ずばん、と君が容赦なく銀に煌く剣を振るって赤い色を散らせる。僕はそんな君の行動を援護するように召喚術を発動させる。そうして敵を殲滅する。それが僕と彼女の暗黙の了解。
 彼女以外の仲間のことは、僕はあまり気にかけていない。気にかけるまでもなく皆それぞれ戦っているし、常に気にかけなければならないほど、皆弱くもない。
「キールの兄貴、援護頼むな!」
 彼女の背中ばかり追いかけていたところで声。はっとして意識を彼女以外へと向ける。
 声は今まさに召喚師のいる場所へと突進していくジンガから。そう理解して杖を構えて氷魔コバルディアを召喚、「彼に憑依してくれ」と伝える。氷の魔神は浅く頷いて、彼の背中へ吸い込まれるように消えていった。
 相手の召喚師がベスゾウを召喚するも、もう遅い。ジンガの拳はコバルディアによって強化された殺人的威力で召喚師へ叩き込まれた。まともに喰らったのだから肋骨の二、三本は折れているかもしれない。そう思いつつ、召喚師が意識を失ったことで消えていくベスゾウを視界の端に捉えて、視線は彼女の背中を探す。
 ほどなくして見つけた彼女は、また人を斬っていた。ざんと鈍い音とともに血飛沫。ぱ、と月を背景にした夜空に赤い色が散る。
 彼女の方へ踏み出そうとして、「さんきゅー兄貴助かった!」という言葉に振り返る。ジンガが元気よすぎなくらいの笑顔で拳を握ってガッツポーズをとって、もう片方の手をこっちに振っている。召喚師をノックアウトできたことが嬉しいらしい。
 僕は曖昧に笑って、それから彼に憑いているコバルディアを送還した。「ありがとう」と言うと当たり前だとばかりにつんと顎を上げて、きらきらとした紫の光の粒子になってコバルディアが消えていく。
 今度こそと彼女の背中に向かって歩き出して、「よっしゃー楽勝!」と言う勝利宣言の声とか、「ジンガ、あれは少しやりすぎだ」と言う真面目な声とか、「えー、俺っちのせいかよ」と不満げな声とかが耳朶を打つ。そんな中彼女の背中を目指して歩く。足元に転がっていた何かを蹴った気もするけれど無視した。どうせろくなものじゃない。
「…
 ゆっくりと名前を呼べば、こっちを振り返る彼女。さらりと髪が揺れて、彼女が無表情から薄く微笑みを浮かべて「キール」と僕を呼ぶ。
 その手に握られている剣は、柄まで血の色で染まっていた。
 彼女が興味なさそうに剣を見つめて、それから腰につけているポーチから布を取り出すとぞんざいに拭き取った。それをかちんと硬質な音を立てて鞘にしまい、またこっちを見て笑みを浮かべる。
「口外しなかったのね。私のこと」
「…異常なのは僕も同じだから」
 答えになっていない答えを返して顔を俯ける。彼女がこっちに歩いてきて、僕を下から覗き込むようにして見上げてきた。その頬に血筋がついているのを見つけて、思わず手を伸ばして指先でなぞる。彼女がくすぐったいとばかりに目を細めて、僕が離して指をと、そこに血がついているのを見つけると少し瞬きして、それから笑う。
「さっき、少し掠ったから。そのせいかも」
 だけど傷口は見当たらなかった。僕はそのことについてはもう口を噤むしかなく、ただ黙って指先で彼女の頬についた血の跡を消した。不思議そうにこっちを見上げている君がそこにいる。
(今まで…どれだけ痛い思いをしてきたんだろう)

 傷が治る。しかも自然と、驚くべき速さで。
 それは一見してとても便利だけれど、同時にとても辛いのではないかと、僕は思う。
 彼女はいつも眠そうだった。それは決まって大きな戦いのあった後だったりした。彼女は怪我をしない。服の裾が破けていたり斬られていたりそこに血が滲んでいたりしても、彼女の身体には傷が一つもない。僕らはそれを彼女が強運なのだろうとか、そういう簡単なことで片付けていた。
 だけど違うのだ。彼女は怪我を負っている。痛みを感じている。それなのに治るのだ。誰に心配されるでもなく誰に何を訴えるでもなく、彼女の傷は治癒する。自動的に。
 そうしてその代償として彼女は眠らなくてはならない。きっと傷を治癒するのに、身体がフル活動するせいだ、と僕は考える。

「痛くはないのかい?」
 静かにそう言えば、彼女は不思議そうに瞬きして僕を見つめる。それから何がおかしいのかくすりときれいに笑って僕の頬へと手を伸ばして、その冷たい掌をぺたりと当ててくる。
「どうしてキールがそんな顔するの」
 そんな顔、と言われても僕には今自分がどんな顔をしているのか分からなかった。だけど彼女がそう言うのだから、僕はきっとひどい顔をしているのだろう。そういえばさっきからやけに目の前がぼやけて見える。まるで水の膜でも通しているみたいに歪んで、見える。
「…。辛くはないのかい」
 彼女の指先が僕の目元を撫でた。視界が片方、少しだけましになる。それで僕は自分が泣きそうになっているのだと気付く。彼女は僕を見て、ただ微笑む。
「辛いだなんて。キールの方がずっとずっと辛いでしょう」
 まるで全てを知っているような口調でそう言って、彼女は仕方ないなというふうに笑った。僕は袖でぐいと目を拭う。視界は晴れたけれど、気持ちは全然変わらなかった。
 彼女が微笑んで僕の手を取る。冷たい手。僕はその手を握り返す。
 僕なんかでも少しは温めてやれるだろうかと、そう思いながら。