(ええと…)
 でろっとした自分の格好を見やって、誰もつっこまないみたいだから自分でツッコミを入れようかとも思ったんだけど、なんだかそんな空気でもなかったから大人しく黙った。何でやねんって胸のうちでツッコミを入れてみてもさみしさが残っただけで、私はひっそり息を吐く。
 でろっとした格好。いきなり彼に連れ出されたかと思えば放り込まれた場所で、なんだかにこにこして構えていたお姉さん方ににこにこしながら着替えさせられて。
(……ゴスロリ?)
 とりあえず鏡に映る自分の格好を見てそう思う。長い袖とかわざとダメージ加工してある服がそう思わせる。スカートだって床につきそうなくらい長いし。
 というか。なぜ私がこんな目に。
「…あの」
「はい」
「イオンは、どこに?」
「同じくお着替え中でございます」
 にこにこした笑顔にそう返されて口を噤む。
 ローレライ教団最高指導者導師、あの人も着替えているのだそうだ。職務を放り出して私のところに来て急に連れ出されたと思えばこれ。私ははぁと深く息を吐いた。気のせいか頭が痛い。
 彼は毎回予測不可能な不規則すぎる行動をする人だったけれど。いきなり着せ替え人形にさせられるとは思ってもみなかった私としては、なんかもう呆れてしまうというか。
 彼はまだ十一歳だ。私は彼より三つ上。だからだいぶというか彼よりもここに慣れているし、彼よりも仕事はちゃんとするのだけど。彼の行動に私はいつも敵わない。何一つ。
 彼は年齢を超越していると思う。それが預言というものを詠む人故なのかどうか、私には分からないのだけど。
「さぁどうぞ」
 それで道を開けられるままにでろっとした格好でこつと一歩踏み出して。がこんと向こう側から開けられた扉の向こうには、いつもの導師の法衣姿ではなく黒い上下姿の彼がいた。「ああ似合ってるね」と私を見るなり満足そうにそう言う。だから私は眉根を寄せていたのにそれを解いてしまい、何度目かの溜息を吐く破目になるのだ。
 私はでろっとしたゴスロリっぽい格好。彼はと言えば襟のあるシャツを着てベストを羽織った格好をしていた。少し考えてこれが何なのかぴんときた。今更に。
「ねぇ、ハロウィンならまだ先だよ?」
「いいじゃない先取りで」
「そこを先取りしても…」
 私は苦笑いする。そんな私に彼も口元を緩めて笑った。
 手を引かれるまま外へ連れ出されて、回廊を歩いて。すれ違う人は私や彼が誰かというのはどうやら分からないようだ。ただ教会には場違いな格好にぎょっとしたような顔をして振り返ってきたりするのだけど。
「ねぇイオン? 仕事もしないと」
「今日は駄目。やりたいことがある」
 いつもの譲らない強い意志のある声でそう言われて、はてと首を傾げる。ハロウィンならまだ先の話だし、この格好でやりたいことがあると言われても。そもそも裾が床につきそうなくらい長い服だし何より目立つから外はちょっと。
 そう思った私だったけど、彼が私を連れていったのはなんてことはない、教会の礼拝堂だった。ただし一般人が来訪する広いあっちの方ではなくて、主に神託の盾騎士団の人が出入りする教会の最奥にある小さな礼拝堂の方。
「イオン?」
 がこんと扉を開けた彼。私の手を握る彼の体温がどこか冷たいことに、私は気付いていた。
 礼拝堂は人払いがしてあるようで、中には誰もいなかった。別にハロウィンふうに中が改装されてるわけでもない薄暗い内部に視線を巡らせる。表ばっかりで、こっちには来たことがなかった。あることは知っていたけれど。
「イオン」
「何?」
 振り返った彼。薄暗い橙色の灯りだけの内部で、彼の横顔はどこかに揺らいで消えてしまいそうなくらいに儚く見えた。
 私は喉に言葉につっかえさせる。
 何を言うつもりだったんだろう。いや、何か言うつもりだった。仕事しないととか。どうして今日はこんな格好なのとか。何か色々言うつもりだった。
 言うつもり、だったんだけど。彼の翡翠の双眸の前に私の言葉はあまりにも薄っぺらで無力で。だから私は諦めて息を吐いて、彼に笑いかける。そうすると彼も口元を緩めて笑い返してくれると知っていたから。

「ねぇ、ハロウィンじゃないんでしょ」
「どうして?」
「ハロウィンっぽくしたかったのかもしれないけど。だって行き先がここなんだもの。なんだか」
「なんだか?」
「…結婚式とか。そういう感じ」

 馬鹿らしい。そう勘違いした自分が。だけど彼と一緒に粗末な木の長椅子に座って言葉を交わす時間が私は嫌いではなくて。そうやって時間を共有できることが、私はきっと嬉しかった。
 彼が笑う。それはやっぱり子供みたいに声を上げて笑う笑い方じゃなくて、どこかおかしそうに口元を緩めて笑う、そんな笑い方だったけど。私はそれで満足していた。彼が笑ってくれることは少ないから。
 職務の時間、彼はいつも無表情だ。平和の象徴である導師イオンと呼ばれることを嫌うかのようにとても無慈悲で、一部の人からは高慢と言われたりもする。そんな彼だけど、私はそれでも彼のことが、そう、好きだった。とても。
「笑う?」
「もう笑った」
「そうだね。笑ったね」
 なんか恥ずかしいなぁと思って、私はでろっとして長い袖をいじった。反対側はイオンの手に握られている。体温が、私と重ねたその掌の温度が少しでも上昇すればいいのに。彼の手は相変わらず冷たいまま。
「…でもね、多分そうだよ。僕はそれがしたかったんだ」
「え?」
「きっとね。遠い未来を君と、そうやって生きてみたかったんだよ」
 遠い目をして彼が言う。教会の礼拝堂みたいにそこにステンドグラスはないけれど、彼はよくそうしてそれを見上げていた。遠くを見る目だ。ユリアを象ったステンドグラス。その向こうから射す陽の光。淡く落とされる色のある光。それに照らされて、彼はよくこういう顔をする。
 今にもどこかへ行ってしまいそうな、そんな顔を。
「なんで過去形」
 だからつい口が滑ってそんなことを言ってしまった。彼が私を見る。それから首を傾けて笑った。いつもの導師の格好ではないし職務のときの無表情でもなくて、多分彼らしい彼なりの笑顔で。
「どうしてだろうね」
「イオン、」
「…にそう呼ばれるのは好きだったな」
 ぎしと椅子の背もたれに背中を預けた彼。また過去形。握り合った手はしっかりとお互いを繋いでいるのに、それなのにどうしてだろう。体温が分からなくて。まるで私だけがあったかくて彼は冷たいみたいで。
 手を伸ばして、ぞろりと長い袖の下の指を伸ばして彼の頭を撫でた。目を閉じている彼が小さく笑う。
「ねぇ、愛でも誓おうか」
「誰もいないのに?」
「僕に愛してるって言われるの不満?」
「不満じゃなくて。なんか、心配」
 そう言ったら彼が薄目を開けた。私の肩に手をかけて、何をするかと思えば許可なしのキス。見開いた視界には翡翠の双眸があって、焦点を結ばない近さで儚く揺れている。
「僕は君が好きなんだよ」

あなたの恋はわかりづらい
(片思いだと思ってた。あなたがそう想ってくれてたなんて、私、気付けなかった)