恋とは降ってくるもので

 よく晴れたその日の朝八時。いつもの朝の会議の時間に、色々な意味で真選組を激震させる出来事が起こった。
 すらりとした長身にさらりと綺麗な黒髪。この世の穢れなど何一つ知らないような、または全てを知っていても受け入れ享受しているような…あれ自分でも何言ってるのか分からなくなってきたぞ。とにかく、綺麗を通り越して美しい黒をたたえた瞳をしたイケメンなその人は、沖田隊長に連れられて朝の会議の場にやってきた。そう、真選組の制服に身を包んで。
 なぜだろうか。同じ制服を身に纏っているはずなのに、彼の制服姿というのが輝いていた。まるで今まさに長い夜が明け地平線から朝陽が覗いたような…大げさに表現すればそれくらいに輝いて見えたのだ。
「沖田です。今日からお世話になります。よろしくお願いいたします」
 流れるようなスマートな動作で畳に両手をついて頭を下げたその人は、そうやって朝から屯所内を騒然とさせたのであった。
・記録1 『苗字の沖田について』

 今日は大した議題もない=会議する必要もない朝の時間となれば、みんなの興味が自然と新入りの沖田さんに集中するのは自然なことと言えるだろう。
 一人が挙手して「はい! せっかくだから今から沖田さんの自己紹介の時間にしてはどうでしょうか!」と嬉々として提案すれば、困ったように眉尻を下げた沖田さん…っていうともう沖田隊長と間違えるのでこのさい名前で呼ばせてもらおう。さんは困ったように眉を八の字にした。
「自己紹介? 俺の?」
 困った顔に似合う困った声は、それはそれでありかなと思う。いや何が。
 自分にツッコミつつ「沖田って、沖田隊長の沖田ですか?」さっそく他の隊士が突っ込んだ会話を試みるのを聞く。下手すれば沖田隊長のバズーカでのツッコミがくるっていうのに臆していないというか、それだけさんに興味津々みたいだ。他にも若干名すでに彼に熱い視線を送っている隊士が何名か。かく言う俺もその一人っぽい。
 いや、綺麗なんだよ。いちいち所作言動が。いや、何を言ってるのかって思うかもしれないけどこれは本当なんだ。彼は綺麗なんだよ。なんかもう細胞一つ一つから全然違う作りの人間なんだろうなって思うくらい綺麗なんだよ。真選組の制服に身を包んでるし喉仏だってあるし間違いなく同性ではあるんだけどさ。
 さんは困った顔のままで黒い髪を揺らして首を傾げ、横で欠伸している沖田隊長を見やった。
「沖田は同じ漢字です。というか、総悟と家族になりました」
 ……ん? 沖田隊長のことを名前呼び? え、なぜそんなに親しげなんだ入隊初日に。
 っていうか、家族? 沖田隊長の家族って言えば、もうお姉さんだけで、そのお姉さんもこの間に亡くなっていたはず。お兄さんがいたなんて話は聞いていない。髪色とか顔立ちも似てないし。
「…家族、ですか?」
「です」
 思考が先走ってショックを受けた一人がバタッと倒れる。「しっかりしろぉ!」と他の隊士に抱えられる姿を横目にしつつ、今の言葉の真意を確かめようと他の隊士が挙手して質問した。「それはつまり、養子縁組とかそういうことでしょうか」「そうじゃないでしょうか。俺はよく分からないので…書けって言われたところに名前を書いて拇印を押しただけで…総悟がそうした方が早いって」え、早いって何が。
 みんなの視線がざっと沖田隊長に集まる。が、もともとマイペースな沖田隊長だ、みんなの疑問に答えるなんて優しいことをするはずがなく、眠そうに欠伸を連発しているだけ。
「総悟?」
 が、しかし。沖田隊長のことを『総悟』と名前呼びするさんに、隊長はわりかし甘かった。面倒くさそうにあっち行けよお前らと俺らに向かって手を払いながらも、さんに向かってだがしっかり説明している。
「苗字のない奴ァ登録するのは手間がかかるんでィ。天人じゃないかーとか攘夷志士じゃないかーとか余計な勘ぐりが入るんでなァ。なら俺の保証付きで『沖田』って名やった方が早ェだろィ」
「そうなんだ」
「そうなんでィ」
「そっか。俺のためにわざわざありがとう」
 男には決してできないような綺麗な笑顔を浮かべたさんに、恐らくこの場の隊士の半分ほどの頭がパーンと弾けた、そんな擬音が聞こえた気がした。
 っていうか、何なんだこの二人。いやに親密じゃないだろうか。これは俺の気のせいなんだろうか。あの沖田隊長が「別に」ってぼやいて顔を逸らしてるよ。綺麗な笑顔から逃げるように。対してさんはそんな沖田隊長に微笑んでるよ。
 あっ駄目だ見つめてるとなんか鼻血が出そう。いったん記録中止。
・記録2 『局長のさんに対しての反応』

「あの、局長。さんの入隊許可はやはり局長が?」
「ん? ああ、そうだ。総悟が神妙な顔で奴を連れてきてだな、何を言うかと思えば、だよ。いやー驚いた。総悟直々の推薦というのにもだが、まさか自分の家族にしたいとは。なんだアレ、あれっ、もしかしてそういうことなのか…? なぁ山崎、そういうことなのか? 俺は今更それに気付いてしまったのか!?」
「いや、ちょっと落ち着いてください局長。アレソレじゃ分かりませんから。とりあえず沖田隊長が直々の推薦で連れてきたってことなんですね」
「ああ。ん? なんだ山崎、メモなんか取って」
「いえ。他の隊員のみんなもですね、さんのこと知りたがっていて。あ、ホラ久しぶりの新入隊員なので! そういう意味ですからっ。せっかくだし仲良くやっていこうっていうアレですから!」
「おー、そう言われればそうだな。しばらく欠員もなかったしなぁ。ムサいうちには似合わないくらい綺麗めだよなぁ」
「ですね。イケメンすぎてなんかもう同じ性別の人と思えないです。顔ってやっぱり大事なんですねぇ」
「……やはり世の中ああいう男の方がいいんだろうか…お妙さんも…」
「…あー、えっと、じゃあ、俺はこれで。局長仕事してくださいね、そんなとこでいじけてないで」
・記録3 『副長のさんに対しての反応』

「気に入らねぇ」
「…ぶっちゃけますね」
「あ? だってそうだろ。聞けばあの野郎、ろくに刀を握ったこともなけりゃまともな筋肉の一つだってねぇんだぞ。ふざけんなってんだ。そんななよっちい男がなんで真選組の隊員なんだよ。使えねぇ。全くもって戦力外じゃねぇか」
「で、でもですね、ほら、あれだけ見た目が整った人ですから、屯所の受付とかをやってもらえばいいんじゃないでしょうか。ほら、ウチって男ばっかりでムサいイメージが定着してますけど、あんなイケメンさんが受付やってくれたらそりゃイメージアップ間違いなしですって」
「…そうかぁ?」
「そうですよ。受付だって立派な仕事の一つですよ。デスクワークですし、一般人と触れる窓口でもありますし。さんならきっと市民に対してのイメージ改心を遂げてくれますよっ」
「はぁ。そうかねぇ。つーか山崎、いやに奴を押すな。なんだぁ? 総悟が使えねぇ野郎を引き入れたのにお前噛んでんのか?」
「いやいやいや、噛めるなら俺だって噛みたいですけどってそうじゃない。じゃあ、副長はさんについて知ってることはないってことですかね」
「知るかよあんな野郎。言っとくがなぁ、俺は新入りにだってビシバシいくぞ。加減なんかしねぇ。ウチについてこれねぇ野郎は即刻叩き出す。局長が認めちまったからとりあえず容認してるが、隙あらば叩き出してやるからな俺は。あと山崎、お前仕事行け。斬るぞ」
・記録4 『沖田隊長との関係について』

 さん入隊初日の夜、場所は食堂。
 今日一日沖田隊長に屯所の案内や真選組という組織について、多岐に渡る講義やら説明を受けて二人きり状態だったさんがフリーになったのは、沖田隊長が厠に用を足しに食堂を出て行ったことによってだった。
 が、さんがフリーになったのは一瞬であり、湯のみを傾けた彼の周りにはわっと隊士が集まった。「さん、俺質問がっ」「俺も訊きたいことがあって!」群がった隊士に湯のみを両手で包んださんが困った顔をする。気のせいか眠そうだ。初めての場所の初日ともあれば、世渡りの上手そうな彼でも緊張するのかもしれない。早く休ませてあげたいと思う傍ら、俺はメモを開いてペンを握っているわけだけど。
「俺で答えられることなら、どうぞ」
 人がいいのだろう、さんはたくあんを一つ口に放り込みながらそう言った。
 そこからはもう質問の嵐だ。
「沖田隊長とはどこでどうお知り合いに?」
「怪我で倒れてるところを介抱して、…まぁ、そんな感じです」
「あの、身長はいくつですか!」
「182…? くらい」
「年齢をぜひ!!」
「今年で23、です。多分」
「あの、すごくいい香りがするんですが、香水か何かでしょうか?」
「です。桜の。でも副長に注意されたから、明日からはつけません」
「なぜ真選組に入隊を?」
「総悟が、まともな職につけって、半ば無理矢理」
「まともな…というと、さんは前職は一体何を?」
 俺達もいつも食べているお茶うけのたくあん。なんの変哲もないそのたくあんをつまむ指は長く、形のいい唇にがうっすら開いてたくあんをかじりながら、彼はしーと唇に指を当てて笑った。いたずらっこのように年齢より幼い笑顔でくすりと笑って、「内緒」と一言。
 その笑顔に彼を囲んでいた隊士達の頭がパーンと弾けたのは間違いないだろう。
 そして、どうやら俺の頭も弾けてしまったようだ。メモ帳の文字がおかしなくらい歪だ。震えている。
 しかし、俺達がさんと話をできたのはほんの束の間のことだった。沖田隊長が戻ってきたのだ。
 さんを囲んでいる俺達を見ると盛大に顔を顰めて舌打ちし、「何やってんでィてめーら」とぼやくと、次いで、はぁーと深く息を吐いてがしがし頭をかく。そんな沖田隊長に「お帰り総悟」と声をかけるさんはいたってナチュラルスタイルである。それを沖田隊長も容認している。…この二人の間にはやはり何かあるに違いない。そう邪推してしまうのは俺だけじゃないだろう。
「今日はもう寝ようぜィ。慣れないことして俺ァ疲れた」
「俺も疲れた」
 ゆるりと席を立ったさんが空の食器類を返却口に戻し、パートのおばちゃんにさらりと笑顔を浮かべて「おいしかったです。ごちそうさまでした」と一撃でその心を奪っていきながら、沖田隊長と並んで食堂を出て行く。最後に俺達に向かってひらりと振られた手に、必要以上にみんながぶんぶん手を振り返していた。「そういえば、俺の部屋っていうのはどうなった?」「局長に話はしてみたが、今どこもいっぱいなんでさァ。欠員とか出るまでとりあえず俺と相部屋」「そっか。お世話になります」遠ざかっていく二人の声。
(あのマイペースな、我が道を行く、邪魔する奴はバズーカで吹っ飛ばす沖田隊長が、相部屋を提案だと。さんはそれを不思議に思うでもない…)
 ここで俺山崎はピーンときましたよ。っていうか嫌でもきますよこれは。あの沖田隊長が、副長曰く刀を握ったこともない筋肉の一つもない男を連れてきて、苗字がないからって自分の苗字をあげてまで真選組に入れた。ガラじゃないだろうに他人の面倒を見ている、果たしてその心は? そんなもの決まってるでしょうがよ。
 さらり、とメモ帳に書いた文字を見つめる。
『恋』
 そして、続く文字はこうだ。
『失恋』
 これは沖田隊長のことではなくて俺のことだけどね。
 はぁ。辛い。いい加減報われる恋をしたいなぁ。