ここに生きていたんだね、



ぬくもりが残ってる

「ルークはどうして笑うの?」
 ある日ある時何気なくそう訊いてみたら、それまで笑っていた彼の表情がかちんと固まった。別におかしなことを訊いた覚えもないのでその顔をじっと見つめる。彼があはと笑いを零して「俺、変わりたいって思ったからさ。だから」と口にしてぽりぽりと頬をかく。「似合ってないかな」というその言葉に私は首を振った。別に、似合っていないと思って言ったわけじゃなかった。
 息を吐き出して抱えた膝頭に頭を乗せて目を閉じる。
「あなたは殺されてしまったのね」
 ぽつりと呟く。びくり、と隣の気配は震えた。私は薄い笑みを口元に浮かべる。断髪前と後で変わらないのは、そのわかりやすさだろうか。
「俺は、生きてる、よ」
 自信なさげな声。私はそれにまた笑う。「だったらもっと自信持って言ったら」と告げると彼は押し黙った。薄く目を開けて視線だけで彼を見る。伏せ目がちに睫毛を震わせて、彼は拳を握っている。
「私はあなたがすごいと思うけど、同時にとても哀れに思ってる」
「…うん。知ってる」
 顔を上げた彼が困ったような笑いを浮かべる。私は目を逸らした。四つん這いになってイオンのところへ行き、ずれていた毛布を肩までかけ直す。風邪でも引かれたらたまらないからだ。
 彼は、眠っている。私はそれを冷めた目で見下ろした。本物のイオンを知っている私としては、この偽物のイオンと彼が違いすぎるので、どうにも導師として見てあげられない。別個人に扱ってしまいがちだ。それをイオンは笑ってありがとうと言うけれど、私からすればあなたはイオンのふりをしてるだけのイオンでない人よと示しているも同じで、あなたなんて認めないと言っているのと同じで、ひどいことをしていると思うのに。でもこの人は笑うから。
 私は息を吐いてまたルークのところに戻った。今日は私と彼が火の番だ。
「イオン、体調大丈夫そうか?」
「寝顔から推測するに恐らくね」
 肩を竦めて答えると、「そっか」という眉尻を下げた笑顔。また、笑顔。

 少しだけ想像した。私の知るイオンという人が世界を壊すためでなくこの人のように生かすために行動したとして、そうしたら、こんなふうにしか笑えなくなってしまうのだろうかと。
 いつもどこか悲しい笑顔。そう見せないようにと必死に振る舞っている笑顔。
 イオンは全てを見下した。くだらないものとして見た。だから壊したっていいと。
 この人は全てを見上げて見ている。見下すことがどんなことかを身を持って知ったこの人は、もう誰かを何かを見下すことはしないだろう。
 僕は死ぬんだ、と吐き出したイオン。預言ってそういうものなんだよと微笑んだ彼。諦めた顔。俺は諦めないよときれいな瞳で顔を上げたルーク。世界の崩壊を止める、と拳を握った彼。決意のこもったその表情。

 イオンの見ていたものが見たくて生きてきた。イオンが望んだものが見たくて生きてきた。
 今ここに、導師守護役として存在する私は、偽物のイオンのそばに仕え、希望のない目で世界を見ている。
 世界が壊れるなら壊れるだ。イオンが望んだままになる。だけどもし、もしも預言が外れるなら。この世界に訪れる終わりが少しでもずれるのなら。
「ねぇルーク」
「何だ?」
 私は揺らめく炎を見つめながら呟いた。
「それでも、終わりは訪れると思う」
 視線だけでルークを見る。彼は目を大きく開いていたけど、やがて破顔して「だろうな。俺もきっといつかは」そこまで呟いて口を閉ざした。私は目を閉じる。恐らく彼には、希望という灯が、陽炎のように不確かなものとしてしか実感できていないだろう。
 私も、同じだ。
 ぎゅっと膝を抱える腕に力を込める。ごめんねと呟いたイオン。僕は死ぬんだよ。そう言った彼。
(でもまだここに、あるのよ。あなたのこと。ルークのことも)
 世間知らずでお子様だった長い髪のルーク。預言を怨みながら死んでいったイオン。私の胸の内には、死者たちが住んでいる。