れられてぴくんと身体が反応する。
 くりくり指と爪の腹で絶えず刺激を送りながら、が僕の頬にかぶりついた。れろ、と舌で舐められて、肌がぞわぞわして、身体も顔もどんどん熱くなってくる。
「じゃあ、ちょっと痛くなるくらいシたっていいよな」
「え、」
「恭弥が言ったんだろ。だから、恭弥のせい。不安か不満があるなら、全部忘れさせてあげるよ」
 くすくす笑ってシャツを胸までずり上げた彼に「そ、れは」と言い訳しようとして、きゅっとつねられて声を呑み込んだ。
 もうホテルだし、そういう場所なんだから、声を出したっていいんだけど。にいいようにされてるみたいで、嫌だ。できるだけ我慢する。いつもそうだ。最初から鳴いてたらがっついてるみたいだし。…まぁ、がっついてるんだけど。
 片手がするりと肌を滑ってズボンのベルトを外しにかかった。胸に埋まったの頭を抱き締めるとふわふわした茶髪が肌をくすぐる。
 抵抗できないまま脱がされて素肌が空気に触れた。
 僕はもう裸同然なのにはジャケットを脱いだだけだ。フェアじゃない。「も」「ん?」「も、脱いで」制服姿に訴えると、唇だけで笑った彼が顔を上げた。「じゃー恭弥脱がして」と言われ、伸ばした手でシャツのボタンを外しながら、覗いた鎖骨と骨の浮き出て見える肌に目を細める。
 おいしいものやカロリーのあるものを食べさせてきたつもりだけど、やっぱり、太らない。細すぎる。学校の昼食をおにぎりだけですませてしまうところがいけないんだろう。もっとたくさん食べてくれないと。もう上に伸びるのはいいから、今度は全体的に肉付きをよくしてほしい。
 撫でれば肋の形が分かる胸を掌でなぞる。「…もっとたくさん食べてよ」「なんで」「細すぎる」「心配?」笑ったが僕の頬にかぶりついた。ぷち、と最後のボタンを外せば、自分からシャツを落としてベッドの下に追いやる。「心配」と素直にこぼすと彼は困ったように笑った。「じゃあ、お弁当をもうちょっと頑張るよ。作る分にはおにぎりだけが楽でいいんだけど」カチャン、とズボンのベルトに手をかけてホックを外し、チャックを下げる。自然とその先に指が触れていた。そっとなぞって、よかった、と思う。興奮してるのは僕だけじゃない。
「煽ってんの?」
 低い声と一緒に耳を食まれて身体が震えた。同じように触れられて、アンダーをずり下げられる。「もうこんなになってる」「う…」耳たぶを舌でなぞられて、無機質な天井を見上げて一人唇を噛む。
 早く触ってと思っている時点で僕は相当がっついているってことだ。
 つつつ、と指でなぞられて知らず吐息がこぼれた。もっと触ってと言いそうになって我慢して、早くしてと喉元まで出かかった言葉を呑み込んで、固く目を瞑って身体を支配している欲望に耐える。
 それなのにちっとも待っている刺激が来ない。
 なんで、と目を開けて、ズボンを蹴飛ばしてベッドから落とした彼の表情を見つけて、しまった、と思った。意地悪な顔をしている。してやったりって顔。僕が我慢しているってことに気付いていてあえて触れないで焦らしているのだ。
 触れてほしくて身体が火照っている。
 悔しいな。僕ばっかり。
「…早く、さわって」
 恥を承知で懇願した。そんな僕に満足そうに目を細めたが「その顔エロい」と唇を舌で濡らす。餌を前に舌舐めずりする獣みたいな仕種。あながちその表現は間違っていなくて、身体を重ね合わせてきたは乱暴にキスしてきた。丁寧さの抜けた素の表現。薄い胸が重なって肌が触れ合い足が絡み合う。
 すっかり興奮して硬くなっている僕の半身に彼のが触れた。熱い。硬くなっている先端に付け根から順番になぞられて震えた身体に、彼のと僕のを一緒に包んだ掌が緩いピッチで上下に擦り上げてくる。「ふ…ッ、ん」舌を奪ってくるキスを重ねながらびくんと身体が震えた。そんなにされたら、すぐにイッちゃうのに。
「ンん…ッ、ん、ぅ……っ」
 口の中も全部犯してやろうって勢いで舌で蹂躙されて、息が切れてきた。飲み込みきれなかった唾液が口の端を伝っていくのが分かる。
 擦り上げる掌の力ぐあいが変わる。僕には少し、強い。そんなにされたらもたない。
 ピッチを上げる掌に何度も身体が震えて、我慢できずに精を吐き出した。ようやく唇を解放されて、水中から水面に顔を出したように大きく息をする。
 足の間をつっと伝っていったものに頬が熱くなった。
(溢れて伝うくらいに感じてる。僕の、壊れてるみたいに溢れて)
 ぺろり、と赤い舌で唇を舐めたが目を細めて僕を見ている。
「今日はどうしよっか。どうしてほしい?」
「…、」
 はぁ、と熱い息を吐いて、顔を逸らした。「痛く、するんだろ」「さーて、痛くなるかどうかは恭弥の身体次第だよ」くすくすと笑う声が耳をくすぐる。
「……痛く、してよ。も僕を求めてるってこと、教えて」
 ぼそぼそとした声でそう言うと、彼は笑うのをやめた。ふぅんとこぼしてぐいと僕の膝を割り開く。え、もう、と困惑する僕に構わずに入り口に硬い先端を擦りつけてくる。途端にそこが熱くなって熱を帯びた。欲しい、と身体の中がきゅうと締めつけられる。
「煽ったお前が悪い。文句はあとで聞く」
「、アぁ、は…っ」
 ずぶ、と侵入してきた尖った先端が僕の中を抉っていく。
 指で慣らしてもいない。きついに決まってる。正直少し痛い。それでも、受け入れようと必死に呼吸する。
 が僕を求めてくれるのなら痛くたっていい。
 彼の熱が根本まで押し込まれて、喘ぐように息をしたとき、さらに奥まで押し込まれた。膝が胸に触れるくらいに身体を曲げさせられ、乱暴に前立腺を抉られて、身体が跳ねた。「やっ、ゃ…あッ!」そんなにしちゃやだと訴えたけど、何度も先端で抉られて、その度に痛いのと気持ちいいのがぐるぐると混ざり合う。
 正常位でイッたあとは測位、後ろからの測位でイッたあとは対面座位でキスしながらイッて、その次は騎乗位で、最後にバックからさんざん突かれた。腰が壊れるって思うくらい。もう出ない、と涙ながらに訴えても彼は僕の腰を掴んだまま離さなくて、出すものがなくても何度もイかされた。今日だけで何回イッたのか分からないくらいに。
 快楽でふらふらする思考とふらつく足で手を引かれるままバスルームに行って、お湯を入れたバスタブの中でも抱かれた。立ったまま壁に腕を突っぱらせて身体を支えながら喘ぎ、ぐいと強く前立腺を抉られて身体が跳ねて、それを何度も繰り返されて、イッた。
 はー、はー、と肩で息をしながらずるりと崩れ落ちる。「おっと」と僕を抱き止めたは元気そうだけど、僕は、もう。腰が痛いし、足は痺れてるし、中だって、擦られすぎて、感覚が。
「ほんとはこれでも足りないくらい」
 ちゅ、と首筋にキスされて、諦めて笑う。これでも足りないって。「絶倫」「どういたしまして」「ほめて、ない」お湯の中にへたり込んだ僕に、もお湯に浸かった。備えつけの入浴剤の玉を落とす手をぼんやりと眺めてバスタブの縁に頭を預ける。
 自分の内側がジンジンしているのがよく分かる。腰はズキズキしてるし。腹筋使ってお腹も痛いし。明日は確かに日曜日で、これといった予定もなかったけど、こんなにされるなんて。
 これでも足りない。はそう言った。もっと、僕のことを愛したいと、暗にそう言ってるのか。もっと愛してるって、そう言ってるのか。
 彼が満足するまで許したら僕の身体が壊れてしまう気がする。それくらい愛してくれてるのだとしたら…嬉しいこと、だけど。
 桃色の入浴剤とバラの香りが漂うバスルーム内でふうと吐息して、桃色に染まって見通せなくなったお湯の向こうにあるはずのの身体をじっと見つめた。これだけシても足りないと言ってみせたけど、少しは疲れてるみたいで目を閉じている。
「…口で、抜いてあげようか」
「あーいいよ、恭弥疲れてるだろ。ほっとけばそのうち治まるし」
 手をひらひらさせる彼にパシャンとお湯を揺らして膝をつき直す。あっさりいいと言われたことが気に入らない。「シてあげる」と細い身体に手を這わせる。足の付け根まで辿り着くと、やっぱりまだ勃っていた。この絶倫め、と思いつつ掌を絡ませる。片目を開けた彼が「分かった、分かったから」降参とばかりに両手を挙げてざぱりと立ち上がった。バスタブの縁に腰かけた彼の足の付け根に顔を寄せて、まだ硬いままのの半身を口に含む。
 口と舌で奉仕して、最後に顔に射精された。何度も僕の中に出してたから大した量じゃなかったけど、目に入らないように瞼を閉じた。目の下辺りをお湯とはまた違う粘りのある液体がゆっくりと下へ向かって肌を伝っていく。
 はぁ、と息を吐いた彼が「その顔たまんない」と唇を舐める音がした。
 飲みたかったのにな、と指先で目の下を拭ってから舐めた。いつもより薄い。
 猫みたいに顔を拭っては舐めることを繰り返していると、く、と笑みをこぼした彼がザボンとお湯の中に沈んだ。声を殺して笑いながら「何必死に舐めてんだよ」と僕を笑う。「だって」とこぼしてお湯で顔を洗った。だって、舐めたかったんだもの。
「そんなに欲しいならまた今度あげるよ。口ん中に出してあげる」
 にんまりと弧を描いた唇にそっぽを向きながらも浅く頷く。「キスしよ」と手を引かれて、拒むでもなく唇を重ねた。
 明日、絶対、身体がひどいことになっているだろうけど。が満足そうにしてるから、頑張って耐えよう。誰にも悟らせないように、彼に愛された印である痛みを思いながら、一日を過ごそう。それはきっと、痛くても、幸福な時間だ。