幼馴染がギターを始めたのは、小学校五年の頃だったと思う。
 どちらかというと外で遊ぶことは得意じゃなかった僕を連れ出していたのはいつもだった。その彼が夏休みに入ってさっぱり僕の家に来なくなり、病気だろうか、なんて考えて心配になった僕は、彼の家を訪ねた。そして、ギターにのめり込む彼を知った。
 マンゴスチンってあまり有名じゃないマイナーバンドに憧れを持った幼馴染。
 どうしてそのバンドに憧れたのかは分からない。僕が訊かなかったから。ただ、ルピも見てみなよと流されたDVDの映像の中の、ボーカルの子が、フリルのたくさんついたゴシックの格好で、マイクを掴んで叫ぶように歌っていたことだけが印象に残った。
 ジャカジャカとヘタクソなギターを鳴らす彼の部屋で、自分の部屋にいるときと同じように、適当な本を読んで時間を潰した。
 ときどき鼻歌なんか交えながら自己満足な演奏をする。彼の演奏の趣向が変わったのは、中学に入ってからだったと思う。
 一般的にエレキと言われるものを弾いていた彼が、ギターをアコースティックに変えたのだ。彼の音楽の話題についていくために彼と一緒にそれなりに音楽関係の本を読んで知識だけはあった僕は驚いた。アコギとエレキは違うのに、まさか間違えてギターを買ったんだろうか、と疑ったくらいだ。
 そのことについて問いかけると、彼は笑って答えた。
 これならルピも一緒にできるんじゃないかと思って。そう言った彼に僕は顔を顰める。
 一緒にできるって、何を。僕はギターなんて弾けないよ。そうやってつっぱねると、ジャラン、とギターを鳴らした彼が僕も知っているフレーズの曲を弾き始める。ところどころ引っかかったり止まったりしながら、誰でも知ってそうな有名な曲を指で弦を弾いてやわらかく辿っていく。
 ねぇ、これならルピも歌えるでしょ? 俺と一緒にできるでしょ。そう笑った彼に、僕は顔を背けた。
 …君がギターを弾く横で、退屈だなって本を読んでいた僕。そのくせ、以外の友達なんていないから、彼のそばにい続けた僕。そんな僕のことをは考えていたんだ。そして、答えを出した。
 が、ギターを変えてまで、僕と一緒にできやしないかと考えたことを。つっぱねることなんて、できるはずもなかった。
 僕が小さな声でサビのフレーズを歌うと、が笑ってギターを鳴らした。
 ジャカジャカとうるさい君の音に慣れていた僕は、静かな音色を奏でる君に、なぜだかどきっとしたことを、よく憶えている。
「あぢー…」
「陽射しが当たってるせいだよ。ほら、もうちょっと椅子引いて」
「んー。ダルいよー…」
「知らないよ、そんなこと」
 6月の5日。曇りがちだった最近の天気からは信じられないほどに今日は快晴だ。
 今日は、僕の17歳の誕生日。
 毎年はプレゼントをくれるんだけど、今日は朝会ったときにおめでとうって言われただけで、プレゼントはもらってない。そのことを不満、不安に感じつつも、無駄な期待を抱いたりもする、僕は馬鹿だった。
 ほら、もしかしたらこのあと何かびっくりするようなものをくれるのかもしれないし、なんて自分に言い聞かせつつ、お弁当をつつく。
 朝夜は上着がいるけど、昼間の陽射しは夏のそれ、という中途半端な時期。教室の一角で昼食を取りながら、ぐでっとだらしないにはぁと息を吐く。
 窓際の席だから、の膝にはばっちり夏の陽射しがかかっていた。それが暑い暑いって君がだらしなくなる原因だ。
「今日、帰ったら音源録るんでしょ?」
「録るー」
 だらりと挙げられる手がばたっと落ちる。
 そんな調子で午後の授業を乗り切って、帰ってギターの録音なんてできるのかな。いらない心配をしつつ、フルーツオレの紙パックをストローですする。もうなくなった。百円はやっぱり中身が少ないな。
 べこん、と紙パックを潰したとき、「おーい、あんたにお客だよー」と女子の一人が入口のところで手をメガホンにして彼を呼んだ。メロンパンをかじった彼が「ふぁい?」とパンをかじったままダルそうに席を立つ。その背中を追いかけて、教室の入口で待っているお客だという女子生徒を睨んで、べこべこと紙パックを潰した。
(なんだよ。またあの子か)
 必要以上の力で紙パックを潰した僕は、そんなことを思った自分にはっとした。べこ、と潰した紙パックに視線を落として、緩く頭を振る。
 確かに、を訊ねてきたのは女の子だ。イマドキっぽく明るい茶色に髪を染めて、短いスカートで足を曝け出して、学校内でも薄いメイクをして、艶のあるリップを塗って。かわいくに笑いかける子。
 でも、だから、なんだ。
 彼女のことは僕も何度か見ている。最近ギターを始めたっていう子だ。今日もに何かしらを訊きに来たのだろう。そういう子はたくさんいる。男女問わずギターをしようとか興味があるなって子がギターのことを知ってるを訊ねてくるのは、もう珍しい話じゃない。中学の頃からそうだった。だから僕も慣れてる。そうじゃないか。
 一年生だというあの女の子が、一番時間の長い昼休みを選んでのもとに来るのは、これで、何度目だろう。
「あーあ、旦那取られちゃったなぁ」
「…旦那じゃないよ」
 クラスメイトのからかいにいたって平静に返して、お弁当箱を片付ける。なんだよつまんない、と肩を竦めた男子はすぐに友達との馬鹿話に戻っていく。「昨日のアレ! 惜しかったよなぁ」「俺も思った思った。な、ちなみに帰り寄ってやってかね?」「お、いいね。賛成」流れていく会話を聞くともなしに聞きながら、お弁当箱を片付けた僕は次の授業の用意をする。視界の端で、帰ってこないと、女子生徒のことを窺いながら。
 …なんだか落ち着けない。
 があの子に笑いかけているからだろうか。あの子の持っている本に借りたシャーペンで書き込みまでして、ときどきメロンパンをかじっては何かを説明する、その姿を視界に入れながら、僕はぼんやりと休み時間を潰した。

 。君は鈍いから、気付いていないのかもしれないけど。あの子はきっと君に気があるよ。
 ギターのことをきっかけにしたのかどうかは知らない。本当にギターに興味があってに辿り着いたのか、に興味があったからギターを話題にしたのか。僕は知らない。知らないよ。でも、君を訪ねてくるあの子を見る度に、君に笑いかけるあの子の輝きを見る度に、僕の心は黒く、曇っていくんだ。
 僕はあの子よりずっと、誰よりもずっと昔から君を。

 あの子は予鈴が鳴るまでたっぷりを拘束して、帰っていった。
「あー、喉渇いた」
 戻ってきたが陽の当たる席に腰かけて「あぢぃ」とこぼしつつ水筒を取り出し、中身を呷る。その喉仏のごつっとしてるところが上下するのを眺めて、視線を逸らす。
 帰りはのうちに寄るんだ。ギターがあるのはの部屋だし、マイクとか録音に必要な機械があるのもの部屋だ。だから、今日はんちに寄る。あの子はそんなことできない。僕だからできるんだ。あの子はそこまではきていない。
「ルピ、次なんだっけ」
「…生物」
「あー。ああ、めんどくさ」
 水筒をしまったが生物学のノートと教科書を引っぱり出して、なんか無理な体勢で僕の方を振り返った。バク宙でもするのかって背中の反り方だ。そんなことしてると引っくり返るよ
「ルピさ、怒ってる?」
「はぁ? なんで」
「なんとなく」
「……怒ってないよ。ほら、そんなことしてると転ぶから、前向く」
「へーい」
 肩を竦めたが普通に席に座る。その背中を見ながら、どきりと跳ねた胸を押さえた。
 怒って。怒ってないつもりだったけど、怒るまではいってないけど、僕の機嫌は確かに悪い。それがなぜか僕は気がついている。
 でも、気がつかない方がいいことなんてこの世界にたくさんあるんだ。
 だから僕は、気がつかないふりで、自分の本音には蓋をして奥の方へとしまい込んだ。もう二度と出てこないで、と願いながら。
 中学生から、二人で自己満足に始めた歌。が弾いて、僕が歌って、たまにがハモリをやって、そんな感じで二人で音を録る。それで編集したものを動画サイトに流して、まぁ、誰かが見たり見なかったりする自己満足なことを、高校生になっても続けている。
 は音楽に本気でいるわけじゃないみたいで、授業をボイコットしてライヴに行くなんてこともないし、たまに一緒にどこかのステージを借りてやる無料のコンサートとかを聴きに行くだけで、それ以上はなかった。
 僕はそれに少し安心している。
 僕には音楽の才能みたいなものはないし、そんなに音楽が好きというわけでもない。口ずさんでに聞かせる程度の歌は歌うけど、誰かの前で歌うなんて冗談じゃないと思ってるし。だから、君が本格的に音楽をやりたいなんて言って僕の届かないところへ行ってしまうことがなくて、よかった。
 この自己満足な歌が誰かの目に触れなくたって、誰かに感動を与えなくたって、僕は構わない。
 そんなふうに今日も歌を取った。少し古い歌だ。僕もも気に入ったから今回はそれで決定した。
 Collarっていう、身勝手な男が愛してる女を幸せにするために自ら手放すことを決意する、という内容の歌だ。
 のギターに合わせて僕が歌う、いつもと同じ、歌。
 ポーンと弦を弾いたがふうと息を吐いてギターを抱えた。少し長くなった髪がぱらぱらと顔にかかる。
「何。溜息吐いて、らしくない」
 のパソコンをいじって音の確認をしながらそう声をかけると、彼は小さく笑った。「らしくない?」「らしくない」「なんで?」「君、悩んでてもそういうふうには見せないもの。悩んでたってしまい込む」「ルピは気付いちゃうけど」「…そりゃあ」あはっと明るく笑った彼に、もごもごと口ごもって無意味にマウスをかちかちといじる。
 そりゃあ、僕らは幼馴染だからね。きっと君も僕がしまい込んだ何かしらに、気付いていたりするんだろうけど。僕らは幼馴染だから。お互いとお互いの距離を分かっているから。だから、立ち入らない方がいい場所も、分かっているんだ。
 KEEPOUTのテープの向こうに本当の君がいる。分かっていながら、僕は君へと踏み込まない。
 ポーンと弦を弾いた彼が何かメロディを奏で出す。画面から視線をずらしての手元を眺める。滑るように弦を弾く指。細長くて爪の形もきれいで、いいな。
「さて、なんの歌でしょう」
「え、」
 そう振られて慌てた。1フレーズしかなかったし分からなかったのだ。「もう一回」「えー? しょうがないなぁ」と笑った彼がもう一度さっきと同じフレーズを弾くけど、分からない。「ヒントは?」「んー、そうだなぁ。んー」天井を見上げた彼がサビっぽいフレーズを弾く。でも、やっぱり分からない。聞いたことあるような気はするんだけど。
 分からないかぁ、と少し残念そうに笑ったが「マンゴスチンのデビュー曲だよ」と言う。
 ああ。君がギターを始めるきっかけになったあのバンド。
 そういえば最近君はその名前を言わないけど、バンドはどうなっているんだろう。解散しちゃったのかな。もう何年も前だし。埋没しちゃったってことも。
 ぎい、と椅子を軋ませて、背もたれを前にして座り直す。「ねぇ、どうしてマンゴスチンがいいなって思ったの?」訊ねると、彼は簡単に答えてくれた。デビュー曲を指で辿りながら「ボーカルの子さ、女の子に見えたでしょ」「え、違うの?」「うん。男の子だよ」フリルのたくさんついたゴシックの格好で、マイクを掴んで叫ぶように歌っていたあの子。男の子。でも、声だって高めで、女の子のアルトみたいで、顔だって、メイクしてたけど、かわいかったのに。男の子。最近聞くようになった男の娘ってやつだろうか。
 でも、それと、君のギターのきっかけが繋がらない。
 僕の頭がぐるぐるしているのが分かったのか、笑ったが抱えていたギターを置いた。
「俺さぁ、ほんとは放課後時間くださいって言われてたんだ。あの子に」
 ぴく、と身体が悪い意味で反応する。
 あの子と言われて思い出すのは、昼休みにを訪ねてきたあの後輩の子だ。イマドキっぽく明るい茶色に髪を染めて、短いスカートで足を曝け出して、学校内でも薄いメイクをして、艶のあるリップを縫って。かわいくに笑いかける、あの子。
 ぎゅっと拳を握る。「で、君はそれを蹴ってきたの?」「蹴った…まぁ結果的にそうなるかな。何も言わないで帰ってきたから」わりとどうでもよさそうな顔でがそう言うのが理解できない。
 そりゃあ、僕との歌録り蹴られたって、僕がへこんだんだろうけど、なんで。自分に気があるって分かってる女の子のこと蹴っておいて、そんなふうに興味ないって顔、してるんだ。
 ずるいよ。そんなの。
「あの子。きっと君のこと好きだよ」
 僕がそう吐き出すと、はきょとんとした顔で僕を見た。「そう思う?」と首を捻る姿に悪意はないけど、君のその鈍さが、ときどき鋭い刃になって突き刺さる。どうして伝わらないんだ。どうしてって、幼馴染の僕ですら思うことを、あの子が思ってないわけがない。
 ぎ、とベッドが軋んだ。立ち上がったがとたとたと歩いてこっちに来る。顔を逸らした僕のところへやって来て、マウスをいじって、かちかちと操作する。
「で、俺がギター始めたきっかけはマンゴスチン。ボーカルのこの子にお前を見てた」
「……は?」
 さらっと何か重要なことを言われた気がして、床に逃がしていた視線を上げる。は表情なしにパソコンの画面にいくつか窓を開く。そっちに視線をやると、ゴスロリの格好をしたボーカルの子がいた。
 ギリギリな写真がいくつかあるけど、どう見たって女の子に。見えるのに。男なのか、本当に。確かに胸はぺたんこだけど。
 マウスを離れた指が僕の額を撫でる。細長くて骨張った指。そして、僕の大好きな笑顔を浮かべて、が笑う。
「俺さぁ、ルピのことが好きなんだよね」
 それを聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねて、顔が熱くなった。
 クラスメイトの前に立って司会をするなんてレベルの恥ずかしさじゃない。もう、全力で顔を隠したくなるくらいに恥ずかしかった。
 ぐるんと椅子を半回転させてに背中を向けて顔を隠して、ばくばくと大きく鼓動してうるさい左胸を押さえつける。

 今、なんて? はなんて言った?
 それともこれは夢? 僕は知らない間にのベッドに転がって眠ってしまって、都合のいい夢でも見ているのだろうか?

 背中を向けて逃げた僕を、後ろから捕まえて抱き込んだに、頭の中が飛んだ。
 何も、考えられない。まっしろ。だ。
「俺は今初めて告白というものをしたわけなんですが。ルピは答えてくれないの?」
「え、う、」
「今年のルピへの誕生日プレゼントはどうしようかなーと色々考えた結果、このようになったわけですが」
 耳を掠める吐息と声にぞくぞくと全身が震えた。「ぁ、その」と言葉にならない声が漏れるだけで、全然、答えられない。答えが浮かばない。の言っていることが受け止めきれない。

 だって僕は男で。君も男で。僕らはよき幼馴染として育ち、隣人同士で親も仲がよく、だから、僕は、君のよき親友であろうと。幼馴染であろうと。
 だって。男が男を好きになるのはおかしなことだから。
 女みたいに華奢な僕がよくからかわれることを庇った君の背中に胸が苦しくなったのは、僕が女でなくて、男で、君も男で、僕の想いは永久に叶わないと分かったからだ。
 だから決めたんだ。よき幼馴染であろうって。親友であろうって。
 幼馴染で。親友で。あろうと。

 するりと滑った腕が僕の腰を抱いた。びくんと身体が跳ねて、どうしたいいのか分からずに、驚きから、僕は彼に抵抗した。ぐらぐら不安定な回転型の椅子が、傾いで、倒れる。
 ガシャンと転がった椅子と、転がった僕を抱き止めたがゴンと床に頭をぶつけた。その音ではっとして抱えられている状態からを見る。「いっでー」と涙目になっている彼に「あ、ごめ、ん」とたどたどしく謝ると、彼は笑った。笑って僕を離す。
「俺こそごめん。こんなプレゼントならいらなかったかな」
「、」
 よいしょ、と起き上がった彼が頭をさする。
 いくらか思考を取り戻した頭でぎゅっと目を瞑って、開いて、の手を握った。
 よき親友で、よき幼馴染で、そうするべきだから、と思っていた僕がボロボロと崩れていく。君に触れて、その体温で、意地という壁は呆気なく崩れて消えた。
 KEEPOUTのテープの向こうに本当の君がいる。そこに君がいる。あとは僕がこのテープの向こうの君へと手を伸ばすだけ。
 緊張のせいか、微かに震えている手で「あの、僕」と言葉を言いかけ、一つ深呼吸。歌を、歌うときのように、君に言葉を伝えようと意識する。
「僕ものこと好きだから。だから、プレゼント、すごく嬉しいから。やっぱりあげないなんて言わないでね…?」
 そうこぼして、反応のないをそろりと見上げる。なんだかじーんとしているらしいががばっと僕を抱き締めた。ぎゅうぎゅう抱き締めて「わぁルピかわいい」なんて言うから全身熱くなった。少しは落ち着いたと思ったのに。「ちょ、っと」「ヨイみたいな格好してくれたら俺襲っちゃうなー」「ヨイ? っていうか襲うって君、僕は男で、」「ヨイってマンゴスチンのボーカルの子ね。男の壁なんて越えちゃうよ」耳元で笑った声にさらに熱くなる全身で、僕の体温はどこまで上がるんだ、なんて思う。
 ゆるゆる背中を伝う腕に、すごく、むずむずする。
 男の壁なんて越えるって。それって、僕を、そういう目で見ているってことか。
 …僕だけじゃなかったのか。
 僕だけが君をずっと、好きだったんだと、思ってた。思い、込んでた。
 ぼろりと涙がこぼれた。それに気付いたが慌てて僕を離す。「わ、ごめんルピやっぱり嫌だ? 俺じゃ嫌だ?」「ちが…くて。だって、僕」ぐいとシャツの袖で目を擦る。痛いだけで、止まってはくれない。
「だって、僕は、ずっとが好きで…僕だけが好きなんだって、思ってた」
「そんなわけない。俺だってルピが好きだった」
「……じゃあなんで今頃?」
 骨張った指先が僕の目元を拭う。がしがしと頭をかいて参ったなーって顔をしてるが「んん、なんていうの、割り切り? ルピが男でも全然いいし、抱くなら責任取るし。一生取るし。それでもいいって、それがいいんだって、最近ようやく分かったから」またさらっと盛大なことを言ってのけたの顔が近づき、身構える暇なくキスされて、ぱたりと涙が止まった。

 叶わない初恋だと。一生の恋だと。ずっとずっと思ってた。
 君の隣で、幼馴染、親友として立っていられるだけで満足すべきだって、自分に言い聞かせて。だけど本当は君の手を握りたくて、その笑顔を僕だけに向けてほしくて、好きだよって言ってほしくて。ずっとずっと。本当はずっと。君を望んでいた。

 抱き締められて、抱き返して、キスをする。溺れるように。それしか分からなくなったように、キスばかりを重ねる。
 17年生きてきて、初めて好きになったのが君で、ずっとこういうことしたいと思っていた人も君だった。
 なんだか夢みたいだ。
 ざらざらした自分のものじゃない舌を求めて、限界まで口と口をくっつけて、貪るようなキスをする。
 ようやくキスをやめた頃には飲めなかった唾液が口の端を伝っていた。の舌がそれを舐め取って、こつんと僕の額に額を預ける。
 こんなふうに。君の顔だけで視界をいっぱいにできる日が来るなんて。僕は、幸せだ。
「…ねぇ。僕の誕生日だよ。プレゼント、これだけなんて言わないよね?」
 今までお預けされてた分、しっかりちょうだいよ。そう囁けば彼はぎゅっと僕を抱き締めて、制服のシャツの間に手を滑り込ませた。いつもギターを奏でるあの細長い指が今は僕の肌を撫でている。そう思うと全身が震えた。
 これから君が奏でるのは、ギターじゃなくて、僕の音だ。僕だけが出す音、出せる音。それで君を魅了できたらいいな。僕はとっくの昔に君の指に魅せられて、君自身に魅せられているんだから。今度は僕が君を魅せる番、だよね。

デルタ