あのホテルで雲雀家プラスオレで食事してから一週間がたった。相変わらず夏の陽射しは強いし気温は高いし、オレには辛い季節のままだ。
早く」
「へーい…」
 暑い中だらりとしか歩けなくて、額を伝った汗を手の甲で払った。あづい。あづいけど恭弥が機嫌よさそうだから、頑張ってついていく。
 今日はサマーセールとかでバーゲンしてるデパートやらショッピングセンターを回っていた。おかげですでに両手に荷物状態で重い。
 先を歩いていた恭弥が違う店に入った。元気だなぁと思いながらふらりと続けば、店の中の涼しいことに救われた。Tシャツの襟元を引っぱってばたばたさせていると恭弥に睨まれたから首を竦めて手を離す。
 なんかもう買い物よくね? とか思ってしまうオレなんだけど、そういえばデートってこういうものなんだよな、きっと。女の子とか買い物好きって話だもんな。…あれ、恭弥は男の子ですオレ。暑さで頭沸いてるのか、しっかりしろ。
「ねぇ、邪魔だからやっぱり送ろうよそれ」
「えー…まぁ、まだ買うってんならちょっと邪魔かなぁ」
「あとで送る。、これ似合う?」
 夏素材っぽい軽そうな帽子を被った恭弥が小首を傾げる。ああかわいいなぁと素直に思ったオレの頭はどうやら沸いてるようだ。「うん、似合う。でも黒じゃなくてクリーム色がいいな」「こっち?」色違いの帽子を頭にやった恭弥に一つ頷く。黒白ばっかりじゃなくて違う色も身につけましょう。
 荷物を片腕に頑張って引っかけて、セール表示されてる棚に寄った。適当に見てるとエンブレムが施されたクロップドパンツが目に留まった。ちらりと恭弥を見てみる。今日も相変わらず肌を隠すような長袖長ズボンの格好だ。日焼けすると肌が赤くなって痛いらしいから、仕方がないんだろうけど。
「きょーやぁ」
「何?」
「こういうの着ない?」
 クロップドパンツを揺らすと、眉根を寄せた恭弥がこっちにやって来た。「丈が短い」「着たら足首くらいしか見えないよ」「…日に焼ける」「じゃあ夜出かけるときでいいや。はいてよ」「…なんで?」こっちを睨んだ恭弥に顔を寄せて「ソソられるから」と囁いたらごすと鳩尾に肘を食らった。げほげほ咳き込んだオレからぷいと顔を背けた恭弥がクロップドパンツを睨みつけて、結局試着しに行った。
 いってぇと涙目になりつつ鳩尾をさする。いてー。今のそんなに怒るところだった? 正直な感想言っただけなのに。
 のろのろ試着室の前に行って、新作のTシャツとかを眺めていると、カーテンが開いた。顔を顰めてる恭弥が一言、「落ち着かない」うん、そういう顔はしてるよ。
「似合ってるけどなぁ…あ、ちょい待ち」
 腕の紙袋をがさがさ揺らしながらサンダルとか靴の置いてあるコーナーに行って、レザーのサンダルを手に取った。編み込みとか型押しでオシャレさんなサンダルはセールの対象外だったけど、さっきのクロップドパンツとちょうど合う気がする。恭弥のサイズを持っていって試着室に戻り、顔を顰めたままの恭弥の足元でしゃがみ込んでサンダルのジップを下げた。
 履いてもらったところ、やっぱりマッチしていた。「うん、よく似合ってる」オレが笑うと恭弥が苦い顔をして試着室の鏡を振り返る。「…似合ってるの?」「うん」「…………」苦い顔のままサンダルを脱いだ恭弥がしゃっとカーテンを引いた。気に入ったのか分からないけど、言うことは言ったし。あとは恭弥次第だ。
 オレは特にほしいものないし、いいや。つーかもう十分買ったしなぁ。
 ぼけっとしてると恭弥が試着室から出てきた。「君は何もないの」「うん、オレはいいや。買っといで」結局サンダルとクロップドパンツも購入のようだ。また荷物が増える。ああ、送るから軽くなるのか。
 先に店を出たところで後悔した。そうだ外はあっついんだった。荷物が多いから人の邪魔になるだろうってすぐ店を出ちゃんだよな。端っこにいればよかった。外あづい。あづい。あづい。
 ぐったりしながらガラスの壁に背中を預けたとき、「もしもしおにーさん」と女の子の声がした。煉瓦の舗道に視線を投げたままぐったりしていると「おーい」と視界でぱたぱた手を振られた。爪詰めばっちりの女の子の手だ。
 のろりと視線を上げる。知らない女の子がいた。「オレ?」「そーよあなた。ねぇお暇?」ずいと顔を寄せてくるからちょっと仰け反った。「いや、ごめん。暇じゃないんだ」荷物持ちじゃないけど現在そうなので、両手いっぱいの紙袋を掲げてみせると、女の子が頬を膨らませて「えー」なんて抗議の声を上げる。「ナンパなら他当たって」とやんわり笑うと、女の子がべっと舌を出して「後悔するわよー」とか言いながら走っていった。この暑いのによく走るなぁとか見送ってからはぁと息を吐いて視線を地面に投げて脱力。
 今日で三回目のナンパだな。一回目は恭弥と一緒に合コンに参加しないかってやつで、当たり前に断った。こっちはナンパというかお誘い? か。まぁ知らないきれいめな青年だったわけだけど。
 二回目は恭弥がトイレに行ってるのを待ってる間。三回目は会計待ってる間。今日だけでナンパが多すぎる。なんか変だよなぁ、それともそういう日なのかなと思いながら強い陽射しに目を閉じる。じりじり暑い。本当暑い。死ぬ。オレの死因が夏になる。
「はい」
 声がして、薄目を開けて視線をずらす。恭弥が突き出してきた新しい紙袋を腕に引っかけた。…女の子が走り去った方角を睨んでる辺り、多分見てたんだろう。
 暑さで汗が額を伝い落ちた。目に沁みる。
 鞄からハンカチを出した恭弥が若干オレを睨みながら汗を拭ってくれた。…そんな顔されても。オレだってナンパされたいわけじゃないんだけどな。
「宅配、手配しよう」
「んー…」
 歩き出した恭弥の後ろをのろのろ歩く。サービスカウンターのある場所まで戻って、ダンボールを一つ購入して、紙袋をたたんで服とかを上手に詰め込んだ。帽子は潰しちゃうから恭弥に被ってもらって、その他のものは要領よく詰め込んだ。「…ってそういうの案外得意だよね」「ん? そう?」「うん」蓋をしてガムテープで止めて、明日の午前中指定でクロネコ便で宅配を手配。
 しんどいです、休憩したいですと音を上げると、息を吐いた恭弥がじゃあどこか入ろうかと言って、オレ達は一番近いレストランに入店した。
「あぢ…」
「はいはい。すぐ涼しくなるよ」
「うー」
 ぱたぱたメニューで扇がれて、だらりと俯いてるオレの前髪がふわりふわりと浮いたり沈んだりする。「きょーやは、熱中症とかになりそうだね」「君がでしょ」「いや、あれってさ、気付かないうちになってるもんだよ。オレは暑い暑いって、休憩とか入れるからまだいいけど…きょーや涼しそうな顔してるから、なんか心配だな」ぼやきながら水のグラスを持ち上げる。ごくんごくんとグラスを傾けて水を飲んで、ごんとテーブルに置いた。冷たい。
 向かい側で恭弥が変な顔をしてたから首を捻った。「どしたの」「…君ってナチュラルに人が照れること言うよね」「…そう?」心当たりがなかったのでまたグラスを呷った。ああ、そうか、だからナチュラルに、か。自然にそういうこと言ってんのかオレ。えーと気をつけ…どうやって気をつければいいだろ。まぁいいか、言ってたとしても恭弥にだけだろきっと。
 っていうか、恭弥照れてるのか。なんだかかわいいなぁ。言わなきゃ分からなかったのにさ。
 グラスを置いて息を吐く。背もたれに背中を預けて伸びをしたところでウエイトレスの子がやって来た。外が暑いから頼んだのはパフェだ。豆乳生クリームに桃が散らしてあるやつと、恭弥が頼んだ苺たっぷりのかわいいやつ。
「いただきまーす」
 さっそくバニラアイスと生クリームをすくって食べた。んん冷たい。頭がキーンてする。
 半分くらい食べ終わったところで「まだ動けそう?」とぼそりと訊かれた。恭弥の苺パフェをもらいながら「んー、外の移動は遠慮したいけど」「…善処するよ」「ん」へらりと笑ってアイスを食べた。ああ冷たい。おいしい。甘いけど。
 どうやらオレは本格的に雲雀家に迎えられることで話が進んでるらしいと、恭弥がシャワーを浴びてる間に電話をかけてきた次男のお兄さんの言葉で理解した。オレが住んでたおんぼろアパートはもう引き払った状態なんだそうだ。大した備品もなかったから捨てちゃったけどよかった? なんて捨ててから訊かないでほしい。
 そうするとオレはどこに住めば、と狼狽したらあっさりそこでいいんじゃないかなと言われた。つまり恭弥の住んでる雲雀家のマンションの五階だ。
 足りないものがあったら恭弥に言いなよ。彼で無理だったら私でも兄でもいいから。次男のお兄さんはそれだけ言って通話を切った。
(けっこー自分勝手な人達なんだよなぁ。恭弥のお兄さんだけある)
 ぼんやり高い腕時計の文字盤を見つめた。シャツの袖でちょっと磨く。毎日磨いてるけど、腕につけるものだし、季節もあるし、やっぱり曇ったりするな。帰ったらきれいにしよう。
 恭弥は今レシートの合計点でクジを引くやつの列に並んでる。めんどくさいって言ってたけど、せっかくだからクジくらい引いてきなよと促したら列に加わってくれたのだ。気に入らないって顔のままだけど。オレは新しい荷物を抱えてベンチに腰掛けてるところ。さすがに、疲れてきた。
 お揃いのアンティークのカップを買って、陽射しを眩しがるオレに恭弥がサングラスを買ってくれて。あとは恭弥が愛用してるシャンプーとかのあるお店、ロクシタン、だったかに寄って。なんか新しく出たヴェルドンとかいう香りを恭弥が気に入って、これからこれを使うことと言われてシャンプーからボディソープまで一式とその他補充品を購入して。あとは、なんだっけか。とにかくたくさん買ったんだよ。一度荷物を送る手続きをしたのにオレの腕はまたいっぱいになりつつある。

「ん、」
 呼ばれて顔を上げる。ひらりと紙片を振った恭弥が「千円分当たった」「おー。やったぁ」「千円だよ? どう使うの。期限そんなにないし…」よっこらせとベンチから立ち上がってぐっと伸びをする。券を受け取って見てみると、どうやらどこでも使えるやつのようだった。「じゃあ本買ってもいい?」「いいよ」「ん」荷物片手に恭弥の手を引いて歩き出したら振り払われた。きょとんとして振り返れば、射殺さん勢いで睨まれた。「ああ、ごめん。癖? で」自分の手をぐっぱして普通に歩き出す。オレの歩みが遅いときは手を引いてくれるのに、普通のときは駄目なんだもんな。難しい。
 本屋に行って、フロア案内を見て通販のコーナーを探す。隣に立った恭弥が「何見るの」と訊くから「通販のとこ」と返すと恭弥が眉を顰めた。どういう意味か、って言いたいらしい。
「おにーさんがさ、オレのアパート引き払って少ない家具全部捨てたっつーから。いちいちお店回る気力ないし、適当な通販カタログ買って頼んだ方が早いだろうなーって」
「…何それ。兄が勝手にやったの?」
「え? あー」
 しまった、この話はまだ恭弥にしてないんだった。じろりとこっちを睨む目にがしがし髪をかいて「んー、だからさ。オレは恭弥んとこに住んでいいみたいなんだ」多分、と付け足すと恭弥がオレを睨むのをやめて床を睨みつけた。「それ本当?」ぼそっとした声に「多分」と返して、通販のコーナーに向けて歩き出す。ついてきた恭弥がそろりと手を伸ばしてオレの手を握った。さっきは駄目って言ったくせに。恭弥が手を握ってもいいと許可をくれるタイミングが、難しい。
 目的のコーナーにはすぐ着いたんだけど、片手は荷物、片手は恭弥に握られてて身動きが取れない。「きょーや」困ったなと笑うと恭弥がそっぽを向いた。いや、離してくれないと見られないですオレ。
「恭弥」
 顔を寄せて頬にキスしたら、名残惜しそうにオレの指を撫でた手が離れた。ますますそっぽを向いた恭弥が腕を組んで黙り込む。
 名残惜しそうにした指先に逆らうようなそっぽの仕方に苦笑いをこぼして、床に荷物を下ろし、適当なカタログを棚から抜く。
 ぱらぱら眺めて次のもの、ぱらぱら眺めて次のもの。それを繰り返していると、隣でそっぽを向いたままの恭弥が「ねぇ」「うん?」「カタログくらい兄に頼むよ。勝手に処分したのは兄なんだから、始末もやらせよう」そう言ってオレの手を掴むと「だから、違うもの」と手を引くから「はい、はいはい待って」と返して荷物を持ち上げる。シャンプーとか割れ物入ってるから結構気を遣ってるっていうのに、そんなオレの気を知ってか知らずか、恭弥はオレを引っぱってどんどん歩いて行く。
 結局マンションに帰ったのは夕ご飯の時刻だった。
 荷物をソファに下ろして着替えをすませ、冷房を入れたリビングで恭弥を抱え込むようにしながら改めて買い物の品を確認した。今日も散財だなぁ雲雀家は。
「シャンプーさ、そんなにいいにおいだった?」
 恭弥の髪に顔を埋めれば花の甘いにおいがした。浅く頷いた恭弥が「なんていうか…男の人のにおいっていうか。君に似合いそうっていうか」ぼそぼそした声に小さく笑う。「シトラスとかミントとか、その辺りのグリーン系の香りだったね」「うん」「恭弥の香り、オレはいつでも誘惑されるんだけど。恭弥は大丈夫?」緩く爪の腹で頬を撫でると、少しの沈黙のあとに「自信ないかも」とか言われた。そこは強がってほしいところなのになぁ。
 顎に手を添えてくいと持ち上げてこっちを向かせてキスをした。今日外に出てた分を埋めるようにさっきからキスばっかりしてる。嫌がらない恭弥も恭弥で、人がいたらオレの手を振り払ったり鳩尾に肘打ちしてきたりするのに、二人きりになると途端に大人しくなって、熱っぽい目でオレのことを見つめてくる。
 キスを堪能してからちゅ、と音を立てて唇を離した。小さな紙袋を指先で引っかけて取り出す。軽い中身はサングラスだ。っていうかサングラスって結構するんだなと初めて知った。百均とかに置いてあるしさ、もうそういうものでいんじゃねとか思ってたよオレ。
 ぱかりとケースを開けたらぱんと閉められた。恭弥の手によって。小指に指輪の光る手から視線を上げれば揺れている灰色の瞳がそこにある。
 ああ全く。そんな顔されたら、襲う以外、オレに何ができるって言うんだろう。
 恭弥の肩を掴んで身体の向きを変えさせてどさりとソファに押し倒す。黒いソファに漆黒の髪が散らばる。黒い色に囲まれて恭弥の白い肌が余計に白く見えた。光る銀のネックレスと三日月のペンダントが眩しい。
「恭弥」
 顔を寄せて囁いて耳を甘噛みした。吐息が肌を掠める。背中に回った腕に抱き締められて、白い首筋に顔を埋めた。甘いにおいがする。
 だけど今日はシないって決めていた。なんだかんだで二日も続けて恭弥を抱いている。オレは大丈夫だけど、恭弥の身体に負担をかけたくはない。
 黒い髪を撫でながら身体を起こせば抱き寄せられて止められた。灰色の瞳に無言で訴えられる。やんわり笑って額にキスをしてから「今日はなし」と言って恭弥を抱き起こした。アンティークカップが入ってる梱包を手にして紐を解くと、白い手が重ねられた。「」と乞うように呼ばれてちょっと背筋がむずむずしてくる。
「だーめ。二日も続けてシたんだから、今日はなし」
「…………」
 途端にむすっとした顔をした恭弥がオレの胸に頭を預けて押し黙った。
 ウエッジウッドって確か有名じゃないっけ。食器とか詳しくないから自信ないけど。ぱかりと箱を開けて、お揃いのソーサーまでついてるカップを見つめる。
 恭弥はすっかり拗ねてしまったようだ。醸し出してる空気がトゲトゲしてる。
 苦笑いしながら黒い髪を撫でる。拗ねてるくせにしっかりオレのシャツを握ってる辺りが本当かわいい。
「ご飯の準備していい?」
 一通り荷物を広げてから訊いてみると、恭弥がシャツを離した。むすっとしたままの恭弥の額にキスしてからそばを離れる。
 冷蔵庫を覗いてみると、今日は冷やし中華が入っていた。お手伝いさんお手製のやつだ。すでに食べるだけ状態の冷やし中華を取り出して、ツナ缶を探す。棚に入ってるのを見つけて蓋を開けて、ラップしてある皿二つの上に適当にのせた。べりっとつゆの袋を破ってかければ完成だ。
「きょーやーおいで」
 呼べば、恭弥はカウンターまでやって来た。相変わらずむすっとしてるけど、そのうち機嫌を直してくれるだろう。オレが努力すれば。
 ぱちと手を合わせていただきますをしてちょっと硬い麺の冷やし中華を食べる。
 そうして、今日も暑い一日が終わっていく。