体調の事を問われる度に、僕は自分が微笑みを貼り付けて「大丈夫です」と答えてしまうのがもう癖になっているのだと気付いていた。
 だけどだからどうというわけでもない。もしかしたら僕は自分で思っているほど体調がよくないのかもしれない。だけどなんだかどうでもよかったから、僕はいつも決まって微笑みを浮かべて大丈夫ですと言う。
 そうするとだいたい決まって、導師がそう言うのならと引き下がる人が多い。ジェイドでさえ、僕が重ねて大丈夫ですからと言えば引き下がる。
 だけど彼女だけは、その鋭い瞳で僕の心を見抜くかのようにじっとこっちを見ている。僕はそれに微笑みで答える。固定された、導師イオンの微笑みで。
 そうすると彼女は決まって罰が悪そうに視線を逸らし、そっぽを向いて、それでもどこか納得していないかのようにぶっすりと拗ねた顔をしている。
 だから僕は他の仲間に不自然に映らないように彼女のもとに歩み寄って、それからそっとと彼女の名を呼んで、固定された微笑みに少しだけ違うものを織り交ぜる。それが自分でもなんなのかよく分からない。ただいつもの、固定された、あの微笑みではないのだということだけはよく分かる。
(だって、どんなときでも彼女と話をするときだけは、心が穏やかになる)
 そうして微笑んで僕が大丈夫ですよと言えば、彼女はちらりとこっちを見て、それからまた納得していない顔でそっぽを向いてぼそりと言う。
 嘘つき、と一言。
 僕はそれに薄く笑う。彼女に僕の顔は見えていない。一瞬だけ剥がれ落ちた仮面も、けれどすぐにこの顔に貼り付いて、僕はまた固定された微笑みで言う。大丈夫です、と。
 そうすると彼女はもう何も言わなくて、ただ黙って隣に立っている僕の手を握り締めた。僕はそっとその手を握り返す。本当はどくどくとうるさい心臓に気付いていた。だけどこれはきっと体調の悪さのせいではないから、と自分に言い聞かせる。
(そう、これはきっと違う。この心臓が飛び跳ねるのは、君に触れたときだけ)
 嘘を、ついているつもりはなかった。でも誤魔化しているのかもしれない、と思うときはあった。
 げほりと咳き込んで、苦しくて身体をくの字に折って地面に膝をついて、さらに何度か咳き込んだ。少しだけ散歩してきますと言って仲間のもとを抜け出して正解だった、と思いながらはぁと息を吐き出して、法衣が汚れるなと思いながらその場に座り込む。
 風が心地よかった。陽の光も暖かかった、これで体調がよかったなら最高なのに、と目を閉じる。
 がさり、とふいに揺れた茂みの音を聞いて薄目を開ける。そうすると彼女がきょろきょろと誰かを探すように視線を動かしていて、それから木陰にいる僕を見つけるとこっちに歩み寄ってきた。それからなんだか少し苦しそうな顔をして僕の隣に膝をつき、手を伸ばしてくる。
 彼女が触れたのは僕の口元。何かを拭うように指先が動く。
「…イオン」
「何ですか?」
 離れた彼女の指先が目の前にかざされた。その指先に赤黒い色がついているのを見つけて、僕は目を逸らして息を吐き出す。
 少し、口の中に苦い味がする。血のせいか、と何の感慨もなく思う。
 ただ彼女が僕の隣に膝を抱えて座り込んで何も言わずにいるから、僕は薄く笑う。
「僕なら大丈夫ですよ」
 けれど彼女は首を振る。まるで全てを知っているかのような鋭い瞳で僕を射抜く。僕は自分の心臓がどくどくとうるさいのをただ感じている。
「イオンは嘘つきね」
 彼女のその言葉に、僕はただ導師の笑みを浮かべて笑う。
「…そうでしょうか」
 ゆっくりと確認するようにそう言えば、彼女が視線を逸らして「別にいいけどね」と言ってそれきり黙り込んでしまった。それでも僕の隣から立ち上がることはなく、ただ膝を抱えてじっとしていた。まるで僕の体調を心配しているように。
 僕は彼女の横顔を見つめて微笑む。どうして君だけは騙されてくれないのだろうと思う。
(ああだけど、そのことに少しだけ、僕は安心しているんだ)