ある女の話をしよう。
 その女はどちらの社会でも有名であり、表では世界屈指の生物学者として、裏では金に目のない悪女として名を馳せていた。
 彼女が悪女として名を馳せるきっかけになったのは、以下の件だ。
 とある国の軍事関係者、政治にもそれなりに力を及ぼす男の新たな愛人として噂されるようになった女は、半年、一年とその男と間柄を重ね、ついには本妻として迎え入れられる、という噂が立つほどに仲睦まじく、本当に夫婦のようにして時間を過ごしていたらしい。
 だが女は男を裏切った。男が自分しか見えぬほど盲目に堕ちたことを確かめて、彼女は男を誘い出し、組織へと売り渡した。
 その取引額はおよそ五十億。
 男が名を呼んでも縋っても彼女は朗らかに笑い、馬鹿なひと、と小切手の入った封筒を振ったらしい。
 男は盲目的に女を愛していたので、最後まで彼女を愛したまま抹消され、やがて男の消息が不明と発表されると新聞やニュースはその話題で埋まった。それと同時に彼女の名は裏社会へと知れ渡り、たいそう賑わった。
 女の名は
 五十億を受け取って消えた女は、半年後に表社会に姿を現す。
 その隣には死んだと噂されていた男の姿があった。
 それからも彼女は裏社会に関わり続けた。表と裏を使い分ける彼女のその狡猾さをある者は恨み、ある者は妬み、その悪名と悪女の名ばかりが広がった。
 だが女は常に朗らかな笑みを浮かべていたという。
 その傍らには常に不死身と称される男の姿があり、失踪前には考えられなかった笑顔で彼女に応え、笑っているのだそうだ。二人で仲良く、仲睦まじく、そう、夫婦のように。
 ある男の話をしよう。
 その男は昨今まで消息不明のまま、その痕跡も死体も見つからず、直に死んだものとして処理されようとしていた。
 彼に最後の仕事を依頼した組織も、任務先が流砂のある危険な場所で、依頼の内容が危険を伴うものであることを認め、彼の死を受け入れようとしていた。
 男の名は雲雀恭弥。
 死んだ者として処理されようとしていた彼は、だが、戻ってきた。
 一年と半ほどの空白の時間の謎を残しながらも、男は確かに戻ってきた。表では若き天才科学者、裏では金の亡者と悪名を馳せる女を支える者として。
 誰もが彼の生存に目を疑った。何よりも、彼を殺したと主張する組織がそれを認めなかった。
 だがその組織は少しあとに何者かの手により殲滅させられ、時間の経過とともに、彼の生存を疑問視する声も上がらなくなった。
 テレビメディアに世界有数の生物学者として取り上げられる女。彼女の傍らに常に控え、有事の際には彼女を守る盾とも剣ともなるその真摯な姿勢に、多くの女性が虜になったという。
 しかし、言うまでもなく、男は女のことを愛していた。眼差しから、その姿勢から、誰もがそれを理解することができるほどに。
 そして、女もまた深く男のことを愛していた。
 そのことを考えるなら、どちらかを捕らえることができるなら利用することが可能なはずだ、と考える者も多く、女は常に狙われ、男はそれらの脅威から彼女を守っていた。
 表社会では生物学を極めた若き科学者として歓迎される女。
 裏社会では金のためにはどんな狡猾なこともしてみせると悪名高い女。

 表社会では世界屈指の科学者を守るボディーガードとして女性の注目を集める男。
 裏社会では体術も銃技もランクSSで手に負えない不死身の化け物だとされる男。

 二人の過去を紐解き、バラバラだったピースを一つ一つ吟味し、枠の中を埋め合わせ、そのパズルを完成させたとき。初めての真実が解き明かされる。