きみとぼく、
願うならばずっとこのままで

「はい明けましたー! ってことで初詣!」
「…ねぇ、今日何日か知ってる? もう三日だよ? 初詣は一日にするんだよばか
「うあー新年早々ルピが冷たーい」
 さっきから僕の手を引っぱって石段を行くが笑うから僕は逆にむっとした。こんな寒い中わざわざ外に出て、僕が寒いの好きじゃないって知ってるくせに何笑ってるんだこいつ。
 急に思い立ったみたいによーしお参り行こうとか言うから何かと思ったらほんとにただのお参りだった。行くなら一日にしとけばよかったんだよと何度言っても今から行くと言ってきかないから、しょうがないから僕がまた折れたわけだけど。
 が僕の手を引っぱって石段を上っていく。半分くらいまで来ただろうけど神社の鳥居まではまだまだあった。
「ねぇ休憩」
 お正月休みでだらだらしてたから身体がだいぶなまってた。もう膝が笑ってる。だけどは全然疲れてないみたいで不思議そうな顔でこっちを振り返って「あれ、もう疲れた?」と言うから。だからむぅと眉根を寄せて根本的な体力の差とやらを思って僕はそっぽを向いた。これで僕が女の子だったらそれもおかしくないけど、だけど僕は男だし。
「悪かったね体力なしで」
「そんなこと言ってないよ。じゃあ俺が背中押してあげるから上がろ」
 それでがへらっといつもみたいに笑って背中っていうか腰に腕を回すからべしと叩き落とした。吐く息が白くて寒い寒いと思ってたのがどこかに吹っ飛んで一気に顔が熱くなる。誰もいないけどそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「やめろばか、一人で行ける」
 だからそう言ってたんと石段に足をかけてまた上を目指し始めた。赤い鳥居はまだ遠い。隣ではが残念って顔をしてる。このばかめ。
「ねぇ、なんで急にお参りって言い出したの?」
「ん? 特に理由ないんだけど…今年もルピと一緒にいられますようにーと祈ろうかなぁと」
「…君ってさぁ、ばかだよね」
「えーまたルピが冷たいぃ」
「うっさい。だいたいそんなの祈らなくたって、僕らいつも一緒じゃない」
「それはそうですけども。今後ともよろしくお願いしますカミサマみたいな」
「何それ」
「それとさ、初詣って年が明けてから初めてお宮参りすることって意味だったから、これも初詣になるよ。一日は過ぎちゃったけど」
「…でも普通元旦だよ」
「そうだね。それはそうだ」
 たん、と最後の石段に足をかけて上る。結局に半分くらい押されながらだったけど。
(もうちょっと体力、つけよう)
 息の上がってる自分と隣に並んだが深呼吸一つで落ち着いちゃったのを見てそんなことを思った。僕と同じでごろごろしてたくせになんで太らないしなんで体力減らないんだ君は。ずるい。
「はい五円」
 それで渡された五円玉。僕の気持ちなんて知らないんだろうはいつもの笑顔でいる。だから代わりに渡された五円を睨みつけた。ご縁があるようにとか言ってこじつけで五円を投げ込むようになったお賽銭箱が寒そうに神社の前に佇んでいる。
「…ねぇ」
「うん?」
「百円とかないの?」
「え? そりゃあるけど」
「じゃあそっち」
 が引っぱり出した財布を奪って五円はやめて百円玉を取り出した。
 銀色。錆色なんかよりはずっと縁起よさそうに見える。実際五円の二十倍の価値があるんだからご縁だって二十倍になってくれたっていい。でもじゃあそうすると千円札放り込んだ方がご縁が二百倍にとか考え始めた自分の頭にストップをかけてけほと咳き込む。そういえばまだ喉が痛い。風邪治らないなぁ。
 ぽいと五円を放り込んでちゃりんと音を鳴らせたが自分がしてたマフラーを外して僕の首に巻いた。「はい投げちゃって。すぐ帰ろ、風邪に障る」「…言いだしっぺのくせに」「それはごめん。でも一番大事なのはルピです」僕の額に唇を寄せて「早く帰ろう」と言うから白い吐息が漏れる。寒いけど熱い。変なの。
 だからぽいと百円玉を放り込んで手を合わせた。一応。
(えーと何祈ろう。今年もと一緒にいられますように? そんなの当たり前すぎるし面白くないや。もっと何か他のことないかな。もっと何か)
 もっと何か。そう考えてる間に石段を上ってくる誰かの足音がして思考が途切れた。別に見られて困るってほど困るわけじゃないけど困らないわけでもない。男同士で初詣ってやっぱり変だしそう取られそう。
 ぱちと目を開けて「いいよ行こう」とこぼしての手を引いて歩き始めた。裏道の方から帰ることにして正面から上ってくる誰かとは鉢合わせないようにする。
 僕の隣に並んだが「何お祈りした?」と言うから「別に」と返した。お祈りし損なったっていうのがほんとのところだし。
 ちらりとを見やって「君は?」と訊く。はいつもみたいに笑った。
「そりゃあやっぱりルピと一緒にいられますようにって」
「…それ以外ないの?」
「あー、考えてなかったなぁ。ルピはあるの?」
「え」
 訊かれて言葉に詰まった。が首を傾げて「俺はないよ」と言い切る。簡単に言い切ってみせる。だから僕の方が恥ずかしいやら嬉しいやらでまた顔が熱くなる。視線を俯けて「た、たとえば今よりもっといい仕事とか」「別に今のままでいいよ」「じゃあ僕がもっと料理上手になるとか」「それも今のままでいい」「じゃあ、」言いかけた唇が塞がれてこつんと額が当たる。焦点の合わない位置にの顔がある。
 吐息と唇が熱い。
「俺はない。今のままでいい。今のままがずっと続けばそれで満足だよ」
 が笑って僕を抱き締める。吐き出した息が白い。真っ赤になってるんじゃないだろうかと思う顔をマフラーに埋めて「まだ上手にシチューもできないんだよ僕」「それでいいよ」「買い物だって、君みたいに上手には」「それでいい」全部の言葉にそれでいいって言葉が返ってくる。抱擁の言葉。僕の全部を受け止めてくれる言葉。
 頭を撫でる掌の感触が熱い。
「……君は、贅沢、しない人だね」
「そうかなぁ。今こうしてるだけですごく贅沢だと思ってるけど」
「…これが贅沢だったら、僕が望んだことはもっと贅沢だよ」
 のコートに顔を埋めて息を吐く。こつと頭に顎が乗っけられる感じが分かる。

 僕を好きだと言ってくれる人。大好きだと言ってくれる人。愛してくれる人。惜しみない愛を注いでくれる人。
 でも確かに、これ以上の幸せはないのかもしれない。君といる日常、それが前提で動く世界、毎日、一週間や一ヶ月。君と僕とで回っていく日常。確かにそれ以上の幸せってないのかも。

(…でもやっぱりまだまだ)
 だから、今日こそは一人でちゃんと料理しても僕も納得できるものを作ろう。買い置きしてある材料で上手に何かを作ろう。一人で駄目だったらやっぱりに手伝ってもらって二人で料理するんだ。二人で。
「けほ」
「あ、風邪! 早く帰ろ、ひどくなったら大変だ」
 慌てた顔をしたが僕の手を引っぱって歩き始めた。一緒に生活してたらうつるとかそういうことは気にしないらしいこいつは。僕が辛いなら風邪を治す、それだけを考えてる。うつったら君も辛くなるんだってことは考えてない。
(ばっかだなぁ)
 そんなに口元を緩めてる自分が我ながらにばかだと思った。
 だけどばかって多分、すごく、幸せ者のことを言うんだ。僕がばかって言うときはたいていそう。
 僕もも。お互いにお互いしか見えてない、見てない、そう自覚してるばかなんだ。それでいいって思ってるのもまたばからしい。だけどそれがすごく幸せ。
(だから願うなら。神様)
 さっきお祈りしそびれたことを、僕の手を引いて歩くのコートの後ろ姿を見ながら思った。
(どうか。この人と一緒の未来を、この先もずっと。死ぬまでずっと一緒に)