ずん、と不安定に足場が揺れた。それは残りの時間が少ないことを示していた。 (…死……) ぼんやりとした思考がその一文字を浮かべる。 さっきから、泣きそうな顔で腕を引っ張ってくる人が、視界に映っている。 「立って、逃げるの。逃げるのよっ」 「……、」 手を引っ張られるままに立ち上がる。他にここにいたレプリカは皆消滅していた。ぼくだけが残っている。ぼくだけが。 そのぼくの手を引っ張って泣きそうな顔をしている人。ぼくは視線を上げた。よく分からない。この人はどうして泣きそうな顔をしているのだろうか。 「お願い走って! シンクっ」 「、」 その言葉はぼくのオリジナルの名前と合致した。ああそうかそういうことかとどことなく何かが腑に落ちて、ぼくはその人の腕を振り払った。同じにされているのだ。オリジナルと。ぼくはそうじゃないのに。その人が驚いたような傷ついたような顔をする。そのことが少し痛いと思う。 どん、と施設の天井が崩れて岩が床に突き立った。のろのろと天井を見上げる。ばきんと割れ目から崩れていく。ここはもうもたないだろう。自爆装置が作動したのだ。ぼくらが敗れたことによって。 「シンクっ」 「…ぼくは、シンクじゃ、ない」 そう言ったらその人がはっとしたように口を押さえた。その人を他の仲間が呼んでいる。「急げっ、もうもたない!」という声。その人は動かない。ぼくを見つめてまるで懇願するように立っている。その人のところまで駆け戻ってきた赤毛の奴が「っ!」と声を荒げてその人の腕を掴む。 だけどその人はぼくがさっきしたように赤毛の腕を振り払った。ぼくはぼんやりそれを見やっていた。 「行って、ルーク。私は彼とここに残る」 「何言ってるんだ!? そいつはレプリカでシンク自身じゃないんだぞ…っ」 どこか苦しそうにそう言う赤毛に、その人はきれいに微笑んで見せた。「彼を救えなかったの。私、もうね、駄目みたい」そう言ってどんと赤毛を押し、ごっと譜術を巻き起こした。乱気流が巻き起こる。ぼくが使うのと同じ風属性の譜術。 「行って。でないとぶつけるわ」 「…っ」 「行ってルーク。ティアが待ってる」 微笑んだその人。赤毛が唇を噛み締めて背中を向ける。その人が譜術をおさめてぼくを見た。風が止んで、その人の長い髪がふわりと肩に落ちる。 ぼくは首を傾けた。ここにいたら死ぬことを、この人は分かっているんだろうか。 「ねぇ、あなたと一緒にいたいの。そばにいてもいい?」 その人がぼくの手を取る。よく分からなかった。一緒にいたい。それはぼくではなくてシンクというオリジナルのことではないのだろうか。 べきと音を立てて鉄の壁が歪み、その向こうの岩がむき出しになり、天井が崩れ、岩が落ち。 だけどそれでもその人は振り返り呼ぶ仲間の方を向きはしなかった。 ぼくは息を吐く。 「好きに、すればいい」 「…ありがとう」 ふわりと微笑んだその人。ぼくはぼんやりとその人を見やりながら、仮面に手をかけられたのに気付く。からん、とそれを落としたその人がぼくを抱き締めた。ぼくはぼんやりとそれを思う。きっとぼくのオリジナルにこうしたかったのではないか、と。 あたたかい体温。その人の肩に顎を乗せるようにして緩くその背中に腕を回した。あたたかい、体温。 ぼくはシンクではなかった。だけどシンクという人が少し羨ましくなった。こんなふうにしてもらえるのなら、ぼくだってそうされたい。 シンクという人はどうしてこの人を置いていってしまったのだろうと考えて、ぼくは目を閉じた。 崩れる、音がする。 |