真実は、いつでも残酷だ

 ルーク・フォン・ファブレという赤毛の青年とチーグルの森で出会い、行動を共にするようになってからというもの、僕は混乱していた。それというのも、目の前のルークとダアトの教会で出会ったルークが同一人物のように思えてならなかったのだ。
 所作言動はもちろん違うけれど、名前が同じことと、髪の色、瞳の色がよく似ていたせいかもしれない。
 どちらが本当のルークなのだろうなんて考えるようになってから、僕は遅れてその事実に気がついた。
 自分という存在が導師イオンのレプリカであること。それを踏まえるなら、この混乱の説明は簡単だ。レプリカというものを考えるなら、どちらかが本物であるか、あるいはどちらともがレプリカであるという可能性すら出てくる。
 カースロットという、代々の導師しか使えないダアト式譜術の一つを行使したシンクにも思ったことだ。彼は僕と同じ導師のレプリカ。なら、それがルークに当てはまらないとは、今更言えない。
 アッシュというルークにそっくりだった人物のこともあり、僕はその事実については慎重を重ね、レプリカという言葉は自分の胸のうち深くにしまい込んだ。行動を共にするルークにその現実は重たすぎると思ったし、僕の思い違いなら、それが一番いいと思ったのだ。
 …けれど。悪い予感というものは、当たるもの。
 ルークはアッシュのレプリカであり、ヴァンに利用されていた。そして、アクゼリュスを崩壊させ、捨て駒として切り捨てられた。それが現実だった。
 レプリカの処遇など、結局どこも同じようなものなのだ。それがよく分かった。
 外郭大地へ戻ってすぐ、ナタリアと共にモースの手に落ちた僕は、失望で、深い溜息を吐いた。
 そんなとき。僕はまた彼を見つけた。
「ルーク?」
 兵士に連行される僕を見つけた仮面をつけたルークは、半分だけ分かる表情でしーと唇に指を当てた。兵士が「何用か」と声を上げれば、ぱさりとフードを下ろした彼が「六神将烈風のシンクの使いだ。導師様を一時お借りしたい」と言った。六神将の名を出されて気圧された兵士が「しかし、これは大詠師モースの命令だ。モース様の許しがなくては許可できない」と言われ、ルークが顔色を曇らせる。
 どうやらシンクに言われて僕を連れ出しに来たようだ。目的は、セフィロトを守るダアト式封咒の解除か。
 彼はどこまで分かっていて、どこまで知っていて、シンクに付き従うのだろう。
「とにかく、モース様の許可を得てから来ていただきたい」
「……はぁ」
 息を吐いたルークがフードを被り直す。その姿に「あのっ」と声を上げれば、彼が首を傾げた。にこっとした笑みで「はい導師様」と応える彼は、やはり、以前の彼とは違っていた。
 僕が最初に見たあの彼じゃない。あのルークじゃない。
 それならあのときのルークは今どこに?
 どうしてここにいるルークはあのときのルークと同じ仮面をつけて、同じ格好でそこに。
 そこまで考えてふと気がついた。
 …僕だって同じじゃないか、と。
「代替え、ですか?」
 震える声でそうこぼした僕に、彼は首を傾げるだけだった。
 思えば、あの夜に出会った彼は、肌に包帯を巻き、ふらふらと頼りない足取りをしていた。もう彼は限界だったのだ。そう考えれば全てに説明がつく。目の前にいる彼が僕のことを憶えていなかったのも、以前の彼と今の彼に感じる違和感も、全て。
「導師様、ご同行願います。手荒な真似はいたしたくありません」
 兵に背中を押され、僕はよろけるように歩き出した。そんな僕らをルークが見送っていた。
 ……彼は。最後にステンドグラスを見たくて聖堂に来たと言っていた。そして別れ際、僕にさようならと言った。
 その理由が、意味が、ようやく分かった。
 妙に月が明るくてきれいだったあの夜に、彼は消えたのだ。この大気の中へと。
 その後、仲間達が僕とナタリアを助けにやって来て、僕はルークのいるであろうダアトを脱出した。
 今ここにいるルークと、ダアトにいるだろうルークと、もう消滅してしまったルークと。ルークばかりで頭の中がぐるぐるしている。
 僕にとって本物の彼はどれだ。僕がルークだと思っているのは誰だ。

「イオン様? 顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「…大丈夫です」

 気遣うアニスに笑いかけて、ユリアシティで髪を切って今までの自分と決別を決めたのだというルークを眺める。目が合うと彼は照れくさそうに僕に笑いかけた。「髪、変かな?」と笑う彼に緩く頭を振って答え、ふ、と息を吐く。
 僕にとって誰が本物か。そんなことに意味はあるんだろうか。どのルークもレプリカだ。真の意味で本物であるのはアッシュだ。それ以外にありはしない。
 自分にそう言い聞かせ、戦争を止めるため、僕らはケテルブルクへ向かった。
 そこでカースロットでガイを操ったシンクとラルゴが現れ、シンクに付き従うルークに再会する。

「ル…っ」

 けれど、呼びかけようとして、今この場にルークは二人いるのだという現実に気がついて言葉が出てこなくなった。
 フードを目深に被り、仮面をつけて表情を半分しか見せない彼は、ザオ遺跡でもそうだったように、何も喋らない。人形みたいにシンクに従って彼の手助けをし、戦闘になればカバーして戦う。彼はシンクを中心に動いているのであり、僕のことなど、ローレライ教団最高指導者の導師イオン、という名前でしか見ていない。
 それがとても歯痒くて、歯痒くて、叫んでしまいたくなった。
 僕だって個は持っている。それが許されなくて、導師イオンの仮面を被っている。シンクと同じだ。ルーク、あなたとも同じだ。僕らは巧妙に自分のことを隠さなければならない。自分を自分として見てもらえず、仮面を被り、生き続けねばならない。
 生き続けなければ。この、自分じゃない自分を演じるような、毎日を。

「イオン様?」
「、はい」

 顔を上げれば、そこはシェリダンの宿屋の一室だった。心配そうに僕を覗き込んでいるのはアニスで、「大丈夫ですか? 明日の計画、緊張してるんですね。分かりますよぅ、あたしもですから」と笑う。僕はアニスに合わせて笑っておいて、明日、と言われたことでようやく今この現実を思い出す。
 そうだった。ヴァンを食い止めるため、明日僕らは命がけの作戦を決行するのだった。
(…彼のことを考えすぎだ。これじゃあみんなに迷惑をかけてしまう)
 一度目を閉じ、深呼吸して、僕は一端ルークのことを頭の隅に追いやった。
 今最重要なのは、地核の振動を止め、魔界を外殻大地が降下しても安全な状態にすること。それが先決だ。このままでは大地は泥の海に沈むことになる。それではいけないんだ。僕がしてきたことも、仲間達がしてきたことも、全て無駄になってしまう。
「…アニス」
「はぁい」
「いえ。…落ち着かないときは、どうしたらいいのかと思って」
「むむ。そうですねぇ、とりあえずホットミルクなんてどうです? 落ち着きますよ。あたしも飲みたいし、ちょっともらってきますね!」
 元気よく部屋を出て行った彼女を見送り、窓の外に視線を移す。
 明日。ここを発ち、タルタロスで地核へ降下。地核振動停止装置となったタルタロスを残して僕らはアルビオールで地上へと帰還する。
(…妙な胸騒ぎがする)
 首からさげている音叉のネックレスを握って、目を閉じ、あの夜を思った。
 彼に出会った最初で最後の夜。僕にとって初めて出会ったルークという人。彼はもういない。この大気に、空気に溶けて消えた。第七音素として跡形もなく消え、今も世界のどこかで音素として漂っている。
 もしも。僕が消える、そのときは。願わくば、同じ第七音素の一つとして、どこかで触れ合えたらいい。引き合えたらいい。第七音素は互いに引かれ合う。それが、僕とあなただったなら。それは、少しだけ、素敵な話だ。