考える。 例えばもし私が忽然と姿を消したとして、そうしたらこの人は少しでも私を気にして名前を呼んで、あまつさえ探そうとしてくれるだろうかと。 そんなこと奇跡でも起きない限り在り得ないと分かっていながら、愚かな希望を寄せて、私はその可能性を考える。 例えば、私の肉体が衰え朽ち果てていくのを見ているだけの彼が、そんな私を見て少しでも悲しそうな顔をするのだろうかと考える。 そんなこと、奇跡でも起きない限りきっと在り得ない。そう分かっていながら、私は愚かな希望を寄せてその可能性について考える。 「どうして私を傀儡にしてくれないんですか?」 「あ?」 私がそう言うと、彼は眉を顰めておかしなものでも見るみたいに私を振り返った。私はおかしなことを言っているつもりはなかったので真剣に彼を見つめていた。私から視線を逸らし、彼が息を吐く。修理の終わった傀儡を巻物の方に戻してしゅるしゅると巻きながら、彼はこっちに背中を向けた。 「お前を傀儡にしても俺に得がねぇ」 「得がないと傀儡にはしてもらえないんですか?」 「お前を傀儡にするのも傀儡にした後使うのも俺だ。俺に得がないのに誰が手をかけるんだよ」 そう言われてしまえばその通りだった。確かに私には特別な力がない。ここにいるのだって小間使いだ。名の知れた抜け忍でもない私は、暁のメンバーの料理だとかアジトの掃除だとか買い出しだとか、そういったことしかできない。そもそも忍じゃない。だから、傀儡にしたって私にできることがない。そういうことだろうか。 彼の手を煩わせるだけ煩わせて傀儡になったとして。それで捨て置かれていたんじゃ、意味はない。 (…じゃあ私が忍になって、少しは戦えるようになると、違うのかな) 私はじっと彼の背中を見つめた。がしゃ、とヒルコの整備を始めた彼の背中を。 「サソリさま」 「何だよ」 「どうしたら、傀儡にしてもらえますかね」 彼の手が止まり、息を吐く音。こっちを振り返った彼が私を見る。私も彼を見返す。呆れたような彼の顔を。 「お前、頭おかしいんじゃねぇの」 「ここの人たちは皆そうじゃないですか。私だけおかしいだなんてことないはずです」 「常識ぐらい持ち合わせてるだろうが。傀儡になりたいって言う奴なんざ俺は初めて見たぜ」 「じゃあ、その初めての私を、傀儡にしてください」 私は真剣だった。彼は呆れたように息を吐くだけだ。 その様子から察することは簡単だった。彼は私がいなくなったとしても私のことなんて気にしないだろう。私が老いても歳を重ねても、この人はずっとこのまま変わらないのだろう。 私の愚かな望みを、この人が叶えてくれることはないのだろう。 そう思ったらほろりと涙がこぼれた。ぎょっとしたように動き彼が見えた。私は自分の顔を掌で覆って「すみません、何でもありません」と漏らして顔を背けた。 ぎりぎりの日常。私が壊れそうで壊れられない日常。暁は異常な思考の持ち主ばかりの集団だ。そんな中にいれば私だって異常にだってなる。 彼に殺してもらって傀儡にしてもらって、それで永久にそばに置いてもらうんだ、なんて愚かな望みを抱いてしまったりもする。 (馬鹿。馬鹿。サソリさまの得になるような子にならなくちゃ、殺してももらえないんだから) 私は蹲った。膝をつく。冷たい床が触れる。絹擦れの音。彼が作業を止めていた手を再開させる音ではない。息を吐く音はする。そして、冷たい温度が私を包んだのも。 目を見開く。掌で覆っていた顔を上げる。目の前には暁のトレードマークである黒地に赤い雲模様の羽織り。 私の目の前はくしゃりと歪んだ。ずるいと思った。 私を殺してくれないくせに、この人はこんなふうに私に優しくするのだ。私は彼に殺してもらって傀儡になって、それで一生おそばで仕えることを夢見ているのに、この人はそれをよしとしないで私を突き放すのに。それなのに現実の今この瞬間はこんなにも優しくて。 「サソリさま」 縋るように呼ぶと、彼の手がぎこちなく私の髪を撫でる。「私を、あなたの傀儡としておそばに置いてください」と懇願する。そうすることだけがこの人に近付く唯一であると私は思っていた。この人が求めるのはそういうものであると思っていた。 人間である私がいなくなっても殺されても老いて朽ちても彼はきっと何も思わない。人間である私のことなんてどうでもいいのだ。だからせめて傀儡になって、壊れたら修理してもらって、そうでなくてもああ壊れちまったかと、そう思ってもらえる存在に。私は。 「サソリさま。私を、傀儡に、」 「…うるせぇよ」 だけど彼は私の言葉を遮ってそう言うだけなのだ。整った顔の眉を顰めて、不快そうにそう言うだけなのだ。 それなのにあなたの腕は優しく私を抱いて、その手は髪を撫でているから。私はすごく、泣きたくなるの。 |