「サクラはたくましくなったよねー。女の子なのにすごいなぁ」
「はぁ? 何それ喧嘩売ってる?」
「違う違う、純粋に尊敬してる。それだけだよ」
 昼下がり、久しぶりに仕事がなくて青空の下でお弁当なんてものを食べた。思ってたよりもぽかぽかしてて陽気のある午後の時間になって、それが眠気を誘ってくる。思わずうとうとしてたらばしんと容赦なく背中を叩かれて「いたっ」と声を上げた。何すんだよと隣を見れば、サクラは知らん顔で自分の弁当の方に箸を伸ばしてる。
 肩を竦めて眠気を訴える目を擦った。せっかくの休みだからねんごろでも確かによかったんだけど、それじゃあ何となくもったいない気がして。
 忍の世に安定なんて文字はないと知ってはいたけど、この数年でここまで世界や自分を取り巻く状況が変わってしまうとは。正直思っていなかった。どこかでまだ何となく、火影三代目のおじーちゃんはまだまだ長生きをして頑張って里を治めてくんだろうなぁとかそんなことを思ってた。
 清々しいくらいに青い空が、今は少し疎ましい。
 あんなふうに全部変わらずにあってくれたらいいのに。そんなことを思ってたらまたばしんと背中を叩かれて「いたっ」と声を上げる。思わず手をやって背中をさすりながら「何、なんでそんな叩くの」「あんたがぼーっとしてるからでしょ」「たまにはぼーっとさせてよ…これでも日々忙しいんだからさ」止まっていた箸で桜型の人参の煮物をつまむ。ぱくと一口。うんおいしい。
(だけどそうだな、今くらい。せっかくサクラがお弁当作ってきてくれたんだから、ここはそういうめんどくさいこと考えずにいるべきだよね)
 思考を切り替えよう。そう思って目を閉じる。きっちり三秒たってから瞼を押し上げた。やっぱり空は、清々しいほど青いままだ。
 さてお弁当お弁当とせっせと箸を運んでたら、サクラの方が先に食べ終わった。準備よく水筒にはあったかいお茶が入っていて、これまた準備よく紙コップが二つ並ぶ。
「あんまり詰め込むと咳き込むわよ」
「んー」
 もぐもぐと租借。俺があまり噛まずに飲み込むタイプだってことを知ってる台詞に思わず苦笑いする。

 そういえばいつから俺達ってこんなふうに休みを過ごすようになったんだっけ。アカデミーでそんなに絡んだ記憶はないしなぁ。っていうか俺は飛び級ですぐ学校出ちゃったし、そりゃ記憶も薄いか。任務でよく一緒になるようになったのはここ最近。ああそうか、それでか。休みが重なることが多いのも。
 俺がよくミスるもんだから、よくサクラに治してもらった。あんたそんなんでよく上忍務まるわよねとか何とか言われた気がする。全く持ってその通り、俺は向いてない。それは俺自身よく分かってた。
 だけど才能ってのは、人の意思なんかに関係なくその人の人生を狂わせる。

 できれば忍具屋さんとかの息子で跡継ぎがよかったな。そんなことを思ってるうちにお弁当が空になった。ぱちんと箸を合わせて「ごちそーさまでした」と言う。サクラが「どういたしまして」と空になった弁当箱を片付けるのを見ながら紙コップのお茶を手に取る。あったかい。
「…ちょっと梅の味がする」
「あら、気付いた? 当たり。ただのお茶もつまらないと思って隠し味」
「そっか。おいしい」
 紙コップを両手で包んで息を吐く。ぽかぽかな陽気はやっぱり眠くなる。横から「こぼすわよ」と声がしたからはっとして手を意識した。あぶね、コップ斜めになってたよ俺。
 サクラは隣でお弁当箱なんかを片付け終わったところ。
 そっと紙コップを置いてぐっと伸びをする。それからどさと背中から倒れこんだ。疎ましいくらいの青い空と白い雲が視界を埋め尽くす。
(あー。こうしてると平和だ)
 午後のお昼の時間にお弁当を食べて、それでごろんして。平和ったらありゃしない。それが毎日だったならもっとよかったのにな。ああでも毎日食べてごろんしてたら太るな俺。確実に。それはやだなさすがに。
「サクラー」
「何?」
「午後の予定は?」
「特別ないけど」
「そっか。俺買い物行こうかと思うんだけどさ、付き合ってくれる?」
「…しょうがないわねぇ」
 吐息したサクラが「これ片付けてくるわ。一時に茶通り前でいい?」「うん。サンキュね」だから笑って手を伸ばす。青い空に白い雲。疎ましいくらいに清々しくて、ほんと、世の中もあれくらい清々しかったらよかったのに。
 伸ばした手に特別意味はなかった。だけどその手をサクラが握ってくれた。「何この手は」と仕方なさそうに。俺はそれにまた笑って「意味はないです。一時ね、それまでに待っとく」「はいはい」ぱっと離された手。「そう言って任務もぎりぎりなこと多いし、何事も余裕持って行動しなさいよ」「ラジャー」苦笑しながら起き上がる。サクラは真面目だなぁ。もっと力抜かないと、この先生きてくのに疲れちゃうよ。
 だけどまぁ疲れていられないのかな。そう思いながら離れていく背中を見送った。

 うちはサスケを追う。そのためにナルトもサクラも己を成長させてる。俺はサスケって奴のことあんまり知らないままだったし、うちは一族の生き残りくらいの認識しかなかったけど。そのサスケの動向次第で二人はいくらでも変わっていくんだろうと思う。そういう絆っていうのかな、その中に生きてるから、だからサクラは強いのかな。俺も少しはあの強さを見習わないと。じゃないとどっかでころっと死んでそうだ。まぁだから怪我が多いのかな。こんなこと言うとサクラに怒られそう。

 よっと立ち上がって一つ伸びをした。ゆっくり一つ深呼吸する。秋のにおいがした。ついでにどこかの屋台から匂ってきたんだろうたこ焼きとかお好み焼きっぽいにおいもした。ああ平和。
 明日にはまた仕事だ。でも今からはまだ仕事じゃなくて、サクラが俺に付き合って買い物に行ってくれる。
 できれば毎日平和で日々変わりのない、平凡ってものを味わってみたいものだ。だけど俺は忍だから。だからそういったものとは無縁で、束の間のこうした時間しか人間らしくやってくことはできないんだけど。
 でもまぁそれでもいいかと思うことができるから、俺は今も息をしてるわけだ。
 清々しいくらいに青い空が少し疎ましいと睨みつける。
 だけどそれでも、またこの空の下にこうして戻るために。俺は戦う。戦い続ける。それだけだ。

世界がもう少しやさしければ