「疑問なんだけど。どうしてこの時期にチョコとかの買い物なの?」
「あのね、私うっかりしてた。バレンタイン雲雀とかみんなにチョコレートあげたけど、海外に送るの忘れてたの。だから、時期は外れちゃうけどあげなくちゃなって思って」
「…誰か送らないといけない相手がいるの」
「うん? だってヴァリアーのみんなとかは海外だよね?」
「そうだけど…」
 休日。雲雀が空いてるっていう時間に合わせて身支度をして、私はエントランスでお迎えを待っていた。時間通りに今日は黒塗りの車がきて、運転手の人と、それから雲雀が乗っていた。
 わざわざ車を降りて「はい」と後部席の奥を示してみせる彼。私は苦笑いで頷いて黒塗りの車に乗り込んだ。
 ばたんとドアが閉まった車がデパートまでの道を行く。その間に彼と交わしたのはそんな会話。今日は仕事じゃなくて私の私用に付き合ってくれる彼は、スーツ姿じゃなくて私服だ。
 かっこいい人だなぁ雲雀はと見つめていたら「何、人の顔じっと見て」と彼が眉根を寄せたから慌ててぱたぱた手を振って「ううん、何でもないよ。雲雀はかっこいいなと思って」そう言ったら彼が変なものでも飲み込んだみたいな顔をした。ぷいとそっぽを向いて足を組んで「妙なこと言わないでくれる」と返されて私は苦笑いする。
 妙なこと。ほんとのことだと思うんだけど、雲雀にとって自分の顔はずっとああいう整った顔なんだから、それをかっこいいって言われたら妙なこと、になるのかなぁ。うーん。
 そこで会話が途切れてしまったから、私は無理に話を繋げようとも思えなくて、雲雀から視線を外してごそごそ鞄からスケジュール帳を取り出した。後ろの方のメモのページを開いて、ヴァリアーとか海外で顔見知りの人とかを書き出してみた自分の文字をじっと見つめる。
(えっと、ディーノさんにバジル、ザンザスとルッスーリアとレヴィとベルとスクアーロとマーモンと、フラン)
 最初に思い浮かんだのに、最後に書いた名前。その名前をじっと見つめてから、特に接点のないレヴィやザンザスを思い浮かべてみた。二人とも怖い顔をしてるなぁくらいのイメージしかない。でもフランとかに送るのにそのお偉いさんには送らないなんて変な話だから、まとめて送ってみる。それだけ。ディーノさんとバジルは忙しそうだったから結局バレンタインには渡せずじまいだったし、いい機会だからここで一緒に送っておくことにする。そうすればだいたい、私が感謝したい人達に形だけの気持ちでも届くことになるから。
 じゃあどんなものを買おうか、甘いものばっかりだときっと苦手な人もいるだろうし。むむむと一人スケジュール帳相手に眉根を寄せていたら、隣から溜息。顔を上げれば雲雀が膝に頬杖をついてこっちを見ていた。黒いさらさらの髪が車の振動に微かに揺れている。
「君は、一人でいても百面相だね」
「え。そう、かな?」
「そうだよ。おかげで見ている僕も飽きなくて結構だけどね」
 雲雀らしい言動に私は思わず笑う。そんな私に彼が口元を僅かに緩めて笑った、ような気がした。だけど次にはそっぽを向いて「そこは左。混むのは面倒だから脇道行って」と運転手の人に指示した。おかげで一瞬だけ見えた気がした笑った顔もすぐに分からなくなる。
 雲雀は笑ったらもっとかっこいいんじゃないだろうか。いつも無表情に近い顔しかしてないけど、どうなんだろう。
 雲雀がちゃんと笑ったらどんな感じかな。そう思ってじいと見つめていたらぱちと視線が合った。「何」と短く問われて慌てて首を振る。「ううん、何でもないよ」とさっきもしたようなやり取りをする。彼が眉根を寄せて私に手を伸ばして指先で一房頬にかかっていた髪を耳にかけ直した。「今日は結んでないんだね」と言われて、ああそういえばばたばたしてたから髪のこと忘れてたと無造作のままの自分の髪に手をやる。雲雀と同じ黒い髪。長いけど、雲雀よりさらさらかはちょっと自信がない。
「ねぇ雲雀、今日ほんとによかったの? せっかくの休みの時間、私のために使っちゃって」
「別に。構わないと思ったからここにいるんだけど」
「そうなんだけど。んー」
 上手く言えない。なんだろう。
 言葉が探せずにいたら彼がふっと笑って「気にしないでよ。僕は好きで君に付き合うんだから」と、そう言った。思わずぱちくり瞬きする。
 好きで一緒に。雲雀にそんなことを言われるとは思わなかった。
 だって彼はいつも一人で、群れるっていうのを嫌うのに。私と一緒にいることもその群れるに含まれるのだとばかり思ってたのに。
 彼の指先が私の長い髪をくるくると巻いて弄んでいる。なんだか妙にこそばゆい。だから手を伸ばして短めの雲雀の髪を撫でた。「何」「ううん、何でも。雲雀の髪はさらさらだね。いいな」「君のもさらさらだよ」「そうかな」「そうだよ」続く会話が自然で、私は知らず笑っていた。彼も少しだけ笑っていた。それは多分ジャニーズ系とかそこら辺にいる俳優さんなんかよりずっとずっとかっこいい、そういう感じの微笑みだった。
 そんなにたくさんお金を持ってきたわけじゃなかったから、人数分買えて、それからせっかく送るんだしそれだけのものを。と思ったけど、そんな微妙に厳しい条件に私の財布は想像するにすでに悲鳴を上げていた。
 ホワイトデーコーナーの一角、かわいらしいクッキーやピラミッドの三角形のチョコを扱ってるお店の横でどうしようと考え込む。どう考えても、お金が。
「はい」
 そんな私にすっと差し出されたカードが一枚。階段でパンフレット片手に座り込んでいた私は顔を上げた。金色のカードを持ってたのは雲雀で、呆れたような顔で溜息を吐いて「何その情けない顔。この世の終わりみたいな顔してるよ、君」「だって…」「お金ならこれ使って」私の手を取ってカードを握らせた彼。あっさり離れた手と、多分人の多いことに苛々してるんだろう彼は眉根を寄せて人混みに視線を逃がしながらまた黙った。だから私は掌にある金色のカードを申し訳ない気持ちで見つめる。
 バレンタインは、どうにか手作りで、材料もこまごま買っていったから間に合った。お財布はぎりぎりだったけど手持ちのお金でどうにかなった。でも思えば、私の食費も手にするお金も他の経費も、全部出してもらってる。それでいいとみんな言うけど、本当にそれでいいんだろうか。金色のカードを見つめて「でも雲雀、私」と漏らせば顔を顰めた彼が「何。聞こえない」と私の前にしゃがみ込んだ。片膝をついて「何か言った?」と言う彼に顔を上げる。
 どうしよう。なんか自分が情けなくて仕方ない。
 それが顔にも出てたんだろう。雲雀が吐息して「そんな情けない顔でどうするのさ」とくしゃくしゃ頭を撫でてくれる。「だって」と漏らして私は金色のカードを見つめた。
 これでホワイトデーの贈り物をして、私はそれでいいんだろうか。みんなはそれでいいんだろうか。フランはきっとヴァリアーにいるんだから、自分のお給料であのかわいいお菓子やキャリーケースをこっちに送ってくれたはずだ。なのに私は。
 雲雀が私の手を取って立ち上がった。「ちょっと来て」と言われて引っぱられるまま慌てて立ち上がってついていく。喧騒がだいぶ遠ざかった通路の奥で彼が立ち止まって振り返る。私の手を離して呆れた顔をしてる彼が「どうかしたの」と言うから、ぐしゃとプリーツのワンピースの裾を握り締めた。
 だって。なんか私、情けない。
「…あのね、雲雀」
「うん」
「ホワイトデーの贈り物。お財布がね、厳しい感じなの。海外って送料とか色々かかるよね」
「まぁね。だからお金の心配ならいらないよ。それ使えばいいんだから」
「でも、でもね」
 顔を上げて雲雀の端整な顔を見つめる。「バレンタインはね、手作りして自分で材料吟味して買ったし、作ったし。だからそれなりに自信持って感謝の気持ちだよってあげられたの。でも今回は」「…今回はそのカードを使って物を買って海外に送って、それで本当にいいのかどうかっていうの?」「…うん」しょんぼりした私に雲雀が吐息して「君は分かってないね」とこぼした。だからぱちと瞬きして「何が?」と首を傾げる。
 雲雀が私の頭を不器用に撫でた。くしゃくしゃと、あまり人の頭を撫でることをしたことのない手つきで。だけどその表情はとても優しかった。思わず瞬きを忘れたくらいに。
「僕らにとっての君は、ただそこにいるだけで価値がある。意味もある。価値ある君から何かを贈られるなら、それがどこから出たお金とかそういう細かいことは関係ないんだよ。君からもらえる、物が贈られる。僕らはそれだけで十分なんだ」
「…そ、うなの?」
 そこにいるだけで価値がある。意味もある。実感がわかなくて眉尻を下げれば彼が呆れたように笑う。また私の頭をくしゃくしゃと撫でて「そうだよ」と言い切る。だから私はそれ以上その問いかけはできなくなった。少なくとも雲雀にとっての私とは、そういう存在らしい。
(よく、わかんないな。わかんないままでいいのかな、私)
「…ああ、今気付いたけど」
「?」
 髪がくしゃくしゃになってるのが分かったけど、雲雀が満足そうな顔で「髪を結んでない方がこうやって撫でられる」と言うから。私はぱちぱち瞬きしてからくしゃくしゃになってる髪に手をやった。
 普段は少し結んでたり色々髪型を試したりしてるから、そうか。だからこうやってできるのは、髪がコテコテじゃないときか。
 ワンピースを握り締める手を緩めて、ポケットから金色のカードを取り出した。「これ、いくらぐらいまで大丈夫かな」と一応訊いてみる。私の頭から手を離した彼が「さぁ。上限なんてないと思うけど」と言うから、それもなんだかなと思ったり。
 すっと手が差し出される。なんだろうと顔を上げれば、「ほら行くよ」と手を取られた。引っぱられるままついていきながら「あの雲雀、うるさいのいやでしょう? 私一人で」「荷物持ちは誰がするの。それなりに買うつもりでいるんでしょ」「あ、それは。そうなんだけど」「なら一緒にいた方がいい」すたすたと私の前を歩く彼。今日の雲雀は親切というかいつもと違うというか、なんだろう。よくわかんないけど、こうしてると友達みたい。よく一緒に出かけて時間を過ごしてる友達みたい。
 実際私は雲雀とそう時間を共有してないし、普段から手なんて繋いでないし、今日が特別なだけなんだけど。繋いでるというか、掴まれてる感じの自分の手を見つめて私はこっそり笑った。
(こういうの、いいなぁ)

 がやがやうるさい雑踏に彼が顔を顰める。そんな彼に私は笑う。ホワイトデーコーナーを一周して、特設会場だから用意されてるパンフレットに印をつけて目星をつけた。それから同じ男の子なんだからと雲雀の意見を聞いてみたり、甘いものだけじゃやっぱり全然ダメだと思って違うものも買ってみたり。
 荷物が増える度に雲雀の手が塞がっていく。だけど彼は嫌そうな顔はしなかった。気に入らないって顔で始終雑踏を眺めてたけど、私がこれはどうかなと訊くとちゃんとこっちを見てくれる。いいんじゃないのとかいまいちかもとか言葉をくれる。私はそれを参考にしながら海外宛の贈り物をたくさん買った。金色のカードは上限知らずで、雲雀に返すときまできらきら金色のままだった。
「大変。ご飯のスイッチ入れてない」
「…もうこんな時間か」
 それで、荷物のことを頼んだりこれが誰宛でこっちがこうでと説明して分けてる間にすっかり陽が暮れていた。ガラスの向こうの夕暮れにしまった予約しとくんだったと今更なことを思ってがくりと肩を落とす。こんなに時間がかかると思ってなかったせいもあるけど、早炊きしたって三十分はかかるのに。
 雲雀が気付いたように私を見て「そういえば、普段のご飯はどうしてるの」と言うから顔を上げて「自分で作ってるよ?」と返す。ふぅんと言って雲雀が最後に何かの用紙にサインしながら、「一人なの?」と付け足すから。だからこくりと頷く。
 あそこは私の部屋。私だけしかいない場所。一人なのかと言われたら、私はあそこではいつも一人だ。
「…夜は。何かあるの。予定とか」
「え? ううん何にもだけど。って、雲雀っ?」
 言うが早いか「じゃああとよろしく」とデパートの店員さんに用紙を突きつけた彼が私の手を取って歩き出す。私は困惑しながら振り返り振り返り、彼についていった。店員さんは営業スマイルで私達を見送っている。
 雲雀はエレベータの上行きのボタンを押して立ち止まった。ちなみにとフロア案内を見つめる。一階まで下りてきちゃったけど、上には何があったっけ。
 あとは送り出すだけになった今日の買い物の品は明日郵送される。デパートの人は始終丁寧に対応してくれた。初めましてでさっぱりだった私の代わりに雲雀が話をしてくれたのも助かった。今日は彼にお世話になりっぱなしだ、私。
 チーンと音を立ててエレベータの扉が開く。手を引かれるまま四角い箱に乗り込んだ。夕暮れどきで人は他にいない。
「あの、雲雀? 上に行ってどうするの?」
「…僕は明日はもう仕事だ。一日空いてるのは今日だけで、帰ったらまたしばらくここを離れることになる」
 静かに雲雀はそう言った。私の疑問の答えにはなってないけど、それは残念なお知らせだった。だから眉尻を下げて「そっか」と漏らす。彼は仕事で、明日にはもう。今日はこんなに一緒にいてくれたけど、明日には。
「そんな顔しないでよ」
 彼の手が私の頭を不器用に撫でる。髪がくしゃくしゃになる。私は顔を上げて困ったなと笑う。今日これだけ一緒にいてとても充実した時間を過ごした分、明日になったらまたあの退屈な一人きりの時間に戻るのかと思うと、寂しささえ感じる。
 わがままなことだ。こんなによくしてもらってるくせに、私は。
「…これから行くのは食事するため。君は何が食べたい?」
「え」
 彼の言葉にきょとんとしたら、呆れた顔をした彼が「今日は付き合うって言ったでしょう」とか言うから「そうなんだけどね」となぜだか言い訳。そこまでしてもらうなんてあまりにも悪いような。今日荷物持ちとかやらせちゃって悪いなぁとか思ってるのに、ご飯まで。
 私の財布にはデパートのディナー二人分が払えるお金は入ってない。だから必然、ご馳走してくれるってことになる。
 おずおずと「あの、いいのかな」と訊いてみる。チーンと音を立てて開いた四角い箱の扉。彼が呆れた顔から少し笑って私の頭を撫でた。「いいよ」と。だから私はその言葉に甘えることにした。
 フロア案内で中華料理に和食に洋食にとお店を確認する。お寿司屋さんもあった。そういえばと思って隣の雲雀を見上げて「雲雀お寿司好きだよね」と確認してみる。彼が一つ瞬いて「まぁね」と言うからよしとそこに決めた。
 お寿司屋さんのきちんとしたところは高いと思うけど、雲雀が付き合ってくれるならせっかくだし彼が好きなもので。私はいつも一人で好きなもの作って食べてるんだし、今日の夕ご飯くらいは雲雀に合わせたい。
、君の好きなものでいいんだよ」
「私お寿司好きだよ。それにね、一貫で出てくる高いお寿司っていうの一度でいいから食べてみたい」
「…そう」
「うん」
 私が笑う。雲雀も口元を緩めて笑ってくれた。あ、やっぱりかっこいいや、雲雀。素直にそう思ったから、高そうな門構えのお寿司屋さんが見えてきた頃に彼の手を引いてちょっと屈んでもらって、私は彼の耳元で囁いた。「やっぱり雲雀はかっこいいと思うよ」と。瞬きした彼がふうと息を吐いて「何かと思えば。妙なこと言わないで」と顔を上げてしまうから、ほんとなんだけどなぁと私は眉尻を下げた。ほんとのほんとなんだけど、雲雀は無自覚なのか。それともどうでもいいのかな、他人から見た外見の自分なんて。
 高そうなお店だけあって他のお客さんは誰もいなかった。彼にはその方が好都合なことだろう。BGMも静かな和の感じで落ち着いている。
 カウンター式の席に隣同士で座って、私はこれが高いお寿司とメニューと睨めっこしていた。テーブルに頬杖をついていた雲雀がそんな私を見て小さくこぼす。「だけど、そうだね」と、独り言を。だから私は顔を上げた。ぱちと視線が合って、雲雀が目を細めて「君にそう言われるのは光栄だよ」と。そう言って少し笑う。
 車の中でも感じた妙なこそばゆさ。ぱっと顔を俯けて「えっと、どういたしまして?」と言ってからなんかそれも変だと気付く。あれ、頭が回ってないよ私。しっかりしっかり。
「ああ、それとね」
 押し殺した笑い声。なんだか恥ずかしいとワンピースを握り締めながら顔を上げる。笑ってる彼が「僕がかっこいいのなら、もかわいいと思うよ」と言った。
 雲雀が笑ってる。ちゃんと笑ってる。笑えてる。私は瞬きも言葉も忘れて彼を見つめた。
 やっぱり、雲雀はかっこいい。

優しくをもぐ
君が他のどこへも行かないように その翼を この手で