恭弥の家から歩いて十分のところにツタヤがあるから、別に旧作とか準新作とかこだわらなくてもいいんだなと選んでるうちに気付いた。
 一日で返すのでも別に構わないんだ。こんな近いんだから頑張って歩けば毎日通うことだってできる。昼間は自信がないから夜の話になるけど。「きょーやー」と呼べば適当なパッケージを手にしていた恭弥が顔を上げた。「何?」「新作にしよ新作。一本だけ借りて明日返しにこよ」「…君外に出る気あるの?」「頑張るよ」うろんげな目に苦笑いしてジャンル別のとこから新作コーナーに移動する。
 続編ものは前のを知らないといけないからパスする。それからホラー系とあんまりグロいのもパス。ダイハード辺りなら面白いだろうけど、それはまた今度にしよう。
 日本と海外の有名俳優が組んだ作品があって、題名は聞いたことあるなとパッケージを手に取った。裏返してあらすじのところを読んでみる。隣に来た恭弥がこてんとオレの肩に頭を預けて同じようにあらすじに目を通した。…随分ナチュラルに甘えてくるな。甘やかしたくなる。
「それ面白いの?」
「わりと話題になった気がするけど。ちょっとややこしい設定だけど、面白そう。たまには頭使おっか」
「…いいけど」
「じゃあこれにしよ」
 自然に恭弥の額に口付けてからああしまったと思った。ここ普通に人がいるんだった。すぐに顔を離したけど、今更気にしてもしょうがない、か。
 パッケージからDVDの方を抜いて恭弥に手渡す。「よろしく」「ん」隣を離れた恭弥からは今日もいいにおいがした。どうやら遠出するとき恭弥はあの花のにおいのする香水をつけてるらしい。なんかもうむずむずする。慣れろオレ。あれが恭弥の香りだと思え。思うんだ。
 恭弥がカウンターに行くのを見届けて少し周りを窺ってみる。特に野暮ったい視線は感じなかった。東京ってすごいなぁとしみじみする。オレ達所謂ホモっつかゲイっつかなのにね。
 次は何か長い作品を借りようか。ハリポタとか。あ、指輪物語もいいな。ダイハードを最初から見てくのもいいなんて考えてると、恭弥がレンタルの袋片手に戻ってきた。店を出るために自動ドアの前に立てば、スライドしたドアの向こうからむっとした外の空気が肌に触れてちょっと怯む。
 普通に歩いてく恭弥に覚悟を決めて外に出た。
(暑い。蒸し暑い)
 襟元を引っぱりかけてやめる。服が伸びるとかって恭弥がうるさいから。暑いと自然とこうしちゃうんだよなぁ。
「きょーやぁコンビニ寄ってこー」
「いいけど。何ほしいの」
「アイスぅ」
「…そんなに暑い?」
「あづい」
 ぱたぱた手で自分を扇ぐ。吐息した恭弥が「いいよ」と言ってくれたからコンビニに寄った。通りの向こうにあったからセブンの自動ドアをくぐる。冷蔵庫にはお手伝いさんが買ってきてくれたものがあるだろうし、おにぎりとか買ってく必要はないだろう。映画見るのにつまみがほしい。
 ジュースでもいいなぁと冷たい風で冷やされてる棚に寄る。「恭弥は何もいらないの?」声をかけて、答えが返ってこないことに気付いて首を捻った。恭弥は雑誌のコーナーで足を止めていた。
 何か気になるものでもあったんだろうか。じゃあオレは自分の買いたいもの選ぶか。買いたいっていうか買ってもらいたいものになるんだけど。
 陽射しがなくなれば、体調も少しは持ち直す。陽射しに奪われる体力分の余裕はできる。まぁそれでものらりくらり歩くぐらいだけど。
 カップのジュース二つとおいしそうだったからゼリーを二つ、映画鑑賞するならつまみもほしいからスナック菓子を一つ。その辺りで手が埋まってきたからバスケットを取ってきて中に放り込んだ。たくさん買うならスーパーとかの方が絶対安上がりですむんだけど、この時間だと空いてるか微妙だし、今回はコンビニで妥協する。
「恭弥?」
「っ、」
 後ろから手元を覗き込んだらばんと勢いよく雑誌が閉じられた。「何それ」「別に、何でもない」慌てたように雑誌を棚に戻す姿に首を捻る。わざわざ別の雑誌の後ろに隠すようにするからこっそり苦笑いした。そこまでされると逆に気になるんだけどな恭弥。
「アイスどれがいい? オレ今日はガリガリくん食べたい気分なんだけど」
 アイスボックスのガラス戸を引き開けてガリガリくんをバスケットに入れた。返事がなかったから首を捻って恭弥を探すと、雑誌コーナーの前から動いていなかった。なんですかその斜め下の目線は。
「ねぇ」
「ん?」
「水族館とかって、楽しいの?」
「へ? 水族館て、魚とかイルカのいる水族館?」
 こくと頷いた恭弥に腕を組んで考えてみた。…小学校のとき学年で行ったような行かなかったような記憶がおぼろげに残っているだけで、具体的なことは何も思い出せない。「あー、どうかな。オレももう忘れたよ」こめかみをぐりぐり指で刺激してみたけど、思い出せることは何もなかった。「そう」とこぼした恭弥の手がもう一度雑誌の棚に伸びて、いくらか躊躇ったあとにさっきの雑誌を引き抜いた。
 ばさっとバスケットに入れられたのは、『デートするならココ!』とかなってる雑誌だった。ぱちぱち瞬きして視線を上げる。恭弥はアイスボックスからハーゲンダッツのクレープグラッセを取り出したところだ。
「僕はそういうところに行ったことがないんだ」
 ぼそっとした声と一緒にバスケットをもぎ取られた。レジに向かっていく背中に指で頬を引っかく。
 オレだってあんまりないよ。そういうところは娯楽だから、行かなくても生きていけるし。余裕のある生活なんて程遠いオレは、カラオケだって数える程度しか行ったことがない。
 今だって恭弥が少しも躊躇わずにお金を使うことにこっちが躊躇ってるのに。
 でも。恭弥が行きたいって言うんなら、それに付き合うのが、オレにできること。だよなぁ。そんでもって、オレにしかできないことでもあるんだろう、きっと。恭弥が甘えるのはオレにだけだから。

 入口で立ち止まってる恭弥に呼ばれてのろりと歩き出す。自動ドアをくぐれば、蒸し暑い空気に全身が晒されてコンビニ内に戻りたくなる。それを我慢して、外付けのベンチに座り込んだ。ガリガリくんを渡されてべりっと封を破る。恭弥は上品にハーゲンダッツ。
「あのさ」
「うん」
「今年の夏は、のこと連れ回してもいい?」
 ガリガリくんの梨味をかじりつつ首を捻る。言葉の意味がよく分からなかった。恭弥はクレープに包まれたアイスに小さく口をつけてかじったあとに顔を上げた。ふわりと花の甘いにおいが香る。
「僕と、色んなところに行って、一緒の時間を作ってくれる?」
 ごくんとアイスを丸呑みした。喉を刺激して頭までキーンとする冷たさに顔を顰めて眉間を解す。冷て。じゃなくて。
 熱っぽい目でじっとこっちを見つめてる恭弥を襲いたくなってきた。多分暑さで頭の抑制があまり利いてないせいだ。「反対する理由はないけど。なんで?」「君と一緒にいたいから」「…家じゃ駄目なの?」「できることに限界がある」「あー、まぁな。でも涼しいのに」ベンチに手をついた恭弥が顔を寄せてきた。背中を逸らせてちょっと距離を取る。今キスしたら絶対触れるだけですまないぞと理性が警告していた。
と一緒の想い出がほしいんだ」
 囁くような声音にごくりと喉が鳴った。
 すぐそばで自動ドアの開閉する音が響く。目の前を通り過ぎたおっさんが無遠慮にこっちをじろじろ見ながら暑そうに汗を拭いながら歩いて行く。
 小悪魔みたいにオレを誘惑する恭弥を、どうやって拒めというのか。
 アイスが溶けるを理由にガリガリくんをかじった。「お金、そんなに使っていいの?」一応訊いておく。そんなことかと眉を顰めた恭弥は「何度も言うけど、お金は使うためにあるんだよ。ただ持ってても鉄屑と紙切れだ」「…へいへい」肩を竦めて恭弥の髪をくしゃくしゃ撫でた。今キスしたら止まらないと思うから、せめてアイスを片付けて路地裏に入るまでは我慢したい。だから撫でるだけ。それでも香る花のにおいが依然としてオレを誘惑するんだけど。
「いいよ。帰ったらその雑誌も見てみよっか。で、映画も見ようね」
 やんわり笑いかけると、目を細めた恭弥がせっかく取った距離を詰めてオレに寄り添うように隣に座った。足も組まないで肩に頭を預けてアイスを食べる姿にごくんとまた喉が鳴る。
 この暑さにもあまり変わらない表情だけど、白い首を汗が伝ったのが見えて、余計に心臓に悪い。
 無意識だったら厄介だし、意識されてても厄介だ。どうしてくれようこの悩ましい奴め。
 気付かれないように吐息してとりあえずガリガリくんを食べる。梨味より普通にソーダが好きかな、オレは。
 アイスを食べ終えて、この間とは違う路地に入った。角を一つ曲がって表から見えなくなった辺りで恭弥の手首を掴んで引き寄せてキスをする。息が苦しくなる蒸し暑さの中でさらに息が苦しくなることをする。恭弥を壁際に追いやってどんと背中をぶつけさせて、両方の手首を拘束して貪るように深い口付けを重ねた。
 吐息をこぼしながらオレに応える恭弥の瞳が潤んでいる。
「ん…っ」
 口を塞ぐようにして限界まで舌を絡め取り続けた。感覚が曖昧になるまで、恭弥が食べてたハーゲンダッツの味が分からなくなるまで、オレが食べてたガリガリくんの味が分からなくなるまで、一つに溶け合ったと勘違いするまで、深く深く、お互いを求め続けた。
 どれくらいたったのか忘れた頃、ガラガラとどこかの家の窓が開く音がして、ようやく顔を離す。名残惜しいと言うように引いた銀糸もすぐに消えた。
 は、と息をこぼした恭弥が切なく揺れる瞳でオレを見つめている。
「…映画。一日だから、見なくちゃ」
 自分で仕掛けておきながら、焦らすようなことを言ってしまった。恭弥が眉根を寄せたのも仕方がない気がする。「明日のいつでもいいんでしょう?」「まぁね」「…だったら」顔を寄せた恭弥がオレの唇を舌で舐め上げた。耳元で「シてよ」なんて囁かれて暑さでうだる頭がさらに使い物にならなくなる。
「昨日の今日だろ」
「そうだね。それが何?」
「…痛くなっても知らないよ?」
 くすりと笑った恭弥が背伸びしてオレの額に唇を押しつけた。「いいよ」なんて甘い声にまた唇を塞いでキスをして、熱にまどろんでいた恭弥の瞳がふいにオレからずれ、違うものを見た。途端に冷たい色になった目と耳に届いた硬い靴音にリップ音を残して唇を離す。
 空気読んでほしいなぁと思いながらゆるりと顔を向ければ、スーツに黒いサングラスって暑そうな格好をした背の高い男が三人いた。この間のいかにも不審者とは格が違うというか、そんな空気がある。
 そのまま通り過ぎてくれるならそれでいいんだけど、二メートルの距離を残して立ち止まってしまうから、やっぱオレ達に用事なんだよなぁと思って恭弥の手首を離した。コンビニの袋とデパートで買ったベッドシーツの入ってる紙袋が音を立てる。
「…兄の護衛の人間が、何か用?」
 オレが口を開くより先に、警戒してるような口調で恭弥がそう言った。ちらりと隣の恭弥に視線を投げれば、拳を握って臨戦態勢に入ってる。倣ってじゃりと歩幅を広げた。いつでも何でもできるように。
 映画に出てくるボディガードみたいに喋らない人達の後ろから「話は色々あるだろう」と声がして、恭弥そっくりの声に何度か瞬きする。三人のうち一人が開けた道から気だるそうに路地を歩いてくる人が見えた。だいぶ昔に見たきりだった、あれは多分二番目のお兄さん。だ。
「やあ恭弥。久しぶりだね」
 もうずっと美容院に行ってないんじゃないかと思うほど長くなった前髪をかき上げて、ひどくだるそうにしながら恭弥のお兄さんはそう言って微笑んだ。
 初めて雲雀家の四階でエレベータを降りる。部屋の入り口である扉には何か絵が飾ってあって、左右も壁に絵がかけられていた。
「汚いけど、入って」
 そう言って部屋の扉を開けたお兄さんを恭弥が睨みつけている。「きょーや」背中を押すとようやく一歩踏み出した恭弥だったけど、ギリギリ殺意みたいなものを込めてお兄さんを睨んでることに変わりはなかった。
 話があると連行されて、来てしまったけど。そりゃ確かに話はあるだろう。さっきの場面を見られてたとしたら積もる話はありすぎるくらいだ。
 汚いけど、と言われた通り、イーゼルとか絵の具とか画用紙とか、画材がそこら中に散らばってる部屋は確かにきれいとは言いがたかった。和洋中の家具や備品がごちゃ混ぜに置いてあるし、うっかりすると何か踏みそうになる散らかりようだ。
 恭弥は遠慮なく絵の具を蹴飛ばした。機嫌の悪さが滲み出てる。…ついさっきまで甘い雰囲気だったのにな。
「で、何。話って」
 転がってる筆を踏んづけた恭弥が苛々を隠さない口調で切り出すと、絵の具の色で汚れたソファにどさっと座り込んだお兄さんが「ここ最近のお前の行動が筒抜けだから、忠告しようかと思ってね」と、気だるそうにそう言った。ぴくりと恭弥の肩が揺れる。心当たりがありすぎるのでオレもちょっと姿勢を正した。スーツ姿の人がいなくなったから気が緩んでたのを意識して引き締める。
「ここ一週間、まるで生き返ったみたいにあちこち顔を出してる。面白いねお前の変化は。単純明快で分かりやすい。彼がいなければ死んだように部屋で時間を過ごしてるのに」
「…話って嫌味のこと?」
「まぁそうなるのかな」
 ゆるりとこっちを振り返ったお兄さんの顔は、長い髪に隠れてあまり表情が窺えない。
 くるりと踵を返した恭弥の腕を掴んで止めた。「恭弥」「嫌味聞くほど暇じゃない」「待って恭弥」じろりとこっちを睨み上げる恭弥からお兄さんへと視線を移す。「それで、お話の中身はなんですか」と訊ねると、お兄さんは口元だけで笑った。それ以外は髪に隠れて見えない。
くん」
「はい」
「君は、恭弥のために全て捨て去る覚悟ってものはあるのかな」
 それで、なんかいきなりなことを訊かれてしまった。
 全てって言われても、オレが持ってるものなんておんぼろアパートに残してきたものと、あとは全部恭弥の家に置いてあるし。特に全てって表現されるものは持ってない。
 気だるそうに立ち上がったお兄さんがキッチンに入った。適当なインスタントコーヒーの瓶を手にカップを三つ用意する。
 オレが話題に出たせいか、振り切ってでも出て行こうとしていた恭弥はかろうじて留まっていた。相変わらず射殺さん勢いでお兄さんを睨んでるけど。
「捨てるのに覚悟がいるようなもの、オレは持ってないですけど」
 そう言ってみると、お兄さんはやかんを火にかけて「そうか」とこぼしてこう続けた。「お母さんのことはいいのかい」と。
 一瞬、言われた言葉が理解できなかった。
 自分の両親、オレから言う祖父と祖母の家でパートの仕事に通っている母親の姿を思い出そうとしてみる。でも失敗した。普段オレはバイトに明け暮れていて、離れた祖父母の家に暮らす母親とはもうだいぶ会っていない。オレは携帯も持ってないから連絡手段もなくて、夏の間はバイトしないって決めてたから、一度顔を出しておこうかとは思っていたけど。
 祖父母の実家で一緒に暮らそうと言われたのを拒んで、おんぼろアパートを借りてもらって、中学卒業したらバイトして自分で家賃とか払うからと無理を言って東京の端っこに留まり続けた。
 それは、偏に、ただ恭弥のことを考えてだった。
 オレがいなくなったら恭弥はどうなるだろう。行き場所のなくなった恭弥がどんな行動に出るのか心配で気がかりで、とても祖父母の家に厄介になるなんて考えは起きなかった。
 母さん、今頃どうしてるんだろう。ぼんやり考えてから手を握られる感触に視線をずらすと、オレの手を握ってる恭弥が見えた。どことなく不安そうな面持ちだったから、顔を寄せて額にキスをした。お兄さんの前でそんなことされるとは思ってなかったらしい恭弥が目を見開いたのが見える。
「…昔から、恭弥のことが心配で。母さんが祖父母の家に引き上げたときも、オレはここに残って、おんぼろアパートでどうにか私生活やりくりしながら、中学卒業したらバイトばっかの日々に明け暮れて。恭弥が来てもいいように、部屋にいるときはいつも鍵はしないで。朝でも昼でも夜でも、いつでも来ればいいって言ってあげれるの、オレだけかなって。思ってたから」
 今日は結構陽射しを浴びたせいか、電灯の下の恭弥の頬とか鼻の頭が少し赤かった。痛むのかなと思いながらぺたりと頬に掌を添える。
 何度か掌を滑らせて頬を撫でていると、恭弥の瞳からだんだんと棘が抜けていく。
「はっきりさせる必要があるなら言っときます。オレが一番大事なのは、ここにいる、雲雀恭弥です」
 自分で口にして、ああごめん母さんと心の中だけで母親である人に謝っておいた。
 ぎゅうと強く手を握られる。切なく揺れている灰色の瞳にああキスしたいなと思いながら笑いかけた。
 蒸発した親父のことはおぼろげにしか憶えてないし、顔だってもう忘れたけど。もしかしたらオレは親父と似てるのかもしれない。オレは今自分の家族よりも恭弥のことが大事だと、そう公言したのだから。
 ふいにぱちぱちと間の抜けた拍手の音がして顔を向ければ、口元だけ笑ってあとは表情の見えないお兄さんが「ふむ、なるほど。君は雲雀の財産目当てでもなければ権力の奪取を狙っているわけでもなく、ただ弟のためにそこにいると、そう言うわけだね」「はい」オレが頷くと、お兄さんも満足そうな顔で頷いた。長い髪で表情が見えないから半分想像だけど。
「まぁ、今更私が確認するまでもないことだったんだが。どうも兄がうるさくてね。試すような真似をしてすまなかった」
 しゅんしゅんと沸けたやかんを止めたお兄さんの言葉に引っかかりができる。「あの、兄ってもう一人の」「そうだよ」…それってつまりどういうことですか、と訊こうとしたらバタンと勢いよく玄関の扉が開いた音がして、振り返ったら、スーツ姿の人がいた。ボディガードの人じゃなくて、恭弥より髪を少し短くした感じの、一番上のお兄さんだ。
「そういうこと。やぁ愚弟、それから好き者一名」
 そう言ってにやりと笑みを浮かべたお兄さんを睨みつけた恭弥が「そっくりそのまま返すよ愚兄」と一言。
 つか好き者ってオレのことか。いや、否定はできないんだけども。
 兄弟でも十人十色なんだなとしみじみしながら、とりあえず一つ息を吐く。
 DVDを見る予定がベッドINになって、ベッドINの予定がまた変更になった。明日ちゃんとDVDが返せることを祈る。