「サソリさまは、どうして悪人ぶるんですか?」
 不思議そうな顔で、ある日そう訊かれた。それはとても晴れた日のことだった。
「あ? 何言ってんだお前」
 当然の如く俺は天候なんか無視で部屋で自分の身体のメンテナンスをしていた。そんなところに がやってきて、そんな言葉を言ったのだ。
 意味が分からなかった。不思議そうにこっちを見つめる瞳には試すとかそういう策士めいた色はなく、ただただ本心から不思議そうに俺を見つめる琥珀の瞳がある。
 俺は視線を逸らして流した。自分の身体を整備するために広げた部品を一つ取り上げる。
「俺は善悪に興味はない」
「そう、ですか」
 彼女が視線を落とし、俺の手元を見る。定位置のように俺のそばに膝を抱えて座り込み、じっと俺の手元を見つめる。前と同じだ。前もこんなふうにして俺の手元を覗き込んで、飽きもせずにそばを離れないで、結局俺が根負けして口を開いて、その度に何か、思わぬことを口走っているような気がする。
(俺んとこに来るぐらいならデイダラんとこに行きゃいいだろうが。あいつだって暇人だろ)
 少しガタがきていた腕の中身のパーツを取り替える。彼女がじっとそれを見ている。真っ直ぐすぎる瞳。疑うことを知らないような瞳。
 彼女といると、どうにも落ち着かない。俺とは違う育ち方をした、俺とは違う純粋さを今でも持ち合わせる人間だ。俺はもう人間じゃないし、人間であった頃も純粋さなど当に捨てていた。
(そうか。そう言われると、確かに分類するなら、悪人だな)
 ふと自分を振り返る。目的のためならばどんなことをも成し遂げてきた俺は、確かに悪人なのだろう。決して善人ではなかった。殺してくれと言った奴を殺すような性格でもないし、善と言われるようなことをしてきた憶えは全くない。
 俺は俺のためだけに人を殺し、人を殺し、人を殺し。それで気に入った奴で傀儡を作り、時間を過ごし、また人を殺し、人を殺し、人を殺し。それだけで。
 だから悪人だと言われればそんな気もした。俺は俺の思う永遠のために生きている。
 肉体は死んだけれど、俺は生きる。俺という意識は、俺が達成すべきことを目標にどこまでも地を這う。
「…どっちかと言われれば悪人だろ。俺は」
「そう、でしょうか」
  が首を傾ける。琥珀色の髪が揺れる。
 彼女はきっと善人だ。例えその手が汚れていようと汚れていなかろうとそう思う。ここにいる奴らはそんなふうに笑えないしそんなふうに純粋じゃない。まるで神だ。俺達が失ってしまったものを全部持ち合わせている、彼女は神のよう。
「サソリさまは優しいですよ」
 躊躇うことなく、彼女がそう言う。俺は眉を顰めた。「阿呆」と言うと彼女がむっと頬を膨らませて「阿呆じゃないです」とむくれる。子供っぽい顔というか嘘を知らない顔というか、彼女らしい表情に俺は口元を緩めた。
「優しいなんて言うのはお前ぐらいだ。つーか、それ言うならお前は善人だろ」
「え? いえ、私なんかほら、中間? みたいな中途半端な位置にいるんですよ多分」
 ぱたぱたと手を振った彼女が俺の手元を見つめて困ったように笑う。がしゃん、と展開していた腕を閉じた。これでここはもう済んだ。
 顔を上げて を見る。「善人だろ」と二回目になる言葉を言うと、彼女が困ったように眉尻を下げる。
「そんな大そうな人間じゃないです、私」
 自信なさげに視線を落とす彼女。広げてある部品を拾い上げる。埃を被っていたので指で払ってやる。
「そうか? 俺にはお前がそういう人間に見えるぜ」
「え、」
「俺やデイダラ、暁の面子にはないものを、お前は持ってる」
「…皆さんに、ないものを?」
 呆けた顔をした の額をぴんと小突いた。「う」と呻いて額を擦る彼女をくつくつと笑う。
「間に受けるな。騙されるぞ」
「うう…サソリさまぁ」
 情けない声を出した彼女に、俺はぽいとパーツの一部を放った。それをキャッチした が「何ですか?」と首を傾げるから「やるよ」と一言返す。それはもう使いものにならない、さっきまで俺の身体に組み込まれていた部品の一部だった。彼女が瞬きする。そうして持っていても絶対使い道のないそれに笑顔を浮かべるのだ。あの笑顔を。
 一応念押しで「使い道ないもんだからな。捨てるならゴミ箱に放れ」と言い置く。彼女がぶるぶると首を振って、まるで大事なものでも抱えるみたいに掌におさまるパーツを抱き締めた。宝物でも抱き締めるみたいに幸せそうな顔で。
(…だから、それゴミだっていうのに)

 俺はひっそりと溜息を吐いた。
 じゃあ何でそんなゴミを、俺は彼女に与えるような真似をしたのか。
 恐らく確かめたかったのだ。彼女が善人である、と。
 くだらないゴミ同然のものでも微笑みで拾い上げる、そういう人間なんだと。

どうかそのままためらわずに


(変わらずに、生きてくれ)