「きょーや、アイス買ってきた!」
 朝、というか昼前に起きて、起きたと思ったら意気揚々と冷凍庫からアイスの箱を掲げた俺に恭弥は首を傾げた。起きて早々なんなんだ、とちょっと呆れているふうでもある。
 昨日はダウンしてたけど今日は普通の調子みたいだから、アイスだって食べれるはずだ。頭に響くってこともないはず。
「なんで棒キャンディ…」
 買ってきた宣言をするわりにシンプルなソーダ味の棒キャンディ、というところに疑問を感じたらしい。「いいからいいから」と箱を開けて棒キャンディを一本取り出してビニールを破った。恭弥の隣に戻って「ちゃんと舐めてね」と前置きしてからキャンディを差し出す。このまま舐めてね、と。
 俺が落ち着けないでそわそわしてるってのが伝わってるらしく、恭弥は若干眉根を寄せつつ棒キャンディを差し出した俺の手を見てから素直に舌を出して舐めた。そのうち舐めるだけじゃアイスが溶ける速度に負けてしまうと気付いたようで、口でくわえるようにしてしゃぶり始める。
 ああ、しまったな。バニラすればよかった。ソーダが夏らしいかなって思ったけどバニラの方が楽しかったかもしれない。主に俺が。
 かわいい甚平と相まって、アイスが溶ける速度に負けないよう一生懸命棒キャンディをしゃぶる姿が今すぐ襲いたいくらいかわいい。
 これだよ。これがやりたかった。そのためだけに棒アイスを買ってきたんだ。むしろ今までなぜやらなかったのかと自分を疑う。夏、そして棒アイスという二つが揃って初めて実現することなのに。
 一本食べ終えた頃には溶けたアイスで恭弥の口元はべとべとだったので、キスで拭った。リップ音を残して唇を離したら細い腕が首に絡みついて離れるのを阻止してくる。ぺったりくっついてしなだれかかるように体重を預けてきつつ「の棒キャンディもくわえるけど?」と笑った声は俺のことなどお見通しだ。ぺろりと覗いた赤い舌はその気満々である。
 うん、確かに、俺の棒キャンディもくわえてしゃぶってほしいかもしれない。そのかわいい姿で。
 起きて早々何してんだと思いつつ恭弥に俺の棒キャンディもくわえてもらって、だいぶ上手になったなぁと思いつつ四つん這いという煽る気満々の恭弥の腰を掌で撫でた。
 シないけどね。シないけど。甚平からちらちら覗く肌が俺を誘ってくるんです。
「だいぶじょーずになった」
 舌の先、裏側、表のざらっとした面、口内全部などバリエーション豊かになったフェラを褒めると、恭弥が目を細くして、ちょっと照れた、みたいに見えた。
 男として溜まってたもんを吐き出すと、ごく、と喉を鳴らした恭弥が名残惜しそうに舌で丁寧にきれいにしてから顔を上げた。ぺたんと乙女座りするのがまたあざとい。
 紺色の甚平のズボンを引き上げつつ、「今度はバニラアイス買ってくる」と宣言すると、恭弥は首を傾げた。「なんで?」いたって不思議そうな顔をするからへらっと笑って「で、恭弥にぶっかけて食べる」と言ってやると恭弥の視線が惑った。照れてるらしい。これもね、夏でないと冷たくてできないことなんだ。こっちもやりたいって思ってた。今度はバニラ買ってくるぞ、よし。
 俺もアイスを一本かじってから、俺にとっては朝昼兼用ご飯を恭弥と一緒に作る。
 今日も夏バテ防止のしょうがたっぷりメニューで、チンした温野菜サラダにしょうがにつけておいた豚肉を焼いたものに和風ドレをかけ、主食はうどん。もちろんこっちにもすったしょうがが入っている。
 ずるずるうどんをすすって食べつつ、「あれ何?」と畳の上に放置されているノートを指した。俺が起きるまではあのノートに向かって何かしてたみたいだけど、俺が起きたら閉じちゃったし、中は見ていない。
 ちゅるちゅる大人しめにうどんをすすっている恭弥が「家の修繕点を書き出してるんだ」「修繕点…?」はて、と首を捻った俺に恭弥が軽く息を吐く。そして取れない汚れが多くなってきているキッチンのコンロや一部剥がれや傷の目立つ居間の壁を指して「この家、建って何年か知らないけど、少なくとも僕よりは長生きだ。僕一人になってからは手入れらしい手入れもしてない。ガタがきてるところもある」「あー…」そういや、確かに何もしてない。せいぜい日常的な掃除や年末の大掃除くらいで、外の壁を塗り替えるとか水回りを改修工事するといったこともなんにもしてない。
 古くて歴史のありそうな和風の家だけに、一度業者を呼んだらいることいらないこと並べ立てて結構な見積金額とか出してきそうだしなぁ…とか思うと、めんどくさいという気持ちも手伝って、なかなか連絡のつけづらいものなのである。
 それに、防犯面がな。広い土地と和風の家ではあるけど、昔ながらすぎてイマドキの防犯に全然ついていけてないし。正直家の大改修を行うよりもマンション・アパート系に住み替えた方が手っ取り早くていい気もしてる。
 でもなぁ。恭弥の家なわけだし。庭だって早々に俺が手放させたのに、この上家まで手放せなんて、言えないしなぁ。
 うーんと悩みつつずるずるうどんをすすりつつ、家の修繕、なんて一人前のことを考えている恭弥に感心した。
 俺が十四歳の頃なんて、外で遊びまくってるだけで家のことなんて一つも気にかけなかった。
「恭弥偉いなぁ。いいお嫁さんになれるよ」
 しみじみそう言った俺に恭弥は半分照れて半分呆れた顔で笑った。「僕はお嫁さんになんてなれないよ。男だもの」それで視線を伏せて謙遜する。いや、事実なんだけど、気持ちの上では全然なれると思う。俺は旦那になる気でいるわけだしな。
「なれる。っていうかなってくれなくちゃ俺が困る」
 ズバッと言うと、恭弥が驚いた顔のあとにそっと視線を伏せた。おどおどしてる。かわいい。
「……なれる、かな?」
 それで上目遣いでの自信なさそうな声音でのこの台詞である。俺のガラスの理性にヒビが入るのも仕方がない。「絶対なれる。なって」しかしここは譲れないので自ら地雷を踏みに行く俺。恭弥はまっすぐ見つめる俺に照れたように顔を伏せてこっくりと一つ頷いた。
 棒キャンディのこともあり、この時点で俺の理性にはかなり大きなヒビが入っていて、あと一回地雷を踏もうものなら確実にガラスの理性が砕け散る。
 しかし、かわいい恭弥はやはりあざとい。
 俺の理性が結構危ういことを知っているかのようにくっついてきて、適当にテレビを見てる俺の横に寝転がって『修繕箇所』ときれいな字で書かれているノートのページに項目を足していく。
 わざとなのか、甚平の襟元は結構開いていて、胡座かいて座ってる俺から見ると寝転がってる恭弥の乳首とか、肋浮いてそうな細い胸とかがちらちら見えるわけでですね。あれだけ寝冷えしたら駄目だから下に何か着ろって言ったのに。まぁそう言う俺も甚平のみで肌着なんて着てないんだけど。
「きょーや」
「何?」
「見えるからやめたげて。辛い」
 寝転がってることで見えてる肌色を指すと、恭弥はきょとんとした顔のあとに唇を緩めて笑った。「どこ見てるの?」「だって見えるし…」あくまで不可抗力なのですぐ顔を逸らすものの、腰に抱きついてきた恭弥は俺の甚平の結び目を解いた。抵抗する間もなく腹から胸にかけてをほっそりとした手がなぞっていく。それで物欲しそうな目で見上げられて唇寄せられてキスされたら、俺の理性はですね、崩壊ですよ。さっきアイスと俺の棒キャンディをしゃぶらせた顔がやらしかったのもあって、もう我慢できない。もっとやらしくよがらせて喘がせたい。
 最近決まり事が守れてないな。いや、夏休みに入ってから、か。春休みは俺が仕事で忙しかったこともあってそうでもなかったけど、何せ夏休みは期間が長い。起きたときも寝るときも恭弥と一緒で、仕事に出るまでだいたい恭弥と二人きりだから、…なんていうの? 理性がね? うん。暑さも手伝って緩んじゃうもんだよね? うんうん。外は蝉がうるさいしだいじょーぶとか思ってセックスとかしちゃうよね? うん。
 今日もかわいい恭弥と夏のせいで脆い理性を呪いつつ細い肩を掴んでキスをした。何も抵抗せずに敷き布団に転がる恭弥を組み敷いて甚平のちょうちょ結びを解く。
 たまには拒んだらどうだと思うんだけど、恭弥は絶対拒まない。両手で俺の頬を挟んでキスをして、焦らすことなく舌を出すし、早くしてと煽るように鎖骨を甘噛みしてくるし、どんだけ俺が欲しいのかとその淫乱さにたまに目眩を覚える。が、恭弥をそういうふうに育ててしまったのは間違いなく俺なので、責任持って抱いて満たすのみである。
 今日も仕事に行かないとならないし、夕飯作って食べないといけないし、いつまでも布団の上でイチャコラしていられない、そんな夕方。
「シャワー浴びるよ。きょーやも」
 汗と汗でないものでお互いべたべたになっていたので、名残惜しそうに俺の首からするりと腕を滑らせた恭弥を連れてお互い裸でぺたぺた廊下を歩く。
 ぬるい温度のシャワーを頭から被り、片方が髪洗ってる間に片方が身体を洗い、を交互にすませて、何気なく風呂場を見回す。
 適度な広さに古いタイプの風呂釜。よく見れば床や壁のタイルの繋ぎ目にヒビが入っているところもあるし、時間の経過できれいにしても取れない汚れというのも目立つ。確かに、修繕が必要そうだ。
 腰がダルいだろう恭弥を休ませ、今日は俺が夕飯を担当しつつ、参考までに訊いてみた。
「恭弥さぁ、たとえば、俺と一緒にアパートに住む気ってある?」
 敷き布団の上でストレッチをしていた恭弥がぴたりと動きを止めた。俺を振り返る顔はなんとも言えない表情をしている。
「アパート?」
「たとえばだよ。あ、俺が住んでたボロいアパートのこと言ってるんじゃないぞ? それなりに防犯設備が整ってるそれなりの部屋のこと」
「…どうしてそんなこと訊くの?」
 鶏の胸肉を酒としょうがに漬け込んだやつと温野菜の残りを適当に炒めつつ、「家全体の修繕費とかによると思うけど、あんまり金額が大きいようなら、手放すってことも考えた方がいいかなって…あ、もちろん恭弥の意思を尊重するつもりだよ。ただ選択肢としてありかなと」慌てて付け足す。恭弥は複雑そうに眉根を寄せた顔で足を広げてぺたりと頭を布団につけた。やわらかい。その格好のまましばし悩んで、「とりあえず、書き出して、自分で調べてみるから…考えてはみる」「ん」修繕うんぬんにしろ住み替えるにしろ、大きなことは親に相談しないとならない。けど、決めるのは恭弥だ。俺は手助けをするだけ。
 今日もしょうがたっぷりの飯になったものの、そろそろしょうがに飽きてきたので、次はにんにくでスタミナのつくものにしようとか話しつつ夕飯を終え、着替えて仕事に行く準備をし、玄関までついてくる恭弥とキスを交わしてから家を出た。
 外は当然暑い。陽射しに力こそ感じられないものの、十九時頃まで空は明るいし、目に入れれば眩しい。
「あぢー…」
 シャワーを浴びたばかりなのにじわりじわりと汗ばむ肌を感じつつ、本日もだらだらと駅前の仕事場に向かう俺でした。