今日は泣き止むまで飲みますよぉ あ、恭弥さんに付けって形でもいいですか? 今日は手持ちがそうなくて…あ、絶対払いますから。誓約書も書きますから 今日は、潰れるまで飲みたいんです ぽろぽろ涙をこぼしながら拳を握って潰れるまで飲みたいという彼を、どんな言葉をかけて止めればよかったと言うんだろう。 カードで会計をすませてカウンターの席に戻る。文字通り酒で潰れて寝てしまっている彼にはぁと息を吐いて、肩を揺らして起こしてみる。熟睡してるようで、起きる気配はない。それなのにまた目尻に涙が浮かんでいたので、指の先で払うようにして拭った。 このまま彼を放置していくわけにもいかない。 彼の家までタクシーを飛ばす手間を考えたら、ホテルに泊まってしまった方が早い気がする。 バーの店員にフロントに電話を繋げさせ、部屋の空き状況を確認すると、グレードは一つ上になるけど空き室はあると定例文句で返されたので、そこでいいと定例文句で返して電話を切り、ちょっとフロントまで行くけどそこで寝てる彼を見ておいて、と言いつけてエレベーターでフロントまで降りて受付をすませ、部屋のカードキーを持ってバーに戻る。まだ寝たままの彼にブランケットを被せて世話をしていたんだろうボーイにチップを投げて、寝たままの彼を部屋に運び込むまでを手伝わせて追い出した。 はぁ、と吐息してスーツのジャケットを脱いでハンガーにかける。 ベッドに横たわっている彼は泣きながら眠っている。 僕は適当に飲んだけど、彼はがぶがぶと水のように酒を流し入れていた。おかげで潰れるのも早かったけど、あれはさすがに無茶酒すぎる。絶対に二日酔いになるに違いない。起きたら注意しておこう。 カチャン、とハンガーをフックに戻して、目線で彼を窺ってから、気にしたって仕方がないだろうと割り切って仕事着を脱いだ。いい加減窮屈だったので部屋に備え付けの白いバスローブに着替えて、バスルームを覗く。グレードが上がっただけあってまぁまぁの設備だ。せっかくだから入ろうか。どうせ彼は潰れて眠ったままだろうし。 きゅ、とコックを捻って水加減を調節し、どぼどぼと適温の湯を吐き出す蛇口をぼんやり眺めた。 嗜む程度とは言っても、これおいしいですよ、と彼が勧めてきたものはだいたい口をつけていたから、総合的に考えて、それなりにアルコールを摂取している。体温が少し高めだ。スーツから着替えたのに暑いと感じる。あと、足元がしっかり安定しないというか、ふわっとしてるというか。つまり、僕は軽く酔っているわけか、と自分に呆れて部屋に戻った。酔ったのかもなんて思うほど飲んだのはいつ以来だろうか。 僕で暑いと感じるのだから、彼だって暑いはずだ、と思って空調設備をオンにする。 皺が寄るのを防ぐためにスーツやシャツをハンガーにかけ、愛用のトンファーと、仕事上携行している銃をしっかり内ポケットに押し込んだ。 彼は日本人だ。海外在住と言っても長くはない。銃など見たら思考を萎縮させるだろう。そういった面倒は嫌いだから、隠しておく。 視線で窺うと、彼は変わらず、泣きながら眠っている。 彼が眠るベッドの脇に立って、手を伸ばす。涙の痕を指でこすったところで取れない。新しくすっと流れた涙の筋を指で消して、しょうがないな、と顔を寄せて消えない涙の痕を舌で舐め取った。 自然とそうしてから、自分のしたことに遅れて気付き、顔を離す。 「…………」 (僕は何をしてるんだ。どうしてこんなことを自然に。誰かの肌を舐めるなんて、どうして。なんで) 自問する声に、自答する声が返ってくる。 (だって舐めたかったんだ) 改めて舌を意識するとしょっぱかった。塩辛いというほどではない、涙の味がする。 顔が、熱いな。いや、身体も。燃えているみたいだ。 (君といると、僕は、変だ) また涙の滲んでいる目元に指を滑らせる。ぎし、と彼が眠るベッドに腰かけて、ジーパンじゃ眠るのに窮屈だろうとベルトに手をかける。カチャン、と外して、ホックを外して、チャックを下げて。この方が眠るのに楽だからなんて理由で僕は彼を下着一枚の格好にさせて、今更思い出してお湯を止めにいけば、バスタブから溢れたものが排水口に流れていた。きゅ、とコックを捻って止める。 白いバスローブを手にして戻って、寝たままの彼を横に転がしたりしながらなんとかバスローブの袖に手を通させ、羽織っている形にさせる。 ふう、と息を吐いた先に浮き出た鎖骨が見えた。 ごくんと喉が鳴る。どうしてか。 「……これくらいなら、いいよね…?」 眠ったままの彼に囁くように問いかけて、そっと鎖骨に唇を寄せて食んだ。ほんのりと汗の味がする。あれだけ飲んだから体温が上がっているんだろう。続けて歯を立ててみる。こりっと硬い感触が歯を通じて骨に伝わってくる。飴か何かを食んでいるみたいだ。 飽きがこないので、思うまま左右の鎖骨をかじっていたら、ぼす、と頭に何か落ちてきた。そのままぐりぐりと頭を撫でたものが手だと気付いて顔を上げると、薄く目を開けた彼がいて、見ている景色を確認するように瞬きを重ねる。 「きょーやさん…?」 半分寝ている声だ。僕が鎖骨をいじくる感触に意識が浮上したのかもしれない。 「寝てていいよ。眠いだろ」 「まぁ……あの、なにして、る、ですか」 眠気でたどたどしい言葉遣いがなぜか愛しいと思った。 いや、そうじゃない。 僕は、のことを愛しいと思っていた。慈しみたいと思っていた。愛したいと思っていた。愛されたいと思っていた。願っていた。 それは決して抱いてはいけない想いだったのに。 寝ぼけ眼でこちらを見つめる彼に、ベッドに手をついて顔を寄せて、キスをした。 そのキスで、胸の中で燻っているに留まっていた愛が、風を受けた炎のように勢いよく燃え上がった。それは僕の中心から立ち昇り、身体や思考を焼き尽くした。 これ以上我慢なんてしてられない。 僕だって男なんだ。好きな相手に欲情くらいするし、キスくらいしたいって思うし、体温を知りたいって思う。 夜遅くまで仕事でだるいなと思っていた。 ようやく終わりかと辟易していた、そこで彼に会った。偶然だったけど、目が合って、驚いて、何より嬉しかった。に飲まないかと誘われて嬉しかった。理由もなく泣かれたことには戸惑ったけど、そんな彼さえ好きだった。 白蘭と繋がりがある人物。そうだと分かってから今までよりさらにつぶさに彼を観察するようになって、自覚してしまった想いがある。 営業向けの飾った笑顔じゃなくて、へらって笑う、あの顔が好きだ。 コーヒーを淹れる手つきの優しいところに惹かれる。 時間があればタブレット片手に新メニューについて検討している横顔の、眉間に刻まれた少しの皺を、この指で解きほぐしたい。 いつもおいしいコーヒーを淹れるあの手とこの手を繋げたい。 恭弥さん、と僕を呼ぶ声を紡ぐあの口をこの口で塞いで、キスがしたい。 そんな熱い想いも、もそもそ動いて僕の頭を掴んで無理矢理顔を上げさせた彼の一言によって意気消沈した。 「きょ、や。ごめ、トイレいきたい」 「……はぁ」 これじゃ、誰だって出端を挫かれるだろう。 あれだけ飲んだのだから当然だと思いつつベッドを転がって退いたら、彼はいそいそ起き上がっておぼつかない足取りでバスルームへと消えた。「なにこれ、おゆ」「うるさい。忘れてたんだ」ぼやいて返しつつもやもやしたやり場のない気持ちと一人闘っていると、水の流れる音のあとにおぼつかない足取りのままの彼が戻ってきた。眠そうだ。寝直すのかもしれない。まぁ、それでもいいけど。 鎖骨は食めたし、キスはしたし、彼が寝たら、このままボンゴレ内に軟禁する方向で六道に連絡をつけて。ミルフィオーレに対する切り札に。もともとその予定だった。僕が個人的に彼を好きになったのはまた別の話だけど。 このまま白蘭と関わりのあるまま放置して様子見をするよりは、取り上げて、少し乱暴でもいいから彼の口から白蘭についてを吐き出させた方が早いし。何より、その方が僕の好みだ。 隣の空いてるベッドに行くのだろうとばかり思って考えごとをしていたら、ぎし、と大きくベッドが揺れた。目を向けると彼が僕の上に覆い被さるようにして頭の両脇に手をついたところだった。 その行動と、意識のあるから顔を寄せられたという現実に、心臓がトクトクと早鐘を打ち始める。 「…何?」 「何って。先に仕掛けてきたのは恭弥でしょ」 さっきよりはっきりした声。そして、敬称と敬語の抜けた言葉遣いに心臓が大きく鳴った、気がした。 そういえば、もう泣いてないな、と思った僕の腰で結ばれているバスローブの紐が解かれた。瞬間、顔が熱を発して、彼を睨み続けることが困難になり、逃げるように視線を逸らす。 嫌ならなんとでもできる。そうしようと思わないのは、思えないのは、まんざらでもないと思っているからだ。鎖骨を食んで、キスをして、それだけじゃ満足できなくて、もっと肌を重ねたいと思っているからだ。 僕の鎖骨に唇を寄せた彼が甘噛みしてきた。そこにばかり意識が集中する。「俺と、こういうことしたいって、それでいいんだよな」と言う声に何も返せない。 自分から認めてしまうのは癪で。でも否定もできなくて。そんな僕を唇だけで笑った彼の吐息が肌を撫でてぶるりと背筋が震えた。 ただ我慢しているのにも限界があった。 いい年齢の男が二人、性欲を持て余していたら、行き着く先なんて決まっている。 「僕と、シてみる?」 「ん。シたい」 がり、と鎖骨をかじった歯が痛み以上の刺激を伴って神経を撫でてくる。 その感覚に堕ちる前に、抗うように手を伸ばして、の頭を抱き込んだ。 早急な僕らは、何かに追われるようにしてお互いを貪って、キスをして、抱き合って、僕が彼を受け入れることでセックスをして、何回でも何十回でも身体を重ねて、気がついたら意識を飛ばしていた。 何度かフロントから電話がかかってきていたのに無視していたのを思い出して、起き上がろうとして、身体があちこち痛くて仕方がなくて、一度ベッドに沈んだ。くそ、と腰を押さえながら何とか受話器に手を伸ばしてフロントに繋げ、チェックアウトの時間に間に合わなかったため連泊手続きが取られたという旨を了承して通話を切った。 「い…っ」 腰以上に痛む場所に歯を食い縛る。 ここまで性欲に溺れたのは初めてだけど、こんなにされたのも初めてなら、声が掠れるほど鳴いたのだって初めてだ。 僕をこんなにした彼はといえば、隣で眠っている。平和そうな顔で。 起きたら絶対二日酔いだろう。っていうかそうであれ。僕がこれだけ辛いんだから君も少しは辛くないと不公平だ、とか思いつつ、絨毯の上に落ちているバスローブを拾って、バスタブで水になっている湯を流した。冷蔵庫の有料の水のボトルを手にしてバンと扉を閉め、開封して、水分を摂る。 僕がシャワーを浴び終えた頃、その音で目を覚ましたのだろう彼が起きて、そして、二日酔いでベッドに沈んでいた。「あ、頭、ガンガンする…」「はっ」鼻で笑ったら恨めしい目を向けられたけど、すぐに伏せられて、その顔が照れてたものだから僕にまでうつった。 「ちょっと、そういう顔やめてくれる」 「いや、だって。かわいかったなぁって」 「うるさい黙れ咬み殺すよ?」 羞恥心でだんと壁を殴ると彼が笑った。笑ってから顔を顰めて頭を押さえて悶絶する。ふん、ざまぁみろ。 この身体では朝食にレストランへ向かうことも億劫だった。彼も音のうるさい場所は二日酔いの頭に響くだろう。 仕方がないのでルームサービスで適当なものを頼み、ついでにかなり汚したろうシーツの替えを頼んでおく。 朝食が来るまでの間に何とかシャワーを浴びた彼がよろっとした動きでバスルームから出てきた。「…着てくれる?」バスローブを腰で結んで引っかけているだけの格好を指摘すると、「暑いんだよ」とか言い訳された。ち、と舌打ちして乾かしてもいない髪にタオルを被せわしゃわしゃと拭う。「あーやめて優しく…頭いた…っ!」地味に悲鳴を上げるものだから、気持ち丁寧に優しめを心がけてブラウンの髪の水気を拭った。 着ろ、暑いからやだ、いいから着ろ、だから嫌だってば、という中身のないやり取りをして髪を拭ってるときにルームサービスが届いたので、そこで無理矢理バスローブを着せた。ところどころに僕が残した赤い痕を他の誰かに見られるわけにはいかない。 適当な朝食、時間的には昼食のあと、チェックアウトの時間に間に合わなくて連泊扱いになったから今日も泊まるよと言ったら戸惑った顔をされた。「何? 嫌なの?」睨んだ僕に困ったように指で頬をかいて「嫌っていうか…俺、お金」「いらないよ。僕が払う」「えー…」納得していない顔に、はぁ、と溜息を吐いてベッドに腰かける。案外と強情だ。 「じゃあこうしよう」 「ん?」 「僕のこと、…愛でてくれたらそれでいい」 自分から提案したくせにぼそぼそとした物言いになった。くそ、と顔を逸らす僕に「え、俺頭痛くてセックスどころじゃ…」「誰が抱けって言った」イコールセックスに結びつける彼に噛みついて返し、頭痛いよーとこめかみをぐりぐりしている姿に一つ息を吸って、 「手を、繋ぐとか、抱き締めるとか、頭撫でるとか、そんなことでいいんだ。だいたい、僕だって身体が痛いんだから、今日は無理だ」 なんだ、と笑った彼が頭痛に顔を顰めた。それなりにひどい二日酔いのようだ。 「じゃあ、そうする。甘やかしてあげる」 さっそくおいでと手を差し伸べられた。う、と引き気味の僕に首を捻って「これじゃ駄目?」と億劫そうに立ち上がり、ベッドに座ってる僕を抱き締めにきて、その体温にぎゅっとされて、ありきたりに言えば、幸せな気持ちになった。 バスローブからほんのりと香る石鹸の香り。備え付けのシャンプーも、グレードが一つ上だからか、悪くない。 これは夢じゃないだろうか、なんて思いも、身体の痛みが現実だと教えてくれる。 「恭弥は、案外とかわいいんだね」 「咬み殺すよ?」 「あ、その咬み殺すっていうの何? 喧嘩言葉?」 「……はぁ。もういい」 なんだよ、と笑った声が降ってきて、頭を撫でられた。自分の中のプライドと競り合った結果、彼の頭を撫でて返したい気持ちが勝って、そっと伸ばした手でブラウンのさらさらした髪を撫でた。途端にぎゅーと強く抱き締められて、「苦しいよ」と笑いながら、僕は初めて、自分以外の人間を大事にしようと思った。この人を大事にしようと思った。 この僕が、ボンゴレとミルフィオーレのどちらにもを捨て駒になどさせない。そう心に決めながら、額に降ってきたキスを唇に移して、触れるだけの口付けから、それでは満足できなくて、僕からか彼からか、舌を絡める深いものへと変わっていく。 そうしていると、熱い夜が甦るようで、肌が疼く。 お互いがそう思ったようで、示し合わせたわけでもないのにキスをやめていた。何となく訪れた間が居づらい。 「…あれだ。照れくさい。すごく」 ぼそっとした声が耳を撫でた。瞼の上に降ってきたキスに片目を瞑る。れろ、と生ぬるいものが這うのと一緒に「れも、しゃわしぇ」「…日本語喋って。あと、舐めるな」ぺしと頬を叩いたら頭に響いたらしく、「いって」と大げさに痛がられた。そのあとこめかみを指でぐりぐりさせつつ彼が言う。 「すごく照れくさい。でも、幸せ」 最後にはへらっとした笑顔までつけてくる。その笑った顔が好きだからこそ胸が高鳴って、息苦しくて、まるで水の中にいるみたいに上手く息ができない。 ぷい、と顔を背けて。……今日だけ。今日だけだ、と自分に言い聞かせながら、ぼそっと、僕も、と同意しておいた。 |