砂糖漬けの赤い鬼

 白詛。全身の毛髪から色素が抜け落ちることから『白い呪い』と名付けられた病にはどうやらカラクリがあるらしい。
 かつての攘夷戦争時代に『星崩し』の異名で恐れられる傭兵部隊が投入された。長引くと予想される攘夷戦争を終結させるための幕府側の一手だ。問題は、その部隊が使用したという怪しげな呪術が、今回の白詛の件と酷似しているということだった。
 そもそもコイツは攘夷戦争を知ってるのか? 江戸で色事にしか精通してない奴が。まともに刀握ったこともない奴が。
 胡乱げな目を向ける俺にふーんとぼやいた相手は肩を滑って落ちた長い髪を背中に払った。気怠い、を手つきと顔で表しながら「じゃあ、何か。その星崩しの生き残りみたいなものがいて、その呪術とやらで世界をこんなふうにした、っていう線が濃いわけか」「今のところな」ふぅん、とぼやいて書机に頬杖をつく。眉目秀麗って言葉を人間の姿にしたらこうなるって見本のような奴はたとえダルそうにしていようが様になっていた。それがまた気に入らない。その長い睫毛はなんだ喧嘩売ってんのか。
「土方が言うんだから、当然そっちの線でも調べているんだろう?」
「ったりめぇだ」
「で、捕まらない、または尻尾を出さない。相変わらず白詛の感染経路や予防法等は不明。病院は常に白詛の患者でいっぱいで、江戸の人口はさらに減少。俺達は感染しちゃいないけど、いつどのタイミングで発症するのかも不明、と」
 気怠そうな流し目が俺を捉える。ほぼ黒だがよく見ると新緑色が覗く瞳は黒曜の宝石を連想させた。
 眉目秀麗で女のような長髪。まともな筋肉すらないがコイツは男だ。女の着物着せようものなら間違いなく着こなすのだろうが男だ。何度も断っておくが男だ。未だ勘違いしてる奴がいるようなので再三言っておくが男だ。
 この野郎が現れたのは三年ほど前、白詛によって死人が出るようになった頃だ。血相変えた総悟が出て行ったと思ったら隊舎にこの男を連れ込んでいた。しかもソイツを『俺の男だ』宣言までしやがって、当時はコイツのことでだいぶ揉めた。そもそも部外者を隊舎に入れるなど掟破りもいいところだと俺と総悟でかなりの口論になり、そのままだと決闘でもしかねない俺達に局長が間に入って暫定的に男の滞在を許した。それが三年前。
 以降局長が幕府に捕まってからは幕府の犬である真選組は解散、総悟とはそこで袂を分かったが、風の噂で相変わらずあの野郎を連れているらしいということは知っていた。
 気怠そうな顔で唇に笑みを浮かべた相手は総悟の恋人。らしい。女じゃなく、間違いなく綺麗めな男なんだが。
「おにーさんと呼んだ方がいい?」
「やめろ気持ち悪い」
「総悟の兄貴分だって聞いたから」
「ただの腐れ縁だ。そんなこと言ったらお前、局長をおとーさんとか呼ぶことになるぞ」
 ふっと笑った相手は面白そうに「おとーさん」と口にして笑っている。「やっぱり土方のことはおにーさんと呼ぼうか?」冗談なのか本気なのか判断しかねる声だが真面目にやめてくれと首を横に振った。間違いなく総悟に殺される。
 とりあえず、この男は前知識や余分な思い込み等がない分天人の技術や知識を吸収することに抵抗がなかったので、最近はそっち方面のことを教えている。
 戦いには使えないが、字は顔ほどに綺麗だから文関係も全て任せているし、幸いなことに前職業のためか老若男女受けがいい。世辞も笑顔も使い分ける。誠組も桂一派も幕府や世間に対し顔が割れているということを考えれば、この男の詐術みたいな存在も全く使えないということもなく、総悟の逆鱗に触れることさえさせなければアイツも何も言わない。気に入らないって顔で睨んではくるが。
(しかし、総悟はどういうつもりなんだ。ミツバに顔向けできないぞお前。男として不能になるつもりか)
 それとなく睨めつけ観察していると、銃の扱い方についてまず書物で読み進めていた相手が唇を歪めた。自嘲気味に。
「昔話でもしようか。俺と総悟が出会った頃の」
 こっちの心情を見透かしたような言葉に興味ねぇよって顔で最近の幕府の動きについてまとめた書簡に目を通すが、相手は勝手に喋り始めた。読み進める書物とは違うことを頭で組み立て喋るんだから、器用な奴だ。
「空気が軋んでるように感じる冬の日だった。総悟、一人で仕事してたみたいなんだけど、下手をしたらしくて怪我をしてたんだ。腕の袖のとこがね、ぱっくり切れてて、血が出てた。多分、毒、みたいなものが塗ってあったんだろうね。意識が朦朧としてたみたいでさ。放っておくと死にそうだなって思ったから手当てしてあげたんだ」
 初耳の話に視線だけ投げる。ぱらり、と一つページをめくり、実物の銃と書物の中の説明文を追って確認しながら形のいい唇が話を続けていく。
「別に、お礼が欲しかったわけじゃないよ。真選組の制服なんて知らなかったしね。たまたま俺の部屋のある長屋の屋根の下にいたから、流れで手当てした、みたいなもの」
「…ああ、あれか。あの青い包帯」
 思い出してパチンと指を鳴らすと相手は苦笑いをこぼした。「どの程度の傷か分からなくてさ。消毒液に浸してぐるぐる巻いたんだ」「だから薬品臭かったのか。アイツあれが擦り切れるまでつけてたぞ」あの総悟が複雑そうな顔で青い包帯をした腕を気にしていた。思えばその頃から総悟は金がないとぼやくようになったっけか。それがまさか、男相手に貢いでいたからだとは思いもしなかったが。
 弾の入ってない銃を構えて片目を瞑り、引き金を引く動作を繰り返し、昔を思い出すように黒曜の瞳が細くなる。
「俺、これでもお店の顔だったんだ。毎月指名度トップスリー内に入ってた」
「へぇ」
「お客は選り好みしなくてもたくさんいたんだ。当然女ばっかりだよ。そういう店だから。でも、総悟はそこまで来た。すごく勇気を出したんだろう。女ばっかりのお客を押しのけて、カウンターに金を叩きつけて、俺のこと買ったよ。そのわりに大したことは喋らないし、甘えてくるわけでもないし、求めてくるわけでもない。不思議な子だった」
 そりゃあ。あの総悟が素直な良い子だったら俺達だってこんな苦労はしてない。
 局長が捕まって、幕府を敵に回すようになってからは悪ふざけってのは失せたが、基本的に誰かに甘えるだとか誰かを求めるだとかはしないタイプだ。実力があるだけにプライドが高い。そんな奴が女が通う夜の店に男を訪ねて行ったわけだから、想像するより相当な葛藤があったろう。
 怪我が治っても何かを引きずるように青い包帯を腕に巻いていた。擦り切れてもう巻けない段階になってようやく捨てていたが、赤い瞳は名残惜しそうにゴミ箱に放り込んだ青い包帯を眺めていた。
「天邪鬼なんだよアイツは」
 ぼそっとぼやくと相手は首を捻った。長い髪が揺れる。「総悟?」「ああ」「まぁそうかもしれないけど…白詛が広まってからは正直になった方じゃないかなぁ」「そりゃそうだ。感染したら半月で死ぬんだぞ。意地張ってる場合じゃないだろ」総悟の中で白詛がスイッチだったんだろう。死の可能性が蔓延した江戸でなりふり構っていられなくなったわけだ。死を前にしてようやく自分の気持ちってやつを認めた、と。
(やっぱクソガキだなアイツは)
 素直にそう出てくりゃ俺だってもう少し考えてやったものを。その辺りは局長の方が察したってわけか。さすが、おとーさんだな。
 ここで一つ肝心なことを確認しておこう。
「お前、アイツとヤったのか」
 ぺら、とページをめくった長い指が揺れた。コトリと銃を置くと流れる所作で俺に向き直り畳に手をついて頭を下げる。
「いたしました」
 …まぁ、そうだろうな。少なくとも三年は一緒に行動してんだ。総悟はこの野郎にベタ惚れなわけだ。何回なんて下世話なことは訊かないが、ふとした瞬間心奪われたって顔で放心して熱っぽい目でコイツのことを見つめてる総悟を見りゃ回数なんぞ想像に難くない。
 新しいタバコを取り出して火をつけ、息を吸い、煙を吐き出す。
 それに、俺に頭を下げることでもないだろう。無理強いしたわけでもない。まぁ法に触れちゃいるが、俺はもう真選組じゃないしな。
「勉強しろよ。総悟が来るぞ」
 わざわざ迎えにやってくる辺り、アイツは俺達のことを信用してないらしい。それか、そんなに離れることが耐え難いのか、だな。このネタでからかってみたいが間違いなく本気で抜刀されるからやめておこう。まだ死ぬわけにはいかない。
 顔を上げた相手は再び銃を手にしていじりだした。めくり損ねたページを繰り、書物を読み込み、実物の銃に触れて確かめる。俺は書簡に目を通す。
 そのうち、ぎしぎしと廊下の床板が軋む音がして、ガラリと音を立てて襖が引き開けられた。視線だけ投げれば、赤い着物に白い袴、長い髪をポニーテールにした総悟が部屋に入ってくる。定時になったらしい。
「もう五時?」
「ああ」
 パタン、と書物を閉じたが「これ借りてもいい?」と言うから浅く頷いてやる。「銃は置いてけよ」「はいはい。まだ扱えないよ」穏やかに笑った相手が総悟を連れて部屋を出て行く。
 休憩するかと伸びをして立ち上がり、障子戸を開けて外へと紫煙を吐き出していると、母屋から出てきた二人が見えた。…手ぇ繋いでやがる。それもしっかり指を絡めての恋人繋ぎ。
 げっそり息を吐く俺とは違い、「土方さーんおやつ持ってきましたよぉ」とせんべいと日本茶片手にそばにやってきた山崎は二人の姿を見ていいなぁと頬を染めやがった。
 おいやめろ。冗談抜きで総悟に斬られるぞお前。つうかあの野郎のどこがいいんだどこが。ちょっと、いやだいぶ綺麗なだけの男だろうが。
 アイツが店を開いたら間違いなく手玉にされるだろう山崎を呆れ顔で眺めつつ、ポニーテールを揺らす二人が陽の暮れ始めた江戸のコンクリートジャングルの中へと消えていくのを見送る。
 とくに表情を変えるわけでもないが、総悟が幸せなんだろうってことは雰囲気から理解できた。
 それなら、相手がたとえ男でも、腐れ縁の俺から言うことはもう何もない。
 白詛が横行し始めて四年目の秋が訪れた。
 バレたら総悟の野郎が黙っちゃいないだろうが、俺はここで一つ奴に仕事を頼むことにした。幕府に召還された役人から情報を抜き出せという、総悟の奴が絶対に黙っちゃいない仕事を。
 仕入れた情報では、その役人は幕府の地下牢の罪人の健康管理を担当している一人らしい。
 近藤勲と桂小太郎の健康状態だけでも知っているかもしれないし、もう少し詳細な現状を知れるかもしれない。
 まだ異動してきたばかりというのが肝だ。幕府の中に馴染んでいない。加えての顔も割れていない。さらに付け加えると、そっちの気がある人物らしい。
 牢の襲撃、奪還作戦。成果を上げられないで流れていくばかりの日々に変化がほしかった。どんな些細なものでもいいから。そのためには使えるものはフル活用しなくてはならない。
「そういうわけだ、頼む。この通りだ」
 頭を下げた俺に、は気怠い顔に困惑の色を混ぜた。「…抱けってこと?」「そこまでしなくていい。情報を引き出してくれれば」ふぅ、と吐息した相手が長い黒髪を指で梳く。提灯の橙色の灯りが長い睫毛に乗って光っている。いつもの気怠さが一割ほど増したような顔色だ。
「あくまでも幕府の人間なんだろう。そんな簡単に口を割るわけがない。身体、繋げるくらいの相手でもないと」
 ぼやいてから気怠そうな手つきでグラスの水に口をつける。一口飲むと黙ってグラスを置いて立ち上がった。気怠そうな手つきで羽織りを肩に引っかける。
 総悟の地雷を踏むこと覚悟で話を切り出した俺に、奴は気怠そうな表情に諦めの色を混ぜて笑った。
 俺の横で無言で頭を下げているエリザベスと俺に交互に視線を向け、黒曜の瞳でゆるりと辺りを見回す。他に誰もいない秘密の会合だが、それでも総悟がいやしないかと気にしているんだろう。総悟なら今頃投げた仕事を嫌そうな顔で片付けているはずだ。
「総悟に、斬られるかもよ?」
「分かってる」
「バレたら相当酷い目に合うよ? 俺も含めて」
「そうならんことを祈るしかないな」
「どうかなぁ。総悟の愛って重たいんだ」
 茶化したように笑ったが「で、場所は」と首を傾げるので、あらかじめ調べておいた役人の行動パターンと立ち寄る場所、地図などを預ける。「用意がいいんだ」と呆れながらも受け取った相手は羽織りを揺らしながら暖簾をくぐって外へと出て行った。
 エリザベスと顔を見合わせ、小さな杯を交わす。「上手くいくだろうか」というエリザベスの呟きに俺は肩を竦めるしかない。
「アイツの手腕に祈るしかないな」
 結果的に言えば、経験豊富な眉目秀麗はあっさりと目的の情報を仕入れてきた。
「二人とも健康状態はいいそうだ。病気はしてない。人物が人物だから、それぞれ個別の牢で、待遇も悪くないし、食事もそれなりのものが出てる」
「そうか…!」
「残念ながら二人のいる牢の場所までは踏み込めなかった。さすがに怪しまれるだろうから」
 俺とエリザベスがそれぞれの大将の無事に安堵していると、ばさばさ羽織りを揺らして何か払っていたが顔を顰めてその羽織りを手放した。「どうした」と首を捻るエリザベスを見ることなく床に落ちた羽織りを見下ろした相手は「香水くさい」とぼやいてそれきりその羽織りに触れようともしなかった。
 ごほん、と咳払いしてその場の空気を取り繕う。
「あー、悪かったな。本当に」
「別に…」
 気怠そうな顔のに日本酒の瓶を傾けグラスに中身を注ぐ。
 ふぅと溜息を吐いて魚の佃煮をつまむ、その仕種が本当にダルそうだ。ヤったんだろう、恐らく。頼んだのはこっちだし、あまりに入ってこない情報に急かされたような結果になったが、申し訳ないとは思っている。総悟ってもんがいながら他の男を抱くなんてしたくはなかっただろう。
 コイツは俺達が救出を目標としている二人に面識があるわけでもない。恐らく顔も知らない。それでも協力して身体まで貸してくれたのだ。感謝している。
 労いの言葉をかける俺とエリザベスに適当な相槌で答えていたが時計を気にする。黙々と酒瓶を傾けつまみの魚を食べていたかと思ったら、気怠そうに羽織りをつまんで持ち上げ、席を立つ。
「じゃあ、お別れしてくるわ。これから会うんだ」
 ひらりと手を振って夜へと出て行こうとする手を掴んで止めた。瞬きしてこっちを見下ろすに俺も席を立ち、変装のための菅笠をつけ外套を羽織る。「暗いぜ。近くまで送る」「…別にいいのに」笑った相手がゆるりと外に出たのを追いかけ、カラ、コロ、と下駄を鳴らす背中に続く。
 役人の野郎は結ばない方が好きなのか、今日のは黒い長髪を背中に流すままにしている。それが歩く度に揺れて夜の僅かな光を受けて艶やかに踊る。
「悪かったな」
「別に」
 本気で気にしていないのか、口頭での謝罪だけじゃ取り合わないのか、さっきから別にってそればっかりだ。
 治安が悪化してゴロツキの多くなった夜の江戸にこんな女顔を一人放り込めるはずもなく、それとなく睨みを利かせつつ待ち合わせだという店の近くまで送った。
 カラン、と下駄が鳴る。
「ここまででいいよ。帰りはどうせ朝になるから待ってなくていい」
「ああ…」
 言い淀んだ俺に、気怠そうな顔で唇だけで笑った相手がひらりと片手を振って赤い提灯の灯っている夜の店へと歩き始める。夜の営業の経験があるからか、その背中に気負いのようなものはなく、気怠い動作も提灯の下では一つの魅力となって人の視線を奪っている。
 顔くらいは確かめてやろうと店の見える位置の路地裏に潜んでいると、少しして相手がやってきた。典型的なちょんまげの男だった。商売用なんだろうやわらかい微笑を浮かべているが手を差し伸べると、すっかり骨抜きにされたってふやけた顔で武骨な手が伸びる。
 その手が、駆け抜けた赤に斬り落とされた。
 遅れた悲鳴。鋭利な傷口からぼたぼたと血液が垂れ流され、その光景に唖然とした顔を赤に向ける
 ピッと刀を振ったのは総悟だった。完全にキレてる目で容赦なく役人を背中から斬りつけ、さらにもう片手を斬り落とし、楽に死なせることなく可能な限り相手を傷つけ血を流させていく。
 繁華街の提灯に照らされた地面にじわじわと赤黒い色が血溜まりを作っていき、ようやく事態を呑み込んだ周囲から「人斬りよぉ!」と悲鳴が上がる。
(おいおい)
 思わず出ようとして、思い留まる。ここで出て行ったら間違いなく俺もキレる対象になるだろう。
 このままじゃ幕府の人間がやってくる。こんな往来の多いとこで人斬りなんかしたらそうなるってことくらい分からないのかアイツは。それとも何か、そんだけキレてるってことか。余計出ていけねぇよ。
 ピー、と笛の鳴る音が鳴り響く。「人斬りが出たぞぉ!」「人斬り沖田総悟だ! 捕らえろっ!」あー言わんこっちゃない。今だけは総悟に関わらない方が命のためだぞと言いたいが、もう遅い。
 総悟はブチ切れたまま提灯かざして辺りを囲む役人に引きつった顔で笑い、人斬りの異名を欲しいままに斬殺していった。ビシャ、と顔を叩きつける赤を気にするでもなく血を浴びて、白い袴を真っ赤にする勢いで人を斬って斬って斬りまくる。
 周囲の人間が巻き込まれまいと逃げ出し、開いていた店のシャッターが全て閉じて、斬る相手がいなくなってから、総悟はようやく止まった。顔から草履まで血で染めながらふらっとした動作で立ち尽くしているに寄る。
「何、してんだよ」
「それは俺の台詞。酷いことするなぁ」
「どっちが」
 吐き捨てた総悟が最初に斬った役人の顔に刀を突き刺した。とっくに死んでいるがそれでも殺し足りないとばかりに突き立てた刃に力を込め、ぶった斬る。
 殺意のこもった赤い瞳に睨まれてもは動じなかった。着物の襟を掴んだ赤い手にも、赤で汚れた顔で噛みつくキスをされてもいつも通りに応じた。
 刀を握ったことがないくせにこういう場面に出くわしても動じない。死体と血の臭いでむせぶ場所には似合わない綺麗な笑顔を浮かべて総悟にキスを返す姿にいっそ感心すらした。
 度胸がある。あれで戦場に出られれば言うことはないんだが。
 真っ赤に染まった総悟に臆することなく手を取ったが「帰ろう?」と囁くと、いくらか殺意の抜けた総悟がその手を握り返してふらっと歩き出す。
 その赤い横顔に流れたひとすじは、何に対しての涙だろうか。

 次の日、いつもの気怠そうな顔でやって来たは一人だった。てっきり総悟が一緒かと思っていた分拍子抜けする。
「総悟はどうした」
「布団の中で唸ってるんじゃない? 腰が痛くて」
 さらりとした笑顔を浮かべる相手に顔が引きつった。本当いい度胸してるよお前。「あの流れで抱いたのか?」「抱いたよ。じゃなきゃ、どうやってあの状態の総悟を満足させるっていうんだ」気怠げに伸びた手がとんとんと背中を叩く。「おかげですっごい引っかかれたけどね。キスマークもすごい。まぁ、仕方ない」と肩を竦めて気怠げに座布団の上に腰を下ろす。
 そもそも、総悟はどうやって昨日のことを知ったんだ。それなりに誤魔化して被るよう仕事をさせたり不自然じゃない理由をつけてを借りてたつもりだが。
「…なんて言ったんだ。まさか浮気だとかややこしい嘘吐いてないだろうな」
 はは、と笑った相手が用意しておいたまんじゅうをつまむ。形ばかりの礼ではあるもみじのまんじゅうに唇を寄せて「お仕事だったとは言った。だから俺にはそう怒ってはいない。ただ、元気になったら土方のこと斬りにくるかもね。頑張って」笑っている声に額に手をやって息を吐く。
 ブチ切れた総悟相手に防衛戦か。考えただけで疲れるが、それくらいの仕打ちは受けるべき、だな。