呼吸は重要だ。心体のリズムを合わせ最も充実した瞬間に踏み込み、薙ぐ。要はこれを繰り返すことができればいい。
 まずまとめて斬りかかって奴らを最低限の動きで斬り捨て、俺の実力と気迫に気圧されてじりじりと後退る奴らに向けて構えを取る。
 俺対何人か数えるのも面倒な人数ともなれば、リズムが合わないままで刀振るわなきゃならない場合も出てくる。そうなれば当然だが斬れ味ってのは落ちる。バズーカ構えてボタン押すだけでいつも同じ威力が出せる武器とはものが違う。その代わり、常に一定の威力しか与えられないバズーカと違い、最高の一撃を繰り出せれば威力は無限大、という魅力もあるのが刀のいいところだ。
 ふらっと踏み出した一歩を合図にしたようにわっと群がって来る同じ制服を来た奴らを斬り捨て、斬り捨て、斬り捨てて、たまたま座席の上に着地した。たまたま窓の向こうの景色が目に入った。
 旦那達が俺の依頼を受けながらもここに現れたってことに不満を感じてはいたが、まさかここまで連れてきちゃいないはずだと、そう思っていたかったのに。

 ばん、と窓に手をつく。
 白い大きな犬に引きずられるようにしているあの制服姿…間違いない。俺は両目とも3.0の野生児並みなんだ。相手が好きな奴ともなればなおさら間違えるはずがねェ。
 馬鹿じゃねェのか旦那。せめては置いてくるのが筋ってもんだろう。こんな戦場の中に連れてきて、もしものことがあったらどうする気なんだ。
 一瞬の余所見で反応が遅れた俺の右腕を刀が掠めた。ビッ、と切れた制服の下の腕も少し切れたらしく痛みが走る。
 意識はすっかり窓の外の向こうだ。
 おかげで焦りばかりが募る。早く斬り伏せ早く切り上げ、とにかく列車を止めて外へ。アイツのそばに。犬なんかじゃなくて腕の立つ誰かが守ってやらないと、この戦場じゃ流れ弾を食らいかねない。
 とにもかくにも俺が今できることもやるべきこともたった一つ。『敵となったかつての仲間を粛清し斬り捨てること』この一点のみを実現させ、そのために力を振るう。
 ようやく近藤さんを逃がした車両に戻ったときには、だいぶ疲れていた。右腕が地味に痛む。
 車両にはボロクソになったパトカーが一台ついていた。そこに万事屋メンバーと近藤さんに、なんでかそうなったか知らないが車両とパトカーの間でブリッジ状態になってる土方だ。何してんだこの野郎は。
「何してんでィ土方さん。踏みますぜ?」
「ああん!? テメーよくも伊東と組んでハメやがったなこの野郎…!」
 しかも、オタクでヘタレじゃない方の土方だ。
 ちっ、つまんねェの。もっと弄り倒してやりたかったっていうのによ。「今度後れを取ったら俺がアンタを殺しますぜ。今度弱み見せたら次こそ副長の座ァ俺がいただきますよ」せっかくの機会だし踏みつけておこうとブリッジ状態の土方を踏んでおいた。
 直後、パトカーに乗っていた旦那が鬼兵隊の男にバイクで突っ込まれて落下した。常人じゃ危ないスピードでの落下だったが旦那なら大丈夫だろう。
「近藤さん、こっちへ!」
 ブレーキをかけ速度を落としてきた車両と俺が連結を切り離した車両が急速に距離を縮めていく。
 狙われているのは大将だ。あとはどうでもよかったが、のことを依頼した手前もあるんで、万事屋のメンバーにも手を貸した。土方だけは放っておいたが、奴はこんなことで死ぬ玉でもないから残念ながらこっちの心配もいらないだろう。
 さて、次はどうする。
 まずは列車を止めさせないと降りようにも無理だ。となれば前の操縦室まで行くか? 俺はだいぶ疲れたし、大将を連れてくわけにはいかない。チャイナ服はまぁまぁ喧嘩できるとはいっても女で子供だし、眼鏡にいたっては言うまでもない。前を押さえに行くにゃ頼りない。土方は伊東の相手をするだろう。となれば…。
 思考を巡り、巡らせ…直後に爆音と振動が列車を大きく揺らした。俺の仕掛けた爆弾はとっくに爆発しているから俺のじゃない。
 列車自体を破壊するような爆発を考えるなら、伊東派の仕業じゃないなろう。真選組を乗っ取ろうと企んでる一派がやることじゃない。
(なら、鬼兵隊か)
 内部の勢力争いでお互い疲弊してる真選組が弱ったところを突けば、少ない労力で大きな成果が得られる。
 伊東は鬼兵隊と手を組んだと思っていたようだが、あちらさんは最初から伊東を捨て駒としか見ていなかったってことか。
 座席にしがみつく形で何とか転倒その他を避けた。
 俺達のいる車両から前は爆発でやられたようだ。なんとか踏み止まってるこの車両も、下向きにぽっかりと口が開いてるとこを見るに、長くはもたないだろう。
「近藤さん、無事ですかい」
「お、おお、なんとかな…トシと先生はどうした!?」
「土方さんは知りやせんが、心配ないでしょう。伊東ならあそこです」
 顎でしゃくって示すと、ただでさえ危ない状況だってのに、近藤さんが動き出そうとする。それもかろうじて座席の肘掛けに上着を引っかける形になってる宙ぶらりんの伊東を助けるために、だ。
「近藤さん、アンタ自分が何をしようとしてんのか分かってんですかい? 奴ァ裏切り者ですぜ。アンタの暗殺を計画して鬼兵隊とも手を組んだってのに」
 そう言ったところで近藤さんは止まらない。座席を一つまた一つと下って伊東に近づきながら、後を追いかける俺にこう返す。
「謀反を起こされるは大将の罪だ。無能な大将につけば兵は命を失う。これを斬るは罪じゃねェ。そうだろう総悟」
「…ハァ。相変わらず、お人好しなことで」
 つまるところ、近藤さんは伊東を許すと、そう言ってるわけだ。
 まったくなんてお人好しな人なんだ。ま、分かってたことだけど。
「煙……」
 ずるずる定春に引きずられていきながら、向こうの方で爆音と煙の上がった空を見上げる。「定春」呼べば、定春は俺を離して「ワン」と返事した。眩暈はだいぶ治まったし、おかげさまでまだ生きてる。全身砂埃と返り血でべたべたするけど、手足はあるし、大きな怪我もない。
 定春の背中に乗って、疲れている手で白い体毛を握る。「行こう」とぽんとお腹を蹴ると、定春は煙の上がる方向へ向けて駆け出した。
 半分酔いながら爆発現場に駆けつければ、橋が爆破され、列車は前からいくつかがもう谷底に落ちていた。「そーご…」掠れた声であの子の無事を思う。
 大丈夫だ。そう信じよう。俺は俺にできることを精一杯、全力で。総悟なら大丈夫。最初に会ったときだって死にかけてたけど生き延びたじゃないか。総悟はしぶといんだ、大丈夫。
 へっへっへと舌を出して俺を振り返る定春の頭をぽんと叩いて撫で回した。今日は定春が頑張ってくれてるから俺は生きてる。感謝。
 ここで俺が取れる選択肢は二つだ。
 俺をこういった戦いに巻き込みたくないがために万事屋に預けた総悟の意志を組んで、銀時の面子を思って、ここでみんなの無事を祈っているか、
 自分の意志を通して、総悟を助けに向かうか。
 俺はもう大人だ。子供じゃない。誰にとってどっちが望ましいのか分かっているし、そのために自分が選ぶべき選択も分かっている。
 俺は歯を食いしばってでも待つべきだ。総悟や銀時の気遣いを思うならなおさら。
 真選組の制服を着ているのに、戦えなくて、真選組の一員なのに、部外者で。そんな無力な自分を、この時間を、胸に刻む。次に活かす。もしまた今度こんなことがあったらそのときこそ、俺も力になれるように。
(無力って、歯がゆいものなんだな。俺はそんなことも知らなかった……)