イケメンなんざクソ食らえ

 朝七時半。不真面目な多くの隊員がギリギリに起床し朝飯をかきこみ集うまでの間に、今日の議題の確認や刀の手入れ、朝の一本を吸うのが俺の日課だ。
 あと二十分は誰も来やしないだろうといつものようにタバコを口にくわえたところだった。カラリと襖戸の開く音に視線を投げると、あの新入りがいた。俺の姿を認めるとぺこりと頭を下げて「お早うございます副長」と挨拶してくる。
 刀を握ったことはねぇって話だし、まともな筋肉の一つもない軟弱そうな野郎だが、少なくとも会議に遅れるような不真面目ではなさそうだ。その点は評価してやろう。真選組には時間もルールも守らねぇ不届き者が多すぎる。
 ああ、とぼやくように返して紫煙を吐き出す。
 新入りは上官からの注目を避けるためにあえて選ばないだろう場所。局長と副長の俺、二人分の座布団が敷かれた場所から近い位置。奴はそこに腰を下ろして抱えていた本を膝の上に広げた。題名は『真選組屯所まにゅある』…どうやら奴は気持ちという姿勢だけでも真選組に貢献しようって気はあるらしい。総悟が連れて来たにしちゃおふざけの少ない野郎だ。てっきり同じ穴のムジナかと思っていたが。
「総悟はどうした」
「さっき起きてたので、ご飯じゃないですか」
「起こしてやれよ。同室だろ」
 それでバズーカで爆撃されればいいとは言わなかった。
 ただでさえ馬鹿をやる野郎共ばっかで真選組の評判は落ち気味だ。山崎の言うことを真に受けたわけじゃないが、今までの真選組のイメージをぶっ壊すには新しい顔や側面が必要だろう。そう、この軟弱野郎のような、外受けのよさそうな奴が。いざ外仕事ってときにコイツはまず使えないだろうが、その分屯所内の雑用専門で回していくっていうのも手の一つではある。
 俺が腹ん中で何を考えてるかなど知らないだろう野郎は困った顔で笑って「起こしたんですけど、まだ眠いって。俺はまだ屯所内の施設にも慣れていませんし、少しでも知ろうって、これを参考にしながらあちこち見て回っていたんです」まにゅある本を振る相手にへぇと返してタバコの煙を肺まで吸い込む。
 調子が狂うな。あまりにプレーンな反応というか…邪気がなさすぎるというか…計算すら感じないというか…。ここの奴らがまともでなかったってだけで、俺がそれに慣れちまってるだけなのかもしれないが。
 それにしても総悟の野郎。俺には事あるごとに、つーか隙あらば斬りかかるわバズーカ撃つわ手榴弾を転がすわの暴挙に出るくせに、この野郎には睡眠の邪魔をされてもスルーかよ。どういうことだ。納得いかねぇ。
(総悟が連れてきたくせに同類の馬鹿ってわけでもねぇようだし…。アイツは真面目そうな奴とか嫌ってたクチだろ。そんな奴と同部屋とか、バズーカ撃つくらいじゃすまないだろ。なんだ? 違和感ばっかり拭えねぇな気持ち悪ぃ)
 苛々と爪先で畳を叩きつつタバコの煙で苛立ちを落ち着かせる。とりあえず一本吸う。何事もそれからだ。
 俺が黙ってタバコを吹かし、奴は黙ってまにゅある本を読む。一本で終わらず二本目を吸って、ようやく落ち着いた身体で座布団の上にどっかと胡座をかく。
「で、だ。テメーに訊きたいことがある」
「はい」
 ぱたんと本を閉じた相手がすっと背筋を正して綺麗な正座の見本を作る。なんだコイツ茶道でもやってたのかって感じで。恐らく着物を着て茶道具でも用意すれば若い先生とかに見えるに違いない。
「総悟が馬鹿して死にかけてたとこを手当てしたらしいな。そのことにはまず礼を言おう。助かった」
「いえ。俺が勝手にやったことですから」
「…もうちょっとがっついたらどうだ? あんなだがウチの切り込み隊長だ。それなりの礼ならするが」
 どうにも背筋が落ち着かない謙虚な対応にこっちから提案すると、相手は穏やかに微笑んだ。真選組の制服がまるで似合わない、そんな人種を感じさせる笑い方にぶるっと背筋が寒くなる。俺ぁこういう奴は苦手だ。
「じゃあ、一つだけいいですか」
「おう。言ってみろ」
「この、制服の上着のボタンを外したいんですが…上一つだけでいいので。窮屈な服は着慣れていなくて、苦しいというか、落ち着かなくて」
 窮屈、苦しい、辺りの不快感を顔で表してもなおのこのイケメンぶり。人の命助けておいての礼がそんなもんでいいってんだから。
 なるほど。世の女がイケメンイケメンって騒ぐわけだ。イケメンなんざクソ食らえ。
 好きにしろと許可すると、相手はほっとしたように息を吐いて上着のボタンを一つ外した。それで少しは窮屈でなくなったのかマシそうな表情になる。
「で、なんで沖田なんだ」
「はい?」
「お前だよ。総悟と養子縁組の関係になったって聞いたぞ。どういうつもりだ」
「それは、俺に訊くよりも総悟に訊いた方が…」
 あんなだが総悟は一番隊隊長だ。新入りに名前呼びされてたんじゃ格好がつかないだろう。一つ注意するか、と息を吸い込んだときスパンと勢いよく襖戸が開いた。その総悟がくあーと欠伸をこぼしながらスパンと襖を閉めてやってくる。
 野郎にしちゃ早い、いや早すぎる集合だ。感心するとかそういう問題じゃなくいっそ気味が悪い。
「眠ィ」
「もう十五分で会議だよ」
「どーせろくな議題ないに決まってらァ。それまで寝るんでヨロシク」
 この辺りはおよそマイペースな俺の知っている総悟だったが、ここからが違った。後ろの方でアイマスクをつけて寝転がるのではなく、わざわざ前までやって来て、わざわざ新入りの横を陣取り、ふらーっと倒れてそのまま奴の腿を枕にした。
 いや待て。何してんだお前。男の膝枕借りてまで寝たいのか。いつもその辺りで自分の腕枕にして寝てたろ。
 ざわっと背筋が寒くなる俺に構うことなく目の前では寒い展開が繰り広げられていく。
「正座じゃなくて胡座かけよ。高い」
「はいはい」
 足を崩して胡座をかいた新入りに当たり前のように膝枕を借りる総悟。提供してる新入りは、片手で再びまにゅある本を開き、片手で総悟の髪を指で梳いた。他人の髪を梳くことに慣れているかのようなしなやかな指先にまた背筋が寒くなる。「総悟」「なんでィ」「どうして俺を家族に?」「…なんでィそれ」「って、副長が」ね、と笑いかけられても背中がぞわっとするだけでうんともすんとも言葉が出てこない。
 いや待て。何してんだお前ら。気持ち悪いぞ。誰がどこからどう見ても気持ちが悪い。少なくとも俺には気持ちが悪い。
「だーから、をスムーズに真選組の一員にするためのだなァ…っていけねェや。これは土方さんには関係ねェことですし、もう苗字あげたんで、後の祭りなんで、あんまりツッコまないでもらえます? 放っといてくだせェ」
「…だそうです」
 新入りに苦笑いの顔を向けられてもやはり悪寒が拭えなかった。我慢がならず畳を蹴って立ち上がり「ちょっと厠行ってくるわ」と嘘を言ってまでその場を後にする。
 厠という気分にはなれず、集合五分前に行けばいいだろと外でタバコを吸って会議の部屋に向かうと、部屋の前に人だかりができていた。「…何してんだテメェら」中に入れよと顎をしゃくると隊士が揃ってしーとか言ってきやがる。こめかみ辺りが引きつるのを感じながら「いいから入れや」と少しだけ開いていた襖戸をスパンと開け放つと、総悟と新入りは俺が出て行ったときと何一つ変わっていなかった。「あ、」気付いた顔で頭を下げて「お早うございます」と挨拶してくるのは新入り。狸寝入りか本当に寝てるのか知らないが総悟は奴の膝枕を借りて畳に転がったまま。
 あー。気持ち悪い。
 新入りの仕事に対する姿勢は評価できる。真面目だ。時間を守る。器量が悪いわけでもない。体力筋力面の強化という当面の課題はあるが、このまま順調にウチに馴染んでいけば頼れる隊士の一人となるだろう。
 とりあえずウチのルールや仕事内容に馴染むまではと屯所内の受付を任せている。これがなかなか市民に好評らしく、ウチは相談所じゃないっつーのに連日受付にくだらない要件を話しに人が並ぶほどだ。どんなくだらない相談内容だろうが親身になって聞いてくれる…という姿勢で新入りの人気は屯所内外ともにうなぎのぼりらしい。
 まぁ、それはいい。おかげで今まで失敗で終わってきた真選組のイメージアップに繋がっている。それはいいんだ。むしろ助かってるくらいで。
 が。いかんせん総悟との距離が近いのが気持ちが悪い。他の隊士に異様に慕われているのも気持ちが悪い。
 すぱー、と紫煙を吐き出しながら、一人庭で素振りを続ける局長に話を振る。
「近藤さん…あの二人は何なんだ? 異様だろ。絶対変だろ。総悟の奴今じゃ俺に斬りかかるよりも新入りに入り浸りだぜ。あの総悟が。『死ね土方』『副長はこの俺だ』ってうるせぇあの野郎が。ぜってーおかしい。いや昔からおかしな奴だったが」
 ぶん、ぶん、と日課の素振りをしながら局長が豪快に笑う。「なんだトシ、お前は綺麗めは苦手だったか?」「好きじゃねぇよ。男だぞ」「まぁなぁ。だが、羨ましいくらいにイケメンじゃあないか。内も外も」…それはまぁ認めるが。あれだけ整ってるとむしろ人間じゃない生き物に見えて俺にはどうも受け付けない。
 ふー、とタバコの煙を吐き出しながら、オフの日まで揃えやがっている二人を思い出して鳥肌を立てている腕をさする。
 普段から隊舎で顔合わせてんだから休日まで揃える必要ないだろ。何か? 奴らは内でも外でも一緒にいるわけか? なんだそれほんと気持ち悪い。
「トシよ」
「あん?」
「総悟はミツバ殿を失ってから塞ぎ込みがちだった。だが、変わったよ。俺はそれに安心した。やはり恋とはいいものだよ。
 死者の記憶というのは美化され美しくなっていくものだ。だが、思い出が増えることはない。それはやはり過去でしかないんだ。新しい思い出は、生きている者にしか作れん。そして、は生きている。虚ろに片脚を突っ込んでいる総悟を現実に連れ戻すだろう」
「……近藤さん」
 ぽろ、と手からタバコが落ちた。とんと畳に落ちたタバコを慌ててもみ消す。
 今何か重要なことを言われたような、そうでなかったような。
 いや。俺は恐らく知らない方がいいんだろう。俺が知らずとも近藤さんが知っていることならそれでいい。必要なことならそのときに知ろう。今はまだ、二人の真実は俺にはいらない。
 ぶん、ぶん、と素振りを続ける局長が「で、二人は今日どこへ行くとか言ってたのか?」「…遊園地だとか言ってた気がする」げっそり答えると局長はまた豪快に笑った。なんでか知らないが、一人で満足そうに。