「う…」
 ずきり、と頭が痛んで思わず小さく呻いた。ベッドの中で蹲って頭を抱え込む。ずきずきと頭痛が止まらない。
 どこかで門が開いているのが分かる。霊界サプレスへの門。天使である彼も霊界から来た。だから私は、そういうのを敏感に感じ取ることができてしまう。
 声が、聞こえていた。
 霊界からこっちの世界へと強制召喚されるものの悲鳴が。こちらからあちらへと還るものの歓喜に満ちた声が。人間を怨み憎む、声が。
 殺したいと言っている。ひどいと泣いている。憎いと怨んでいる。還してと願っている。たくさんの声が頭の中に木霊して、霊界の門が開く音と一緒にわんわんと頭の中で響いている。

 呼ばれることで、そちらへと引き摺り込まれていた意識が現実に顔を出した。薄く目を開けて、夜闇に沈む部屋に視線を彷徨わせる。彼はいない。
(…頭が痛いの)
『仕方がない。近くで門が開いているせいだ。気にしないようにするしかない』
 そんなの無理だよ、と返しながら、私は目を閉じる。目を開けているのも辛かった。だけど目を閉じてしまうと紫色の光に彩られた世界が見えてくるようで、声が大きくなって私を罵ってくるように思えて仕方なくもう一度目を開けた。そうすると彼がいた。三対の翼を左右に広げた天使は、夜闇に半透明な姿を浮かばせてそこにいる。
「…ロティエル」
 憎い憎い憎いと聞こえる声に負けないように、手を伸ばした。彼も私に手を伸ばす。触れる。けれどそれは目でみた限りの話で、実際には私の手は彼の腕をすり抜けていた。
 私の手は何を掴むことなくぶらりとベッドのふちから垂れて、彼が目を細めて自分の手を見つめて無表情に言う。
『…私にできることは、思っているよりもずっと少ない』
「……何が?」
『お前に、触れることも叶わない』
 少しだけ悲しそうにそう言って、彼は窓の外から射す月明かりへと視線を向けた。殺してやると頭の中に響く声に私は目を閉じる。
 苦しい。そう思って咳き込む。だけど何度咳き込んでも治まらずに、荒い息を吐きながらどうにか這いつくばって身体を起こして、身を折るようにしながらごほりと一際大きく咳き込んだ。口の中がなぜだか苦い。錆び臭いような感じ。
 目を開ければ、白いシーツが汚れていた。黒っぽい色で。
「……血…」
 ぺたりと触れれば、赤黒い色のそれは血だと分かった。私は視線を上げて彼を見る。彼は私を見ていた。悲しそうな目をしていた。
『限界だ』
 一体なんの限界なのか。そう思いながら、私は早々に内側の傷さえ完治していくのを感じていた。もうひりひりする感覚もなくなっていた。苦しくもなくなっていた。ただ苦しかったことを証明するように苦い味が口いっぱいに広がっているだけだった。