次の日、頑張って昼間に出かけて、雑誌に載ってたジュエリー店のいくつかに足を運んだ。陽射しと温度にやられながら、恭弥の白くて細い首に似合いそうなネックレスを探した。
 夕方からはお兄さん達と一緒にホテルに行って、雲雀兄弟のご両親とレストランでの食事にオレも参加しないといけない、らしい。
「ん、」
 じっとショーウィンドウを見てて気になるのができた。「恭弥恭弥」「いるよ」「これどう? 似合いそう」三日月デザインのネックレスを指すと、恭弥がちょっと居心地悪そうな顔で店員さんの方を見た。「でも」と躊躇うから代わりに「すいません、ちょっとこれが気になるんですけど」と店員の女性に声をかけた。完璧な営業スマイルで「ご試着ですね」とガラスケースを開けられて「お願いします」と営業スマイルを返す。こういうときバイトやっておいてよかったなと思う。
 店員さんの手からネックレスを受け取る。恭弥の白い首にネックレスをつけた。
 戸惑った顔で自分の胸元を見ようとしてる恭弥に、店員さんが鏡を持って「こちらでどうぞ」と営業スマイル。まだ躊躇ってる恭弥に「ほら鏡」と手を引けば、ようやく鏡を見た恭弥がじっと自分を見つめた。そろりと手を伸ばして指先で三日月のペンダントに触れる。
「…変じゃないの?」
「よく似合ってると思うけど。恭弥首が細いから、こういうのの方が似合う」
 ですよね、と店員さんに営業スマイルをしたらにこやかなスマイルと一緒に「よくお似合いですよ」と決まり文句みたいになってるんだろう台詞を返された。でも今は恭弥の背中を後押しするのに月並みの言葉が必要だ。店員さんから見えないところで恭弥の指を指先で辿って撫でる。「恭弥」と呼べば、躊躇ったあとにはぁと息を吐いた恭弥が「分かった」とこぼしてネックレスを外し、キープしておくように頼んだ。
 他に何かあるの、と目を向けられて「まだ見ていい?」と首を傾げる。浅く頷かれたので、他のものも見ておくことにした。
 ぐるっと一周して、他に目ぼしいものはなかったからネックレスだけ購入して店を出た。
 直射日光にじりじり体力を持っていかれつつ、買ったばかりのネックレスの細長いケースをぱかりと開ける。恭弥の首からお揃いのネックレスを外して、三日月のネックレスをつけてやる。
 夏の白い陽射しの下で改めて恭弥を見つめて一言。
「うん。似合ってる」
 アラベスク模様と、マザーオブパールってものを使ってる三日月形のペンダントに、シルバーのかわいい感じのチェーン。シルバーどーんのごついものより、恭弥の細い首には繊細なものの方が似合っていた。微妙に戸惑った顔のままの恭弥は「そうかな」とこぼしてペンダントに触れる。
「よし、指輪も見よう」
「…どうして?」
「ここ、雑誌に載ってるとこに行きたいんだ。こういうの恭弥に似合うと思って」
 鞄から雑誌を取り出して付箋したところを広げてお店の一つを指すと、オレの指を辿った恭弥が一つ吐息した。
「じゃあ条件つきね」
「条件?」
「…あのね、恥ずかしいんだよ結構。君は似合う似合うって言うけど、僕だけっていうのは嫌だ。行くなら君も買うこと。じゃないと嫌だ」
 じりじり痛い陽射しと暑い気温で額を汗が伝った。手の甲で拭いつつ「いいけど。かわいいものなんてオレが持っててもしょうがないけどなぁ」とぼやくと睨まれた。「同じものとは言わないよ。何か買えって言ってるの」「へーい」首を竦めて雑誌を突っ込んで歩き出す。恭弥がつけてたネックレスは鞄のポケットにしまった。
 雑誌に載ってるお店に行って、恭弥に似合うと思ったグリーンゴールドにピンクゴールドが重ねてある配色の指輪を手に取る。さすがに人差し指とはいかないし、ファッションなら小指とかでもいいだろと思って恭弥の細い指に指輪をつける。ハワイアンジュエリーってことで、デザインは葉っぱとか花がモチーフになっていて、やっぱりというか女の子向けな感じだった。恭弥には似合うけど俺にはどうかな、浮くかも。
 白い指に指輪があるのを見てると、映画の中のエルフみたいだなと思った。ほら、指輪物語とか。
「どう? 小さい?」
「…ちょうどいい」
「そっか」
 指輪をしてる左手を一つ撫でる。ぴく、と小さく反応するのがかわいい。「駄目?」「……駄目じゃ、ないけど」渋ってる恭弥が「君も何か買わないと嫌だ」とぼそぼそ付け足すから小さく笑って顔を上げた。
「すいません、オレでもつけれそうなのってありますか。あー、親指辺りのサイズで」
 女の子の店員は慣れた感じのスマイルで俺の左手の指のサイズを測った。「少々お待ちください」と残してカウンターを離れる。
 タイミングを図ったように恭弥の手がオレの手を握った。「ねぇ、本当に変じゃないの?」小さな声に視線を隣に戻して「変じゃないよ。似合ってる」似合うと言うオレに恭弥は諦めたように目を閉じた。
 どっちかっていうと男女のカップルか女の子のグループが多い中、男二人でいるオレ達は浮いていた。それを気にしないようにする。
 店員の女の子が戻ってきた。「この辺りになりますね」「どもです」オレには似つかわしくない感じのかわいいリングが小さなバスケットの中にいくつか入っていた。一つを手に取ってみる。グリーンゴールドの、葉っぱのデザインがされてるシンプルなやつだ。試しに左の親指につけてみた。サイズ的に問題ないけど、やっぱオレには似合わないような。
 恭弥の手が伸びて、シルバーの指輪をつまんだ。指輪の内側に文字が彫ってあって、それを見て目を細めた恭弥がぼそっと「それ外して」「ん」言われたとおりにすると、恭弥の手がオレの指に指輪をはめる。
「…これがいい」
「そう? オレには変じゃない?」
「これがいい」
「はい、はいはい」
 有無を言わさない恭弥に反論を諦めた。「じゃあこれとこれ、お願いします」恭弥の小指から指輪を取って、シルバーのやつと一緒に店員さんに渡した。まぁ会計は恭弥なんだけど。この場合オレが払うのがスジなんだろうけど、オレには金がありません。
 外暑いんだろうなぁと思いながら、戻ってきた恭弥と一緒にかわいらしいお店を出るためかわいらしいドアノブを握ってガラス扉を押し開けた。途端、暑さで死にそうになった。
「あづ…」
 ぼやいたオレに恭弥が無言で指輪を突き出してきたから、受け取って、内側の文字を見てみた。…英語じゃないな。さっぱり読めん。「これなんて書いてあんの?」「ハワイ語」「ハワイ語ってあるんだ…で、これの意味は?」首を捻ると、恭弥は無言でグリーンゴールドとピンクゴールドの組み合わせてある指輪を左の小指にはめた。無視か。いいけどさ。
 なんて書いてあるのか知るのは諦めて、左の親指にシルバーの指輪をはめる。左手を空に伸ばして太陽を遮るようにした。
 似合ってんのかなーオレに。今までこういうものつけたことがなかったからなぁ、しっくりこない。
「無償の愛、導く」
 ぼそっとした声に「へ?」と首を捻る。恭弥はじっと小指の指輪を見つめていた。
「君のにはそう彫ってある。僕のには光り輝くはじまり。…ハワイ語読めないくせに、妙にぴったりなの選んだよね、
 薄く笑った恭弥がオレの手を掴んで引っぱって歩き出す。「もう十分でしょ。帰ろう。充電しないと君夜までもたない」「あー、うん。恭弥寄るとこないの?」「ないよ」「ん」じゃあ帰るか。目的は達成したわけだし。
 だるさを堪えて恭弥に続いて歩いていると、手を離される。途端にオレの歩みがスローになる。恭弥の歩調は変わらないけど、人を避けて立ち止まっては苛々してるようにこっちを振り返って、なお遅いオレに痺れを切らすとまた手を引っぱって歩き始める。
 別に、手を引かれたいからわざと遅く歩いてるとかじゃないんだけど。恭弥が引っぱってくれてるからマシに歩けてるだけ、なんだけど。やっぱり手を引かれたいから遅くしか歩けないのかなぁなんて考えながら、夏でも長袖の恭弥の後ろ姿を見つめた。
 シャワーを浴びて恭弥と一緒に昼寝をして、夕方前の目覚ましで起こされた。恭弥はとっくに起きていて、着替えの途中で起きちゃったからなんかえらく怒られた。不可抗力なのに。間違ってもわざとじゃないのに。
 いいって言うまで布団を被ってろと言われて大人しく言うとおりにして、許可が下りてからベッドを抜け出して、自分の方も着替える。オレは別に見られてもいいので普通に着替えた。頼まなくても恭弥はそっぽ向いてるし。
 この間お兄さんが買ってくれたものと、恭弥が買ってくれたものとを組み合わせて着た。ストレッチのきいてる薄手のデニムに折り返し部分が黒になってる白のワイシャツと、上からシルバーのベストを羽織った。机の上に置いたままのネックレスをする。
 あとは洗面所で髪をちょっと整えた。恭弥にワックスを借りて軽く癖をつける。べたべたするなぁと適当にやってると、苛々してた恭弥が僕がやると言ってオレの手からワックスを奪った。慣れたように掌で撫で合わせて背伸びするからちょっと屈む。そうすると恭弥の首もとで光る三日月形のネックレスがよく見えた。うん、やっぱり似合ってる。
 最後にスプレーか何かを吹きつけられて終了。あまり時間もなかったし、べたべたする手を洗って最後に指輪をつけて部屋を出た。
 下ではテレビで見たことあるような長い車が停まっていた。リムジンって言うらしい。聞いたことはあるけどどういう車かは知らなかったな。
 そのリムジンに乗り込んで、お兄さん二人と合わせて四人で待ち合わせのホテルまで向かう。
「…なんですか?」
 上のお兄さんの視線がくすぐったかったので訊いてみると、含み笑いされた。「別に。いつもきちんとしてればいいのにね、キミ」「あはは…」そりゃあ、デニムとTシャツレベルがオレの普段スタイルですけどね。そんなにだらしないかなぁ。それはきっと夏のせいだ、うん。
 上のお兄さんはやっぱりというかスーツ姿で、ネクタイまできちっとして、見てるオレが苦しくなる着こなしようだった。比べてもう一人のお兄さんは、結構でたらめにスーツを着ていた。長さがばらばらの髪はワックスでまとめてあって、後ろで一つに縛っている。なんか眠そうだ。というか寝てそう。
 恭弥は雪みたいに真っ白い長ズボンに丈の長い総柄のパーカーを着ていた。下にTシャツ着てるんだろうけど、そういう格好すると女の子みたいに見えてむずむずする。足を組んで拗ねてるみたいな顔で明後日の方向を見てるけど、なんで今日のチョイスがそれなんだろ。かわいいからいいけど。
 それにしても、と恭弥から視線を外して、テレビでしか見たことのないリムジン内を眺める。ポルシェでもびっくりしたけど、リムジンはもっとびっくりだよ。これは最早小さな部屋と言えるレベル。
「あの、リムジンも乗るんですか? お兄さん」
「まさか。こんな長い車あっても邪魔だろ。借りただけだよ」
「ああ、なんだ」
 ほっとしたらなぜか眉根を寄せられた。気に入らないって顔で。あれ、なんでだろ。
 小さなテレビがあるからそれをぼんやり眺めて、喉が渇いたなぁと思った。視線をずらせばテレビの下にはグラスとかの置かれたスペースをがあって、飲めとばかりにジュースが置いてある。銀色のバケツの中に大きな氷で冷やされたジュースの瓶。の、飲みたい…喉渇いた……。
(でもさぁ、こういうふうに置いてあるもの飲むと、高いお金取られたりするんだよな。あーでも喉が)
 冷たいジュースの誘惑に負けそうで視線を彷徨わせていると、「それ飲んでいいよ」と言われた。一つ瞬きして恭弥を見る。相変わらずそっぽ向いたままだった。「飲んでいいの?」「いいよ」ちらりとお兄さんの方に視線を送る。次男のお兄さんは寝ていて、長男のお兄さんも腕を組んで目を閉じていた。
 えっとー、じゃあ恭弥から許可が下りたってことでいただきます。
 大きな氷がたくさん入った銀色のバケツの中に、キャップのされたジュースやお酒の瓶が入っていた。オレンジを手に取って引き抜くとカランカランと氷のいい音が響く。栓抜きでキュポンとオレンジジュースを開けて呷って飲んだ。つめて。よく冷えてる。
 ごくん、と半分くらいまで一気に飲んでから一息吐く。生き返った。
「きょーやは? はい」
 伸びた手がオレンジの瓶を掴んだ。少し傾けて口に含んで、眉を顰めてすぐに顔を離す。こくんと喉仏が上下して「冷たい」とこぼす声がかわいい。「よく冷えてるよね。なんかさすがだ」「…そうだね」改めてジュースに口をつけた恭弥が瓶を呷った。細い首の喉仏が上下するのがよく見えて、噛み付きたいなぁなんて考えていやいやと思考にストップをかけて視線をテレビへと逃がす。
 今から雲雀兄弟の両親の待つホテルに行くんだ。そこでディナーなんて似合わないもの食べないといけない。…恭弥は気にしなくていいって言うけどやっぱり気になる。
「恭弥、コースのマナーとか教えてよ」
 ごくん、とオレンジを飲んだ恭弥が呆れた顔でこっちを睨んできた。瓶をこっちに突き出すから受け取れば、「気にしなくていいって言ってるでしょ。そこで寝てる兄さんだって適当にしか食べないよ」「いや、でもさ。ね?」残りちょっとのオレンジを呷って飲み干す。よく冷えてておいしかった。
 空の瓶をバケツの隣に置いた。「きょーや」と呼べば、空の瓶を睨んでいた恭弥がはぁと息を吐く。
「…着いたら教えてあげるから。今はいいでしょ」
 ね? と顔を寄せて囁いた恭弥がオレの肩に頭を預けた。パーカーの襟に隠れてるけど、そうされると首に銀色のネックレスが見えた。さらりとした肌触りの黒い髪が頬をくすぐる。
 ああくそ、今すごくむずむずしたぞ。お兄さん達の前だから手を伸ばさずにいられるけど、二人だったら絶対キスしてた。
 で、一時間くらい車で移動した先のホテルの正面にリムジンが停まった。リムジンごとーじょーってやつ。やっぱりリムジンで乗りつけるって人はあまりいないのだろう、ドアマンの人が若干慌てたのが見えた。だよなぁ。タクシーとかならまだしも、リムジンだもんな。
「きょーや、着いた」
 オレの肩に頭を預けたままの恭弥を軽く揺する。黒い髪は今日はワックスがついてるせいか、いつもと違う香りがした。薄目を開けた恭弥が寝ぼけ眼をこする。寝起きは弱いんだよな。かわいい。
 長男のお兄さんが颯爽と、いかにも慣れてる感じでリムジンを降りて、次男のお兄さんは眠そうな顔でマイペースにリムジンを降りて、オレは恭弥の背中を押しながら車から降りた。ホテルなんて生まれて初めてだなぁと高い建物を見上げる。
「愚弟、好き者も早くしな」
だって言ってるだろ愚兄」
「どう呼ぼうがボクの勝手だ」
「はい、はいはい恭弥オレはいいから。どうどう」
 お兄さんに食ってかかる恭弥を宥めつつ、気後れしないように意識して背筋を伸ばした。ここも都会であることに変わりはないのに、どこか喧騒の音が遠い。
 ドアマンの人が開けてくれたガラスの扉をくぐれば、シックな装いのエントランスが広がって、やっぱりオレには場違いだよなぁとか思ったりした。
 ゆるりと歩いて行くお兄さんと、靴音を響かせて歩いて行くお兄さんに遅れないように高い天井のフロントロビーを通過してエレベーターホールへ。
 レストランのある37階に辿り着いて、ごくんと唾を飲み込む。
 今更なんだけど緊張してきた。オレが恭弥のご両親に会うのは…あれ、初めてだっけ。遠くから見たことはあるんだっけ? どうだっけな。思い出そうと頭を捻りながらお兄さん達のあとに続いて絶対高いものしか置いてないだろうレストランに行き、シルバーで全体が統一された空間をウェイターさんに案内されて、レストランの一番奥へ。
 東京の街並みを見下ろせるよう大きな窓のある空間は、半個室というやつだった。他のお客さんから少し隔離されてることを考えるに、プライベートスペースってやつだろうか。
「来たよ」
 素っ気なく長男のお兄さんが告げると、奥の方でグラスを傾けていた二人の人物が揃ってこっちに顔を向けた。雲雀兄弟の、ご両親だ。
 意識して背筋を伸ばす。向かって左側の席にお兄さん二人が座ったから、じゃあオレ達は右側かと恭弥の背中を押した。でも恭弥が動かない。ご両親から視線を外して隣を見てみれば、拳を握って床を睨みつけて、なんだか泣きそうな顔をしている恭弥がいる。
 本当は怖いんだろうと知っていた。それを誤魔化したかったから、今日は陽射しのある中出かけてネックレスや指輪を選んだりした。少しでも恭弥の心を勇気付けられればって、そう思って。

 長い間、恭弥は得られない愛をオレで埋めてきた。最初は両親から得られないものをオレにねだっていたんだろうけど、それがいつしか、オレを想う気持ちに変わっていた。
 そして、オレも。恭弥のことを見守るんじゃなくて、その手を握って抱き締めたいって思うようになっていた。

「きょーや」
「…
「ん」
「そばに、いてね」
「当たり前だろ」
「ん」
 こくんと頷いた恭弥が、ご両親を睨むようにして顔を上げた。かつと一歩踏み出すその足音は弱くはない。
 逃げてばかりじゃいられない。恭弥にそう言った。お前が戦うんならオレも一緒に戦おうと決めた。それが恭弥のためにオレにできることなら、なんだって構わない。どんなことだってやる。
 だって、こんなにも、好きになったから。愛してしまったから。
 恭弥に倣って席に着く。ゆったりとした一人がけのソファは肌触りのいいクッションで、ああさすがホテルだなと感心した。
 …やっぱどうしようもなく庶民なんだなオレって。ピカピカに磨かれてるきれいな食器も、染み一つない白いテーブルクロスも、きれいすぎるこの場所も、全てが眩しい。
 似つかわしくないんだ、きっと。オレは庶民すぎるから。
 それでも、恭弥の隣に立つために必要なことがあるのなら、もう躊躇いは捨てよう。気後れの心を忘れよう。そうやって、生きる覚悟を決めようか。