今日、神託の盾騎士団の兵の一人が死んだ。
 魔物退治の任務で逆に退治されてしまったらしい。他の団員は傷だらけになりがらも何とか任務を遂行して帰還した。
 任務中に名誉の死を遂げる事を殉職と言う。
 ああでも、死ぬ事のどこが名誉だと言うのだろう。
「……いつまでやってるつもり?」
 ふと響いた静かな声に振り返れば、いつも仮面を付けている六神将のうちの一人、参謀総長でもある烈風のシンクがいた。いつからいたのか知らないけれど、あまり興味はない。私はもう一度ステンドグラスの方に視線を戻して淡々と、
「今日殉職した兵がいましたので。お祈りです」
「…だからそのお祈りをいつまでやってるつもりかって訊いてるんだよ」
 かつ、と静かな足音が広い礼拝堂に響く。天井が高いからか、それとも今が夜だからなのか、氷のような綺麗な音が印象的だった。
 私は少し顔を顰めた。いつまでやっているつもりかなど、それはつまり私がここに来た時点でこの人はここにいたのだろうか。だからいつまでという単語が出てくるのだろうか。
 隣に立ったその人を見上げて、私は訝しげな顔を消して上司に接する時の態度で、
「…私はそんなに長い時間ここにいますか?」
 彼は短く笑って「一時間ほどね」とだけ言った。私は視線をステンドグラスの方に戻して「そうですか」と返す。

 ステンドグラスの向こうで月が泣いている。

「……死んだ奴、知り合いだった?」
 だいぶ経った頃にそう言われて、私はゆっくりと首を振った。
 知らない人だ。面識もない。口を利いた事があるかどうかも憶えていない。
 だけど死んだ。
「…知りません。だけど祈ってます」
 彼は私を見ると多分訝しげな顔をして、「じゃあ何で祈るわけ」と言った。私は薄く笑う。
「死にましたから。生きてた人が死んだから、祈ってます」
「……訳分かんないよそれ」
 それもそうだと思いながら自分の掌に視線を落とした。
 月明かりがステンドグラスを通して降り注ぎ、夜の明かりは昼間とは全然違う雰囲気を与えてくれる。
 でもやっぱり私には、月明かりは月の涙に見えて仕方ない。
 月は毎夜泣いている。昨日も今日も、そして明日も。その先も毎夜毎夜、泣き続けているのだ。
「…ボクがもし死んでも、同じように祈ってくれるの?」
 静かな声に顔を上げて隣の彼を見た。仮面のせいで表情は見えないけれど、どことなく淋しそうだ。
 私は何の躊躇いもなく普通に頷いた。彼が少しだけ笑う。
 誰が死んでもいつでも礼拝堂に足を運び、そして帰ろうと思うまでひたすら月の涙を浴び続ける私。もう日課にさえなってきているようなこの行動。
 涙は流さない。流れない。いつも月が代わりに泣いてくれているから。
「…シンク様は死なれるのですか?」
 今日殉職した兵の、棺に入ったその姿が頭に浮かんで、訊いてみた。だけど彼は自嘲するように笑って、
「さぁね。でもいつかは死ぬよ」
「…そうですね」
 それもそう。生き物はいつか死んでしまうのだから。私だって同じだ。
 ただ自分は死なないだろうという根拠もない自信のような確信を抱いているだけ。本当はいつ死んだっておかしくないのに。
 そんな話をしたからか、急に隣に立つ彼が消えてしまうんではないかという錯覚に捕らわれた。少し手を伸ばせば届く距離にいる彼に手を伸ばすべきかどうか迷う。
 結局彼の手の甲を掠めるくらいのことしかできなかった。
 けれど私の指先が空を切ったのと同時に、彼の手が私の手を掴んだ。掴むというより握るというのかもしれない。
 手袋越しの体温が夜気で冷えた手に心地いい。
「…あんたが死んだら、ボクも祈ってやるよ」
 静かな声。私は少し笑って視線をステンドグラスへと向けた。その向こうの月へと。
 繋いだ手があたたかい。
 日々神託の盾の兵が死に、聖職者の私はそれを供養する度に人の死に慣れていって、ついには涙も出なくなった。ただ淡々とした作業のように人の死を処理していた。
 だからせめてと一人礼拝堂で祈り、けれどやっぱり、涸れた涙が流れる事はない。

 ああでもこの人が死んだ時は泣いていたいと、なぜか思った。

永遠を夢見た愚かな、