そのイケメンを分けてくれ

 男一徹近藤勲は三十路手前の独身、そして真選組局長である。
 自分で言うのもなんだが、隊士達からは信頼されている。共に数々の死線をくぐり抜けてきた総悟やトシは家族と言っても過言ではないだろう。
 しかし、そんな俺でも隊士達からまったく当てにされていないことがある。そう…恋愛面である。
「志村妙さん18歳。父親の遺した道場の復興のため、今はキャバクラで働いているんだ。どうだ、美人だろう」
 秘蔵の写真を見せると、入隊一ヶ月になる新入り沖田は写真を見つめて黒曜の瞳を細くした。「キャバクラですか」美人だろうって台詞はスルーである。「お家の事情があるんだよ。稼げるところで働かなきゃならない事情ってもんが」うんうんと頷きながらそこはカバーする俺。へぇ、とぼやいたは眠そうに欠伸をこぼしただけで、お妙さんに興味があるような素振りは見せない。俺としてもその方がありがたい。こんなイケメンが恋敵になろうものならまず間違いなく俺の全敗だ。
「それで、その人がどうかしたんですか」
「うむ。俺はな、この人に惚れている。どうしてもお付き合いしたい。これまであの手この手を使ってアピールしてきたんだが、振り向いてもらえないんだ……そこで、真選組結成以来のイケメンであるお前に恋のイロハの教授をお願いしたくてだな…」
 頼むよ、と手を合わせる俺に、は困り顔だった。イケメンというのはそういう顔ですら様になるものらしい。「あの、局長。言いにくいんですが」「なんだ」「俺も恋の経験はあまりなくて」「何ィ!? いや、いやいやそんなはずないだろう。恋の一つや二つ、いや十や二十、経験あるだろう!?」詰め寄る俺には困り顔のまま頭を振る。
 まさか。そんなはずがない。こんなイケメンを世の女性達が放っておくわけがない。事実、ウチの隊士達だってに惹かれている者多数だ。屯所の受付に行列ができるのだってが受付業務を担当するようになってからであり、相談事を持ってくる九割が女性。明らかにの目当ての者ばかり。あからさまにお土産を持って気を惹こうってのが見え見えな者までいるんだぞ。そんなイケメンが恋の経験があまりないだと? 俺を気遣ってるのか? そんな気遣いはいらん。虚しくなるだけだからやめてくれ。それとも出し惜しみか? いくらイケメンといえどモテる方法は早々他人に伝授はせんと、そういうことか?
 俺はどうしてもお妙さんの心をゲッツしたい。何が何でもゲッツしたい。そのためなら新入りに頭を下げることだって厭わん。「頼む、この通りだ!」と土下座する俺に「局長」と慌てる声。
「頭下げられても困ります。俺、本当に、」
「そーですぜ近藤さん。は意識してやってんじゃねェんだ。いいですかィ、キラーなんですよ。人の意識と視線刈り取るキラーなんでさァ」
 ん? と顔を上げるといつの間にか部屋に入り込んでいた総悟が訳知り顔で腕組みしての隣で頷いている。
「だいたい近藤さん、が人を口説いたらどうなるか想像つくでしょ」
「いや、だからだな、その技を是非伝授してもらいたいわけだよ俺は。この目にしかと焼き付けて同じようにモテたいわけだよ俺は」
「今ポロッと本音出ましたぜ近藤さん。
 伝授ったってなァ、困っちまうよ。の技は有料サービスだぜィ。なんなら有休許可出してくれるってんでも可でさァ」
 にやっと笑った総悟の黒い笑みにうぐぐと唸り、お妙さんを見事口説き落とした自分と有休許可の一筆を秤にかけ………俺は有休許可を書くことを選んだ。
 がくりと畳に両手をついて項垂れる俺に総悟が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「当然ですけど俺と二人分ですぜィ」
「はぁ!? お前、一人分通すのだけでもけっこー大変なんだぞ! 松平のとっつァんがうるさいんだぞ!?」
「へえェ、じゃあの手並みが拝見できずともいい…と?」
「うぐっ」
 卑怯な、と畳を叩く俺に総悟は勝ち誇った涼しい笑みを浮かべていたが、一つ吐息をこぼしたに手を取られると、一点、その顔から笑みは消え去った。まるでそうすることが自然かのように総悟の手の甲に唇を寄せたはイケメンである。他人の手に口付ける仕種のどこにも照れや羞恥は見受けられない。まるで漢だ。いや、イケメンだ。
 俺達だけで進んでいた話だったが、黙っていた奴が中心の話なのだ、当然奴にも意見を言う権利はある。
「口説いて、いいんだ?」
 総悟の手の甲にキスをしながら淡い笑みを浮かべてのこの言葉。もう片手は息をするかのようなナチュラルさで総悟の腰を抱き寄せている。ふむなるほど、これがイケメン…ってあれ。
 いや、確かに見本が見たいとは思ったけれどもね。別に男を口説く場面が見たかったわけではなくてだね。できれば異性相手に見本を見たかったんであってね。
 そしておい総悟。顔が赤くなってるぞ。
「お、俺を口説いて、どうすんでィ」
 やっと喋ったと思ったら総悟らしからぬ弱々しい感じの口調だった。誰かに弱い総悟を見るのはミツバ殿に対して以外では初めてだ。
 うむそうだ、男なんか口説いてもしょうがないと頷く俺だったが、の奴はふわりと周りに桜の花が舞い散るような華麗な笑顔で「じゃあ女の人を口説こうか? 総悟がそれでいいのなら」となぜか総悟にふっかける。カチンときたのかの手を振り払って距離を取った総悟が「おぅおぅ勝手にしろよ。せいぜい近藤さんのいい見本になってくれ」と吐き捨てつつさっと俺の背中に隠れやがった。…何がしたいんだお前。
 薄く笑みを浮かべたがゆるりと立ち上がる。「隊服では目立つので、着物に着替えてきます」「お? おお」どうやら有休許可と引き換えに自身も乗り気になってくれたようだ。よかった。これでお妙さんと結ばれる未来は近くなったぞ。
 だがしかし、と肩越しに視線をやると、部屋を出て行くを睨んでいる総悟がいる。
 おい総悟よ、まだ顔が赤いぞ。
 で、総悟はなぜか俺達についてきた。名目としては『がイケメンを発揮してる場面の解説役』らしい。
 隣に並んでいたんじゃの実践を邪魔しかねないので、とりあえず少し離れたところからの観察が最初の授業である。場所は歌舞伎町だ。ナンパなんかには事欠かない落ち着きのない町。雑多なその場所をカランコロンと下駄を鳴らしながら桜を散らした羽織りの背中がゆるりとマイペースに歩いている。
「しかし…こうして離れて見ていても、奴はやはりいい男だなぁ。見ろ、すれ違う女性のほとんどの視線を奪っているぞ」
「そーですねィ」
 隊服から私服の着物に着替えた俺と総悟は一定の距離を保ちつつを追う。
 一体どんなふうに誰に声をかけるのかとつぶさに観察していると、短い丈の着物に足を曝け出すというイマドキな若者に逆ナンされた。「わーイイ男!」「おにーさん、ここらじゃ見ないね。あたし達と遊ぶ?」「カラオケ行こうよぉ」ふむ、いい男というのはナンパする前に逆ナンされるものらしい……なんじゃそりゃちっとも見本にならん。俺は逆ナンされたことなぞ一度としてないわ。泣いていいですか。
 おいくそイケメン羨ましいなと歯軋りしていると、隣にいる総悟が無言でバズーカを構えた。目がイッてる。「おいちょっと待てアレ一般人!」無言で引き金を引こうとする総悟ともみ合っている間に、はゆるりとした手つきで近くのお茶屋を指した。「このあと約束があるから、お茶くらいなら一緒できるよ」柔和な笑顔で提案したにキャーと女子達から黄色い声が上がり、両手に花状態のが茶屋の中へと消えた。
「総悟、追わないと、ほら、なっ」
 不祥事起こされちゃたまらないと必死で訴えると、総悟は無言でバズーカをしまった。当たり前に機嫌が悪い。そんな総悟と茶屋の外に席を取り、適当な団子を一本ずつ頼んで、店の中で女子に囲まれてやわらかい笑顔を浮かべているを観察する。
 そのイケメンぶりをどうにかものにしようと一心不乱に観察する俺とは別に、隣で団子を食ってる総悟はやはり機嫌が悪い。
「おい総悟、お前解説なんだろ。説明してくれ。なんではああもモテるんだ?」
「顔でしょ」
「世の中顔が全てか……」
「別にそーは言いませんけどねィ。アイツの場合、出会ったらまず顔がキレーなのに惹かれますよね。で、そこのメス豚共のようにナンパする奴もいまさァね。顔だけイケメンかと思ったら中身までイケメンなんですよ。惹かれないわきゃねェ」
「そもそもどの辺りがイケメンなんだ? イケメンの定義ってのは何なんだ」
「気遣いができるってことじゃないですかィ。ほら」
 総悟が団子の串でぴっと指したのは女子の一人だ。団子のタレを着物にこぼしてあたふたしている。その女子にが自分のハンカチを差し出し拭ってあげるという、躊躇いのない流れる動作。確かに、団子を食うことなんかに意識を割いていたらできることじゃあない。
 俺の分の団子まで引ったくって食いながら、総悟が続ける。「あの野郎はそういうことが得意でしてね。なんていうか、他人に尽くすってことが。自然と全部やっちまうんですよ」「お前それ俺の団子…」「ムカつく奴でしょ。どんだけ似合わない格好させても微笑うんですぜ。果てにはナンパされてんです。あームカつく!」地団駄を踏む総悟に大人しく茶をすする俺である。触らぬ総悟に祟りなし。
 団子屋前で女子の集団と別れたあとは、真選組の受付として顔を憶えられているらしい奥さんに捕まっての会話。適当に切り上げたと思ったら待ち構えていたかのように次なるナンパに引っかかり、その次、やっと誰かに声をかけナンパ開始か!? と思いきや道に迷った爺をちょーど通りかかったって顔して尾行してやがった山崎に任せる始末(ちまみに山崎はその後総悟によってバズーカで爆撃された)。ちっともイケメンを活かした見本っていうのが見られない。
 おいおい一体どういうことだ。有休許可証を書いてやるんだぞ? その分仕事してくれないとだろーが。
 どことも知れない小さな公園のベンチに腰かけたに、我慢ならずにざくざく歩み寄って「おいどういうことだ!? イケメンの極意を俺に教えてくれるんじゃなかったのか!?」と詰め寄ると、は本当に困った顔で俺を見上げた。「近藤さん…」「言い訳はいい。ナンパされるんじゃなくてナンパしてこい。俺はその技を盗むから」とにかくほらゴーと背中を押してもは動かない。困った顔で俺の向こうに視点を合わせている。ん? と振り返ればいるのは総悟のみ。
 …ん?
「へっ。屯所での口説く宣言はどーしたィ。情けねェな」
「うん。情けない。気がないから、女の子にちっとも心が割けなくて。これはお仕事でもないし」
「あのーこれ一応有休許可を懸けてるからね? そこんとこ報酬のあるお仕事と思ってしっかり…」
「だいたいなんでェ。俺にはあんなにベタベタしてくるじゃねェか。同じようにすりゃいいってだけだろィ」
「それは、相手が総悟だから」
 ざわりと風が吹いた。俺を通り越すようにして。完全に俺が不要な二人の世界がものの数秒で誕生する。「総悟、好きな子にはどう接したらいい? 恋なんてしたことないから、分からないよ。どうしたら振り向いてもらえると思う?」ベンチを立ったがふらりと総悟との距離を詰める。警戒するように後退りする総悟の頬がなぜか赤い。「そりゃ、あれだろ。お前しか目に入らねェ! ってのが分かるくらい、ウザいくらいにアピールをだな…」「たとえば?」「た、たとえば…離せって言われても離さないくらい抱き締めるとか?」へぇ、と薄く笑ったが言葉のままに総悟を抱きすくめた。
「それから?」
「そ、れから……鬱陶しいくらいちゅーする、とか」
 見つめ合う二人に、俺は無言でベンチを立った。完全なる二人の世界に俺は異物でしかない。
(全く、今日は三人分の休みを取ったっていうのに、俺の収穫はゼロか。あーあ。イケメンって結局何なんだ。どこをどうすれば外面関係なく中身だけでもイケメンになれるんだ。これじゃいつまでたってもお妙さんと結婚できん…)
 去り際、ちらりと公園を確認すると、熱いちゅーを交わす二人の姿が確認できた。
 まぁ、細かいことは言わんよ俺は。それが総悟の見つけた幸せの形だってんなら。
 だがよ。お前が総悟の純情を踏みにじるようなら俺の制裁が待ってるからな。それだけは憶えておけ。