これでしまいかと思った。唯一の血の繋がったババアを殺してやろうかと思っていた気が急激に萎えたのだ。理由はない。ただババアになら殺されてもいいと思った、のかもしれない。
 俺が最初に作った傀儡である両親が両側から刀を突き出してくるのが見えた。避けられる。むしろ核さえ避けてしまえばそれでいい。俺は死なない。傷がつくだけ。傷がついても痛みを感じない。核をやられてしまえば、死ねる、だろうか。両親のところへ行けるだろうか。そんな思考が判断を鈍らせ、気付いたときにはその刃は両側から俺を刺し貫こうとしていて、
 どん、と押された。背中側から強い力で。
 振り返る視界に見えたのはデイダラの方を支援しについていったはずの彼女。俺のところはいいあいつの方へ行けと、そう言ってはいと頷いたはずの彼女。
、」
 刃が彼女を貫く瞬間、それでも彼女は俺に向かって笑った。血飛沫。目の前が真っ白になる。いや真っ黒か。どちらにしても俺はがしゃんと倒れ込み、彼女は刺し貫かれ、こふ、とその口から血を吐いた。それでなけなしの力で印を結び土遁の術を起こす。血と一緒に彼女の口からどばと土が吐き出され、それが傀儡を弾き飛ばし、明確な意思を持って俺と彼女をぐるりと囲った。防壁のように。
 がくんと膝をついた彼女が苦悶に顔を歪めて刀を引き抜く。赤い血がじわじわと暁の外套に沁み込んでいく。
「お、前」
「…サソリさ」
 俺に手を伸ばしかけた彼女の身体がぐらりと傾いた。とっさに腕を伸ばして抱き止める。は、と荒い息をしながら彼女が俺を見上げてその口元に笑みを浮かべた。唇の端からは血の筋が流れていく。
「なぜ庇った」
「さ、そり、さまが…避けようと、なさらなかった、ので」
 ぎりと奥歯を噛み締めて「余計なことを」と漏らすと彼女が困ったように眉尻を下げて笑った。それから自分の傷に掌をかざして治療しようとするが、痛みで集中できていないようだった。は、と息を吐く彼女の顔色がみるみるうちに白くひどくなっていく。唇が紫色だ。このまま放っておくのはまずいかもしれない。
「お逃げください」
「あ?」
「私を捨て置いて、お逃げください。目的は、果たされました。これ以上の争いは、無益…です」
 俺は途方に暮れた。逃げる。考えてもいなかった。殺るか殺られるかのどちらかしかないと思っていたからだ。実際戦いというのはそういうものだ。俺はそのどちらかしかやってこなかった。
 逃げる。それは一体どういう結果を生むのだろうか。
(じゃあここで死ぬか? 一緒に)
 例えばそれは、どういう結果を生むか。
「……開けろ。出る」
「、私は、自力で、動けません。捨て置いて、」
「アホ」
 びしと彼女の額を小突いた。「う」と呻いてこっちを見上げる瞳に「死なせるかよ」と返してその身体を抱き上げた。「もて。お前は俺の傀儡になる奴なんだ、こんなところで死ぬな」そう言うと彼女が笑った。口の端の血を袖で拭い、片方の手で印を結び、「傀儡になるには死ななくてはいけないんじゃ、ないですか」と言うので首を振る。「生き傀儡になれ」と言うと彼女は目を丸くし、それから少し笑って「解」と呟く。
 ど、と土の壁が崩れ間髪入れずに跳ぶ。小娘の方はババアを介抱しているらしくこっちを睨んではいても追ってくる気配はない。ヒルコは捨て置くしかないだろう。どのみちばらばらなのだ。もう修復するのも面倒だ。
「今回はこの辺で引き上げるぜ、ババア。また会おう」
 だん、と岩場を蹴って洞窟を抜ける。腕の中に視線を落とすと彼女が辛そうに目を瞑って息をしている。
「死ぬなよ」
 声をかけると、彼女は薄く目を開けて俺を見上げた。それから口元を緩めて「死んでなんかやりませんよ」と言う。さっきから自分で傷の治療をしているようだが、表面が塞がったくらいで内面の修復までにはいたっていないようだ。早く鎮痛剤くらい飲ませてやりたい。そうすれば治療の方にも専念できるだろう。
「ああ、言い忘れてた」
「はい」
「さんきゅ」
 彼女がぱちと目を開けて一つ二つと瞬きし、それから白い顔でなんだか幸せそうに笑うものだから、死にかけのくせにこいつはと俺は胸中でこっそり毒づくのだ。

それなのにその笑顔が
(いとしい、だなんて)