どうにか落ちそうな列車から脱出したが、代償に、ヘリでの銃撃から俺らを庇った伊東が虫の息になった。
 それでも足を止めるわけにもいかず、土方の指揮のもと、伊東を欠き、旦那とやり合って大将をなくした烏合の衆、攘夷志士の片付けに入る。
 放っておいても伊東は死ぬだろう。だがその前に、つけなきゃならないケジメがある。
「旦那ァどういうことでィ! 保護しとけって依頼したはずだろィ!」
 剣と銃弾が飛び交う戦場で見かけた天パにはとりあえず文句を言っておく。「すいませんねぇちょっとした手違いで!」旦那は木刀を上に放り投げるとガチャンとバズーカを構えてこっちに突進しようとしていた車を爆撃し、重力落下で落ちて来た木刀を掴む。器用な人だ。
「つーか何、あのイケメンと結婚でもしたわけか沖田くん!? 同じ沖田ってどういうことよ!」
「うるっせェですぜ旦那! 余分なこと喋る暇があるなら敵を斬ってくだせェ敵を!」
 ウザいくらいに集ってくる蝿のような攘夷志士を蹴散らしながら、白い犬にくわえられて引きずられているを横目で確認する。
 なんか知らねェが血だらけだ。怪我をしてるかもしれねェ。今すぐ飛んでいって犬っころから取り上げたいところだが、伊東が戦意喪失しようが関係ない攘夷志士共は真選組を潰す好機を逃すまいと集ってくる。
 数ではこっちに不利だろうが、戦力的には優位だ。たとえ怪我してようが鬼のように強い旦那と刀の呪いに勝ったらしい土方、近藤さんに俺、癪だがチャイナの怪力もある。そんな面子での持久戦とくれば、敵の瓦解は早かった。「引け、引けェ!」武士の誇りもなんもなしに敵に背中を見せて逃げていく。
 刀を鞘に押し込んで、まだこんな力があったのかと自分でも感心する脚力でに駆け寄った。「おい、」犬っころの頭をべんと叩いてを離させ、べっとり赤で汚れている身体を片手で抱き起こしてぺたぺた触る。
 傷。傷はどこだ。この出血の原因は。
「耳、だよ」
「ハァ?」
「耳を、ちょっとかすって…あとは、なんだろう、返り血、みたいな?」
 赤い色でべったり汚れた顔でいつもの笑顔を浮かべられても嬉しくもなんともない。なんとかならないかと制服のスカーフでぐいぐい拭ってみたが取れない。「いた、痛い総悟」「黙っとけ」ぺっと唾をかけてぐいぐいこする。やっぱり取れない。どんだけ盛大な返り血浴びてんだよ紛らわしい。
 ぐいぐいの顔を拭っていると、止めるように両手を掴まれた、瞬間、身体に流れる血が沸騰した気がした。
 血の色に気を取られていて忘れてたが、俺はと久しぶりに話をしたんだ。久しぶりに体温に触れたんだ。その感動が、じわじわと心を侵蝕していく。
「も、痛いから。大丈夫だから。血なまぐさいだけだから…」
 血で汚れているということを除けばもだいたい元気だ。耳をかすったらしいが、かすり傷ですんでる。きっちり仕事をしなかった旦那には文句をつけたいところだが、今回は世話んなったしよしとしてやろう。
 自分で迎えに行くとか思ってたが、俺は何より、に早く会いたかったんだ。面が見たかった。声が聞きたかった。それが叶ったから、許してやるよ。
 の方も今更気付いたのか、ぼやっとした顔で俺を見上げた。黒曜の瞳の中に深い緑がちらついている。…久しぶりにその目を見た。そこに映る自分も。
 お互い、今の状況も忘れて、お互いしか見えていない。
「総悟?」
「ん」
「俺、総悟のこと好きだよ」
 しかも懲りずに告白してくる。周りに浪人の死体が転がってて、死んだ仲間の死体も転がってて、そう離れてないところで橋が落ちて列車が燃えているってのに、マイペースそのものだ。
 お前は馬鹿だな。
 そんなに俺のこと好きなのか。好きでいてくれてるのか。馬鹿だな。本当に。
 気付かないうちに目から雫が落ちていた。一つ落ちたら最後、ぽつぽつと雨みたいに降り始めて、の赤い顔に点を作っていく。
「理由も言わねェで、テメェ勝手に、遠ざけたのに?」
「うん」
「傷ついただろ」
「うん」
「ふざけんなって思ったろ」
「うん」
 手が自由になる。頭と背中に腕を回され、跪くような格好でとキスをした。鉄錆の、久しぶりにしては最悪な味のキスだった。
 触れるだけのキスで俺を自由にしたは、赤いことを除けばいつも通りのイケメンに困った色を交えて笑った。
「それでも、愛してるって思った俺の負けだよ」
 ぽつぽつと降っていた雫がぽたぽたに変わる。…涙腺が壊れたらしい。そんな俺にが参った顔になる。「総悟、もう泣かないで」「うるせ」泣きたくて泣いてるんじゃねェんだよこっちは。嬉しくて仕方がないのに泣けてくるんだよ。ふざけんな。
(何が愛してるだ。そんなもの、俺だって)
 だん、と地面を蹴って立ち上がる。慌てたように起き上がるを置いてざくざくと大股で歩き、隊士が集まってる方へ向かう。
 最後の仕上げがまだだ。
 伊東は確かに俺達を裏切った。だが、最後にこっちに戻ってきた、馬鹿な野郎だ。
 輪の中心に土方と伊東がいる。これから二人が何をする気か、もう分かっている。
 滲む視界を袖でこすってクリアにする。
 奴は確かに俺達を裏切った。放っておけばじきに死ぬ傷だ。だからこそ斬らなきゃならねェ。アイツを汚い裏切り者として死なせるのではなく、最後は武士として、仲間として、死なせるために。
 刀を取り、片腕失くして、死にかけでも気力で立ち上がる、その様を見つめる。それが奴の最期だから。
「伊東…と、土方」
 とん、と肩に触れた体温と、こぼれた声。誰のものかは確認するまでもない。コイツも、今がどういうときなのか、確認はしてこない。
 土方に斬られ、最期にありがとうと遺して、伊東は死んだ。
 深く息を吐き出して隣の体温に頭を預ける。伊東の死体を眺める視界がまたじわりと滲んだ。肩を抱く掌の愛おしさに。
 ……これで、本当に、おしまいだ。
 なんだかんだでまだ好きだの答えを返していないことに気付いたのは、隊舎に戻り、砂埃やら返り血やらを落としてお互いきれいになって部屋で対面したときだった。
 好きだって叫ぶんだと決めてたのに、いざやろうと思うとなかなか声が出てこない。
 ふわ、と欠伸をこぼしたが眠たそうに布団の上に腰を下ろす。あれだけの激戦のあとだ、戦っていなくとも、あの場にいただけでコイツにとっては相当な疲れになったはずだ。
「ねぇ、耳変? 取れてる?」
「…かすってるだけでィ。取れてねェ。ちっと肉が欠けてるかもしれねェけどダイジョーブ。俺の声、聞こえるだろィ」
「うん」
 消毒して綿で保護した耳を気にするにぼやいて返し、同じ布団の上で膝をつく。黒曜の瞳の中に深い緑がちらちらと見え隠れする。
 やっときれいになったイケメン顔に両手を添え、何度も頬に掌を滑らせる。
 ここで大声で好きだって叫ぶことは勘弁してほしい。土方に永遠に笑われる。そんなのはごめんだ。
「告白の、答えを、今してもいいか」
「うん」
 頬に添えた手にの掌が被さる。憎たらしい微笑みを睨みつけ、ぼそぼそと、想いってやつを口にする。
「俺も、のことが、好きだ」
「本当? 愛してる?」
「…愛してる」
「どのくらい?」
「……あれくらい」
 びしっと部屋のゴミ箱を指す。が万事屋に行ってからここに戻ってくるまでの間にいっぱいになって溢れたティッシュの山。全部お前を思いながら抜いた残骸だ。羞恥心で顔から火が出そうだが、耐える。
 目を丸くしてゴミ箱を見つめるの反応を窺う。自分でもその頻繁さにちょっと引いたくらいなのだから、は余計引いてるはずだ。もしくは呆れてるはずだ。とんだ淫乱野郎だって。
 ふぅん、と笑った唇が嫌な感じに弧を描いた。逃げる間もなく笑顔で体重をかけられ押し倒される。
 風呂あがりの着物の素足の間に膝が割り入れられ、内腿をなぞる膝頭に、嫌な感じで身体が震える。
「ちょ、待て。ここ隊舎」
「そうだね」
「テメ、前は隊舎じゃシねェって言って、」
「うん。気持ちが通じる前は、いけないかなって思ったんだけど。俺達は相思相愛だよ。総悟は一日に何回も抜くくらい俺が好き」
 じゃあ、いいよね、と顔を寄せて耳を食んでくる相手にぶるりと身体が震えた。無意味に喘いでしまう。
 ああ、熱い。全部脱いでしまいたいくらいに。
 指に指を絡めて手を握れば、自然と両手を拘束されている。口を口で塞がれれば声だって出ない。
 …この舌を、気が狂うくらい求めていた。口内を蹂躙されるこの感触を。他人の唾液と自分の唾液が混じり合って味が変わる瞬間を。この乱暴で熱に満ちた愛撫を望んでいた。
「ふ……ッ、ン、んぅ」
 ぐっと股に押しつけられた膝に身体が跳ねた。
 止めたくとも声も出ず、手も自由じゃない。止めたい気持ちよりもこのままで気持ちよくなりたい気持ちが勝っている。止められるわけがない。
 舌と膝での攻めで呆気なく昇りつめて、弾けた。
 さすが枕営業経験者。相手が男だろうが上手に運びやがる。ムカつく。
 初めて他人にイかされた羞恥心は死にたいなんて言葉じゃすまない。
 ぺろ、と唇を舐めたの黒曜の瞳がいつになく野性的だ。ギラギラしてて、野生動物みたい。狼だな。どんなに綺麗な野郎でも狼になるわけだ。よかった。
「そーご」
 いつもの声と少しだけ違う、低くて、掠れて、熱のこもった声。そんな声に総悟と呼ばれて、手が解かれて、の着物が肌をずり落ちたら、その肌色率に応じて頭の中が空っぽになっていく。「あ…」無意味に喘いで、焦がれていた肌に指を滑らせる。
 一糸纏わずこの肌と自分の肌を重ねて、体液でドロドロにしたいって、ずっと思ってた。
「そーご」
 頬をこすりつけてくるに片目をつむり、黒髪をくしゃくしゃかき回して、「」と呼び返す。そういう何かの呪文みたいに「そーご」と繰り返し俺の名を呼ぶが愛しかった。
 最初に会ったときからそうだ。なぜだか無性に恋しくて、愛しくて、そんな感情を抱いた自分が恐くて、他人に溺れるのを恐れて理由をつけて突っぱねた。強がらないと一人で立てそうになかった。油断すると手を伸ばしてしまいそうだった。一生の弱み。そんなもの作りたくないと強がって明後日の方向を向いていた。
 でも、全部無駄だった。
 惹かれてたんだ。惚れてたんだ。そういう運命だったんだ。もうそれでいいじゃないか。今更強がったところで残るものなんてない。俺の孤高のプライドは粉々に砕け散るが、代わりに得られるものはある。
「そーごは、俺のこれが欲しい?」
 俺の手を握って自分の雄に導いたにぐっと唇を噛んでから、どう足掻いても魅力しか感じない、自分の股についてるのと同じものに触れる。
 なんでこんなものが欲しくてしょうがないんだろう。同じもんがあるのに。
「欲しい」
 ふっと瞳を緩めて笑った相手は、なんか知らないが幸せそうだった。今まで見た中のどの笑顔よりも幼くて、子供みたいに笑って、「俺もね、総悟が欲しい」と言うを見上げて、笑う。

 じゃあ、やるよ。欲しいだけやる。
 もういらねェって思っても返品不可だからな。それだけは憶えとけよ、このイケメン。