僕は、近いうちに僕という存在が消えてなくなるだろうことを予感していた。
 それはずっと以前からあった予感だった。
 導師イオンの死は預言に詠まれていたもの。そして預言通り導師イオンは死に、そして僕が代わりのイオンとなった。だから僕は厳密にはイオンではない。けれどこの世界で僕はイオンとして成り立っている。だからこそイオンという者に詠まれた死は、レプリカである僕という歪んだ存在でも回避できないのではないか、と考えていた。
 そんな中、彼女と再会した。何となく教会のステンドグラスを見に行こうと思い下り立った階下で、僕はとても懐かしく、そして焦がれているとさえ言ってもいい彼女の姿を目にしたのだ。
 僕の中には絶望が芽生えていた。自分は、導師イオンは死ぬ。それがたとえ偽物であろうとも。
 ヴァンは世界を変えようと動いてみせた。それが悪い方向でも、彼は預言を変えてみせた。僕はそれに感服した。彼はどうあっても、未来を変えてみせたのだ。
 けれどそれでも渦巻く不安。自分も死ぬのではないかという不安。
 そんな不安は、けれど彼女に再会したことで、霧散した。風に吹かれた霧のように、鮮やかに。

「元気にしていましたか?」
「見れば分かる通り。イオンと違って体力には自信があるの」
 交わす会話の温かさ。緩く握った彼女の手の温度。
 僕はとても至福な思いを噛み締めていた。とても、とても。言葉に表すのが勿体無いくらいの至福を。
 レプリカという真実を知っても、彼女は変わらなかった。またそうあってほしいと僕も望んでいた。
 緩く握った手のまま、二人で教会の中庭へと赴く。老若男女問わず自由なその空間に、僕らはとけこんだ。
「イオンの方は? あんまり元気なさそう」
 彼女の言葉に顔を上げる。少し眉尻を下げて心配そうな顔をしている彼女に、僕は薄く笑みを浮かべた。
「あなたに会えましたから。大丈夫です」
 そう言ったら彼女が「そう」とだけ言って視線を外した。「相変わらず嘘が上手ね」と付け足された言葉に思わず笑う。やっぱり、彼女だけは、騙されてはくれない。いくら時を過ごそうとも。
 手短なベンチに腰を下ろす。肺に溜まる息を吐き出して、僕はゆっくりと目を閉じた。光が遮られ、瞼の裏の暗闇が見える。
(どうしてあなただけは騙されてくれないのだろう)
 それが嬉しいけれど、僕はふと不安に駆られる。どんな僕の嘘をも見抜く彼女に、ひょっとしたら僕の死は、見えているのだろうかと。
 僕が予感している死。あの旅路で未来は変えられるということは証明できたように思う。だけど僕が変えたわけではない。僕が力になっていないとは言わない。だけど僕だけが、未来を変えたわけではない。
 僕に訪れる僕自身の未来を、僕は僕だけの手で変えられる自信がない。
(…だけど)
 瞼を押し上げて彼女を見る。ぺたと僕の額に触れて「休んだ方がいいんじゃないの」と言う彼女に、僕は笑いかけた。心から。それに彼女が面食らったような顔をする。
(あなたがいるのなら。あなたがここにいて、僕の未来にあなたという人があるのなら。僕はもう、それでいい)
 額に触れる手を握り込んで、僕は祈るように「大丈夫ですよ」と言った。半分は自分に言い聞かせるために。そしてもう半分は、彼女のために。
(あなたが、いるのなら。僕は生きていける。この先の未来も、きっと、最後まで)