たとえばありがちなハロウィン・パーティなんてどうでしょうか。トリック・オア・トリートとかいうのは年齢的にもあれですからこの際なしにして、かぼちゃだらけのパーティとか。
 え、駄目ですかそうですか。でもヴァン謡将は結構ノリノリでしたよ? ついでになんか伝達もしてましたよ? 多分決定じゃないでしょうかね。

 そう伝えたところ我が参謀総長殿はずかずかと部屋を出て行きました。ちなみにそんな参謀総長の部下である私は絶賛かぼちゃくり抜き作業中です。え、仕事しないで何してるのかって? だからさっき言った通りハロウィン・パーティの準備を。
 神託の盾騎士団だって別に機械みたいな人間の集まりじゃあないのです、きちんと三食食事をして鍛錬をして出動命令があればあの重たい鎧姿でがしゃがしゃと任務に出るだけ。別に誰も彼もが冷たい人なんかでは決してないわけですよ。きちんと寝るし休みだってありますとも。
 そりゃあ我が参謀総長殿はちょっとクールっていうか冷たいことで定評ですが。それも年上の私から言わせてもらえば全然子供なわけですな。まぁおかげさまで仕事を押しつけられるのが常のかわいそうな部下をやってます。
 ハロウィン・パーティなんてものをどうしてするのかとヴァン謡将に抗議しに行ってるんだろう彼を思って、私はひっそり溜息。
 いつも仕事仕事でそれしかしないような人なんだから、たまには素直にイベントにでも乗っかって休んでしまえばいいのに。そりゃあその間の仕事全部私に押しつけるっていうんならちょっと考えてしまうけど、でも参謀総長は休みがない。部下の私がそれを一番よく知ってる。
 だからノリノリなヴァン謡将に、私はちょっとだけ感謝したものだ。
 帰ってきた我が参謀総長殿はげっそりした顔でヴァンの奴と謡将を呼び捨て。ついでに私が頑張ってくり抜いたかぼちゃの一つを手に取って何でボクがパーティの準備なんかとぼやくので私は肩を竦めた。どのみち六神将を束ねる人が賛成したことだ、取り消しはもうきかないでしょう。だから私は頑張ってかったいかぼちゃのくり抜き作業を続行。
 していたら、手が滑ってざくと結構派手にカッターが手に刺さってしまって。あいた、とぼやいて引っこ抜けば傷口はあっさりと口を開けて血肉を見せてじわじわと赤い色が。
 やばいかぼちゃがっ、ととっさにかぼちゃを取り上げた私に参謀総長は呆れた顔でそっち? とツッコミを入れてきた。なので総長ちょっとお願いしますかぼちゃを、と彼に半分くらい顔ができてきたそのかぼちゃを預けて私は傷を治療しに席を立って。
 ファーストエイドなんて便利なものを使えるほど私はできた兵士ではなかったから、傷には普通に消毒をするしかない。がたがたと棚から救急箱を取り出している間にも傷口から溢れた血は手の甲を伝いぱたと灰色の床に染みを作ってしまった。だから慌ててポケットに突っ込んであるハンカチを引っぱり出して床を拭くも、擦れただけ。赤い色と灰色のコントラスト。いけない傷口を縛るくらいしないと血が、赤い色で床が汚れて。
 そう思ったところで私の手を取った誰かが私の傷口に容赦なく布地を押し当てる感触。痛い痛い痛いですと声を上げれば総長は呆れた顔をして床より先にこっちでしょと仰る。だけど私としては汚い赤い色で床を汚してしまったことの方が重大な失態だ。自分の怪我は自分の責任だけれど床はきれいに拭いておかないと汚い色になってしまう。
 だからいいんですそれより床をと言う私なのだけれど、総長はちょっと怖い顔をして傷が先と言う。
 なので私はすごすごと彼が手当てするままに手を差し出したまま、結構ざっくり切れた傷口からなおも血が溢れてくるのを見つめて。
 そういえばこの人は六神将烈風のシンクとも呼ばれる人だったなぁ、血色は見慣れているんだろうかと考えた。
 何がハロウィン・パーティだよ馬鹿馬鹿しい。だいたいそんなことしてる暇あるならあんたもうちょっと仕事してよねってくらいヴァンの奴はいちいちいちいちボクに仕事を押しつけてくる。参謀総長だからって何でもかんでもできるってわけじゃないんだよボクは。それでそう思ってしまった自分にまた苛々する。
 事実、彼女が手をざっくりやったときも、ボクにできたのはただの手当て。彼女の傷はボクでは癒すことはできない。それにまた苛々する。ボクは人を傷つけることしかできない。
 だけど彼女が平気ですよーこれくらいとひらひら手を振ってまたかぼちゃをくり抜きにかかったから、ボクはそれ以上彼女を止められなかった。最近仕事仕事で確かに息は詰まっていた。でもだからってハロウィン・パーティなんてふざけたものにしなくても。
 だけど彼女は。手をざっくりやったんだから痛いに決まってるのに、そんなことなかったみたいな顔でどこか楽しそうにかぼちゃと格闘している。
(…何笑ってんだよ)
 そんなことを思って吐息してからがちゃんと椅子に腰かける。仕事してよと言っても彼女はボクを見ずにこれも立派な仕事のうちです、パーティの準備なんですからと言う。パーティなんてどうでもいいよと言っても彼女がどの師団も気合入れてるんですよ、数日のことなんですから流してくださいよと言う。流すって何だ流すって。だいたいパーティなんて、ボクは経験がない。
 だから頬杖をついてなんでかぼちゃなのと問う。三角形の目をしたかぼちゃを見やる。口はその反対みたいな感じ。っていうかどう見ても力仕事でしょそれ。普段書類ばっかりの君にできることじゃないでしょ。
 口を出したら彼女が唇を尖らせてこういうのは気分ですよ気分。私頑張ってるんですから。それでじゃんとくり抜きが終わったらしいそのかぼちゃを掲げて彼女が笑う。ね、かわいいでしょうと。そのかぼちゃの表情のどこにかわいいがあるのかボクにはさっぱりだったけど、彼女が笑ってるからまぁいいかとも思って息を吐いた。
 だけど手が。ボクが処置したけどその手の包帯の白が痛い。彼女は別に大丈夫だと言う。だけどボクは大丈夫じゃない。
 ボクと仕事のことになればあーだこーだ言ってくるくせに、自分のことにはどうして無頓着なんだろうか。自己犠牲ってやつだろうか。馬鹿馬鹿しい。彼女には到底そんな言葉、似合ってない。
 だけどまた新しいかぼちゃを手にしてよーしと腕まくりをする彼女を、ボクは止められない。包帯の白に血の色が滲む。だけど彼女はやっぱりどこか楽しそうにそれでもかぼちゃを手にしてそこにいる。
 翌日。包帯でぐるぐる巻きの片手と無事な方の手でようやく目標の個数を達成、くり抜いたかぼちゃの中身は調理班行き。私のかぼちゃはまぁまぁの出来栄え。
 一方我が参謀総長はと言えば今は出ていた。何をしに行っているのかは知らないけどどうせ仕事だろう。だってあの人は仕事仕事で忙しい人だとしか私は知らないから。
 かぼちゃのくり抜き個数にペケを打って次はーと独り言を言いつつ当日までに達成すべき第五師団、彼の率いる師団の達成すべき事項を見つめる。
 息抜きだ。だから師団のみんな結構ノリノリ。そりゃあ仕事仕事で普段からくらーいこの場所を活用したようなハロウィン・パーティだ、男女の交流だって夢じゃない。普段は照明が落ちて暗いここだけれど、ハロウィン・パーティとなればその暗さが雰囲気へと様変わりするだろう。
 想像しただけで何だか当日が楽しみになってきた。そこでずきと傷が痛んだからばさと書類を落としてしまって、ああしまったと手を伸ばして拾い上げる。ひらひらと舞った書類のいくつかが窓から吹き込む風に煽られて舞い上がった。入り口の方に流されていくそれに一つ瞬きして顔を上げれば、風が流れたのはドアが開閉されて空気の通り道ができたせいかと納得して。
 いつもの仮面姿の総長がずかずかと歩いてきてその腕で誰かを引っぱってきていた。ほら治してと彼が示したのは私の手。は、と敬礼したのその人が失礼しますと私の包帯を取って傷を治し始める。だから瞬きして総長を見上げた。
 あの、平気ですけど。そう言ったらじろと私を睨んでうるさいよと言う彼。黙って治されてなと、そう言って彼は廊下に流れてしまった書類を拾い上げに行く。
 私ははてと首を傾げた。あたたかい光が私の傷、細胞と細胞を活性化させてくっつけて治していく。
 彼が書類を集め終えて私にはいと差し出した頃には傷は完治した。処置終了しましたの兵士の人の声にご苦労。もういいよと言う彼。は、と敬礼した兵の人がでは失礼しますと律儀に部屋を出て行く。
「…あの」
「何」
「傷。別に平気でしたよ」
「嘘つけ。痛いって顔してたくせに」
「してませんよ。そりゃあ作業するのに支障があるなぁとは思ってましたけど」
「じゃあいいでしょ治ったんだから。ごちゃごちゃ言ってないで仕事してくれる」
「…はーい」
 若干腑に落ちないながらも、私は渋々席について一度は飛んで舞った書類の方にペン入れを始める。ちらと視線を上げて私は総長を確認したけれど、いたっていつも通りだった。仮面越しの顔も椅子に腰かけてかったるいって感じで書類に目を通す仕種も全て。
 ただ。わざわざ私の手の怪我を治すためにファーストエイドを使える人を引っぱって連れてきたのかと思うと、なんだか。
「何笑ってんの」
「いえいえ別に。笑ってなんてませんとも」
「声が笑ってるよ馬鹿
「誰が馬鹿ですか誰が。年上には敬意を払ってもらいたいものです」
「敬意払うほどボクより何かできたっけ?」
「……できませんけど」
「じゃあ黙って仕事してくれる。ただでさえ時間ないんだから」
「だったら治癒術使える兵士の人なんて連れて来なきゃよかったんですよー。それが今日最大の時間ロスです」
「…はぁ」
 なぜか溜息を吐かれた。むっとする。私は間違ったことなんて言ってないぞ。
 彼は頬杖をついて私を眺めて、それからそうできたら苦労しないよと。そうこぼした。だから私は眉根を寄せる。どういう意味ですかそれは。
 だけど彼はまた書類に目を通し始めた。言うだけ言って解説する気はなさそうだ。だから私は渋々自分の書類の方に意識を戻す。

 とりあえず床に転がっている笑った顔が今日の私の成果。書類で埋もれるこの部屋で唯一ハロウィンっぽくなってるかぼちゃのオレンジ色、だった。